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5.5伯爵子息の事情である

5.伯爵子息の本命は、の彼側の事情です。そちらから読んだ方がわかりやすいかもしれません。

 俺の主人たる、クルツ・フェルマータ様はとても残念なお方である。

 フェルマータ伯爵家という裕福な貴族の次男として生まれ、癒し系美人と評判の母親である現伯爵夫人に似たなかなかのイケメン、もの静かな性格で、勉強も剣術も特段優れてはいないが程々には出来、絵画の腕前は素晴らしく学生の身分でありながら方々からお声がかかる。次男なので家督は継げないが、成人後も伯爵家の籍に残ることを許されているし、それを承知の婚約者もいる。表向きは、色々なものにそれなりに恵まれたリア充だ。そしてそれはこの貴族社会においてはとてもありがたく幸せなことである。

 だが実際は、奥様譲りの顔を持ちながら、見た目の手入れは興味なし。髪型も服装も使用人の手をいれないと人前には出せないレベル。

 物静かといえば聞こえは良いが、他人にさして興味を持たず学園に入るまでは同性の友達すら殆ど居なかったほどの人見知り。会話も続けられない程なのだが、顔には出さず聞き役に徹しているていで誤魔化している。跡取りの長男でなくて良かった、と心底思う。

 ただ、絵画の腕だけは本物で、将来はそれで食べていく予定だが、他人に興味がないという理由で人物画は好まない。画家なんて、お金持ちの肖像画を描いてなんぼなのに。ただそれでさえ、絵の出来映えは目の肥えた上位貴族すらも満足させる程には良い。依頼はお金を積まれてようやっと受ける、という殿様商売ぶりだが。その辺、目上の貴族だろうと関係ない。

 そして、とどめは婚約者の扱いのひどさである。好きすぎて話しかけられない、と本人は言うがそれがまったく婚約者に伝わっていない。つまり、婚約者本人には自分に興味がない、と認識されて必要以上に接触して貰えない。会っても会話もせず、誕生日には用意したプレゼントも渡せない。特別に用意させた薔薇を半日握り締め萎えさせたこと数知れず。

 そのうえ、遠目から眺めて目が合いそうになるたびに慌てて陰に隠れていれば、そう解釈されても文句は言えまい……。



 そんなクルツ様は最近、国王陛下の依頼でとある令嬢の肖像画を頼まれている。それも、複数点。モデルには依頼主は伏せた上で描け、という無茶な要求である。

 普通、陛下からの依頼なんぞ断れやしないと思うのだが、クルツ様は断った。当たり前ながら断りきれなかったが、報酬は大分弾んで貰ったらしい。

 モデルの令嬢はいつも男子学生に囲まれているとある男爵令嬢だ。普通であれば近づくこともままならない。

 仕方なく、クルツ様は自分がその令嬢に惚れたかのように振る舞い、近づくという手法をとることにした。勿論、クルツ様が考えたのではない。王妃殿下の発案だそうだ。それを、旦那様、奥様と、婚約者様のご実家には先に事情を説明して。

 だが、婚約者であるデリエ様には申し訳ないが、内緒である。

 デリエ様は、クルツ様とは幼馴染にあたる、紅茶色の巻き髪が可愛らしい子爵家の令嬢である。素直な心持ちはクルツ様と違い社交的で、ご友人にも恵まれているが、貴族令嬢らしからぬ感情が表に出やすい面がおありだ。彼女のご両親が、知った上で素知らぬフリなど出来る子ではない、とクルツ様に説得をしていた。


 その日から、クルツ様にとっては地獄のような日々がはじまった。作戦を実行するにあたっては、惚れた振りをする他に、デリエ様からも距離を置かなければならない。それが大層不満だそうだ。

 ……どうせ普段も遠くから見ているだけで、話しかけられないんたから大差ないと思うんだが。

 クルツ様が、ご令嬢と親しくなるたびにデリエ様は寂しそうな顔をされていく。そして、そんな顔も可愛いが自分が慰めることができない、とクルツ様はイラついていく。そしてデッサン用の鉛筆が犠牲になっていく。


 「いやいや、あん……クルツ様、仮にデリエ様に近寄れたところで慰めるなんて出来ないでしょう」


 これでデリエ様を慰める令息なんて出てきた日には、高価な筆にまで当たりそうだ。やめてくれ。

 とりあえず、デリエ様の友人のネル様にも事情を説明して、変な虫がつかないよう気を配ってもらう。クルツ様がデリエ様にぞっこんであることをご存知のネル様は快諾してくださった。ありがたや。



 「メロディ、とても珍しい菓子を取り寄せたんだ、一緒に食べよう?」


 「今年の庭園の薔薇は外に出すのははじめての品種でとても良い香りがするから一緒に見に行こう」


 「君をイメージした歌を作ったので、聴いて欲しい」


 「我が家の温室に南国の動物を入れたよ、見においで」


 「今度、王都を一緒に散策しよう」


 「それより、遠乗りに行かないか」



 それにしても、かの令嬢は凄い人気だ。これら全てが、眉目秀麗将来有望と言われる貴族子息からの誘い文句である。うちのクルツ様は、百合の花を一輪渡した後は無言でスケッチしている。あの中に溶け込めることは凄いと思うが、あまりにも喋らないので、存在を認識されていないのではなかろうか。いいのかそれで。絵さえ描ければ良いからいいのか。

 しかし、クルツ様があれだけ絵を描いているのにプレゼントされていないことは何とも思わないのだろうか。本人も、周りの取り巻きたちも。

 興味がない故に、他人を描くのに迷うことのないクルツ様の絵は着々と仕上がっている。本人のアップ、取り巻きと居るときのもの、遠目から、など。依頼されたものを機械的に処理して作られるそれは、それでも絵画として素晴らしい。

 そしてクルツ様の絵の凄いところは、描いた絵に物事の本質が表れるところだ。咲き始めの薔薇は瑞々しく生命力に溢れ、美しく開いた花瓶の薔薇にはどこか陰りがある。肖像画も同じで、どれだけ美しい人でもただ美しいだけの絵では終わらない。国王陛下も恐らくは、その本質を見たくて依頼したのだ。


 「しかしこれは……なかなか近づきたくない空間ですね」


 先ほど仕上がった、取り巻き多数に囲まれた絵を見た感想だ。

 令嬢は少し困ったように微笑んでいる。それは良い。

 周りの取り巻きがとてもきらんきらんで、そこに様々な感情が入り乱れたどす黒さを醸しだしている。

 嫉妬、羨望、欲望、嫌悪……それらの感情が渦巻いているように見えるのだ。真ん中に一番大きく描かれている令嬢が霞むほどに。

 勿論これは、絵を見た自分の感想でしかない。実際にそうであるとはどこにも明記されていないのだ。

 だが、美しく微笑ましい筈の絵に、こんな感情を抱かせるとは……。



 「ようやく、終わりだ」

 「それはそれは。」


 全ての絵を国王へ送り届け、国王陛下に拝謁してきたクルツ様はソファに行儀悪く腰掛けるなり深く息を吐いた。デリエ様のことがなくても重要な仕事だ、さぞ疲れたに違いない。


 「そういえば報酬は受け取られたのですか?」


 クルツ様が、この依頼を受けるときに出した条件、それは王室お抱えの職人にクルツ様がデザインした指輪を作らせること、だった。

 御用達とは違い、お抱えの職人は本来、王族の宝飾品しか作らない。伝統の技術も、現代の流行も、最高の腕で仕上げることが出来る人間でないとなれない、いわゆる職人の頂点に立つ人達だ。一部分において彼らより優れる職人なら市井にも居るだろうが、やはり彼らが作ったものは格別である、らしい。


 「それが約束だったからな。

 献上した絵にも不満はないようだったし、陛下はそういうことはきちんとなさる方だ」


 クルツ様はビロード張りの小箱を渡して見せてくれた。

 出来上がってきた指輪はそれは見事としか言い様のない品だった。

 これでも普段、クルツ様の従者として貴族の装いを近くで見続けているのだ。少しくらいは、目が肥えていると自負している。そんな俺が見ても王族と貴族は全く別物なのだと思い知らされるような品だった。

 宝飾品は、貴族の豊かさを現す分かりやすいアイテムだ。どれだけ美しく珍しく大きいか、女性たちはいつも競っている。血のように深い赤のルビー、濁りのない澄んだ緑のエメラルド、空を煮詰めた青のサファイア、傷のない大きくまるい真珠、誰が見てもわかる高級品が好まれる。

 クルツ様がデザインしたのはそれとは真逆のものだ。

 指輪そのものは、女性ものにしては太い。だが、その作りはどこまでも繊細だ。

 普段使いにギリギリ耐られる細さの金が、クルツ様のデザインした一輪の薔薇を忠実に再現する。花びらは1枚1枚丁寧に削ったガーネット。葉は、しっかりと色の乗ったペリドット。どちらも高くも大きくもない石だが、同じように削ることが出来る職人はどれだけ居るだろうか。石留めは限りなく少なく、ガーネットの赤とペリドットの黄緑の色を極限まで美しく見せるために光の入り方までも計算されたセッティング。一粒だけ添えられたダイヤモンドは朝露を模した小さなものだが、石の質もカットも最上級のものだ。

 デリエ様の指の上に、瑞々しく艶やかな薔薇が咲き誇ることだろう。そして、美しいものに対する審美眼を持つデリエ様のことだ、その素晴しさはなにも言わなくとも伝わることだろう。


 「決して高い石ではないのに、最上級のルビーも霞む美しさですね」

 「当たり前だ。

 素材の石は最上級の石だし、カットも、セッティングもそれぞれ一番上手な職人にやらせた。美しくならないわけがない」

 「それを、ご本人のまえで言えればどれだけ良かったか……」


 言わなくても伝わることもあるが、言われてこそ嬉しいこともあるだろうに。

 しかしこれで、いつも通りの日常が戻ってくるのだ。クルツ様の口下手は少しずつでも、直していけばよい、そう思っていた。



 その知らせが届いたのは、翌日だった。

 デリエ様から婚約を解消したい、と手紙が届いたのだ。

 これはいけない、事情を知っているご実家が宥めてはくれるだろうが、これを機会にデリエ様に話しかける男が出てきてしまっては大変困る。主に我々が。

 ネル様からは、誰か心変わりするようなことはまったくないという報告が来ているので、恐らく連日の逆ハーレムに耐えられなくなったのだろう、と思われる。


 ガタッ! バタンッ!!!


 手紙を読んだクルツ様が立ち上がり、部屋を飛び出した。

 他人には興味がないくせに、デリエ様のことになると全然冷静になれない人なのだ。

 今は丁度お昼休み、デリエ様はいつも食堂で友人の令嬢方と昼食中の筈である。

 俺はデスクに置かれたままの指輪を持って、食堂へ向かった。



 「だから違うっ!」


 クルツ様の声が食堂に響く。

 常に寡黙なクルツ様が大きな声を出したことで、大変な注目を浴びているが本人はまるで気づいていない。

 怒鳴られたデリエ様の瞳は涙がこぼれそうなほど不安定に揺れている。驚きと不安が入り混じった感情がありありと伝わってくる。

 その後ろではネル様が青い顔をして必死に首を横に振っているが、多分クルツ様には見えていないだろう。

 急ぎクルツ様のところへ行き、小箱を渡す。

 デリエ様はこれを見れば恐らく納得するだろうから。


 「本当は、こんなところでする予定じゃなかったんだ……」


 じゃあ、どこでやる予定だったんだ、と言ってやりたいが流石に黙っておいた。

 クルツ様は、そういえばこの人伯爵家の人間だったということを思い出させるような美しい所作で跪く。

 デリエ様の手を取り口付け、そして。


 「デリエ・ピチカート嬢。

 僕には昔から貴女だけだ。愛している。

 卒業したら結婚して欲しい。」


 なんとか紡ぎだした言葉に顔は真っ赤だ。

 学園の食堂なんて、女性としてはこう、もうちょっと良い状況はないかと思うだろう。

 だが、デリエ様は顔を真っ赤にして、目から涙を零した。淑女らしからぬ、なんて言ってはいけない。ずっと欲しかった言葉の筈だ。


 「これは……?」

 「僕がデザインした。

 働いた報酬で」

 「私で、良いの……?」

 「リィが居ない世界なんて、生きていけない。」


 指輪はデリエ様の指にぴたりと納まった。

 デリエ様の華奢な指にも美しく収まり、そこが唯一の場所かのように美しく煌くその指輪は間違いなく、彼女のためだけに作られたこの国一番の指輪だ。

 彼女は知っている筈だ、クルツ様が誰かの為にこれだけのことをすることがどれだけのことなのかを。

別に浮気だったわけではない、という話。

すぐ書けると思ったら意外と難産でした……1年あいてしまいまして……すみません……。

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