2話 自由区
「…ひどい目にあった」
「かなちゃんが、正面から入って異世界感を感じたいって言ったんじゃない」
「それは、たしかに言いましだけど。あんな悪目立ちしたいとは一言も言ってないです。それに、ビートさん、わたしがアワアワしてるの、楽しんでただけでしょ?」
「えー、そんなことはないよ。オニーサンは、カナちゃんの希望を全力で叶えようとしてただけで」
「街に入ったらすぐに、マーナガルム小さくしたのに?」
そう、知らなかった。
門をくぐるときに、門番から、街の中ではマーナガルムはいつもみたいに小さくしといてくださいよ。なんて言われて、なんのことかと思ってたんだけど。
街に入るとすぐに、マーナガルムがシュルシュルと小型化した。
狼の3倍を超える体躯が、今では大型犬くらい。
ぱっと見は、ちょっと首周りの毛がふさふさしているだけの灰色の大型犬。
見る人が見れば、偽りの姿ってわかるらしいけど、普通の人にはバレることはないらしい。
これ、列に並んでたときにしてくれてたら、ちょっと変な格好をした女の子のいる旅人グループ、程度の認識だったはずなのに。
「まあまあ、この街なら基本どんな粗相をしたところで、ミンスの旦那がなんとかしてくれるし。先にフォローされるより、身にしみて感じたほうが、他の国や街なんかでやらかすよりはいいっしょ?」
「……それは、そうですけど」
そうか。
わたしが、異世界人丸出しで、この世界の常識を知らないことを危惧してくれたのか。
そう思って、ちらっとビートさんを見ると、わたしの顔を見て、んぶふって笑って目をそらされた。
あ、違う、やっぱこれ楽しんでるだけだ。
ちょっと、心遣いに感動した目で見てしまったことを後悔して、今度はしっかり恨みがましいジト目で見つめておいた。
「まあまあ、気を取り直して。ここから真っ直ぐ行くと、中央に着くから。ゆっくり寄り道でもしながら行きましょーや」
「正門から入ったら、まっすぐ道が続いてるんですね」
「そ、門の外壁を除いて、内側は全部で7つの壁で囲まれてるけど、一応中央までは真っ直ぐ歩いていけるんだよね」
ビートさんが話しながら歩き出したので、それについて歩いていく。
通りをすれ違った人たちの何人かが、ビートさんの顔を見ると、おかえり、とか、今夜は店開けるのか?とか聞いている。
ビートさんはいつもどおり、適当に返事をしつつ歩いていく。
「顔、広いですね」
「んー、まあ、そこそこ長くいるからね。元々は今の第5区画の第5通りの近くに酒場をやってたんだ」
「酒場」
「まあ、気まぐれだから、常にやってるわけじゃないけどね。ミンスの旦那に付き合わされて、今回みたいに長期閉店することも珍しくないし」
「第5区画ってどのあたりですか?」
「街の中央を第1区画として、壁を隔てて一つ外に行くたびに、第2、第3って区画が分かれてる」
「第5通りっていうのは?」
「今通ってる、この中央まで続いた道が第1通り。区画を囲む外壁には、囲んでる区画の数だけ門がある。第1区画の外壁にはひとつ。第2区画の外壁にはふたつ、って感じでね。その門が最初に出来た区画の数字を取って、通りの名称になってる。ここから見えるあの壁は第7の外壁で、この壁には7つの門がある。」
「じゃあ、この第1通りの隣は、第2通りと第7通りですか?」
「いや、ここから中央を見た場合、左側が第5通り、右側が第4通りだよ」
「…ランダムですか?」
「ははっ。最初はそう思ったんだけどね」
「違うんですか?」
「第7の外壁と門が出来たとき、ようやく気付いたんだけどね。第7区画の外壁にある門を、通りの名称順に繋いでいくと、七芒星が描けるんだ」
「七芒星ですか?」
「この世界では、神さんのシンボルだよ」
自分の作った街に神様を信仰するシンボルを大々的に刻む。
なかなかの信奉者だ。
「カナちゃんのことも、ホントは小躍りするくらい喜んでるかも」
「その割には、ちょいちょいわたしの扱いが残念な気がするんですけど」
「捻くれてるから、あの人。まあ、もしかしたら、七芒星の街って感じで売り出したかっただけって可能性もゼロではないけどね」
「そっちのほうがありそうです」
「あとは、加護目的」
「加護?」
「七芒星の中では、色んな魔術とか結界が強化されるって話があってね。それを加護って呼ぶことがある」
「信心深さの可能性が今ゼロになりました」
「ははは」
中央に向かって歩きながら、ビートさんが街を案内してくれる。
今いる、わたしたちが入ってきた門のすぐ内側は、数字ではなく自由区と呼ばれてるらしい。
これは別に、ミンスさんが名付けたわけじゃなくて、街に来た人が自然と呼び始めたんだとか。
自由区は、国外から来た商人たちが許可を取って一時的に店を開いたりできるようになってる。
「自由区は、その名の通り基本なんでも自由になっててね。何をしても、何を売っても自由。ただし、やりすぎてこの街の主の逆鱗に触れれば、二度と街には入れないってね」
「あーー、なんか、見るからに怪しそうなお店とかありますもんね」
「一個人の常識に囚われて制限をかけると、街はただの自分の分身になってしまう。それではつまらない」
「それ、ミンスさんの言葉ですか?」
「そー」
「でも、それ、かなり無法地帯になりません?」
「清らかなだけの物なんてこの世に存在しない。清濁併せ呑んでこそ、そこに真実が見える。ってね。俺の酒場も元々は自由区にあったんだよ。街を広げるときは、内側よりも大きな区画で街の外に外壁を作る。内側の外壁に区画の数だけ門をこしらえて、新たな区画の完成。そのときに、自由区は外に移される。それで酒場は外に外にと追いやられて、第7区画が出来たときに、移るのをやめた」
「どうしてですか?」
「これより外に区画はできそうにないなってのが一つ。七芒星が完成したしね。それと、割と酒場の仕事が気に入ったから、ぼちぼち定住してもいいかなって気になったんだよね。自由区は元々一時的な商いの場って感じだし」
「酒場の仕事がやりたくて酒場を開いたんじゃないんですか?」
わたしの問に、ビートさんは答えなかった。
聞こえなかったみたいな、“ふり”をして、数歩先にある串焼きの店に並んだ。
わたしが立ち止まってみていると、おいでと手招きされる。
わたしがお店につくと、牛肉の塊みたいなのが刺さった、大きな串焼きを2本手に持って、片方を差し出してきた。
「ここのは自由区で俺のイチオシ」
「ありがとうございます」
串焼きを受け取って、もちろん、『解析』した。
自由が売りの自由区で、ビートさんオススメっていうのがちょっと不安だった。
一角牛の串焼き
美味。
とてもシンプルな『解析』結果だった。
はよ食えと言わんばかりに、『解析』したら速攻で結果がわかって、スキルに促されるままにかぶりついた。
香ばしく焼けた表面がカリッと音を立て、それなのに中は歯切れよく、噛み切るとたっぷりの肉汁が溢れ出してきた。
たっぷりの脂なのに、くどくなく、サラサラと喉を流れて、肉はどこまでも柔らかい。
「おいしー!」
「嬢ちゃん、味がわかるじゃねぇか!妙なカッコしてるが、ビートのこれか?」
店のおじさんが、わたしの単純な感想に満足そうに頷きながら、ビートさんを見て小指を立てる。
ん?
「違う違う!ミンスの旦那のお客人だよ」
「あー、なるほど。おまえの好みにしちゃあ、ちょっとな」
んん?
「はははははー、…ってソンナコトナイヨ、トッテモコノミノタイプサ」
「なんだ、突然妙な喋り方して」
「イヤイヤ、ナンデモナイヨ。そんじゃまたな、おっさん」
ビートさんにジト目を向けたあと、ビートさんが私の視線に気付いたところで、背中を向けて歩き出した。
ちょっと早足で。
焦ったビートさんが、誤魔化すようにカタコトになってたけど、遅いわ!
「カナちゃん!カーナちゃん!」
「ナンデスカ?」
「いや、カナちゃんまでそんなカクカクした喋り方にならなくても」
「イヤー、イセカイノコトバ、ムツカシクテワカラナイネ」
「あのおっさん、肉はうまいけど、口がちょっとあれなんで、女性客には不人気なんだ。忘れてたよ、ごめんな」
「イエイエ、コチラコソ。珍妙なまな板無職少女でどうもすみませんですよ」
誰もそこまで言ってないが、ちょっとぶーたれてみた。
少し困った顔をしたらいいかな。って。
それだけだったんだけど、ビートさんは困ったように笑って、ここでちょっと待ってなさい、とだけ言い残して、わたしを置いてった。
気づけば、マーナガルムもいつの間にか居なくなってるし。
とたんに、さっきまで心のなかで膨れていた風船がシオシオと萎むように、気分が沈む。
「あんな全力で否定しなくてもいいのに」
本音がポツリと漏れた。
「ちぇっ、こんなとこに一人置いてかなくてもいいじゃんね」
ブツブツ言いながら、道の真ん中で、足をプラプラさせて小石を蹴った。
コロコロと転がる石の向こうに、影が差す。
陽気な雰囲気で忘れていた。
ここは自由区。
何をしても、何を売っても、許される場所。
冷えて少し硬くなった串焼きが、地面に転がった。




