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平成の魔王  作者: 雪鐘 ユーリ
第三章 - 魔法の世界
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闇の使徒

 僕はナロウと共にアルドマリアの自室に向かった。


「アンドーくん! 無事でよかったぁ……!」


 彼女は僕の無事を知るやいなや、飛び込むように抱きついてきた。胸があたる。なぜか右腕が騒めく。


「大精霊様、少しお話を伺ってもよろしいですか?」

「もちろんです、ナロウ様。狭いところですがどうぞお上がりください」


 彼らは互いの立場を尊重しており、上下関係が無いように接している。


「安藤くん、危険な場所に送り込んですまなかった」


 アルドマリアがお茶を淹れている間、ナロウは深く頭を下げ僕に謝罪した。


「とんでもありません。頭を上げてください。でもどうして、ナロウ様は図書館に来てくれたのですか?」


 図書館が危険な状況だったのは、ヴェルガしか知らなかったはずなのに。


「先日、ヴェルガが手紙を出してくれたでしょう。実はそこに未来の一部が書かれていたのです」

「……それを信じていたと?」

「内容は曖昧ではありますが今日のことについて。そしてもう一つ。〝近いうちに森に嵐が来る〟と。決め手は後者です。その嵐を巻き起こしているのは他でもない私ですから」

「嵐を起こす……?」


 こんな物騒な世界で国王を務めているくらいなのだから、穏やかな彼にも秘めたる力があるのだろうと、予想はしていた。

 しかし、天候に干渉するほどだというのは想定外だ。規模が大きすぎる。


「環境が激変したこの世界において水は貴重な資源ですから。水を循環させるために大嵐を生み出して大陸中を巡らせているのです。ちょうど今は『ノクトリア』の南部のあたりですね」

「――《嵐の眼》とは、そういうことか……」

「ははは、この手の肩書きは《魔導司書(マギ・ウルサス)》がカッコつけて付けてるものですから……あまりお気になさらないでください」


 ナロウは苦笑しながらそう説明した。たとえ老いているとしても彼は男だ。どこか照れている側面も垣間見える。肩書きで呼ばれるとちょっと嬉しいのかもしれない。


「お茶です、どうぞ〜」


 アルドマリアがそう言いながら、台所からやってきた。


「ああ、わざわざすみませんね。では本題に入りましょうか。大精霊様、擬態能力を持つあの黒蝕体――闇の使徒とでも呼びましょうか。奴は何の目的で貴方に接近したのです?」

「精霊について訊きたいことがあると……。お急ぎでしたようで、ちょっと強引に会議室に連れていかれてしまいました……」

「して、その内容は?」

「仮定の話をされました。一つ目は、新たな精霊が世界に生まれる可能性はあるのか……。そして生まれた場合どうなるのか、と」


 精霊の性質は強い力によって捻じ曲がる。

 捻じ曲げられた精霊が魔術の発動に至らなかった場合、あるいは発動した魔術が何らかの手段で分解された場合、変異した精霊はどうなるのか。

 クリストフは彼女にそう尋ねたのだと言う。


「これは私が研究している〝汚染〟理論とも共通する部分があるので、私も知り得る情報を提供しました……」

「なんと答えたのです?」

「新しい精霊――第五精霊は秩序の離反によって生まれる存在なので……それに対して均衡力は働きません。精霊自体が消えることは恐らくなく、宇宙のどこかを彷徨う、限りなく微小な存在になるだろう、と……」


 それは広大な海の中に、砂粒が一つ混じるようなものである、と彼女は付け加えた。


「では質問を変えて、均衡力に干渉できる精霊が誕生した場合は?」

「……適性を持つ人々が新しい力を手にします」


 それは新たな希望かもしれないし、破滅を導く混沌かもしれないわけだ。


「うーむ……」


 ナロウは唸り、険しい表情をした。当然だろう。クリストフのあの禍々しい姿は、とてもではないが希望には見えなかった。


「そしてもう一つ尋ねられました。精霊そのものを世界から抹消することは可能かと……」

「……そんなことは、不可能でしょう」


 ナロウの考えに、アルドマリアも頷いた。


「魔法などで総量が減少した精霊は〝源流〟と呼ばれる場所から補充されるというのが有力な仮説です。それが世界の持つ均衡力ですが、これに手を加えるというのは、神を殺すにも等しい行為です……。〝地動級〟程度の力では実現できるとは……」

「ですが奴は去り際に貴方に伝言を残しました。〝仮定したことは起こる〟と……」


 ナロウとアルドマリアは、頭を悩ませていた。クリストフが提示した二つの仮定は矛盾している。

 さりとて、その警告が事実ならば世界を混乱に陥れかねない。


「新しい精霊を生み出して、均衡を破壊する……? 神を殺して新世界でも作るつもりなのか……」


 専門的な知識に乏しかった僕は、乏しいなりに身も蓋もない考えを呟いた。ゲームの世界の悪人ならそうするだろう、と。

 意外にもその発言に、彼らは目を見開いて驚いた反応を見せる。


「最悪の筋書きとしては、あり得ることかもしれませんね……。奴の素性が少しでも分かればいいのですが……」

「あっ、ニコンが知ってるかもしれません」

「ニコンちゃんが……? 一体何故……」

「ただここではちょっと物騒なので、図書館の外に出ましょう」


 僕たちは場所を図書館前の開けた場所に移した。

 そして《白窓》を展開し、ニコンを召喚する。


「あんただけはぁぁぁぁ――! ……え?」

「……ニコン、落ち着いて」

「あいつはどこに行ったッ! なんで外にワープして――」


 ニコンは混乱しているようだ。『アリュート』では時間が止まっている。

 彼女の目線で、図書館の会議室から突然、外に瞬間移動したような感覚に陥っているのだろう。

 人を吸い込む時は使い方を少し考えるべきかもしれない。


「危険を案じて君を吸い込んだ。あの黒いヤツはもうここには居ない」

「はあっ? 何勝手なことを……してくれてんのよッ!」


 彼女の怒りは収まらない。奴に対して、明確な感情を剥き出しにしている。敵意を超えた、殺意だ。


「ニコンちゃん。どうかあの者について教えてくれませんか」

「あ……――! ……はい」


 ナロウの言葉によってニコンの怒りは過ぎ去った。彼女自身、納得していない様子ではある。

 この違和感の正体が何らかの魔術であることは明らかだ。


「奴は何者なのです?」

「あいつはクリストフ……。『タリュカス』にあるあたしの屋敷で雇われていた、番兵です……」

「彼を殺したいほどに憎む理由は?」


 ナロウが核心に迫ると、ニコンは力無く膝を地に崩し、泣き出した。


「あいつはあたしのパパを――殺したのよ。あたしもパパも、あいつを、家族みたいに信頼していたのに……!」


 十年前、焼け落ちる屋敷と父親の死をその目に焼き付けた刹那、彼女は絶叫の中、ノウムと共に地球に転移した。

 既に転移し《ノア》の構成員だったラヴィルに確保され、復讐のために死に物狂いで彼女は戦う力を身に付けた。


「あたしは人を殺さない。傷つけたくもない。そう決めてるけど――あいつだけは例外なの!」


 彼女の曝け出した過去から、僕はこの日知ることになった。彼女の力の根幹には、復讐心が関わっていたことを。

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