第七十二話 狂気
光源がランプ一つきり。
そういった薄暗い部屋に、1人の男が居る。
髪は伸ばし放題のバサバサで、無精髭もかなり濃い。面立ちは健康的な生活をしていれば、そこそこは男前で通りそうだ。しかし、青白い肌とこけた頬、それに目の隈によって台無しにしている。
男は、雑多に書類が積まれた机(木製の作業台と言った方が似合う代物)に向かい羽ペンでガリガリと何かを書いていたが……。
書類の底から何かの光が発せられ、ピタリと羽根ペンの動きを止めた。
「ぬなっ!? まさか、そんなひどい……」
羽根ペンを音高く机上に置き、積み重ねられていた書類を乱暴に掻き分けていく。そうして書類の底から出てきた物は、試験管立てのような器具だった。ただし、数本立てられている物は、試験管ではなく棒状に切削された水晶である。
その架孔は5つあり、水晶棒が刺さっているのは4孔。つまり、左端の架孔には水晶が立てられていない。そして、右から2番目の水晶棒が青白い光を発していた。
それを見た男は勢いよく立ち上がる。
「嘘だろぉ、やられちまったのか! アレを調整するのに幾らかかったと思ってる! ぬええええい!」
バサバサ髪を掻きむしりながら癇癪を起こし、机上の書類を叩き飛ばしたり掴んで投げたり。とても正気のようには見えない。
暫く暴れ狂った男は、足下に散らばった書類のうち何枚かを拾い上げた。
そのうちの1枚には魔法文字で、こう書いてある。
『第28号実験体 実験地・レクト村 徘徊性の強い蜘蛛を使用した。頭部占拠後の洗脳効率は良好。占拠素体の生前の振る舞いを模倣可能。ただし、外的刺激により頭部から離脱する傾向あり。頭外での活動時間は極めて短い模様。以後、観察を続ける』
別の2枚については、男は両手で持って内容を凝視した。
『第31号実験体A 実験地・ディオスク東の森 這いずる粘菌を使用。外的刺激に耐性を示す。不死系モンスターに見られる不死呪詛が発現。補食した生物に不死呪詛及び複製体を移し、勢力増加する。以上のことからゾンビに酷似する。解析プロテクトの効果認められず。その他汎用性に欠けるため、実験放棄』
『第31号実験体B 31号Aで使用した粘菌に、7番魔法薬を投与。人間男性を素体としたところ、身体の膨張及び巨大化が発生。怪力を発揮するも、知能は低下。動作極めて鈍し。31号Aによりゾンビ化した素体を使役可能。汎用性の低さは変わらず。観察を続ける』
これら文面から読み取れるのは、レクト村事件や、弘がディオスクギルドの依頼で倒した巨人等が関連していることだ。
レクト村事件に関わっているということは、冒険者ギルド王都支部のジュードが言っていた、『かつて違法な人体実験を行った魔法使い』の関係者なのだろうか?
男は暫く暴れていたが、やがて息を切らせると天井から垂れている呼び鈴の紐を引いた。
暫くすると、別室への扉からノックがあり、男が入室を許可したことで扉が開く。
入ってきたのは、メイド服を着た女性であった。
銀髪を結ってまとめており、耳が長く尖っていることからエルフであることがわかる。顔立ちは美しいが……表情というモノがまるで欠けていた。
「ああ、この床に散らばった物を片付けてくれ。きちんと内容ごとに分けるんだぞ?」
男の命令を受けたメイドは、頷くと腰を落として書類等を拾い始める。男は、その様子を面白くもなさそうに見ていたが、さほど時間がたたないうちに喚き出す。
「それにしても忌々しい。31号Bは出来損ないだったが、高い薬を使ったんだぞ? ああ、もったいない。本当にもったいない」
その間もメイドは書類等を拾い集め、縦横向きを変えて重ねると机に置いた。
「実験種別ごとに分けました。一番上が最新の書類です」
「うむ。御苦労。やはり君は優秀だな。エリザ……」
男は何度も頷くと、好色な目でメイド……エリザを見てから、いきなり平手で横っ面を張る。
鞭で叩いたような乾いた音がした程で、エリザの口端から血が滴った。しかし、男の暴行に関して抗議するでもなく、エリザは顔の向きを戻している。
「どうだ? 怒ったか?」
「いえ……私の感情は制御されていますので」
表情を崩すことなく言うエリザを見て、男は歯ぎしりをし、その視線を彼女の顔から耳に映した。
「これだ! この耳だ! これがいけない!」
男の手が伸び、エリザの右耳を掴む。狩ったウサギの両耳を掴んで持つ……というのがあるが、まさに同じように握り込んでいるのだ。
エリザが顔を歪めると、男は耳を握ったまま高笑いした。
「ふぇやははは! 感情を制御されてるとは言っても、痛みには反応するからな! まったく、卑しい亜人風情が澄まし顔で……」
憎々しげに言い放つや、男は耳から手を離してエリザを指さす。
「いいか? 高貴な生まれの私が、薄汚い亜人を側に置くのはだ。お前が尊敬する祖父……セーター・ピラーズの残した作品だからだ!」
言い放つと、男はエリザの周囲を回った。
顔・耳・首筋・肩・背中・尻。一周してから小振りな胸を見て……最後に頭部に視線を向ける。
「一度でいい~。その頭を開いて、中に入っている物を調べたい。いったい何をすれば、お前のように汎用性の高い……」
「それは御命令でしょうか?」
パン!
またもエリザの顔が弾けた。
男は振り抜いた右手をおろすと、怒りに震えながら両手でエリザの顔を挟み込む。そうすることで美麗な顔が歪み滑稽な表情となった。が、それを見ても男は笑わない。
「ふっざけるなよ、雌エルフ! お前、私を馬鹿にしてるのか!?」
「いえ」
即座に否定するエリザに、男は顔を寄せた。
「いいや、お前は馬鹿にしている! 私は、まだ祖父に遠く及ばない。今! その頭を開いて中身を取り出したとしても、私はすべてを解析することができないだろう。これは前にも言ったぞ? お前が忘れるはずがない! 記憶力も大したものだからな! だからこそ! お前は! 私を! 馬鹿にしてるんだ!」
それほどの大声ではない。だが、絞り出すように言い放った男は、投げ捨てるようにエリザの顔から手を離し、彼女に背を向けた。
そして、神にでも訴えかけるかのように両手を差し上げる。
「おおおお、偉大な祖父! セーター・ピラーズよ! 不出来な孫をお許しください! ですが、このカーターは必ずや! あなたの残した研究を成し遂げてみせます!」
過去、違法な人体実験をした罪で死罪となった天才魔法使い……セーター・ピラーズ。その孫たるカーターは、薄暗い研究室で決意を新たにする。そして、その彼をエルフのメイド、エリザが静かに見つめ続けるのだった。
◇◇◇◇
がちゃ……。
扉が開き、中からカーターが出てくる。
部屋前通路には等間隔で窓が設けられているため、朝日が差し込んでかなり眩しい。
「う~む。もう朝だったか……徹夜しすぎるのも考え物だな」
明るすぎるのは好みでないが、それでも陽光を浴びると気持ちが良いものだ。カーターは背伸び等をして間接を鳴らすと、通路を歩き出す。
石造りの通路にカツカツと足音が響く中、カーターは前方から誰か来るのを見た。通路右手には壁面と各部屋の扉。左手には窓が並んでおり、相手とは擦れ違うほかない。
(曲がり角でもあれば、曲がってやり過ごすんだがな)
人間嫌いのカーターは渋面で歩き続けた。
きびすを返して足早に引き離す……という手もある。しかし、誰かに対して背を向けることをカーターは嫌っていた。
(まったく、いったい何処のどい……つ?)
距離も詰まってきたので相手を確認したカーターは目を剥く。その人物は、この建物の中において、権威的にも地位的にも、そして実力的にも頭が上がらない人物だった。
やはり回れ右して、顔を合わさないようにするべきだった。
そう思うが、ここまで接近していては今更背を向けるわけにもいかない。
そうこうしているうちに更に距離がつまり、相手がカーターに声をかけてきた。
「おはよう。カーター・ランドルフ君。研究は、はかどっておるかね?」
「おはようございます。ジュード・ロオ殿。まあ、順調と言ったところでしょうな」
努めて愛想良く受け答えをする。
ランドルフは偽名であり、そうでもしないと目立ってしかたがないのだ。
(なにしろ我が家名は有名……だからな)
内心苦々しく思いながら、カーターはジュードと会話を続ける。本当ならば、冒険者ギルドの幹部などとは口も利きたくないのだが、相手の立場を考えるならば無碍にもできない。
このジュード・ロオは、魔法使いとしての実力もトップクラスで、その上、冒険者ギルドの会計課長でもあるのだ。
下手に機嫌を損ねて、研究費用を削られてはたまらない。
(偉大なる祖父の隠し財産は、まだまだ潤沢だ。とはいえ、せっかく貰える金を減らすわけにもいかん)
カーターから聞こえの良い返事を得たジュードは、長い白髪髭をしごきながら笑っている。
「そうかそうか。君は、いつも上からの要求に応じて成果を出してくれるので、儂としても助かっておるよ。なにせ、経費削減に役立つのがいい」
「はあ。お褒めいただき恐縮です」
そう言って一礼するカーター。しかし、内心は腸が煮えくりかえっていた。
経費削減と言えば良いことのように思えるが、時としてそれまで貰えていた予算を減らされることもあるのだ。今のところカーターに回される予算が減らされたことはないが、この先はどうなるかわからない。
(忌々しいジジイめ。そのうちに始末してやるからな……)
負の感情を抑え、カーターはジュードと談笑し続けた。
暫くして話し終えたジュードが去っていくと、カーターは充分距離を置いてから持ち上げていた頬肉を下ろした。
そして、元々向かおうとしていた方へと歩き出す。
(はて? 私は何処へ向かおうとしていたんだったか?)
記憶をたどってみると、部屋を出たのは単なる気晴らしのためだった。それもジュードに出くわしたことで台無しになってしまったが……。
(そう言えば腹が空いてる。……食堂は、もう営業してる頃だな)
食欲を満たせば、このクサクサした気分も晴れるだろう。そう考えたカーターは歩きながら窓の外を見た。
遠くにタルシア王国の王城が見える。
カーターにとっては、祖父の敵たる悪魔の城だ。
足を止めたカーターは、王城を見据えながら呟く。
「見てろよ? 祖父の研究をないがしろにした貴様らを、必ず後悔させてやる」
そしてもう一度だけ城を睨むと、カーター・ランドルフを名乗るカーター・ピラーズは、冒険者ギルド王都本部の通路を再び歩き出した。




