ゾンビの壁
日が暮れてきた。
俺たちはレトルト食品やインスタント食品、ゼリー食などを組み合わせてそれぞれ夕食にするべく準備をしていた。
と言っても食うのは女性二人で、俺は見てるだけだがな。
なるべくガスを節約するため、レトルトは二人分まとめて加熱し、カップ麺やスープ類に使うお湯もまとめて沸かす。
彼女たちが仲良く顔を寄せてあれこれやってるので、俺の出番はない。
仕方なく隣の部屋に行ってソファに座り、陽奈がコンビニから持って来た女性週刊誌を手にするが……落ち着かない。ページをぱらぱらめくるが記事が全く頭に入ってこない。
こんなことをしてる間にも俺の脳の中では細胞が減りつつある。こんなことしてる場合か? そういう声が心の中に湧き上がってくる。
いたたまれなくなって立ち上がり、その辺をうろうろして葵にちょっと話しかけ、またソファに戻って座り込む。そんなことを繰り返していた時だ。
パーン!
乾いた銃声が窓の外から聞こえた。
俺たちはギョッとして顔を見合わせた。慌てて窓際に走り、ブラインドの隙間から外をうかがう。
建物の周りには特に変わった様子はない。しかしここからでは建物の正面が見えない。あの防護服の連中がとうとうこっちまで来たのか? だとするとヤバい。
「1階まで下りて確認してくる」
俺が研究室を出ようとすると、ガッと手をつかまれてしまった。
「だめ! あなたさっきもそんなこと言って撃たれたでしょ!」
「いや、誰かが確認して来ないと。相手は銃を持っていて、しかも狙ってるのはお前たち生存者だ。俺が行くしかないだろ?」
「だめ! 絶対だめ! 今度こそあなた蜂の巣にされるわよ」
「弱ったな……じゃあ、一緒に屋上へ行こう。屋上からでも周囲の確認はできるだろう」
「それならいいわ。陽奈ちゃんも一緒においで」
「はい!」
やれやれ、全然信用されてないな。まあ、さっき葵を振り切って行って撃たれたから仕方ないか。
暗くなりかかった空に西から夕焼けが拡がっていて綺麗だ……なんて鑑賞してる余裕はない。三人それぞれ屋上の縁からそっと下をのぞき込む。
建物の周囲ももう暗くなってきている。目をこらして辺りを見回すが、ゾンビが徘徊してるだけで防護服の連中は見えない。良かった。まだこのすぐ近くまで来たわけじゃないようだ。
ちょうどその時、
パーン!
また銃声が聞こえた。
そっちへ行って下をのぞき込むが、やはりずるずる足を引きずって歩くゾンビたちの姿しか見えない。
「ゾンビしかいないわね」
さすがに緊張した表情の葵が言う。
「そうだな」
「どの辺まで来てるのかしら」
今の銃声、建物と建物と間で反射して軽くエコーがかかっていた……すぐ近くではないな。ただ、それほど遠くでもない。隣の建物のもう少し向こうの方だろうか。
「まだ多少は距離がありそうだな」
そう答えるが……うーん、微妙な距離だな。
あの時の連中のビビり具合から考えて、こっちに来るのはもっと時間がかかると思ってたが、予想よりも早いおいでだ。
しかし、幸いなことにもうすぐ夜だ。夜の暗がりがありがたい。あの連中が生存者を探して暗闇の中でまでうろうろするとは思えない。
暗視スコープぐらいは持ってるだろうが、ゾンビがどこにいるか分からない中で、あちこちに散在する建物の内外を探索するのは普通に考えて危険過ぎるだろう。続きは明日の朝だ。
しかも、たまたまだが、さっきの煙のおかげで今この建物の周りはゾンビだらけだ。ゾンビたちにそんなつもりはないだろうが、ちょうど連中がここに近づくのを阻む壁になってくれてる。
とりあえず明日の午前中ぐらいまでは大丈夫か。
でもそれまでに何とか彼女たちを逃がす方法を見つけないといけない。この建物にこもっていてもどうにもならない。俺の理性がいつまで保つかも分からない。急がないと。
「俺に考えがある。とりあえず研究室に戻ろう」
「またロクでもないこと考えてるんでしょ」
「そうでもないぞ」
「まあいいわ。戻りましょ」
俺たちは階段を下りていった。
彼女たちが夕食をとっている間、俺は上の階にある倉庫から空いた一斗缶をたくさん持ち出した。手伝いを申し出てくれた彼女たちを制し、一人でそれらを1階まで持って下りる。
そして研究室の本棚にあった雑誌類をありったけ持って行って缶の中に放り込み、片っ端から火を付けた。もうこんな雑誌、要らない。
さらに、煙や焦げた臭いを増幅するため、銀杏並木の落ち葉や枯れ枝を手でかき集めて放り込んだ。
周囲を徘徊するゾンビがたまに「何してんだ? こいつ」的な目でこちらを見ているようだが、気にしない、気にしない。
煙がもうもうと出ているのを確認してから、それらの一斗缶を建物の周囲に一定間隔で設置する。
ものすごい煙が辺りに立ちこめ、時々向きの変わる弱い風のおかげで少しずつ周囲に拡がっていく。その辺にいたゾンビたちは一気に活性化して、一斗缶の周りをうろうろ歩き回っている。向こうの方にいたゾンビたちもまたこちらに集まってきた。もう既にこの建物の周りはゾンビだらけだ。
うん、狙い通りだ。
ゲームや映画でも分かる通り、ゾンビ一体だけでは、銃を持った奴らには敵わない。落ち着いて照準を定めて頭を打ち抜かれたら一発で動けなくなる。
しかしゾンビが多数集まれば、集団になれば、相当に手強い。
銃を構えて撃とうとしていると別のゾンビが襲ってくる。そっちを撃とうとすると最初のゾンビが襲ってくる。その強さは一体より二体、二体より三体、単なる加算ではなく累乗で増していく。ネズミ算じゃない。ゾンビ算だ。
俺の狙いはこの建物の周りにできるだけゾンビを集め、ゾンビの壁を作って、防護服の連中が簡単には近づけなくすることだ。
もちろん自分たちが逃げにくくなってしまうことも事実だが、建物の裏の非常口の辺りには一斗缶は設置していない。逃げるタイミングが来れば俺の臭いを盾にしながら非常口からトラックの所まで走る算段だ。
改めて集まってきたゾンビたちを見る。
スーツを着た奴もいる。俺にみたいにちょっとラフな格好の奴もいる。
男もいる、女もいる。
学生だろう、ジャージ姿の男子もいれば、チャラい格好の野郎もいる。可愛らしいワンピースの女子もいる。さっきの元警備員もその辺にいるだろう。
テロリスト達がウイルスを播いた時にたまたま学内に居合わせてしまった人たち。何の罪もない人たち。
みんな、申し訳ない。こんなことに巻き込んでしまってお詫びのしようもない。
ただ、巻き込まれついでにもうちょっとだけ手伝ってくれないか。勝手なお願いだということは百も承知だ。
俺たちを……いや、俺はいい。彼女たちを守ってやってくれ。君たちの力がどうしても必要なんだ。
あの銃を持った防護服の連中。あいつらがここに来たら、暴れてくれ。思い切り暴れてくれ。噛みついてもいい、囓ってもいい。みんなで、集団で、ボコってやってくれ。
あいつらは、そしてあいつらの裏にいる奴らは、自分らの都合のためには人の命なんて何とも思ってない奴らだ。君らをそんな姿にしたテロリストの連中と変わらない。いや、もっと質が悪いかも知れない。
君たちにもいろいろ思うところがあるだろう。それを連中にぶつけてくれ。
そんなことを考えながらゾンビたちを見ていると、とても頼もしく心強く感じた。




