第五十八話 幹部達の見解
弘達が支部2階の受付前で騒いでいた頃。
ムーンを別室で待機させたジュードは、支部長室にてアランと密談中であった。
豪華な執務机の前に差し向かいでソファが置かれ、間にテーブルが配置されている。
ズズッ……。
ジュードはアランが用意したお茶を一口飲むと、カップを置いた。
「今回の一件じゃがのぉ。例の以前に問題を起こした魔法使い……む? 歳を取ると名前がなかなか出てこんの」
暫く唸った後で、ジュードは額をピシャリと叩く。
「セーター・ピラーズだったか? あの頃にいた天才肌の中では、トップを独走しておったのぉ」
「そんなに凄かったんですか。で、どんな感じに?」
アランがテーブル上に身を乗り出し、それを受けてジュードも前に出た。
「次々に新たな魔法実験をしては、多数の成功を収めておった。それが何と言うか、ジャンル? 種別? 職種? どう言うべきか……強いて言えば『道を選ばぬ天才』という感じじゃったな」
アランから顔を離し、ソファに腰を落としたジュードは手で白髪髭をしごく。
「道を選ばない? 魔法分野以外で何かしたってことですか?」
「ほれ? ギルドで、いや今では軍でも重宝しておる精霊通信があるじゃろ? あれもピラーズの開発魔法じゃ」
「え? でも、あれは精霊魔法ですよ? ピラーズは魔法使いですよね?」
魔法は学問の一種であり、知識により精神力を震わせて魔力を運用する。一方、精霊魔法は、この世界に存在する様々な精霊と契約を交わし、自らの精神力を消費して精霊を使役する。
双方、例えば風を操って攻撃術にするなど似た部分があるが、まったくの別物なのだ。
「普通、専門外に手を出すと中途半端なことにしかならないと思うのですが?」
「そのとおりじゃ。だが、彼はやってのけた。精霊魔法だけではないぞ? 僧侶法術やドルイド魔術、ドワーフ族の細工技術にも通じておった」
これを聞いてアランは本格的に絶句する。今のを弘の感覚で言うならば、「彼の本職は行政書士。一方でプロの浪曲歌手、他には著名な登山家や相撲の横綱でもあり、短距離走の世界記録も保持していた」といった感じであろうか。
多芸という言葉では収まらない無茶苦茶ぶりであり、今生きていたらどれ程の業績を残したことか……とアランは思った。
しかし、この話題に登場するセーター・ピラーズは、極悪非道の人体実験者なのだ。
「魔法使いや学者にありがちな、研究以外はどうでもいいタイプじゃったからな。で、今回の一件じゃがピラーズの関係者が絡んでおる。……そう考えるのが妥当じゃと思う」
研究成果を入手した第三者が、自己流で実験をしているという線も考えられるが、ジュードは関係者説を推した。
「関係者ですか。本人は確か斬首刑になったんでしたか? 私は当時、まだ若造でして……はっきりとした記憶はないのですが。あの騒ぎだけは覚えてますよ」
当時は大事件として大騒ぎになったし、魔法使いが斬首刑になることは珍しかったので、見物人も大勢刑場に詰めかけたのだ。
「思いだした……儂も見ておったわ。ありゃあ、気分のいいものではなかったのぉ。ピラーズが大犯罪人だとしてもな。で……じゃ、奴の研究成果については後年、閲覧する機会があっての」
魔力や魔術だけでなく、様々な薬品をも駆使した魔法生物製造法に、当時のジュードは驚きを禁じ得なかった。
「詳しくは話せんが、薬品調合などが極めて難しくての……何か手順を間違えただけで……」
「ドカンと爆発……ですか?」
「それもある。じゃが、同じ手順でミスをしたのに腐食ガスが発生したり、単に失敗したりと儂が読んでも訳がわからん代物じゃったわ。つまり、それほどの難物ということじゃよ」
そこまで話したジュードは、ソファの背もたれを大きく軋ませる。
「しかし、成功すれば件の魔法生物が完成する。素材にもよるので蜘蛛に限った話ではないが……」
さて出来上がった魔法生物(ここでは便宜上、蜘蛛とする)の用途は、基本的には他生物の操作である。ある程度のルールを魔法術式で蜘蛛に焼き付け、対象生物の耳から脳へと送り込むのだ。
「儂の命令に逆らうな……なんて命令が手っ取り早いじゃろうな」
「そういう魔法生物が量産できれば、絶対服従の軍隊を作れたりしますよね?」
儂の命令に逆らうな。自ら鍛錬し屈強な戦士となれ。元の知識を活かして軍隊を組織しろ。いや、お雇いの職業軍人を連れてくるから言うこと聞いて戦うように。
他にもやるべきこと、細かな作業はあるだろうが、それらすら他人を服従させてやらせればいい。
「で……その魔法生物を完成させたかは別にして、世間様にバラまいてる奴が居るんですな?」
「うむ。儂が睨んだところでは、開発者の関係者がな……」
……。
「それってマズいですよね?」
「大いにマズいのぉ……」
「わざわざ依頼して冒険者を呼び寄せたのだって、ギルドに蜘蛛入り冒険者を潜り込ませるためだとしたら寒気がしますよ」
「よもや儂の存命中に、こんなヤバげな事件が起こるとは……」
「何だか楽しそうですね、ジュードさん?」
ここでジュードは対面のアランを見た。
ギルド支部長兼軍属のアランは、半目でジーッと睨め付けてきている。
「否定はせんよ? 老い先短い身じゃて、刺激が欲しい年頃でもあるしの」
「……ジュードさん……」
困ったような、そして責めるようなアランの声。これに対し、ジュードは降参を示すかのように両手を挙げた。
「まあ、儂の個人的な嗜好話は別にしてじゃ。この件は、やはりギルドだけで解決しようとは思わん方がいいのぉ」
この呟きを聞いて、アランが溜息をつく。
「レクト村で若い連中に『魔術師ギルドや国と合同で調査を……』なんて言っておいて、実は冒険者ギルドだけで調査する気だったんですね?」
「まあの。完全に独占調査……したかったのお」
ジュードにしてみれば、古巣の魔術師ギルドはともかく、無理解な国には常々腹を立てていたのだ。ここいらで一つ、情報的な優位を確保したいと考えたのだが……。
「あとで国側の機嫌を損ねることを考えると。やっぱデメリットの方が大きいわな。なにしろ、村が丸ごと一つ壊滅したんじゃからな。今回の依頼に絡んだ近隣村々も、併せて調査もせねばならんし。ここまで大事になったのでは、もはや冒険者ギルドだけで内々に片付けるのは無理じゃよ」
「では、私は軍の立場から国へ報告します。よろしいですね?」
「ああ、そうしてくれ。ギルド本部に書類を回してからになるじゃろうが、儂の方でギルド総務部や……おおそうじゃ! 魔術師ギルドにも根回しはしておこう。それで速やかに事が動くじゃろ?」
「感謝します」
そう言って笑みを浮かべるアランに、ジュードは付け加えた。
「ただし、ギルドで独占……じゃなかった、独自調査はやる。現場で軍とギルド冒険者がかち合わぬように頼むぞ?」
「それは、こちらからもお願いしたいことですよ……と言いたいですが、ギルド支部長としては胃の痛くなる話ですな」
「お前さん方、支部長の苦労は理解しとる。その分、給金は高いのじゃろ? まぁ頑張ってくれ」
話も一段落して、新たに用意した茶をすすりながらジュードはアランに話を振る。
「ところで……レクト村で頑張っておった冒険者達じゃがな?」
「彼らですか? あの人数で多数の大蜘蛛の襲撃をしのぎきるとは、見所のある連中です」
「それもある。が、儂が気にしておるのはクロニウス支部まで連絡に来た……男の方よ」
◇◇◇◇
「ふあ~ああ……」
大あくびをした弘に、両パーティーのメンバー(全員、最低限の武器を所持する以外、甲冑等は脱いでいる)から視線が集まる。
「いやぁ……誰か噂でもしてるのかな?」
それはクシャミだろ! というツッコミをサイードが入れてくれた。
いい人だ! と思う一方、噂話でクシャミをする迷信が異世界でも通用することに、弘は驚いてしまう。
現在、両パーティーは、冒険者ギルドクロニウス支部1階の酒場で宴会中であった。
2階でムーンと別れた後、受付で特別報酬を受け取り(依頼者消滅状態であったが、ジュードの口利きにより完了検査等がなく、支部の報酬費予算から即金で支給された)、早速それを使ってドンチャン騒ぎを始めたのである。
宴会における話の種は、レクト村の事件……については箝口令が敷かれていたので、弘の能力に関してがメインとなっていた。
弘にしてみれば、幾つかの召喚物に関して実演をさせられたりと、見せ物扱いされてることに段々嫌気が差してきていた為、このあくびを機会に酒の場から退散しようとしたのである。
「……ちょっと飲み過ぎたかな~……悪いけど、俺はこの辺で~」
「そうか、残念だが。まあ、酔いが覚めたらまた下りてきて欲しいものだ」
皆が文句を言いそうになったのを、メルが先に発言して封じてくれた。さすが年長者、酒の場での気配りに大人の貫禄が見える。
ちなみに弘が2階の宿泊部屋に行くつもりであることを察したので、メルは「下りてきて」という表現を使ったのだ。
「了解。お開きまでに目が覚めたらな~」
言いつつ復帰する気のない弘は、肩が軽くなったのを感じながら階段を上っていくのだった。




