5話 御子、自覚する(後編)
「今日はミンス様から頼まれたのは、ビートさんのところだけだから、まだ時間はたくさんあるけど、どこか見て回る?」
「えっと、うーん。エリオルくんはどこか行きたいところはある?」
ホントは何よりまずビートさんが気になったけど、あのあと顔を合わせてないことで気まずさもあり、遠回しにしたい気もする。
ちらと、第7区画の方面に視線をやったのは無意識だった。
「そうだね。僕は雑貨屋を少し見に行きたいな」
「雑貨屋さん? 何か欲しいものでもあるの?」
「うん、掃除用品なんかが充実してる雑貨屋さんが有ってね。お気に入りのお店なんだけど、最近行ってなかったから」
「掃除用品……」
元剣聖は、今や完全に掃除夫に染まってました。
でも、あの屋根裏部屋をピカピカにしてくれたエリオルくんお気に入りの掃除道具屋さん、もとい雑貨屋さんはちょっと気になる。
「いいね、わたしもちょっと見てみたいかも!」
「ほんと? 良かった! ちょうど7区にあるんだ」
エリオルくんがニッコリと笑った。
彼は実は隠れ『さとり』だと言われてもわたしは驚かないぞ。
見透かされているようで、なんだかもぞもぞした。
「ここから歩くと時間もかかるし、馬車に乗ろうか。カナメはいつもどうやって移動してたの?」
「わたしはいつも近くのお店なんかを覗きながら歩いて」
「え、すごいね! 時間かかったでしょ」
「うん。でも、面白いお店とかがたくさんあるからもったいないって。……ビートさんが」
そう、ソマリの街はかなり広大で、しかも外壁に遮られているから、第1通り沿い以外を通るときなんかはそれこそかなり時間がかかる。
疲れたー、って言うわたしを、いつもビートさんがあっちに面白い店があるとか、こっちのパン屋が絶品だとか、向こうのケーキ屋は芸術品だ。なんて、色々理由をつけて連れ回した。いや、連れ回してくれた。
ちょっとはしゃぎすぎて遅くなったときなんかは、酒場は臨時休業! とか言いながらちゃんとわたしを中央区まで送り届けてくれた。
そういえば、自由区で暴れた次の日には、せっかくだから見に行こう! ってあのモニュメントを二人で見に行った。その時も周りはわたしたちを見てざわついていた気がするけど、気にならなかった。
串焼き屋のおじさんにも謝りに行ったら、逆にわたしたちの騒ぎに巻き込まれたことでお客さんが増えて、商売繁盛って喜んでた。そこでまた一角牛の串焼きを食べて、今度はちゃんと最後まで残さず食べられたっけ。
なんだ、わたし、別に周りから注目されたり噂されたり、そんなことちっとも気にしてなかったじゃん。
なのになんで、あんなこと。
馬車に揺られながらぼんやりと考え事をしていた。
いつもはニコニコしながら話題を振ってくれるエリオルくんは、第7区画に着くまで何も言わずにいてくれた。
第7区画の馬車停で降りて、10分ほど歩いたところにエリオルくん行きつけの雑貨屋さんがあった。
中は確かに、雑貨屋というより掃除道具店と改めたほうがいいんじゃないか、と思えるほどに所狭しと掃除道具が並んでいた。
店員さんがエリオルくんを見つけると声をかけてきて、今は最新の掃除道具について説明している。
風と水の魔力が付与され、水桶が無くても床が磨けるたわし。元いた世界で、ペットボトルなんかを装着した便利グッズを思い出した。けど、このたわしはそれだけではなく、絶妙にコントロールされた風魔法により床などの素材は傷つけず表面の汚れだけを研磨する機能付き。
みるみる汚れが取れていきますよ! と実演してくれる店員さん。店員さんの手元には、わざと汚したタイルが一枚。たわしで軽くなぞるだけで汚れが取れて流れていく。なにこれ、ちょっと欲しい。
でもエリオルくんは、その汚れた水の処理はー、とか何やら話している。手厳しい。これでも十分すごそうに思えるのに。
他にも窓ガラスを拭くと、ピカピカになりすぎて鏡になる雑巾とか、吸い込んだゴミを自動焼却してくれる掃除機みたいなのとか、科学文明の力よりも便利そうな掃除道具がたくさんあった。
ピカピカすぎて鏡になる雑巾は、掃除道具になるのか? と思ったら、もともとは鏡のように輝く窓にする雑巾になるはずが失敗してこうなったのだとか。でも、外から磨くと外側だけが鏡になって、人目を気にせずくつろげますよ! って売り込んでた。簡単マジックミラー製造巾というわけだ。
ここの掃除道具は、全部実演してくれてお店の人の作ったものらしく、色々と教えてくれて楽しかった。
エリオルくんは自動焼却機能付き掃除機を買ってた。
わたしは、研磨たわしとマジックミラー製造巾(勝手に命名)を購入した。
マジックミラー製造巾は、わたしがポロリと口からこぼしたのを聞きつけて、正式名称に決定した。失敗作の雑巾改め、では格好がつかないものね。
いやー、楽しかった!
異世界のものをみるのはほんとに楽しい。わたしも今度何か作れないか試してみよう。
さて、お楽しみが終わったあとは、気まずい任務が残ってる。
少し憂鬱になりながら、掃除道具店から出ると、声をかけられた。
「エリオルくんじゃん。この辺に来るの久しぶりじゃないの? 買い物?」
ああ、ゆるーい感じで話しかけてくるこの声。
一週間ぶりのビートさんだった。
エリオルくんの影に隠れたわたしには、まだ気づかない。
「そっちは友達? はじめまし、て 」
わたしの方にも挨拶してくれようとして、目があって固まった。
わたしも、ビートさんも。
わたしの格好に驚いたのか、わたしがいることに驚いたのか、両方なのかは分からないけど、いつもの外行きの笑顔を作る途中で止まってわたしを見てた。
「えーっと……他人の空似」
「じゃありません」
「んじゃ双子の弟さん」
「一人っ子です」
「……久しぶりだね。エリオルくんと一緒に買い物?」
「ミンス様の命令でビートさんの様子を見に来たんですよ」
わたしたち二人の微妙な空気を察したのか、エリオルくんが間に入って説明する。
「様子って、中央の方でなにかあったの?」
「こちらは別になにもないですけど。ビートさんが一週間も顔を出さないから、どうしたのかって」
「中央区には前からそんなに顔出してなかったでしょ。ミンスの旦那には定期報告は上げてたし」
「バチルダン小国から戻ってきてからは、毎日顔を出してたでしょう? ぱったり来なくなったから、みんな気にしてましたよ」
「そーだっけ?」
とぼけるビートさんに、エリオルくんがため息をついた。
「まあ、ここで立ち話もなんだし、酒場寄ってくでしょ? たいしたものはないけど、お茶くらいは出すよ」
ビートさんに誘われて、3人で酒場に向かって歩く道中、わたしはビートさんと一言も喋れなかった。
いや、ビートさんから話しかけてくれたのに、うん、とかいいえ、とか、イエス・ノー質問でもなかったのにそんな返答しか出来なかった。
それでますます自己嫌悪で話せなくなる堂々巡り。
ちょっと自分の部屋に帰りたくなって、立ち止まって先に帰るねって途中で言いそうになった。
そしたら、それを言う前にエリオルくんがわたしの手を掴んで引っ張りながら歩いてくれたので、なんとか付いていけた。
エリオルくんがわたしの手を握ったときに、ビートさんの視線が一瞬、繋がれた手に向いた気がしたけど、すぐに戻った。
何だったんだろう。気のせいかな。
カラコロと、酒場の主と同じくやる気のなさそうな音を立てて酒場の入り口のドアベルが鳴った。
ビートさんと出かけてたときに、何度かお邪魔してお茶をごちそうになったっけ。
酒場に入るとビートさんが、ふたりとも紅茶でいいかなー? って聞きながらキッチンに向かった。
「あ! いけない! カナメごめん、僕さっきのお店で買い忘れたものがあったんだ!」
突然、エリオルくんが慌てだした。
「買い忘れ? 他になにかあったの?」
「ごめんね! ちょっと買ってくる! あ、ビートさん! 今日はカナメは僕から離れないって約束で、御子服脱いできたんです。僕が戻るまでちゃんと護衛してくださいね!」
エリオルくんはそう言うと、わたしの質問にも、ビートさんの呼び止める声にも応えずに、酒場を出ていった。
残されたわたしたちは、勢いよく閉まって閉まりきれずバタバタと揺れる入り口のドアを呆然と見つめていた。
「あー、えっと、まあそういうことみたいだから、お茶でも飲んでエリオルくんが帰ってくるの待っててくれる?」
ビートさんがぎこちなく言って、テーブルの上に紅茶とケーキを置いてくれた。
「ケーキ……」
「気に入ってたでしょ? あの店のケーキ、買ってきたんだ。よかったらどうぞ」
「酒場で出す分じゃないんですか?」
「それは俺用だからへーき」
「……ビートさん、ケーキは見るのは好きだけど、甘いものは普段あまり食べないって言ってませんでしたっけ?」
そう、前にケーキ屋さんに連れて行ってくれたときに、嫌いじゃないけどたくさんは食べられないから一人のときには買わないって言ってた。
「誰かに出すためのケーキじゃないんですか? わたしはお茶だけで十分なので 」
「うん」
いりませんよ、という意味だったんだけど、通じなかったみたい。うんって返事をしてるのに、ケーキを下げる気はないらしい。
「わたしなら大丈夫ですよ! 帰りにエリオルくんと買いに行ってもいいですし! ちゃんとそのお客さんに出してあげてください」
「うん、だから出してるよ」
「……うん?」
「……………カナちゃん、に、買ったケーキを出してるから、大丈夫だよ」
久しぶりに呼ばれた名前。
さっき会ったときも呼ばれなかったから、もう呼ばれないんじゃないかって思ってた。
わたしの名前を呼ぶまで少しためらっている感じだったから、無理させているのかもしれないけど。
「ミンスさんから今日来るって聞いてたんですか?」
「いいや。なので、エリオルくんの分がないから、帰ってくる前に食べちゃってね」
「今日、わたしが来るかもって思ってたんですか?」
「ううん。もし来たらいつでも出せるようにって」
「……………一週間前の買い置きですか?」
「カビ生えちゃうでしょ。それはちゃんと今日買ってきたから安心して食べてください」
「毎日?」
「ん?」
「毎日、ケーキ買ってたんですか?」
「そうだねえ」
「来るかどうかも分からないのに?」
「いつか来るかもしれないじゃない」
「一ヶ月後だったかも」
「うわあ、オニーサンちょっと見ない間に太っちゃってたかもね」
「ふふ」
「ようやく笑ったね」
「……………名前、もう呼んでくれないかと思いました」
「呼ばれるの、嫌かなって思って」
「……やじゃないです」
「そう? それなら良かった」
「……この前は、すみませんでした」
「この前っていうと、あの、一人で帰っちゃったとき?」
「……うん」
「いや、あれは、あのおっさんも毎度毎度しつこかったし。……それに、俺も女の子に気軽に触りすぎたなぁって反省してた。あんまり馴れ馴れしくして、年頃の女の子対して失礼だった。ごめんね」
逆に謝られて、顔をブンブンと横に振って否定した。
馴れ馴れしいとか思ってないし、触られて嫌だとも思わなかった。
わたしがあんまり激しく顔を横に振るので、ビートさんがちょっと引いてた。
「ならいいんだけど」
ビートさんは、ちょっと困ったように苦笑した。
わたしが手を振り払った理由が、思ってた答えと違って困惑したのかもしれない。
「ビートさんに………」
「うん?」
「ビートさんに、御子様って言われたのが………嫌だったんです。わたしは、わたしなのに、御子様って枠に入れられて、壁を作られたみたいで」
「……うん」
「それが、ちょっと、寂しくて……」
「……うん」
「……でも、その衝動で子供っぽい態度を取ってしまって、それが恥ずかしくて…………ごめんなさい」
「いや、……うん。それは、俺のほうが悪かった」
ビートさんは困った顔をして、頭をかくと、うーん、と小さく唸って続けた。
「なんていうか、あの手の冗談でからかわれた時、カナちゃんすごく嫌そうだったからさ。あのおっさん、それでも毎回毎回懲りずに言ってくるし。ああ言っておけば、ミンスの旦那からも御子への対応については王族と同等にするよう通達も出てるし、少しは態度を改めるかと思って」
「そう……なんですか」
「あれ? 違うの? あの手の話になったあと、カナちゃんの機嫌がものすごく悪くなったから。んでもって、手を振り払われたから、俺とそういうふうに見られるのがそんなに嫌だったかなー、気安く触りすぎてたかなー、カナちゃんって呼ぶのも馴れ馴れしすぎたかなーって、ほんとに反省したんだよね」
そうだったんだ。
わたしはてっきりわたしの態度に呆れられてしまったのかと思ってた。
「……嫌われたかと思ってました。中央区にも来なくなったから」
「うーん、それはオニーサンのセリフだなぁ。送っていくって言ってたのに一人で帰っちゃうし、次の日会いに行ったら仮病使われちゃったし。……4日前、俺の姿見て逃げてっちゃうし」
「…………………………気付いてたんですか?」
仮病はもしかしたらと思ってたけど、まさか会いに行ってそのまま帰ってきたときにも気付かれてたなんて思わなかった。
「人の気配に敏感なの、オニーサンは。今日も声かけるかどうかちょっと悩んだんだけどね。カナちゃんがいるなあって思ったけど、男の子の姿だとは思わなかった」
「エリオルくんが、変装するなら御子だって分からないように男の子の方がいいって、服を貸してくれたんです」
「……ああ、じゃあ、エリオルくんの服なんだ。それ」
「サイズがピッタリなのがショックでした。でも、ほんとに誰も私に気付かないから、今度から街に出るときには毎回借りてみようかな」
「……オニーサンは、いつもの服のほうがカナちゃんらしくていいと思うよ。セーラー服だっけ?」
「そうですか?」
「そうそう。それに男の子の服ばっかり着てたら、体がそれに合わせていよいよ慎まし 」
「あーあーあー、やっぱり女の子はスカートがいいですよねー」
「ははは、そうそう。可愛いカッコしとかないとね」
くそう、こんなときまで人のコンプレックスを!
けどおかげで、湿っぽかった空気が柔らかくなった。
「まあなんにせよ、嫌われてなくてよかったよ」
「……ビートさんでもそんなこと気にするんですね」
「俺のことなんだと思ってるの?」
「大きい胸が大好きなおっぱい魔神で、軽くてチャラくて酒場のベル並にやる気が感じられなくて、人のコンプレックスを毎度毎度ツルペタツルペタ言ってくる人」
「……結構ひどいね」
「でも……………優しいです」
最後の一言は震えて消え入りそうだったけど、ビートさんにはちゃんと聞こえたらしい。
顔を伺い見ると、目を丸くしてこちらを見てる。
その後、顔の表情が嬉しそうに緩んで、手がいつものように私の頭に伸びかけて、思い直したように宙をさまよった。
わたしはその手をガシッと掴んで、自分の頭にぐりぐりと押し付けた。
……恥ずかしい。
これはかなり恥ずかしい。
恥ずかしくて、顔を上げられなかった。
ビートさんが戸惑うのが、強張った手から伝わってきて、やらなきゃ良かったと後悔し始めたときだった。
強張ってた手が、優しくわたしの頭を撫でた。
「……ありがと」
ビートさんもまた、小さく消えそうな声で応えてくれた。
……ああ、そうか。
わたしが嫌だったのは、あのモニュメントで恥をはらされることでも、ヒソヒソ噂されることでも、痴話喧嘩だと冷やかされることでもなかった。
ただ、冷やかされるたびにそれをビートさんが否定するのを聞くのが嫌だった。
ましてや、ビートさんから“御子様”扱いされるのも、それをわたしとの関係を否定することに使われるのも、どうしようもなく嫌だったんだ。
思わず手を振り払ったのは、そうやって優しくされるのが“御子”に対する仕事の一環だと言われているようだったから。
わたしを“わたし”として見てほしかったから。
ストン、とこれ以上ない答えがわたしの中に降りてきた。『解析』したのではない。頭ではなく、心のほうが納得したのだ。
どうやらわたしは、このおちゃらけおっぱい大魔神に、心底惚れてしまっていたようだ。
未踏破のダンジョン並みに、攻略は難解を極めるだろうけど。




