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平成の魔王  作者: 雪鐘 ユーリ
第二章 - 僕達が生きる世界
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剛雷の騎士 - Ⅲ

※今回ちょっぴり残酷な描写がございます。苦手な方は薄眼でご覧下さい。※

 そこは車が通行出来ない、狭い街路だった。

 《パーシヴァル》と名乗る騎士団は、僕達の前後に構え、行く手を阻んでいる。

 通行人が見当たらないのは、幸いな事だったかもしれない。あるいは、飯田さんが通行を止めているのだろう。

 元々、飯田さんに異能力者と戦う力は無い。彼は一般人を守るために行動すると言っていた。



 隊長との決闘が始まった。


 僕は左手でしっかりと支えた右手をエルウィンという男に向け、白窓を展開する。

 とにかく口径は小さく、そしてその分を威力に回す――イメージするのは、鉄砲だ。


「ミヤちゃん、俺から離れないでくれ」


 ミヤちゃんは震え怯えた手で僕の服を掴む。

 背後から奇襲を受ける可能性が捨てきれなかったが、幸いにも武器を構えているのはエルウィンだけだった。

 周りの騎士団員は皆、彼が負けるはずは無いといった面持ちで僕達を眺めている。


 チャンスは一発と言っても過言では無かった。

 僕は狙いを定め、石の弾丸を発射した。


「む……!」


 銃声のような大きな音を立てずに、静かに風を切りながら飛来した弾丸に、エルウィンも半ば驚いた様子だ。

 だがそれは、彼の持つ剣に容易く弾かれてしまう。


 不敵な笑みを浮かべながら、彼は一気に距離を詰める。

 速い。これでは次の弾丸を撃つ前に斬られる。


「面白い力だ。だが終わりだな。二人仲良く、あの世に行け」


 僕は咄嗟の判断で黒窓に切り替え、念じた。

 剣を奪え、と。


 それにより彼の剣は軌道がずれるが、このままだと僕は斬られる。

 ダメか――そう感じる間も切っ先は容赦なく僕に向かう。


 しかし、間違いなく僕達を両断したであろう剣は、そのまま虚空を切っていった。


「何だ? 何が起きた!」


 そのまま電気を纏った剣は、僕の腕の中へと飲まれていった。

 僕が念じた瞬間に、エルウィンの剣はまるでホログラムになったかのように、彼の手中からもすり抜けたようだ。


 僕はもう一度手を構え、白窓を形成する。

 小石を発射すれば、この距離なら彼の心臓でも顔面でも貫き、殺すだろう。


「ひぃッ!」


 エルウィンは恐怖に満ちた表情で、情けない声を上げた。

 だがそれによって、僕の中に一筋の躊躇(ためら)いが生まれてしまう。

 その時、撃てば勝っていたのに。僕はその引き金を引けなかった。


「……俺の勝ちで、いいか?」

「賭けるのは……互いの命だと言ったはずだァ!」


 エルウィンは懐から銃を取り出していた。この世界の物とは思えない、宝石の装飾のある高貴な配色の銃。

 平静さを取り戻していた僕は、その攻撃も予想が出来ていた。一瞬にしてそれを吸い込み、とうとう彼の攻撃手段は無くなった。


 場にはエルウィンの情けなく命を乞う声だけが響く。

 その戦いの結果に、多くの者が茫然としていた。


「み、皆の者! 何をしてる、早く対象を撃てェ! もう決闘は終わりだ!」


 騎士団員は一斉に銃を構えた。彼らは剣を持っていないようだ。あるいは、集団戦では扱いにくい剣なのかもしれない。


「……全部吸い込め」


 僕は虚空に呟く。彼らが持つ銃は全て消えていった。


「アンドー、大丈夫か!」


 その時、背後の騎士団員を吹っ飛ばしながら、サチュリが駆けつけた。


「サチュリ! 無事だったか、よかった……」

「それはこっちの台詞だ! よく……ミヤを守ったな」


 そうだ。僕はミヤちゃんを守る事が出来た。

 彼女は依然として放心状態のままだが、サチュリが合流した事もありひとまず安心である。


「なぜ……」


 エルウィンが口を開く。


「なぜ貴様らはその罪人に加担をする! そいつはかの大罪人・シェミルと結託し、不正に魔術を習得した危険人物だぞ!」

「シェミルが? ……大罪人?」


 その言葉に反応を示したのはミヤちゃんだった。


「そうとも! かの大罪人は既に裁かれ“地獄”へと落ちたがな!」

「やめろ、ミヤ。こいつの言う事は無視しろ。……おい!」


 サチュリの言葉をよそに、ミヤちゃんは頭を抱え膝をついた。

 何が起きているんだ。それよりも僕はミヤちゃんから、シェミルは仕事が忙しくて天界に帰ったと聞いている。

 それは、嘘だったという事だろうか。


「うそだ……あの時、シェミルは……うそ、わたし……」


 ミヤちゃんは錯乱状態に陥っている。

 涙を流しながら、何かを思い返しているようだ。


「わたし……安藤くんだけじゃなくて、シェミルの事も忘れてたの……?」

「まずい、ミヤ! 落ち着け、深呼吸を――」

「いや……いやぁ、いやあああああああ!」


 ミヤちゃんは狂ったように悲鳴をあげている。

 その様子に、僕を含めた多くの者が困惑を隠せない。

 エルウィンは何かに気付き、笑みを浮かべながら言った。


「そうか……! 確かシェミルは幻覚を司る魔術を扱ったはず。さては貴様、記憶を改竄されていたか! くはは、なんて無様な事か!」


 サチュリはエルウィンを蹴り飛ばした。


「少し、黙っていろ」


 彼は壁を突き破り、建物の中まで吹き飛ばされていたが、ゆっくりと姿を現わす。その額には血が流れていて、無傷というわけでもなさそうだった。


「くくく、痛いな……。だが、もう終わりだ! 安藤弘樹とやら、見事な戦いだった! だが、我々も何も考えずに決闘を申し出た訳ではない!」

「何だと?」


 まだ何か手があるのだろうか。

 こちらはサチュリも加わり、明らかに優勢であるというのに、何をするつもりだ。


「私を殺さなかった事、あの世で悔やめ――」


 その刹那、感じたのは僅かな殺気だ。

 同時に飛来したのは、三発の銃弾だった。


「え――」


 サチュリは僕を突き飛ばし、二発の銃弾を防御の構えを取った腕に受ける。

 そして目の当たりにしてしまう。


 残りの一発が、ミヤちゃんの胸を。

 心臓を、撃ち抜いていた――。



 ***



 先程まで発狂していたミヤちゃんは、その銃弾を受けて、血を吐いて何も言わなくなった。

 ただ目を見開いたまま、その場に倒れ伏す。


「そんな馬鹿な……」


 サチュリも目を丸くしていた。

 目の前に起きた悲劇に、茫然と立ち尽くす。


「嘘……だろ……?」


 僕はミヤちゃんに駆け寄り、抱き寄せる。

 その瞳は徐々に曇り始めていた。自分でも何が起きたか分からないようで、怯えた表情のまま、僕をまっすぐと見つめている。


「嘘だ……ミヤちゃん! 嘘だろ、返事をしてくれよ……!」


 彼女は答えない。目元から一筋の涙を流すだけだ。

 僕は考えるのをやめ、彼女を右手の中に吸い込んだ。


「我々が全員纏まって行動しているとでも思ったか! バカめ。《パーシヴァル》を侮るからそうなるのだよ。

 任務は終わりだ。帰るぞ!」


 エルウィン率いる騎士団は一斉に、不思議な色をした石を空に掲げた。

 同時に魔法陣が展開される。


 ――待て。


 僕は無意識のうちに彼らの持つその石を全て吸い込んだ。

 魔法陣は消え去り、彼らはこれで帰る手段を失う事になる。


 守れなかった。

 さっき、すぐにでもエルウィンを殺しておけば、戦況は変わっていたかもしれない。

 僕のちっぽけな道徳心が、ミヤちゃんを悲劇に導いた。


「ああああああ……」

「アンドー……?」


 嗚咽は徐々に慟哭(どうこく)となって、虚空に響く。


「……あああああああッッ!」


 ――殺せ。


 どこかで、誰かが囁いた。


「殺す……」


 ――殺せ。一人残らず。容赦は要らん。


「殺す、殺すっ! 殺す殺す殺す殺す殺す殺す……!」


 サチュリが邪魔だ。僕は彼女を吸い込んだ。

 悪意ではなく、巻き込まないためだ。破約反射は起こらなかった。


「……何だ貴様、壊れてしまったか? 転移石を返してくれ、それを紛失すると面倒なんだよ……」


 彼が何か言っている気がしたが、どうでもいい。殺すから。

 頭が痛い。また魔界人(ネビュレステル)が転移するんだろうか。知ったことか。


 この時僕は、“普通で居ること”を放棄した。

 無意識の行動だったが、後戻りが出来ない事に対しては自覚があったと思う。


 僕は黒窓を形成し、何かを吸い込む。

 それは僕にも見えないし、そもそも存在し得ないモノだった。

 だけど窓を中心として発生した黒い渦は、確実にそれを吸い込んだ。


「殺す……」


 虚無を吸い込む黒い渦は、魔力を浪費する事がなかった。

 そして解き放つ――いつか夢で見た、紙で作ったような薄っぺらい剣。太陽よりも眩しい光を周囲に放ち、それは僕の手元に顕現した。


「はははっ! 何をしでかすかと思ったが、何だその紙細工は――」


 僕はスッと、その剣を水平に軽く振った。

 その瞬間、エルウィンを除いた騎士団員の首が、宙に舞う。

 彼らの血飛沫は僕の方まで飛んできた。服が真っ赤だ。


 エルウィンはと言うと、その様子を見て無様にも腰を抜かしていた。

 こんなのが隊長なのか、大した事無いな。


 僕は一歩ずつ、彼に近づく。


「ゆ、許してくれ! これは国からの任務だから逆らえなかったんだ! 頼――」


 僕は先ほど吸い込んだ電気の剣を、彼の脚に刺した。

 エルウィンは感電しながら、痛みに喚く。


「何者、なんだ……貴様……ッ!」

「…………」


 考えるのを放棄していた僕は、何も答えずに彼に小石の弾丸を数発撃ち込む。

 被弾するたびに少し身体が跳ねるだけで、彼は既に動かなくなってしまった。

 僕は紙の剣を再形成して、彼の首を撥ねる。


「終わった。終わったよ……ミヤちゃん。へへ、へへへへ……」


 僕は一面が血に染まった路上から離れ、少し細い路地に入った場所に入る。

 そこでサチュリを優しく解放した。

 彼女はすぐに目を覚まし、血だらけになった僕の風貌を見て唖然とする。


 僕は再び惨事の場所に戻り、辺りを見渡した。

 その時になって、ようやく“安藤 弘樹”だった自分が徐々に目を覚ます。


「あれ……」

「アンドー、大丈――」


 サチュリはその光景を見て、固まった。


「……これ、俺が……やったのか……?」


 いや、やったのだ。記憶が無くなっているわけでは無い。

 自分自身の手で他者を殺めた光景は、脳裏にべっとりと付いて離れない。

 ただ、信じる事が出来なかった。


 ――生物の本能というのは、よく出来たシステムだと思う。

 事実を受け入れられない僕自身の本能は、情報の処理を放棄して意識を落とす選択をした。



 パキパキパキ。


 何かが崩れる音がする。

 それが何の音なのか、何処から響く音なのか、それは分からない。

 確かなのは、この日、ミヤちゃんという御守りを失った僕は、いとも容易く人間としての人生を歩む事を、放棄してしまった事である。

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