プロローグ&一話 私たちの世界①
今と変わらない未来、西暦二一三九年。
人類が新たなるエネルギーたる「魔力」を会得してから既に三年の月日が流れていた。
今や人類にとって「魔力」は、ただのエネルギーのみならず様々な分野で使用させられていた。人類はまさに「魔力」の恩恵によって繁栄しつつあった。
同年九月一日。
帝聖「大ギルディアナ帝国」を軍勢が突如として宣戦を布告。人類に対して情け容赦ない攻撃を開始した。人類を上回る魔法技術と、帝国が投入した人型兵器「オートクルス」に圧倒されてしまう。
人類は人型機動兵器「アーマードマギア」を開発し、これに対抗した。
その後。一年に渡る戦いで人類は勢力圏の半分失うことになったが、戦争はなんとか膠着状態に持ち込み、それからまた二年が過ぎた・・・・。
西暦二一四十二年七月四日、神奈川県横須賀市。
相模湾を見下ろす緑豊かな丘の上に、一見すると二十一世紀初頭の校舎を思わせる建物が佇んでいた。 しかし、その白い壁面や曲線を描く窓枠はどこか近未来的で、周囲の豊かな自然と完璧に調和している。
『国連海軍日本支部横須賀士官育成高等学校』——それがこの学校の正式名称だ。迫りくる脅威に立ち向かうため、次世代の士官を育てるべく設立された中高一貫の防衛教育機関である。
高等部一年Bクラスの教室。
蒸し暑い夏の日差しが差し込む室内で、中年の担任教師がパネル状の次世代黒板にスライドを投影し、熱弁を振るっていた。
「——さて、今から約六年前のことだ。ドイツの日系人科学者によって、これまでの物理学の常識を覆す新たなエネルギーが発見された。……それが『魔法力』だ」
今日のカリキュラムは「魔法工学概論」についてだった。
『魔力』とも称されるその未知なるエネルギーは、発見からわずか数年で社会のあらゆる基盤として定着し、いまやこうして高校の教科書にまで当たり前に記載されている。
先生はパネルに映し出された一人の人物の肖像画を指差し、身振りを交えて力強く授業を続けた。
「日系人科学者『アルベルト・霧原・フォン・リーゼ』によって発見されたエネルギーは、人類がこれまで知るあらゆるエネルギーのスケールを超えていた。核分裂はもとより、太陽の内部で起こる核融合と同等以上の凄まじい出力を秘めている。そのため、かつての原子力発電をはじめとする従来の発電方式は、次々とその姿を消していった。さらに我が国では『魔動エンジン』と呼ばれる次世代機関の開発に成功。これにより、自動車や船舶、巨大な航空機に至るまで、あらゆる移動体に『魔動エンジン』が標準搭載されるようになったのだ! また近年の研究では、人間にも魔力があるのではないか? という言われている。真偽が不明だがな」
生徒たちは担任の講義に熱心に耳を傾け、机の上に浮かび上がる透明半導体デバイスの仮想PCへと、目にも留まらぬ速さでメモを打ち込んでいく。
しかし、長い綺麗なポニーテールに結った少女——東郷せつなだけは、手元の端末に一切触れようとしなかった。
(……今日も、どこまでも蒼いわね)
せつなは顎を手に乗せ、教室の大きな窓から広がる夏の空をただじっと見つめていた。どこか切なく、それでいて強い憧れを宿した瞳で、雲ひとつない青空の彼方へと思いを馳せている。
異世界からの侵略者『ギルディアナ帝国』との熾烈な戦争が始まってから、すでに二年と半年。
あと二ヶ月もすれば、地獄のような戦乱の三年目を迎えようとしている。世界中が爆音と硝煙に包まれているというのに、この横須賀の空だけは、胸が苦しくなるほど残酷に澄み渡っていた。
「……東郷! 東郷!」
突如として教室の静寂を切り裂く、担任の鋭い怒声。
しかし、せつなはピクリとも動かない。意識が遙か遠くの空へと飛んでいってしまっているかのように、ぼんやりと青を見つめ続けている。
「東郷せつな!!」
「あっ! は、はいっ!?」
雷鳴のような一撃でフルネームを呼ばれ、せつなはハッと我に返って弾かれたように跳ね起きた。ガタガタッとけたたましい音を立てて椅子が揺れる。教室中の生徒たちの視線が一斉に自分へ集中し、耳の先端までカッと熱くなるのが分かった。
「『あっはい』は返事じゃない! 貴様、私の話を聞いていたのか!?」
「は、はいっ! バッチリ聞いておりました!」
「ほう……なら問題だ」
担任は呆れ顔で腕を組み、ニヤリと底意地の悪い笑みを浮かべた。
「医療現場でも広く使われている、代表的な魔力関連の物質・製品は何だ? 前回復習したはずだが……当然、答えられるな?」
「え~っと……それは……その……」
せつなの額から一筋の冷や汗が頬を伝い落ちる。頭の中が真っ白になり、喉の奥がカラカラに乾いて言葉が詰まった。
その時だ。
(——カタタ、タ・タ、カタタ)
隣の席から、かすかに机を叩く規則的な振動音が聞こえてきた。
(……モールス信号!?)
せつなが咄嗟に信号を解読できた理由は単純だ。この学校は将来の士官を育てる軍事校。モールス信号の解読は中等部での必須科目であり、身体に叩き込まれた基本中の基本だったのだ。
隣の席の親友・椿からの決死の暗号を瞬時に読み解き、せつなは胸を張って答えた。
「はい! 『ポーション』といい、略称は『PTN』です! 色ごとに効能が分かれており、切り傷などを治す緑、体力や疲労を回復するオレンジ、毒素や軽い病気を治療する青があります! またポーションは、魔力の粒子を加えた『魔法水』を精製・加工して作られたものです! 例えるなら魔法水が『原油』で、ポーションは『石油やガソリン』にあたります! 近年ではスポーツドリンク等にも応用されています!」
一息に言い切ったせつなを見て、担任は満足そうに何度も頷いた。
「よし! 解答は完璧だ。だが今度からはちゃんと集中して聞くように。……座ってよろしい」
「ふぅ……」
「そうだな〜、次は……小烏!」
「はいっ!」
指名された隣の席の少女、小烏 椿が勢いよく立ち上がった。すれ違いざまにせつなへ向けていたずらっぽくウィンクしてみせる。せつなは顔を赤くしながら、誤魔化すように再び窓の外へと視線を逃がした。
「先ほどは医療現場における魔力の活用方法だったが、では鉱物採掘や土木工事に使われ、近年では軍事利用も進んでいる非常に危険な物質は何だ?」
「はい! 『メギド粒子』です!」
椿は胸を張り、堂々としたハキハキした声で答える。
「名前の由来は旧約聖書に登場する『メギドの火』。無臭かつ透明で、極めて引火性が高いのが大きな特徴です。その爆発威力は使用した量に比例します! 戦術としては、相手の兵器の誘爆を狙って使用を制限させ近接格闘戦に持ち込んだり、瞬間的に周囲の敵群を一掃したりする目的で運用されます!」
「素晴らしい、流石だな! ……せつな、少しは小烏を見習うように!」
担任に絶賛された椿は「へへん」と鼻を鳴らして席に着くと、ニシシと楽しそうに笑いながらせつなへ視線を送った。
「……だそうだぜ、せつな!」
「……ふんっ!」
せつなは窓の外を眺めたまま、少し拗ねたように短く答えた。担任が「気を引き締めろよ」と最後の一言を添えたところで、タイミングよくキーンコーンカーンコーンと授業の終わりを告げるチャイムが静まり返った教室に響き渡る。
「おっ、時間か。……午後はアーマードマギアの模擬戦だぞ! 絶対遅刻するなよ!」
担任がスライドを消去すると同時に、生徒たちは一斉に仮想PCを閉じ、賑やかに食堂へと向かい始めた。
「まあまあ、そんなに落ち込むなよ。一緒に食堂行こうぜ!」
「……さっきは助かったわ。ありがとう、椿」
せつなは頬を赤く染めたまま、照れくささから椿と目を合わせられず、窓の外の青空を見上げたままポツリと呟いた。
「なら、せめてアタシの顔を見て言いなよな」
椿は呆れたように肩をすくめて笑う。
「それより、さっさと行きましょう! 午後は体を動かす訓練なんだから、しっかり食べておかないと!」
恥ずかしさを隠すように、せつなは強引に話題を切り替えた。
「ん……それもそうだな。行こうぜ!」
(こいつ……分かりやすく話し逸らしたな〜。まあ、どんな顔して言ってたかは大体想像がつくけどさ!)
椿は心の中でくすりと笑いつつも、彼女の提案に同意して一緒に教室を後にした。




