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エピローグ

牧は高校生になっていた。あの小六の夏の終わりの出来事があってから、牧は自分で考えた小説を書くようになっていた。

「牧、今日の部活なんだか乗り気じゃなかったね」

友人の舞が牧の顔をちらりとのぞきこんできた。舞は牧と同じ文芸部で、高校に入ってからの一番の親友だ。

「私知ってるんだ。牧が急によそよそしくなるのはどういう時か」

牧はえっとした顔をした。それと同時に胸がどきどきしてきた。

「何、言ってるの。それってどんな時だっていうの」

思わず挑むような調子で牧は舞をじっと見た。

「それはね、小説を一番最初に書き出したきっかけをみんなが楽しくしゃべってる時」

牧の顔から一瞬血の気が引いた。

「ねえねえ、当たりでしょ」

舞は無邪気に、にこにこ笑いながら牧の肩を軽くたたいた。

「親友の私にだったらしゃべってもいいんじゃない。小説を書き出したきっかけ」

興味津々といった様子で舞は牧に寄り添ってくる。

『しゃべる? 私が舞に』

牧は動きを止めると、自分に問いかけた。

しゃべると言っても何を話すというのだろうか…。

それと同時にあの不思議な洋館と哀しげな表情の王女の姿が思い出された。王女は何か言おうとしている。彼女の口がかすかに動く。

『しゃべっては駄目』

そう言ってるような気がした。そして牧もまた心のどこかであの銅の鍵を拾いあげ、無意識のうちにカチャリと心の扉に鍵をかけてしまった。

「何言ってるの。そんなわけないじゃない」

牧は急に明るい声を出すと、舞の肩をどんと小突いた。

「もう痛いなあ」

「さっき舞も私の肩たたいたじゃない」

「今の方が絶対痛いよ。ねえ、そんなことよりジュース飲んで帰らない。私のど乾いちゃったよ」

話がそれてほっとした牧だったが、心の内は穏やかではなかった。なんとなくそわそわしてしまい、舞の話を聞く気になれなかった。

「ごめん。そういえば今日急用があったんだ。これからすぐ行かなくちゃならないから。また今度ね」

「えっ、そうなの」

「うん、ごめんね。私じゃあ、走って行くから。また明日ね」

「うん、分かった。じゃあね」

舞は全く気にしてない様子で手を振って牧を見送ってくれた。そこから牧は家までダッシュで走った。走って、走って何もかも忘れるぐらい走りに走った。そして家の途中のあの鬱蒼と茂った道へとさしかかると、牧の足は急に止まった。彼女の目には一瞬白い洋館の姿がその先に見えるような気がした。


彼女は家には向かわず、あの懐かしい小道を通り、木々の中を歩いた。刈り込まれた生け垣は今や見る影もなかったが、その先にはあの木戸があった。牧は木戸の中に入り、改めて見渡した。そこには洋館はなく、雑草の生い茂った野原が広がっているだけだった。

「ここには間違いなく洋館があって、王女もいた。でもこれは私だけの秘密なの」

牧は小声で呟きながら、野原を歩きまわった。そうして学校の鞄の中から一つの鍵を取り出した。それは紛れもなく、あの時の銅の鍵だった。牧は野原の真ん中に座り込むと、目を閉じて想像した。目の前にはあの宝箱がある。その鍵穴に牧は鍵を差し込む。すると、王女の姿が再び浮かび上がってくるような気がした。王女のあの時の言葉がふと蘇る。

『終わってしまった物語は開けてはならない』

あの時の牧には、いったいどういうことなのか、よくは分からなかったが、小説をたくさん作るようになってから、牧はその意味をかみしめるようになった。どんな作品にも必ず終わりは来るのだ。よく書けた作品だから、もう少し長くしてなんとかしてみよう、そんな考えは絶対良くなかった。それでうまくいった試しは一度もない。王女の物語も、そういったことだったのだろうと、牧はふと思うのだ。そして最大の失敗は、王女の物語の中に自分を書いてしまったことだった。書き手の自分を、しかも物語の筋とは全く関係のない自分を、ただ自分がそうしたいだけで書いてしまったことは、あまりにも傍若無人で、その物語を否定してしまったことに牧は気がついた。だから、あの火事は起きてしまったのだ。物語にゆがみが生じ、崩壊して全ては燃えつきて、なくなってしまった。してはならないことだった。今の牧には痛いほど分かるが、その当時の牧には分からなかった。

 牧はそれを忘れないようにあの時の銅の鍵を持っているのだ。間違いを侵しそうな時はその鍵で閉じ込めた秘密をこうして引きし、一人考えるのだった。彼女の物語の時間はまだまだ終わることはない。

(終わり)


参考文献『モモ』ミヒャエル・エンデ著 岩波書店

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