剛雷の騎士 - Ⅳ
同刻、富士樹海――。
リュード達は偶然見かけた古めかしい小屋で休んでいた。
手入れはされていない、木造の空き家だ。
所々に蜘蛛の巣が張ってあり、虫が苦手なニコンは終始おどおどとしている。
そこでリュードは、坂下に怪我の治療をしてもらっていた。
「……負けた」
リュードは呟いた。先の戦いは完敗だった。
ラヴィルも人間と契約を交わした者――つまり条件は一緒だったというのに、負けた。
傷の事はそっちのけで、ただただそれを悔やんでいる。
「よし……。包帯は貼り終えた。しばらく安静にしろよ。傷が開くぞ」
「ああ……すまない」
外では、雷鳴が轟いていた。
「……妙ですね」
ノウムが外の様子を見ながら言った。
「何がよ?」
「雷……すごい鳴ってるのに、外は晴れてる。それになんか……季節の割に妙に寒くないですか?」
「うーん……言われてみれば。ちょっとあたし見てくるわ! あまりここ居たくないし!」
ニコンはそう言って、逃げるように小屋から出た。
ノウムもそれを追った。
そして外で、ニコンの短い悲鳴が響く。
「何事だ……」
残されたリュードと坂下も外に出て、上空を仰いだ。
そこでは、紫黒の雨雲が渦を巻くように空を覆い、雷鳴を轟かせている。
「何だあれは……まさか、《剛雷》か!」
「さいか……? 何それ」
渦の中心は、虚魔の鉄塔が聳えていた場所の真上だ。
坂下を除く三人は、その名を聞いて青褪める。
「何だこの忌々しい力は――逃げるぞ!」
「おい! なんだよサイなんとかって!」
「サイカリオン……魔神から名を賜った、三人の最強の魔術師・三魔帝の一人です」
坂下の問いに、ノウムは答えた。
リュード達は駆け足でその場から離れる。
「つまりどういうことだよ!」
「奴は前武闘会を圧倒的な力で制した、言わば魔界の王だ……」
「だから、何だよ! はっきり言ってくれ、じれったい」
「最悪、この国が滅ぶ」
「はあっ?」
それと同時だった。蒼い雷が、森に落ちた。
視界は一瞬にして光に包まれ、あっという間にリュード達は衝撃波に飛ばされる。
「いててて……。何だこれ……? 印刷機――オゾンの匂いがする」
「無事か、坂下!」
「あ、ああ。ニコンちゃんとノウム君も無事みたいだ。
だけどもう少し離れよう。毒性の物質が蔓延してる」
リュード達は再び歩みを進めた。
ふと、リュードは立ち止まり、手に付けた指輪を外す。
そして、虚空に魔法陣を展開した。
「壊れたか……」
今の落雷によって、虚魔の塔は破壊されたようだった。その証拠に、魔法陣は霧散する事なく空中を漂っている。
リュードは過去に《ノア》の兵士や、ラヴィルが放った言葉を思い返していた。
我々は、人間を恐怖に陥れる化け物だ。
我々は、人間の目には殺戮の兵器にしか映らない。
その言葉は、リュードに一つの決意を芽生えさせる。
「ニコン、ノウム。よく聞け。我々は決して、化け物でも殺戮の兵器でもない」
「な、何よ唐突に……」
「だから、決めた。どうしても地球人がそう呼ぶのなら、我々は地球人を救う化け物になるのだ。
我々には、心がある。己の力は、秩序の為に使え」
その言葉は、聞いていた三人の胸に深く刻まれる事になる。
「ん? 何だありゃ?」
坂下が上空を指差した。
銀の騎士が空を飛び、紫黒の雷雲に向かっていた。
***
「全く……とんでもない魔力ですね。本当に人なんでしょうか」
ルーナは虚空に呟き、剣の一振りで雷雲を吹き飛ばした。
それでもなお、空に一点の黒い影が浮かんでいた。
彼女は恐れる事なくそれに近付く。
「あなたですか……。魔界最強の騎士――ルガリス=グランデイズ」
そこに居たのは、全身を漆黒の鎧に包む騎士だった。
騎士は何も答えず、静かにルーナを見据えている。
「特に貴方に恨みはありませんが、野放しにしておくと地球全体が危険だとサリエルさんに伺っています。
私に従う意思がないなら、天界の刃神の名にかけて、貴方を斬ります」
「……その剣、〈銀月〉か」
黒い騎士が言った。その淡々とした若い女性の声に、ルーナは半ば驚いた。
「……よくご存知ですね。貴方の目的は何ですか?」
ルーナは尋ねる。
「別に」と、ルガリスは言った。
「私はこの世界を荒らしに来た訳ではない……。目的は、半ば果たしたと言える……。
お前と剣を交える気は、無い」
静かにやり取りをする彼女達の間には、一切の隙も無かった。
ルガリスの黒い鎧には、時折紫色の電気が流れている。身体から発せられるエネルギーを、完全に抑えきれていないかのように。
「……だが。
個人的に気に食わない事があるとするならば、我々で実験を行っているとかいう『ドヴェルグヘイム』の愚者達か……」
ルガリスが呟いた瞬間、彼女は電気を纏って消えていった。
その光が向かう先は、北西だ。
「あ、待ちなさい!」
ルーナも急いでそれを追う。距離を詰める事は無かったが、置いていかれて見失うことも無かった。
「……そこか」
ルガリスは止まり、虚空に呟く。
彼女達は、北ヨーロッパに位置するバルト海の上空まで飛んで来ていた。
「やっと止まったか……! おい、いい加減にしろ。こんなところまで何しに来たんだ」
「……見えないのか。まぁ、そこで眺めていろ」
「何を――」
『――〈サイカリオン〉』
ルガリスは上空に手を掲げる。すると瞬く間に雷雲が発生し、彼女の手元に雷が落ちた。
周囲には毒素が発生し、ルーナの目元や喉に痛みを生じさせた。
ルーナは風を起こしそれを振り払う。咄嗟の行動だった。
ルガリスの手元には、一本の剣が顕現していた。
真っ直ぐに伸びた銀の剣。鎧と同じように、表面には紫色をした電流が走っている。
一呼吸を置いて、彼女は剣を振りかぶり――消えた。
否、一瞬のうちに、何かを斬ったのだ。
空が爆発し、大炎上している。
「な……」
ルーナはその様子を唖然としながら見ていた。
突然、空に巨大な戦艦が現れたのだ。それは爆散し、黒い煙を撒き散らしながら地上へと墜落していく。
――ルガリスが、一刀両断したのである。
その戦艦からは小型の戦闘機が何機も飛び去っていった。
しかし多くの搭乗員はなす術もなく――《ノア》の有する戦艦『ドヴェルグヘイム』は、空に散っていった。
***
「次は、東か……」
ルガリスは淡々と呟きながら、再び全身に雷を纏い始める。
「待ちなさい!」
ルーナは銀月の剣撃で、それを打ち消した。
「あくまで邪魔をするか。天界の剣士――」
「ルーナです。貴方は危険だと判断しました。――斬ります」
「……やってみろ」
二人は互いに剣を構える。
轟く紫電と、吹き荒ぶ銀の風がその場一体を取り巻いていた。
ルーナは一瞬で間合いを詰め、ルガリスに斬りかかった。
刃は確実にルガリスの胴を捉えていたが、その黒い鎧を貫くことは無かった。
現実に存在し得ない金属で作られた鎧は、一切の傷すら付かずにルーナの剣を弾いていた。
「終わりか……?」
ルガリスは自身の剣を振りかぶる。ルーナは距離を置くが、その剣は稲妻を生じさせ彼女に襲いかかる。
「くっ……」
まるで竜のように迫り来るそれを、ルーナは薙ぎ払った。
彼女の剣――〈虚剣・銀月〉には、魔力を帯びた力を虚無に還す力がある。
魔術を主に戦う者は、その剣一本で完封される。
これが、ルーナが天界で最強と言われる所以の一つだ。
だが、決して相手の魔術を封印する訳ではない。目で終えぬ攻撃に、銀月は意味を成さない。
一瞬にして、ルガリスはルーナの目の前に来ていた。そして、剣を振り下ろす。
ルーナはそれを己の剣で何とか凌ぐが、攻撃のあまりの重さに地上へと撃墜された。
「……天界の剣士。私を止めると言うのなら全力で来い。――退屈をさせるな」
ルガリスはそう言った。そして追い討ちをかけるように、地上に落ちたルーナへと雷を落とす。
だが直後、ルガリスは半透明の何かに捕まれ、ルーナと同じく地上へと投げ飛ばされた。
そこに現れていたのは、魔術で生み出された銀色の巨人だ。
高さ五十メートルはあろう巨大な風刃の塊が、ルガリスを睨みながら立っていた。
その巨人に触れた物体は、一瞬にして粉々になって何処かへと吹き飛ばされている。
周囲には天まで伸びる竜巻がいくつも生じており、常人が近付けば瞬く間に命を落とすだろう。
「ならば、そういう貴方こそ全力で来ればいい……」
巨人の足下に、ルーナは立っていた。
髪は銀に輝き、空色の眼には渦を巻いたような魔法陣が刻み込まれている。彼女を取り巻く風の結界は、大地すらも抉り取っていた。
「私は刃の神――この世に斬れぬ物など……無いッ!」
「ふっ……面白い。剣技だけでなく魔術も使えたか……」
ルガリスはゆっくりと立ち上がり、ルーナに向けて言った。
常に切断状態にあると言える風の巨人に掴まれてもなお、黒い鎧には傷一つ付いていない。
「……これで終わらせます」
彼女はそう言って、銀月を手放した。手元を離れたその剣は、虚空へと溶けていく。
「――何のつもりだ」
「元より銀月は、魔術を斬り捨てるために作られた虚なる剣です。
これでは貴方の鎧に対しては、ただの剣と同じ力しか発揮出来ない」
これは、一種の賭けだった。銀月を消した以上、ルガリスの紫電をもろに受ければ軽傷では済まされない。
「だから、戦い方を変えるのです――」
ルーナは、その剣の名を詠う。
『――いでよ、蒼剣……〈天龍〉ッ!』
虚空から顕現した剣は、どこまでも深い海のような蒼色に包まれていた。刀身からは水が流れ、刃先から零れ落ちている。
「ご覚悟を――」
銀風の巨人は、その姿を狼へと変えルガリスに向かい駆け出した。そのすぐ後ろをルーナが追従する。
ルガリスは、天から大量の雷電を呼び寄せた。
しかし風のように舞うルーナはそれを回避し、ルガリスへと間合いを詰める。
前方から襲い来る紫電の鞭は、狼に触れると無力化されていた。
風の狼はルガリスを襲う。しかし、やはり傷は付かない。
それでもルーナはルガリスの懐へと入り、鎧を真横から叩き斬った。
その事実に、ルガリスは驚きを隠せなかった。彼女の鎧は、異次元の鉱物で作られた金剛不壊の代物だった。
それは、ルーナの一撃で砕け散ったのだ。
しかし、それよりも驚いていたのはルーナである。
彼女は確かに鎧を斬った。しかしその剣撃は、本来あるはずのルガリスの胴体にまで、届かなかった。
さらに硬質なモノが、鎧の奥から顔を覗かせていた。
それは、岩石だ。鋼鉄よりも硬い岩が、ルガリスの皮膚を覆っていた。
「ふふ……ふははははっ! 初めてだ……。初めて見た……! この鎧が壊されるとは……。面白いぞ、ルーナとやら……! お前の言葉に偽りは無い……」
先程まで寡黙だったルガリスは、その事実に高揚感を増し、不気味な笑い声を響かせる。
同時に、先程よりも強烈な雷が爆散しルーナに襲いかかった。
これまでとは比べ物にならない殺意に満ちた赤紫色の電流に死を予知したルーナは、彼女から距離を置く。
――止められない。
ルーナはそう悟った。
離れた場所にいる漆黒の騎士は、破滅という概念を具象化させた存在とすら思わせる程に異質な力を放っていた。
「すまないが、時間が来てしまったようだ……」
「え――」
ルガリスは一瞬にしてルーナの目の前に移動していた。
「……お前は強い。その若さにして殺すのには少し惜しい。……また会おう、必ず。
そしてその時、お前を殺す。私から逃れたければ、強くなれ……」
ルーナは死に直面した事に対する恐怖に、言葉を発する事が出来なかった。
ルガリスはルーナに手を触れ、電流を走らせる。
常人ならば感電死する程の力が放たれたが、幸いにもそれはルーナの意識を失わせるだけに留まった。
天界最強の剣士は、この日魔界の剣士に敗れた。
ルガリスは空へと消え、更地となった地上には意識を失ったルーナだけが残された――。




