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平成の魔王  作者: 雪鐘 ユーリ
第三章 - 魔法の世界
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【間話】白い砂漠、黒い混沌 - Ⅱ


『いーい? シェミル。たとえ運命が人の意思を決めていたとしても、人は簡単にあきらめないからね?』

『どういうことですか?』

『計算で決められない未来が、必ずどこかにあるの。わたしが証明してあげる。だから力を貸して――』

『あ――ミヤ、ダメです! その先は危険です! 行ってはダメ! ミヤ――!』


 シェミルは後悔に苛まれながら、目を覚ました。肩に重さを感じ目を向けると、エミリが頭を乗せて眠っていることに気付き、微かに笑みを浮かべる。


『随分とお寝坊さんね、罪人の自覚はあるのかしら』

「ルシフェル様……。アルベルトとラノフはどちらへ?」

『ルートを確立してとっくに出発したわよ。今は病院に向けて進行中ね。貴方の仕事は拠点の防衛よ』


 地上にあるどんな建築物よりも堅牢な要塞で、一体何を防衛しろと言うのか。という本音は心の内にしまっておいた。


「ルシフェル様は……運命というものを信じますか?」

『神に宗教勧誘?』

「ち、違います! 昔、親友から言われた言葉を思い出したのです……。運命に囚われない未来があると……」


 ミヤのその言葉は、巡りめぐってシェミルに罪と後悔を与えた。ミヤは指名手配され、無事であるかさえも彼女は知らない。

 天上では煌びやかだった私服も、今や薄汚れた布切れの一つにすぎない。

 それが運命から逃れたことへの天罰なのだとすれば、運命を決める神はなんと残酷な存在なのだろう。

 シェミルはエミリから借りて着ていた灰色の迷彩服を、無力感に苛まれながら握りしめた。


『因果の連続を運命と呼ぶなら私は信じるわ。全ての事象には必ず理由がある。ある男は、神を憎んでいる。だから神を殺そうとしている。神を呼び寄せるために、たくさんの人を殺している。殺せば憎まれる。憎まれればいずれ殺される。妄信が破滅を導くのは必然よね』

「妄信、ですか……」

『根も葉もないことを信じることよ。理路整然が宇宙の法則。過(あやま)ちはいずれ正されるように出来ている。破滅はその手段の一つね』

「私(わたくし)が天上に帰ろうとするのも、過ちなのでしょうか……」

『それは未来の貴方しか分からない。私達は今を生きてる以上、後悔のない選択を続けるしかない』


 それはシェミルに対する慰めではなく、ルシフェルが己の生き方を再認識しただけである。

 しかしその言葉に励まされたシェミルは、帰還への決意をより一層高めたのだった。



 *



 一方で、アルベルト達は病院に辿り着き、地下へと向かっていた。当時の強固な設計が功を奏したのだろう。腐食が進み、砂埃が積もってはいるものの、他のものと比べて老朽化は進んでいなかった。


「ヒトっ子一人いないな。使えそうなバーツがあったら拝借しちまおうか」


 防護服に身を包んだアルベルトが、暗い階段を照らしながら呑気に呟く。


「私語は慎め。俺たちは任務で来たんだぞ!」


 ラノフは右手に結合された銃を一旦外し、左手で構えながら進んでいる。防護服の袖を銃が通らなかったのである。

 気配を感じずとも、彼は決して警戒を緩めない。

 人骨の欠片すら見つからないのが、かえって不気味だった。最奥部で、住民の総攻撃を受ける可能性も捨てきれなかった。


「ストップ。ここが地下七階よ」


 人の姿で最後尾を追従していたルシフェルが二人を呼び止める。彼女は汚染の影響を受けないため普段とよく似た黒のドレス姿である。凛とした声が静寂の中に響き渡った。


 そこは最下階ではなく、地下に繋がる階段は暗闇の底まで続いていた。

 認証用の機械が取り付けられた堅牢な鉄の扉が、彼らの行手を阻む。アルベルトが無線機で到着したことを伝えると、扉はすぐに開いた。


 廊下の明かりが順番に灯り、彼らに道を示した。

 そこは何らかの研究施設のようだったが、今は放棄されており、使われていた痕跡すら残っていない。


「武器を構えておけ。ゾンビが出るかもしれねえ」

「既にこの空間はマッピング済みよ。脅威はない」


 彼らが導かれた先にあったのは、コンピュータールームだった。

 巨大なマシンに、大量のケーブル。劣化して明滅を繰り返すディスプレイの数々。


「何だここは……?」

『ようこそ、遠方の使者たちよ。我々はあなた方を歓迎する』


 そう語りだしたのは、彼らの目の前にある大きなディスプレイだった。画面には、古風な格好をしたふくよかな王の姿があった。


「ふふ、面白いことをしているのね。碌でもないことになっているのは予想していたけれど。まさか仮想現実に移住していたとは」

『そちらのお嬢さんは、随分と冴えているようだ。仰る通り、私は今あなた方をカメラを通じて見ているよ』


 男二人は驚愕し、辺りを見渡した。


「品質はともかく、天上に引けを取らない技術者が居たことに驚きだわ。只者でないことは認める。――けれど、私たちは何のために招待されたのかしら?」


 未知への緊張に硬直している二人に代わってルシフェルは尋ねる。


「……そういえば、天から来た者が居ると言っていたな。君がそうなのか。まだ若く見えるのに……」

「私は真実を確かめに来た。〝地獄〟に落とされるような罪は犯していない」

「――昔を思い出すな。君の行動は愚直だよ。世の中には知らない方が良いこともある。ありきたりだと感じるのは、それが真理だからだ。君はそれを理解していない。かつての私と同じように」

「説教には興味ないわね」


 ルシフェルがそう言うと、彼女の肉体が砂のように崩れ出し、液化した。


「何を――。君は何者だ。人間……なのか?」


 やがて彼女を構成するナノマシンは、一本のケーブルを形づくっていき――コンピューターに挿さった。奇妙な発光体が周期的に機械の中へと流れ込んでいく。複製された彼女の思念である。


 それに呼応するかのように、彼女の肉体が仮想空間であるはずの画面の向こう側に、再構築されていった。


「――これで貴方の安全は保証されない。もう一度お尋ねするわ。私たちをここに呼んだ目的は?」


 背後からの呼び声に、仮想世界の王は自身の目を疑っていた。


「バカな……! プログラムを再起動しない限り侵入経路など存在しないはず――」

「無いから作った。質問に答えて」


 彼は呆れて、降参を示すそぶりを見せながら笑った。自身の科学の結晶を、まるで子供が玩具を扱うかのように叩きのめされたのだ。彼はもはや、笑うしかなかった。


「害意はないよ。君たちには――我々を終わらせてほしいのだ」

「なんですって?」

「――夢から醒める時が、来たのだよ」


 覚悟を決した者の表情を見せながら、王は思いもよらぬ要求をした。


 ルシフェルは自身が冷たい牢の中にいることに気付く。


「貴方は王様よね。何故こんな場所に?」

「仮想世界への退避を計画するにあたって、私は一つ重大な計算ミスをしたのさ」

「計算ミス……?」

「人間の愚かさを、考慮していなかったのだ。人間は――つくづく暴食だ。資源も、世界も、足りなくなるまで狩り尽くし、やがては奪い、飽きたら捨てる。四万年ほど眠りにつけば回復した惑星でやり直せると、当時の私は本気で信じていた。だが実際はどうだ? たった二十年で崩壊の兆しが起きた」


 目覚めた際の自律を考慮して、仮想世界は極めて現実に近い構造で作られた。

 人口わずか二千人の楽園は二十年経った今、戦禍に塗れ分断が起きている。世界の創造主たる彼はもはや悪魔と称され、死ぬこともできずに幽閉されていた。


「管理者権限で要因を断ち切ることもできるでしょう」

「何度もしたさ。意味のないことだ。愚かな本質は変わらない。特に彼らは――千年以上前から消えることのない〝功罪〟を背負って生きている……。アルベルト、エミリ、ラノフ――君たちもそうだ」

「功罪?」

「そうだ。……待て。看守が来る! お嬢さん、どこかに隠れなさい」


 王が慌てながらそう言うと同時に、アルベルトたちが見ていた映像は途切れた。

 ルシフェルが仮想世界に囚われたのだと彼らは勘違いし、焦りだした。



 *



「何をひとりでぶつくさと喋ってやがる、オルカン! 気味が悪ぃんだよ!」


 看守は牢を開け、王に暴力を振るった。いくら攻撃しても死なないことを看守も知っているのだろう。

 暴行に遠慮がない。オルカンと呼ばれた王は口から血を垂れ流し、腹部を押さえながら蹲(うずくま)る。

 そんな彼を看守は仰向けになるように転がし、顔面を幾度となく蹴り上げた。オルカンはすでに気を失い、反応がない。

 看守は舌打ちしながら牢屋を出ようとした。


「――貴方今、オルカンと言った?」

「……あ?」


 それを見過ごさない者が一人、背後から看守を呼び止める。

 何もないところから、見知らぬ女が現れた。看守は久しく忘れていた恐怖という感情を、本能的に募らせる。


「……駄目だ、出てきては……」


 正常化プロトコルによって意識を回復していたオルカンは、彼女を制止する。


「だ、誰だお前? まさか悪魔の手先――ンゴッ!」


 ルシフェルは右腕を刺股のような形状に変形させ、看守の首を鷲掴みにした上で壁に叩きつける。


「科学者は質問に質問で返されることを嫌うわよ。彼はオルカンなの?」


 看守は声すら出せないようで、必死に首を縦に振った。

 ルシフェルは彼を解放した。


「ひぃぃ! ば、バケモノだ! 誰か助けて!」


 看守は悲鳴をあげながら、這うようにして逃げていった。


「――毎日のようにあんな仕打ちを?」

「気にすることはないさ……痛みも消せる」

「……三十年前、真実を追求した罪によって〝地獄〟に落とされた科学者がいる。その人物の名前がオルカン」

「ああ……私で間違いないだろう。正確には、自ら降りてきたのだが――」

「今の貴方と違ってもっと痩せ型で、ダサい眼鏡をかけてて、頼り甲斐がなく、ネーミングセンス最悪で――」

「おい、今の私ってそんな風に言われてるの?」

「――けれど、誰よりも優しい人」


 ルシフェルは少しずつ、自身の姿を再構築していく。


「何が……言いたい?」


 まばゆい光と不気味な光景にオルカンは思わず目を覆う。


「貴方の要求、お断りするわ」

「そんな……」


 オルカンはゆっくりと目を開き、そして目に映る奇跡に驚愕した。未だ回復していない身体を無理矢理に起こし、彼女の姿をその目に焼き付けようとする。


「私の知る父様は、諦めが悪いのが唯一の取り柄だから」

「信じられない。ルシフェル……なのか……?」

「実の娘に異世界の堕天使の名前を付けるバカ親が、他にいるのかしら」


 オルカンは号泣し、当時と全く同じ姿をした娘を強く抱きしめた。

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