第六話 異世界で再就職
洞窟内に連れ込まれた弘は、干し肉を振る舞われた。
「うめぇ! マジうめぇ! なんだコレうめぇ!」
なんの動物の肉かは不明だが、けっこういける。
それどころか、かなり美味い……と思えるのは空腹だからだろうか?
少なくともゴブリンの木の実などよりは、よほど腹に溜まる感じがしてよろしい。
さらには木製ジョッキに入った水まで出して貰い、まさに地獄から天国に上り詰めたような気分になる弘であったが、腹が満ちて落ち着くと、ようやく状況を探り出した。
空腹の疲労で記憶が曖昧になった風を装いながら、現在地について聞き出していく。
結果、やはりここが日本ではなく、異世界であることが判明した。
大陸の中央、南部寄りに位置する緑が豊かな地域で国名はタルシア王国。
聞いた雰囲気では、感じていたとおりの西洋ファンタジーRPG風な文明レベルだと弘は判断した。
(鉄砲とかが無い……か、よく知られてない感じか。一方で魔法があるとかマジでゲーム世界だな)
では、モンスターの類もいるのかと言うと、やはりいるらしい。ゴブリンが居たので薄々感じていたことではあったが、弘は「やっぱりなぁ」と嘆息した。
(しかし、モンスターの固有名が俺の世界と同じとか……)
どういう理屈かわからないが、言葉も通じてるところからすると、勝手に脳内で変換してるのだろうか? よくわからない。
ともかくここはモンスターの類が存在する、剣と魔法の世界というわけだ。
時代からはズレていたとはいえ、それなりにゲーム少年だった弘にしてみれば、少年時代に一度ならず夢見た異世界なのだろう。
一瞬、こいつは凄ぇや! と思ったが、すぐにゲンナリしてしまう。
なぜなら、やはり斬られたら痛いという現実があるからだ。
仮に装備を揃えることが出来たとして、それで「うおー! 経験値稼ぎじゃー!」なんて外へ飛び出し、それで死んだら……そこまでなのである。
念のために聞いてみたが、教会でお金を払って蘇生するというシステムはないらしい。
(死んだらそれまでねぇ……。こいつは、いよいよヤバいな……)
こう考えてみてはどうだろうか?
貴方の住んでる街には、警察は居ても銃器はなく、法治要素も中世レベル。一歩町から踏み出すと、人を襲って捕食できるような魔物が闊歩しているのだ。
付け加えると死んだら生き返れない。
最期のは身近な問題だが、現代日本で育った者にとって危険すぎる世界なのだ。
日本へ戻る方法を探すにしても、どこから手をつければいいものやら。
困り果てていると、リーダー……ゴメスと名乗った男が話しかけてきた。
「まあよくわからん事情のようだが、お前さんは運がいいぜ」
運がいい? 何が?
不思議に思った弘が首を傾げると、ゴメスが説明してくれた。
ゴメスらは、この辺りの山を縄張りにする山賊だと言う。
いつもなら山に迷い込んだ弘のような人間は、身ぐるみはいで捨て置くか、面倒なら殺すのだが、幸か不幸か、弘からは奪うような物は何もなかった。強いて言えば変わった衣服と、あとは財布だろうか?
だが、財布の内容物について、山賊らは価値を見いだせなかったのである。
なら捨てておくか?
ねぐら近くを彷徨いていたんだから念のために殺しておくか?
どう判断すべきか迷っていたところへ周辺を見回っていた者が駆けてきたのである。
「む、向こうにゴブリンの死体が転がってる!」
調べてみると、それぞれ離れた何カ所かでゴブリンの死体があった。どれも殺されているので、こいつはいったい誰がやったのか……と考え出したところ、皆が、気を失い倒れている弘に目を向けたのである。
「で? お前がやったんかい?」
口調は軽く、口元も笑っているが目は笑っていない。
警戒しているのだろう。
弘は誤魔化そうかとも考えたが、山賊のリーダーをやってるような年輩者に嘘は通じないと直感し、素直に答えた。
「ああ俺がやったよ。だって襲いかかってくるし……」
「そうか……うん、気に入ったぜ!」
「へっ?」
突然何を言い出すかと思うと、ゴメスは周囲の男達を見回して言った。
「聞いたか! こいつ、空きっ腹のヘロヘロなのに、ゴブリンを何匹も殺したんだってよ! 大したもんだ! 俺は、こいつを山賊団の仲間にする!」
いきなりな展開に弘は目を白黒させる。そして周囲を見ると……。
「おお! 大したもんだ!」
「やるじゃねぇか、アンちゃんよぉ!」
「これから、よろしくな!」
と、おおむね好意的な反応である。
「それじゃあ……」
ゴメスが弘の腕を掴み、片腕一本で立ち上がらせた。
やはり大きい。弘より頭二つ分高い位置から見下ろし、ゴメスが言う。
「そういや名前を聞いてなかったな?」
「あ、ああ……」
どうやら、なし崩しに山賊の一員になってしまったようだ。ここで断ったりしたら、やはり殺されてしまうのだろう。選択の余地などない。
(……俺みたいな暴走族上がりの奴なんて、暴力団に入ることが多いし。大して変わらないかもしれないな)
そう思うと何だか気が軽くなった。
弘はフウと一息吐くと、ゴメスを見上げながらハッキリと答えたのである。
「沢渡 弘。名前は弘の方っす」
沢渡 弘が異世界の地でゴメス山賊団の一員となってから、一ヶ月ほどが経過した。
弘の仕事は出稼ぎに出た皆が戻るまでの間、ねぐらで他数名と共に番をすること。
山奥深くの山賊のねぐらに、好きこのんでちょっかい出す者など居ないだろうが、そこはそれ、念のためという奴だ。
ちなみに出稼ぎというのは、少し離れた位置を通る街道を見張り、通りがかった商隊を襲うなどすることを言う。
(てこた、あと2~3日ぐらい歩けてたら街道に出られたかもしれねーのか)
場合によっては自分を拾うのが、山賊から商隊に変わっていたかもしれない。
運命が変わってたかもな~……と思うが、まあ済んだことである。
午前中の見張り番である弘は与えられた手製の槍を持って立ち、空を見上げた。
青空を幾つかの雲が流れていく。
(異世界でも空は青い。……ひょっとして異世界というより、同じ宇宙の何処か別の星なのかもしれないなぁ)
確証はないが暇を持てあますと、そんなことを考えてみたりする。
(さてと、今日もステータス画面をいじってみるか)
ゴメスによって山賊の一員とされてからの弘は、更に情報収集にいそしんでいた。
なにしろ見知らぬ世界なのだ。生きて行くには知るべきことが山ほどある。
山賊達は方々に『出稼ぎ』に行くため、聞けば周辺事情などを知ることができたし、この世界の常識的なことも教わることができた。
問題は文字関係で、やはりと言うべきか弘は、この世界の文字を読むことができなかったのである。
言葉がわかるくらいなのだから、文字も読めて「俺……なんで、この文字が読めてるんだ?」的な展開を期待したが、そこまで甘くはなかったというわけだ。
幸いにして山賊仲間には、カタギの頃に商人だった男が居たので、彼から読み書きを教わっている。おかげで難しい言い回しや表現には苦戦するものの、簡単な文面なら読めるようになっていた。元商人の男が言うには、あとは色々読もうとしながら慣れること……だそうだ。
そして現在、弘にとって最大の関心事が『ステータス画面』である。
最初に色々いじったときは、体力的に駄目だった頃なので深く考えなかったが、こうしていじり出すと、あらためてゲーム画面を彷彿とさせる。
まず、基本的なステータス画面から、装備画面とアイテム画面、それに召喚画面を別窓展開することができた。
試しに今の装備を確認すると……。
・布の服
・古びた革靴
となる。
ところで、この世界へ飛ばされた頃に着ていた警備員服であるが、ゴメスに言われるまま靴も含めて献上していた。
サイズが合わないのでゴメスが着ることはなかったが、布地や縫製が上等なため、手直しすれば良い値で売れると思ったらしい。
弘としては、バイト先の貸与品であることが気になったものの、表面上は快く引き渡している。惜しい物ではなかったし、逆らってゴメスの機嫌を損ねたくなかったからだ。
ゴメス達も仲間から衣服をはいで、そのまま放置するほど新入りに厳しいわけではなく、略奪品の中から服と靴を貰うことができた。
それが、装備画面に出ていた「布の服」と「古びた革靴」である。
次にアイテム画面だが、これを展開すると次のように表示された。
・錆びた短刀 4
・財布(5,028円。普通自動車の運転免許証。スーパーのポイントカード)
※短刀4本は、倒したゴブリンから奪った物。
※免許証には自動二輪も含む。
これが弘の所持品だ。
しかし、弘が上記品目を持ち歩いているようには見えない。どうやら、この辺はゲームっぽく異次元的な別空間で収納されているらしいのだ。現に、念じると手元や眼前に財布が出現するのである。
山賊団に拾われて数日目に気づいた能力であったが「便利だ!」と思う一方、この能力に所持数限界があるかは現時点で不明だ。ガンガン収納するほどの物品がないし、山賊らの所持品で試すのもはばかられる。何より、この能力について弘は隠すつもりでいたのだ。
(聞けば、アイテム所持どころか、このステータス画面すら一般に知られてない……そもそも画面自体見えないみたいだし。下手にひけらかして、それで俺のことを『高値で売れる』とか思われても嫌だしな。しっかし、これが能力……ねぇ)
ファンタジーRPGでは、薬草や装備していない武器類をアイテム欄で一括表示できる。だが、あれほど大量の物品を一人で持ち歩けるのが、考えてみれば変なのだ。重量の概念があるゲームもあるにはあるが、それにしたって一個人で運搬できないような物を持っていることが多い。
弘が面白いと思うのは、ゲームなどでは単なる『アイテムの所持機能』に過ぎないことが、この世界では多くの一般人には不可能であり、充分以上に使える『能力』となっていることだ。
(店で万引きし放題。盗品をアイテム欄に入れて、検問を楽々通過……て感じか)
これだけで充分楽して食べて行けそうだ。
更に興味深いのは召喚画面である。これを表示すると、次のように閲覧できる。
・鉄のメリケンサック 攻撃力+4 消費MP5
試しに一人で居るときに召喚してみたところ、鉄製のメリケンサックが両手に装着された。これには思わず爆笑……しかけて、死ぬ思いで笑いを堪えたものだ。
(召喚魔法とか言っときながら、なんだよ微妙なもん出しやがって~)
推測するにメリケンサックが出てくるなら、そういった感じの不良が愛好する武具の類が、この先出てくるということなのか。
召喚したメリケンサックは紛れもなく鉄製であり、思ったとおりの威力で物を殴ることができた。そしてそれは、召喚してから10分ほどで消失したのである。
(漫画で見たことあるけど、具現化がどうとかって感じの能力に近い……のか?)
理屈はサッパリわからないままだが、弘は「そういうものだ」と思うことにした。この先を生き抜くのに、有効に使えるなら何だってウェルカムなのだ。
(いずれは山賊を抜けたいけど、それまでに少しはレベルを上げておきたいよな)
そして元の世界へ帰る。
(……? 帰りたいか?)
弘は思った。ここにはインターネットが無いし、コンビニも、何もかもが無い。それはそれで嫌だとは思うが、少なくとも元居た日本よりは自由な気がする。
その自由は、ちょっとしたことで死ぬかもしれない危険と隣り合わせであったが、山中をゴブリンに追い回され、戦って殺し、飢えてのたれ死にしかけた弘には、もうすでに理解できていた。
いや、本格的な『この世界の死生観』を感じ取るほどではなかったが、それでも死の危険を感じた上で、この世界に居たいと思ったのである。
(お袋や親父には、不良息子が居なくなったことで清々して貰うとして、俺は俺で……この世界で生きてみるとするぜ)