ルークの決意
図書館での騒動を知ったのだろう。ルークが慌てた様子で遅れてやってきた。
「皆さん、ご無事でしたか。……ここで何が?」
ニコンが声を殺して泣く様子を見て、ルークは心配そうに尋ねる。
「……少しばかり、悲しい過去を明かしてもらったのです。すまないねニコンちゃん。辛い記憶だったろう」
「ぐすん……いえ」
ニコンは国王に心配かけまいと立ち上がり、泣き顔を見せないように顔を伏せた。
「ルーク君、きみの中からも強い怒りを感じます。ここには何の用で?」
「……はい。図書館の一件を聞き、アルドマリア様の無事を確認しようと馳せ参じました」
「そういうことならばご覧のとおり、安藤くんがしっかり守ってくれましたよ」
騒動の後からアルドマリアはずっと僕にくっついている。
本人は「まだ怖いです……」と上目遣いで言ってくるので拒絶するわけにもいかず、周囲からの視線と右腕のかつてないほどのざわつきが僕も怖いところである。
「それならば、よいのですが……」
ルークは苦笑しつつそう呟いた。その無関心もまた、僕に突き刺さる。
「……大精霊様、今日は自宅にお戻りください。警備を強化させますが、しばらくは極力、人との接触を控えてくださいな」
「はあい。アンドーくん、またね」
「は、はい……」
アルドマリアはナロウに従い、僕に手を振りながら図書館の中に戻っていった。
「……さて、ルーク君。きみは騒動についてどこまで知っていますか?」
「ビクトリア支部長が、ワトチョに殺されました……。……それだけ、です」
「犯人は擬態能力を持つ黒い異形です。ワトチョ君本人ではありませんよ」
「そうなのですね……」
その事実はルークにとって初耳だったようで、彼は少しだけ驚く様子を見せたが、またすぐに表情を曇らせた。彼の怒りは鎮まらないどころか、さらに増長したようにさえ感じる。
「……彼女の遺体を見たのです」ルークは震える声で続ける。
「彼女の遺体には、頭部がありませんでした。惨状は部屋中に散らばっていました。……まるで、内側から破裂したかのように……ッ!」
「……それは、なんと惨たらしいことか」
「犯行者が誰であろうと、関係ないのです。国王様、どうか私に報復の機会をお与えください……」
それは、魔術の指南者としての責務を放棄したいという、彼自身からの申し出だった。
数ある職員の中から若手であるルークとワトチョを指南者として指名したのは、国王本人である。
それを辞退しようと本人に嘆願することは、並の覚悟では出来ないことだろう。
「うーん……。きみが動かずとも《大司教》の殺害は《魔導司書》が黙っていないでしょう。それに手掛かりもなくどこを探すというのです」
「……ワトチョとビクトリアは、幼馴染同士だったのですよ。そして私もまた、彼らとは親しい学友でもあります。私が何もしなければ……! 真実を知らずに信じていた者に殺されたビクトリアにも、大罪の濡れ衣を着せられたワトチョにも! 面目が立たないじゃないですか……!」
悔しそうに握り拳を振るわせながら、ルークはただ願った。
「もはや、止めることは出来ないようですね」
僕もそう思う。彼はナロウの承認を得られなくても、たとえ国に帰れなくなったとしても、復讐の旅に出るだろう。
「ルーク君、安藤君の講師としてなぜ若手の者を指名したか分かりますか?」
「……いいえ、分かりません」
「どれだけ優秀な能力を持つ者だとしても、人生において学びは尽きません。異界の風に乗ってやってきた安藤君と接することで、何か新しい気付きがあれば、と考えたのです」
「……新しい気付き」
「ですが、どうやら状況が大きく転じてしまいましたね。国王として、貴方の意思を尊重しましょう」
それを聞いて、ルークの表情が晴れた。
「……では!」
「――ただし、条件を付けます」
「条件……ですか?」
「今度実施される上級魔術認可試験に、合格することです」
「それくらいならば――」
「一人でではありませんよ。安藤君と共に受験し、二人で合格することとします」
「えっ?」
せっかく晴れ始めていたルークの顔が、また絶望的な曇天に変わった。そんなに僕って期待できないのだろうか。
「お言葉ですがナロウ様、アンドー様は精霊の適性が――」
「工夫と根性を見せなさい。貴方が追う者はもはや特級の資格者ですよ。出来ないならば、公的な承認はありません」
「……やります」
「良い返事です。試験までの期間は、国内に限り異形の捜索を許可します」
「ご厚意に感謝します……」
ルークはそう言うが、対策に追われて捜索している暇など無いのだろう。
ナロウは彼の身を案じた上で厳しい条件を課している。
「さてと、じゃあ私も王宮に戻るね。そうだ安藤君、トードル君に関してですが、しばらく監視の届くところに滞在してもらいます。外部の者に対する風当たりが強まりそうですので、安藤君も少し気をつけていてください」
「わかりました。今日はありがとうございました」
「試験頑張ってねえ」
ナロウはそう言って、杖を支えにのんびりと歩き去っていった。
それを見送った後……ルークは膝から崩れ落ちた。
「あの、ルークさん……頑張りましょう。いざとなったら『アリュート』に篭りますので……」
頭に響くあの激痛は出来れば二度と味わいたくないのだが。
「アンドー様、申し訳ありません。期待されていないと思わせるような態度を取りましたね……」
「……あ、自覚あったのか……」
ルークは肩を落とし、ため息をつく。
「はっきり言ってナロウ様の提示された条件は絶望的です。ですがそれは決してアンドー様の能力や経験の問題ではありません……。上級魔術の認可試験が、そもそも難しすぎるんです……。私でも試験まで死ぬほど対策して、万に一つでも合格出来るかどうか……」
魔術がいかに危険なものであるかを知っている今であれば、試験が困難であることにも納得は出来る。
強大な魔術は誰もが気軽に扱っていいものではない。一般家庭に戦車を配るようなものである。
「過去問解きましょう! 過去問!」
そもそも試験の内容を知らないが、そんな提案をしてみる。
「筆記試験はそうですね。頭に叩き込めばどうにかなります。問題は実技試験です……」
「前回はどんなものが?」
「当国はありったけの魔力を魔導具に流し込む、という内容でした。魔力量が規定以上だった者が合格で、倒れた者は失格です」
「それなら僕でも……」
「みんな同じことを思っていたはずです。上級魔術の試験を受ける者が魔力の過剰放出で気を失うものか、と余裕をもって臨みました。ですがその魔導具、蓄積した魔力を衝撃波に変えて反射する鏡のようなものでして……」
試験を通過できる者は毎年世界で百名もおらず、怪我人は続出するわ、参加者の心は折れるわ、内容について批判の声も少なくないらしい。
「誰が試験内容を考えるんだろう……」
「魔術省の職員ですよ……。ですがそれが誰であるかは明かされません。仕方ないのです。心を折るための試験ですから。上級魔術は〝戦略級〟あるいは〝決戦魔術〟と呼ばれる規模のものですよ。小さな村一つならば壊滅します。そんな危険なものを習得しようとするのは、ろくでもない方である場合が多いのです……」
それってつまり上級魔術師は皆ロクデナシということにならないか。
「そんな大変な試験、どうやって対策するんですか!」
「正直、私の力量では厳しいです。誰かの教えを乞わねば……」
「あっ、それなら適任がいますよ」
不思議そうにするルークの顔を他所に、僕は《白窓》を展開する。
だが案の定、そいつは踏ん張った。
「……あの、何を?」
「ヴェルガ、出てこいっ! 教えるの好きだろ!」
「ゔぇっ……!」
ルークは期待と恐怖の入り混じった表情を見せるものの、当のヴェルガは何が何でも俗世に介入したくないようである。
――やめろ。貴様らの相手をしているほど私も暇じゃない。
頭の中に直接、ヴェルガの拒絶する声が響く。
彼は『アリュート』で、新しい未来の解析をしているのだろう。
「くぬぬぬぬっ……! 時間が惜しいというのに……」
ヴェルガは世界を救おうと行動しているわけだから、無理にでもそれを邪魔しようとは思わなかった。となれば、別の手段を探さねばならない。
「アンドー様、良いのです。伝説に名を残すほどに偉大なお方に師事できるならばそれほど光栄なことはありませんが……。わがままで見苦しい者として記憶されたくはありません。私は自分に出来ることを全力でやりますね」
残念そうな笑みを浮かべて、ルークはそう告げた。
しかし言葉というのは不思議なもので。時として、他者の考えをいとも容易く変えてしまう。どんな魔法よりも強力なほどに。
突然、僕が展開して制御していたはずの《白窓》が、意図せずその向きをルークの方へと変えた。
「――そういえば、貴様は〝魔術省〟の者だったか……」
中から聞こえてきたのはヴェルガの声だ。驚くべきことに、彼はルークに興味を示し始めていた。ルークの何らかの発言が、ヴェルガの頑固な心に響いたのかもしれない。
「は、はい。まだ新米ではありますが……」
「条件次第では、助力してやらんこともない」
「条件……?」
またか、と言わんばかりの言葉にルークは些か疲れた表情を見せる。
「――名誉の為に戦ったわけではないとはいえ、歴史が捏造されたことに対しては未練が残っていてな……」
「まさか、復讐を……?」
「違う。貴様ら俗世の人間はいつもそうだ。印象で人間を決めつける。真っ先にその発想に至るのが何よりの証拠だ。私を悪の権化だと決めつけるな……」
ヴェルガが愚痴を溢すとは意外である。
対してルークは自らが無礼を働いていることを悟り、怯えだした。
「も、申し訳ありません! お姿が見えずとんだ失礼を……」
「貴様らにしてもらうのは歴史の修正だ。私は史実で語られるような悪魔では断じてない。それを世界中に知らしめてもらいたい」
「ちょっと待てヴェルガ。今〝貴様ら〟って――」
僕の反論を制止する勢いで、ルークが発言を遮る。
「やります。それくらいのことならば、喜んで!」
「よかろう。決まりだな――」
本当にいいのかよ、と突っ込む暇もなく。
展開していた《白窓》が今度は勝手に黒へと変化して、僕たちの目の前に浮かび、そして巨大化した。
不吉な緊張感が取り巻きはじめ、魔術を止めようとした直後。
黒窓の向こうから禍々しい黒い影が巨大な蟹のような手を伸ばし、僕たちを鷲掴みにした。
痛みはおろか、触れられている感覚すらない。しかしその手は確かに僕たちを捕らえて離さず、何かを引き抜こうとしていた。
嫌な予感しかしない。
「ちょ――!」
そばで様子を見守っていたニコンも同じく、突然のことに唖然としている。
「なんであたしまでっ――!」
その嘆きは誰の耳にも届くことはなく。
――ぶちっ。
とてつもない冷たさを感じた刹那、黒い手は僕たち三人の肉体から精神的なものを引きちぎり、沈黙する世界へと連れ去るのだった。




