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異世界から来た不良召喚術士  作者: 平位太郎
第5章 闘技場の都市へ!
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第七十四話 本日の第一試合

 あなたは、ギャンブルで負けて手持ち金をほとんど擦ったとき、どうするか?

 家に帰ってふて寝するだろうか? それとも家の金を持ち出すか、借金してでも新たに賭け札を買うだろうか?

 しかし、「自分自身が出場選手となって憂さ晴らしする」という選択肢を選ぶ人は少ないはずだ。

 なぜなら、ほとんどの人は賭け金を出すことはできても、勝負や試合の当事者たる実力、そして経験がないからだ。やけを起こして勝負に飛び込んでも、たいがいは勝てるはずがないのである。

 だが、このときの弘には勝算があった。

 彼は冒険者。武器を振るってモンスターと戦うことは、仕事の一つなのだ。つまり、試合場に立っても充分に戦えるはず。

 

(オオトッケイヤモリだろ? 大蜘蛛だろ? そして先日はドブ巨人だ。俺の戦歴だって、今じゃ結構なものなんだぜ? 大丈夫、なんとかなるって)


 こうして闘技場の登録選手となった弘は、闘技場の控え室で一泊し、翌日の第一試合を迎えたのである。

 そう、登録間もない彼の試合は、なんと第一試合。しかも相手は、あのミノタウロスだ。

 弘自身、ミノタウロスの見分けなどつかないが、係員の1人からヒドラを倒したミノタウロスだと聞いていた。

 ヒドラを倒せるほどの強者相手と聞いて、怖じ気づく……はずもなく、弘は戦意旺盛である。


「マジかよ! さっそくリベンジのチャンスじゃん!」


 相手を舐めているわけではない。その強さも充分承知している。

 その上で、買った札を負け札にされた仕返しができると喜んだのだ。

 このように、控え室における弘は喜々としていたが、その様子を他の選手達は哀れむような目で見ている。

 なぜか?

 実は、この対戦カードにおいて、弘は単なる当て馬だったのだ。

 毎日の賭け試合で、第一戦目は景気づけに強者と弱者で試合が組まれ、一方的な殺戮劇を見せつけることにより観客を盛り上げるのである。

 そうとは知らない弘は、呼び出しを受けると元気よく立ち上がった。そして、いかにもな雰囲気の通路を通り、意気揚々と試合場に踏み込んで行く。


「うひょー。格闘漫画でありそうな感じで、最高♪」


 直径、30メートルほどの円形闘技場は、周囲を高い石壁で取り囲まれ、足下は剥き出しの地面。

 この、いかにもな試合場に立ち、弘は興奮を抑えられない。

 同時に降り注ぐような歓声……歓声? 

 いや、聞こえてくるのは嘲笑のような声ばかりだ。


「あの革鎧を着た若い奴が、今日の生け贄か?」


「相手は、昨日の試合でヒドラを殺した奴だってよ」


「見た感じ、何も持ってないけど……素手でやる気なのか?」


「まあ、いいじゃないか。俺達を楽しませてくれるなら何だってさ」


「で、誰か賭けてやったのか?」


「賭けた奴を探すの難しいだろ? 掛け率みたかよ?」


 ゲラゲラと下品な笑い声も聞こえてきたので、弘はイラッとしたが、今注目すべき対象は自分が出てきた入場口とは対面側……やたらと大きな入場口である。

 ジイッと見ていると、やがて重い足音が聞こえてきて例のミノタウロスが姿を現した。

 身長は見た感じで言うなら3メートル弱。先日戦った沼巨人よりも小さい。だが、その筋骨隆々たる牛頭の体躯は、恐るべきパワーを有している。何しろ自分よりも大きなヒドラを引っ繰り返したぐらいなのだ。

 加えて沼巨人よりも素早く、手にした戦斧の威力は凄まじい。


(ヒドラとやったときもそうだったが、鎖で引かれたりしねーんだな? 普通に自分で入場して来やがった)


 あるいは単なるモンスターではなく、亜人の一種なのかも知れない。


(亜人。亜人と言えば、グレースか……なんで人間じゃねーってだけで、見下げて蔑むんだかなぁ)


 異世界文化にケチをつける気はないが、それとは別で大いに気に入らないと弘は思っている。そして、あのカレンやジュディス達も、そういった亜人蔑視の認識なのだろうか? と考え……少し気鬱になった。


(いや文句は言わねーよ? だって俺、ここじゃあ異世界者だしな)


 と、こういうことを考えている場合ではないので、弘は気を引き締めている。

 数メートル先まで来たミノタウロスは、特に興奮している様子はなく、落ち着いた雰囲気だ。やはり、見た目はアレでも知性ある亜人なのだろうか?


(……今更だけど、やりにくくなってきたな)


 賭で負けた憂さ晴らしに仕返しの意味も込めて、弘はこの場に立っているのだ。

 冷静になって考えると自分が情けなくなってくるが、だからと言って棄権するわけにはいかない。

 自分はすでに、命がけの戦いの場にいるのだ。


「なあ? 素手で戦う気なのか?」


 審判らしき男が声をかけてきた。

 そう、先ほどの観客の会話にもあったが、今の弘は一見したところでは非武装である。完全な手ぶらなので、心配してくれたらしい。


「あまり簡単に殺されては、観客が盛り上がらないんだが?」 


 前言撤回。盛り上がりだけが気になっていたようだ。


(なにか武器……か。いや~、ついさっきまで拳骨でボコボコにしてやろうと思ってたからなぁ) 


 バスタードソードはアイテム欄に収納しているので、今ここで取り出すのは良くないだろう。となると、目立たずに取り出せる物を召喚するしかないのだが……。


(ナイフ? いや……ここは鉄メリケンサックだな)


 やはり初志貫徹して、目の前の牛男をブン殴りたい。

 弘はズボンのポケットに手を突っ込むと、何か探るフリをしながら鉄メリケンサックを召喚した。そしてポケットから手を抜いて、装着されたメリケンサックを見せる。


「こいつが俺の武器だ」


「それで戦う気なのか? なあ? 剣ぐらいだったら貸し出しできるんだぞ? なんなら槍だって……」


 審判役が、やけにしつこい。先ほどからチラチラと後方を気にしているようなので、彼の視線の先を見ると……なにやらボックス席のような物が観客席の中にあった。石造りの壁や天井で囲まれ、座席の奥には扉らしき物が見える。そこには初老の男性と、同じ歳ぐらいの女性が並んで座っていた。


(来賓席とかか? ああ、お偉いさんに気いつかってんのか……)


 何処に行っても、それが例え異世界でも、仕事をしてる以上は上の顔色を気にしなくてはいけない。

 そう考えると、急に弘は目の前の審判が気の毒に思えてきた。


「大丈夫。俺なら、これだけで試合を盛り上げられるからよ。その辺は気にしなくていいぜ?」


「いや、そうは言ってもだな……」


『小僧……』


 不意に審判以外の声が聞こえた。

 くぐもった低音で、聞いただけでごつそうなイメージの声色だ。

 聞こえた方を見ると、立って待機中のミノタウロスが弘を見ていた。


『この俺と、そんな鉄屑で戦おうと言うのか?』


「こいつはたまげた。ミノタウロスって喋れるんだ?」


 質問に答えず驚きを口にした弘を、ミノタウロスは眉間に皺を寄せて睨みつける。


『俺は、南の氏族より出でし者。誇りを重んじ、自らの意志で闘技場に立つ戦士なり。故に、俺を軽んじ侮辱する者を許しはしない』


 つまり奴隷剣闘士の類ではなく、そして捕獲されたモンスターでもない。亜人自らが闘技場に足を運んで戦っているのだ。

 だから、この話を聞いて弘は感心した。


(おー……なんか立派な人じゃん?)


 自分がここで立っている動機を思えば、相手の志が高すぎる。妙に申し訳ない気分となる弘だったが、それも続くミノタウロスの言葉で消し飛ばされてしまった。


『貴様の顔と声は覚えがある。昨晩、ヒドラとの試合の時、大量の賭け札を駄目にして絶叫していたな……ククク。俺の勝利で散財する者を見るのは……グハハ、気分がよいわ』


 ……ビキッ……。


 弘のこめかみに青い筋が浮いた。

 脳裏にあった「みっともない動機で闘技場に立っている」「この立派な戦士に対して申し訳ない」といった考えはすでになく、どうやって叩きのめすか? その考えのみが渦巻いている。いや、それでも煽り文句の一つぐらいは出てくるようだ。


「……こいつはたまげた。肉牛の割に舌が回るじゃねーか? 牛タン、美味しそう♪」


 目に殺意を込め、口調だけはヘラヘラにして言ってのけたところ、ミノタウロスの全身の筋肉がこわばる。


『小僧……。口の利き方に気をつけろよ? 俺を牧場の飼われ牛と一緒にするな』


「いやあ、性根が腐ってても牛なんだから食肉にはなるじゃん? 重さあたり、銅貨何枚なんだろなぁ?」


 いつしか、闘技場は静まりかえっていた。

 口の利ける者同士の試合では、試合開始前に言葉による煽り合いが発生する……ことがある。特に『盛り上げ試合』たる第一試合では、強者側の口上がどうなるか注目されるのだ。そして、哀れな引き立て役が強者の言葉により怯える姿を見て、観客達はより一層盛り上がるのである。

 だが、今日の第一試合は違った。

 飛び入り参加らしき見慣れぬ戦士は、ディオスク闘技場の人気上位たるミノタウロスを前に、怯えるどころか煽っているのだ。


「あいつ、頭がおかしいんじゃないか?」


「口の利けるモンスターや亜人は、たまに手加減してくれるが……ありゃ死んだな」


 それら観客のざわめきを、弘は完全無視で聞き流す。


「は、始めるからな!」


 2人の間に漂う緊張感に耐えきれなくなったのか、審判が距離を取り右手を挙げた。

 すると、どこからともなく場内アナウンスが聞こえてくる。


(声をデカくする魔法とかあるのか? いやあ、ファンタジー的には風の精霊を使って云々って感じかもな) 


『本日の第一試合を開始します! 亜人・モンスター用の入場口からは人気闘士、ミノタウロス……バイケン~っ!』 


 詰めかけた観客達が歓声をあげた。屋内なのでまさに地面が揺れるように感じられる。


(この牛野郎。よほどの人気者らしいな……)


『対しますは流れの戦士、サワタリ~っ!』


 弘に関しては簡潔きわまりない紹介だが、これに対して観客は一斉にブーイングを行った。

 これに関して勿論良い気がしない弘。しかし、苛立ちとは別に考えていることがあった。


(こういう、ギャラリーが多い喧嘩をやるなら。……やっぱ特攻服とか欲しいよなぁ)


 暴走族時代の記憶が刺激されるのだ。

 しかし今着用しているのは、黒っぽい衣服に焦げ茶の革鎧。

 まあファンタジー世界で冒険者をしているのだから、こんなものであろう。

 無い物ねだりは一瞬のことで、弘はミノタウロスの巨体を睨み、開始の合図を待った。


 ……グギ、リリリリ……。


 ぼろ布を巻いた戦斧の柄で、堅い物を擦り合わせる音が発生する。

 バイケンが戦斧を強く握りしめているのだ。

 これを聞いて、弘も両拳を胸の高さまで上げて構えを取る。

 そして……始め! の声が闘技場に響き渡った。


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