第1話 初めての街と冒険者ギルド
最初は、見るものすべてが新しく、美しかった。
だが次第にそれにも慣れ、これからのことを考える余裕が生まれてくる。
女神の言う通り北へ進み、やがて一本の街道に出た。
その先に見えたのは、高い城壁に囲まれた大きな街だった。
石造りの建物、見張り塔、重厚な城門。
中世ヨーロッパを思わせる光景に、思わず息をのむ。
……やっぱり、テンションが上がる。
WEB小説好きとしては、憧れの世界そのものだ。
――だが、感動している場合じゃない。
問題は、どうやって中に入るか。
城門の前には、鎧に身を包んだ門兵が立っていた。
悩んでも仕方ない。行くしかない。
「ようこそオレンジの町へ。冒険者かい? 身分証はあるか?」
見た目は厳ついが、口調は穏やかだ。
「……いえ。村を出たばかりで」
「どこの村だ?」
「ヒガシという、かなり辺鄙な村でして」
こういう時は、間髪入れずに言葉を紡ぐのがコツだ。
門兵はすぐに頷いた。
「なら冒険者ギルドへ行こう。そこで発行してもらえる」
助かったな。
この人についていけば、余計なトラブルもなさそうだ。
案内されたのは、三階建ての大きな木造建築。
この辺りで一番目立つ建物だった。
冒険者ギルド。それは自由と冒険の象徴。
この世界で俺が求めていたものだ。
昼下がりのギルドは賑わっていた。
酒を飲む者、依頼を眺める者、情報交換に興じる者。
そこにいるのは、屈強な戦士ばかりではない。
耳の長いエルフと思しき種族や、獣耳や尻尾を持つ者たち。
種族も立場も違う者たちが入り混じり、雑多で、それでいてどこか活気に満ちている。
これが、冒険者の世界か。
「受付の人、この兄ちゃん頼んだぞ」
門兵はそう言って去っていった。
――その直後だった。
「ガリガリな兄ちゃんだな。そんなんで、本当に冒険者になろうってのか?」
入れ替わるように現れたのは、厄介そうな男。気色悪いな。太ってるし、毛がチラチラピヨピヨしてるし。
手には、抜き身の大斧。物騒だな。
「これか? いいだろう? お前みたいなのじゃ扱えねえぞ。重すぎてなあ」
下品な笑い声が響く。
……なるほど。
ちょうどいい。
「持ってみるか? ほら、やってみろよ」
差し出された大斧に、そっと手を重ねる。
――試してみるか。
「『消失』」
次の瞬間。
男の手にあったはずの大斧が、音もなく消えた。
――成功。
魔掌の双套の一つ目のスキル・消失。触れた対象を、そのまま取り込む能力。
本当に――消えた。
前の世界じゃ、こんなこと絶対にあり得なかった。空想が現実になっている。
前世での妄想が、この世界では、、実現できる!
▼魔掌の双套
スキル:
・消失
・再現
再現可能:傑物の大斧「怪力」
……なるほど。
怪力のスキルを使っていたから、あの斧を扱えていたのか。
結局は、武器頼りってわけだ。
「……は?」
男の間の抜けた声が、やけに響いた。
――静かすぎる。
気づけば、周囲の視線が一斉にこちらへ向いていた。
ざわ……と、遅れて空気が揺れる。
「今……何が起きた?」
「武器が、消えた……?」
「スキルか……? いや、でも詠唱が……」
ひそひそと囁き合う声。
だが、そのどれもが確信を持てていない。
無理もない。
目の前で起きたのは、“理解の外”の現象だ。
男は自分の手を見つめたまま、固まっている。
「お、おい……俺の斧は……?」
……知らん、と言うわけにもいかないか。
「さあな」
軽く肩をすくめる。
それだけで、周囲の空気が一段重くなった。
――まずいな。
やりすぎたか?
新人が、巨漢の武器を一瞬で奪った。
しかも何が起きたのか、誰にも分からない。
警戒されるには、十分すぎる。
ギルド全体が、完全に静まり返る。
だが、ロマンの前では、この程度、些細な問題だ。
「お姉さん、登録お願いします」
あえて何事もなかったかのように声をかける。
「……あ、はい。改めまして、オレンジの街へようこそ。冒険者ギルド受付のシエルです」
一瞬だけ戸惑いを見せたあと、すぐに柔らかな笑みを浮かべた。プロだな。
「身分証を発行しますね。読み書きはできますか?」
「できます」
言葉に不自由はない。
どうやら女神の恩恵らしい。
差し出された用紙を受け取り、目を落とす。
そして、ふと手が止まった。
――名前。
名前:ヤクモ
前世の名前をそのまま使おう。名前変えるとなんか恥ずかしいし、ボロが出そうだ。
年齢は18。
問題は、種族。
正直に書く理由はない。
”人間”で。
「ありがとうございます、ヤクモさん」
サラッと名前を呼ばれた。
その笑顔、あざとい。あざとすぎる。
……だが、それがいい。
「身分証は完成しましたが、このまま冒険者登録もなさいますか?」
「お願いします。」
「かしこまりました。このまま冒険者証も発行いたしますね。そのあいだに、冒険者制度についてご説明します」
シエルは、にこやかに説明を始めた。
冒険者にはランクがあり、上から順に:
SSランク、Sランク、Aランク、Bランク、Cランク、Dランク、Eランク、Fランク
――の8段階に分かれているらしい。
当然、俺のような新米冒険者はFランクからスタートだ。
ランクアップの条件は明快で、依頼をこなすことで評価が上がっていく。
たとえば、Fランクの俺がEランクに昇格するには、Fランク依頼を10件クリアし、さらにEランク依頼を1件こなすこと。
だが、Cランク以上の冒険者になるには、試験に合格しなければならないらしい。
護衛依頼や強いパーティメンバーに恵まれれば、ある程度までは実力以上の活躍もできるそうだが、Cランク以降は“本人の強さ”が問われる世界だという。
なかなか厳しい道だが、燃えてくる。
「以上で説明は終わりです。こちらが、あなたの冒険者証になります。
くれぐれも、紛失なさらぬようご注意くださいね」
細くしなやかな指先から、ひんやりとした金属製のカードが手渡される。
初めての冒険者証。これが、俺の異世界での第一歩だ。
「続けて、依頼も受けられますか?」
「ああ。駆け出しが受けられる依頼をいくつか見繕ってくれ」
シエルと並んで、依頼掲示板を見ながらあれこれ相談する。
ああでもない、こうでもないと話すその時間すら、胸が高鳴る。




