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平成の魔王  作者: 雪鐘 ユーリ
第三章 - 魔法の世界
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狂人 - Ⅱ

 ろくな生活をしてこなかったのか、全身が痩せこけ、ひどく弱々しい格好で縛り付けられた男が僕の目に映った。

 動けないのをいい事に、避難していた人々は彼に暴行し、ゴミを投げ、誹謗かと思わしき言葉をぶつける。

 しかし彼は抵抗しようともせず、諦観に満ちた表情で、ただ静かにその扱いを受け入れていた。


「周りの人いわく、道端で失神してるのを避難してる人が見つけたんだってさ。あたし以外にもそれなりに戦える奴が居たのね」


 暴行の様子を大衆に紛れて眺めながら、僕の隣にいたニコンが呟いた。

 それもそのはず、あの男を失神にまで至らしめたのは他でもない僕なのだ。ククリを探している時、偶然遭遇してしまった狂人(インセニル)の男。

 吸い込んだ上で、全力で放出し樹木に叩きつけたため、殺してしまったかと思っていたが、どうやら生きていたらしい。

 しかしその男からは既に、狂人らしさどころか生気すら感じ取れなかった。


「なんか……他の奴らとは全然雰囲気が違うな」

「ま、とっくに正気は取り戻してるでしょうね」

「え……?」

「元々《インセニル》って呼ばれる人たちは、受け入れられない現実に理性を閉ざし、野生へと還っていったヒトの成れの果てよ。どういう訳か群れで行動して、みんな最終的に『ナージス』へとたどり着く。この街にある“生まれ変わりの伝承”は世界的にも有名だし、記憶の片隅にそれが残ってるのかもしれないわね」


 彼らはここに死に場所を求めているという事か?

 生まれ変わりという伝承を信じて?

 ならば何故、人々を襲うんだ。物を奪い、火を放つんだ。


「そこまで受け入れられない現実って……」

「空を見たでしょ」

「……うん」


 太陽の昇らない、永遠に夜が続く空。

 その一点で微動だにせず佇み、空に開いた眼のように妖しく光る赤い月。


「……昔は、この魔界もあなたの住んでいた世界のように、毎朝あったかい太陽が昇ってたのよ。だけど十年前、その平穏な日々は一瞬にして終わった」

「それが、この空?」

「そうよ。どこかの悪い魔術師が、人々から太陽を奪った。ま、こんな事出来んの神さまくらいしか居ないって言われてるけどね」

「アルカ……」


 無意識のうちに、いつか夢で見た赤髪の少女の名を呟いていた。炎が吹きすさび地獄と化した世界の空で、それを悲しそうな表情で見渡していた姿が脳裏に浮かぶ。


「それで多くの動植物は死に絶え、緑の豊かな街と言われていたここも、枯れ果てちゃった。――アンドウ。この世界はね、あんたが考えているよりずっとずっと絶望よ。もう、終わりを待つしかないんだもの」

「そんな……」

「神さまにすら見放された世界に、希望なんてこれっぽっちもないのよ」


 僕はニコンが前向きな性格の持ち主だと思っていたが、この世界に関しては自棄になっているように見えた。それを表に出さないようにしているのか、彼女の説明は淡々としたものだったが。

 それほどまでに魔界(ネビュレスト)は悲惨な状況に陥っているのだ。

 彼らは強い。それでもなお抗えない事実に直面し、理性を失う。



 ――……違う。



 心の奥底で、ヴェルガが呟いた気がした。

 きっと、アルカの事を言っているのだろう。僕もそう思う。

 夢で見た彼女の眼差しには、世界を見放した者がするような、冷酷で、禍々しい雰囲気は感じ取れなかったように思える。



 その時、一人の男が声を大にして大衆に何かを告げた。徐々に男の周囲から野次が離れていく。特に、女性や子供が多い。


「なんて言ってるの?」

「……処刑するんだって。この聖堂、結構色んな物揃ってるからね……。当然の報いよ……」


 そう言うニコンも、散り散りになる人々も、どこか煮え切らない表情をしている。

 本当は誰も望んでいないのだ。崩壊の最中にある世界で、互いを傷つけ合うことなんて。だけど、誰かがやらないと、傷付く人は増える一方だ。ゆえに、仕方のない事なのかもしれないし、部外者の僕が首を突っ込む事でもないのだろう。


「あの人は、正気を取り戻してるんだよね」

「そうでしょうね。あの雰囲気じゃ、抵抗する気もないんじゃない? ――って、ちょっとアンドウ!」


 どういう訳か、狂人だった者を別室に運ぼうとしているガタイの良い二人の男に、僕は一歩ずつ近づいていた。果たしてこれは自分の意思なのやら、それは分からない。

 だけど止めなければならないと思ったのは事実だ。だからこれがヴェルガが何らかの力を使って僕の身体を操作していると言っても、なんら文句はない。


「……止まれ」


 僕は男達の前に立ちはだかり、両手を広げて言った。当たり前だが言葉は通じていない。

 男達は互いに顔を合わせ、不思議そうな顔をしている。よく見たら彼らの懐には武器があった。

 なんだか急に怖くなってきた……。でも大丈夫だ、僕には魔術がある。いざとなったら吸い込んで――。


 とか考えていたら、いつの間にか男の一人に殴り飛ばされた。どいつもこいつもものすごい速度で距離を詰めるのだから、反応が遅れる。

 しかも痛い。ヴェルガは痛みを知れって言っていたが、今だけ痛覚を遮断しようか迷う。ていうかなんで僕は止めようとしたんだ……。ニコンの方が強いんだし彼女に止めてきてって頼んだ方が良かったかもしれない。痛い。泣きそう。


 一発殴られただけでここまで弱気になる自分が情けない。


「ちょっ、アンドウ! 大丈夫っ?」


 そんな声が聞こえて、我にかえった。これは僕が起こした行動なのだから、彼女を巻き込むわけにはいかない。

 こっちに来ようとする彼女を制し、僕はゆっくりと立ち上がった。そしてもう一度――今度は目の前に立ち、彼らの行く手を阻む。彼らも僕の行動に困惑している様子だった。

 そして再び拳が飛んでくるのだが、今度はそれを後ろに避けた。何となく、拳の軌道が見えた気がしたのだ。

 しかし避けた距離の分だけ彼らは進んでしまう。何とかして止めなければならない。

 説得は無理だ。言葉が通じない。

 かといって吸引の魔術ではその場限りの対策にしかならない。


「くそっ、どうすれば……」


 一度散りかけた人々は、そんな僕達の様子を不安げな表情で眺めていた。二人の男は何か相談をしているようで、やがて結論に至ったようだ。


「――〈タインブリード〉」


 男の一人が、右手を地に付けそう言った。


「なっ!」


 その言葉が何らかの魔術のトリガーである事はすぐに理解した。足元に薄緑色の魔法陣が展開され、咄嗟に僕は飛び退いたのだが、何かに(つまず)いてすっ転んだ。

 足元を見ると、床から這い出てきた枝が僕の足首に絡みついており、まるで生き物かのように身体まで伸びてくる。


「くそっ! 武器持ってんだから武器使えよ! 魔術使うなんて最低だな! ばーかばーか!」


 僕は暴れながらそう叫んだ。武器を使われたら魔術を使って対抗するつもりだったけど。言葉が通じないのをいい事に色んな罵声を浴びせまくった。


 ――結果的に僕も捕まり、茫然とした狂人と共に木製の牢獄に突っ込まれた。



 ***



「…………」

「…………」


 僕と元狂人の二人は、沈黙に満ちた牢屋の中を過ごしていた。

 そもそも、話す事もなければ、言葉が通じる事もない。それなのに、男は静かにじっとこちらを見つめている。

 そんな気まずい空気の中、僕は緊張のせいか牢に用意された硬いベッドの上に正座していた。男は手錠を掛けられていたが、僕の両手は自由である。どうやら無害だと判断されたらしい。


『……変わった服装をしているな』

「…………?」


 時折、男が声を掛けてくるのだが、何を言っているのか分からない。


「あ、あい、どんと、あんだーすたんど、ゆあ、らんげーじ」

『…………?』


 ――と、なぜか中学生レベルの英語で応答する事もあったが、当然の事ながら伝わらない。

 結局、再び牢屋は静寂に包まれて、それから特にやりとりもないまま時間だけが進んでいった。


『ちょっと、放しなさい! 一人で歩けるっての!』


 そして突然、牢全体に甲高い少女の声が響く。言葉の意味は分からないが、声の主がニコンであることは分かった。

 声はやがて近づき、牢屋の前を男と共に過ぎる。ニコンは両腕を背に回され、手首に手錠を掛けられていた。


「ニコンッ? どうしてここに!」

「あっ、アンドウ! って痛い痛い!」


 そのまま男に引っ張られながら通り過ぎ、隣の牢屋に入れられたようで、枯れ木が軋む音と共に扉が力強く閉まる。

 どうしてニコンまで捕まったんだ。


「ニコン……助けにきてくれたのか?」

「はぁ? 違うわよ! あんたは無罪だっつったらあたしまで仲間扱いされてこのザマよ! 抵抗しようにも槍が召喚出来ないし……最悪! あたしが狂人化してない事くらい見ればわかるじゃない!」


 隣の牢屋からニコンのヒステリックな声が響く。


「槍を召喚って……もしかして暴れたの?」

「当然よ! 連れていきますねって言われて、はい喜んでっ! なんて言うとおもう? これもあんたのせいよ!」


 理不尽である。彼女の周囲を渦巻いていた怒りの矛先が突然こっちに飛んできた。


「な、何とか説得してくれよ……。俺はこの世界の言葉がわからないんだ」

「そうね……確かに説得しないと」

「ニコン……」


 良かった。ようやく落ち着きを取り戻してくれたようだ。これで――


「その為にはこの牢屋をぶち破って力尽くで分からせるのよ! 早く槍を返してよ、アンドウ!」


 全然落ち着いていなかった。何もかもを武力で解決しようとしている。それじゃまるで逆効果だという事に、彼女は気付けていない。


「ん……? 待って、槍を返してってまさか……」


 僕は右手をかざし、ニコンとぶつかった時に咄嗟に吸い込んだ槍を放出した。それはこちら側に顕現し、同時に霧散していく。

 やべえ。さっきは理不尽だと思ってたけど、コレ確かに僕のせいだ。完全に忘れていた。


「あんたが吸い込んでから! あたしの魔術がうまくいかないの!」

「そ、そんな事言われても……。何かの間違いじゃない? た、試しにここでやってみなよ!」

「だーかーらぁ……。もう、何度も……って、ありゃ? ごめん出てきた」


 よし、とりあえず誤魔化す事には成功した。これで槍が出てこなかったのは僕のせいではなく、ニコンの魔術の不調のせいだという事になる。

 そんな事実際にあるのかは知らないが……。これぞ現実の改変だ。


「は、はははっ、そういう事もあるんだな! まぁ、よかったじゃ――」

「とぅぉりゃぁぁぁぁぁぁぁ!」


 ニコンは何を考えているのだろう。強固な樹木で作られた牢の壁を、槍を使って突き破ってきた。

 僕と狂人のもとには細かな木の破片が飛び散ってきたが、幸いにも大きな怪我にはならなかった。そして二人揃って、その様子に唖然とする。

 ホコリが宙を舞い視界を遮るが、やがて見えてきた牢の壁には、大きな穴が開いていた。


「えほッ、げほっ! に、ニコン、何してるんだよ……」

「くぅー、手がビリビリする。やっぱノウムが居ないとあたしもまだまだ未熟者ね……」


 そう言いながら、自身の手をぶんぶんと振り回す。そして服についたホコリを払っていた。


「困難な状況に立たされたら、まずは仲間と合流するのよ。これは基本中の基本よ! 覚えておきなさい」


 ニコンは牢屋の通路側を背に、僕たちに向けて堂々と言い放った。狂人には通じていないのだろうが、その雰囲気にどことなく圧倒されているかのようにも見えた気がする。

 ただ、彼女はその後ろにいる者の存在に未だに気付いていない。


「……あー、ニコン? その、後ろ」

「えっ――」


 その後、合流した僕達三名は当然のように看守に見つかり、宿り木のような魔術で壁に張り付けにされた。

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