第四十三話 いさかい
村の偵察に出たノーマは、小一時間ほど経過した頃に戻ってきた。
二組の冒険者達は見張りを立てて寝入っていたが、見張り役だったジュディスとサイードにより全員が起こされる。
「なんだ、なんだよノーマ。起こすんならムーンだけでいいだろっ? こっちはムチムチエロい美女と、超ゴージャスなデートする夢を見てたってのに、ったくもう!」
ムーン側の戦士ラスがノーマに文句を言ったが、ノーマは完全に無視していた。
報告を受けたムーンも、あえてラスには構わず皆に説明をする。
「みんな、座ったままでいい。聞いてくれ。ノーマが見てきた村の様子だが……」
一言で言えば、不自然なまでに静からしい。
ただし、村人不在というわけではなく、それぞれの家屋には確かに人が居て皆が就寝中なのだった。
「みんな寝てるんだろ? いーじゃねーか。俺達も寝直そうぜ!」
「ラス、少し黙ってろ。それで? みんな寝てたから、どう不自然って言うんだ?」
アラブ系っぽいサイードが、ラスをたしなめつつ話の先を催促する。ムーンは頷いてからサイードの問いに答えた。
「夫婦でセックスしている家もなければ、子供が夜泣きしている家もない。誰1人として、いびきをかいていない。静かすぎるってことだ」
「ムーンの言葉を借りるなら、私の『勘』ってやつよ」
ムーンが言い終わったところでノーマが付け加える。
「それともう一つ、これはもっと重要なことかもしれないけれど……」
続くノーマの言葉を聞いて、弘達は顔を見合わせた。
村には、ヒグマの襲撃を受けた痕跡がなかったのである。
ヒグマ襲撃の被害があったので、冒険者ギルドに依頼がされたはず。なのに、村に襲撃の痕跡がないとはどういうことか?
挙手しながら弘が発言する。
「レクト村は、実は襲撃を受けてなくて、先に襲撃を受けた他の村の呼びかけに応じて資金提供しただけ……ってのはどうかな?」
いずれヒグマの襲撃を受けるのであれば、退治費用の捻出に協力して……という方向で考えたのだが、これはジュディスにより否定された。
「ありそうな話だけど、今回の依頼主はレクト村の村長なのよ。真っ先に被害が出たそうだから、その可能性は低いわね」
また、基本的に貧乏している山村民らが、率先して依頼費用を出すとは思えない。そうジュディスが言うと、ラスが口を開いた。
「じゃあ、襲撃を受けた後で手早く直したんだ。そうに決まってる」
妙に早口なので焦っているように見えるが……。
(寝てるところを起こされたのが、そんなに嫌だったのか? それにしても……)
ラスを見た弘は、暴走族に入りたてで粋がってる奴を連想して吹きだしてしまった。そして、悪いことにラスに気取られてしまったのである。
「おい、そこの人相悪い奴。なに笑ってるんだ? ええ?」
「おっと、いけね……ああ、すまん。つい……」
「ついっ!? ついだと!? テメェ、俺を舐めてたら承知しねぇからな!」
くってかかるラスに、ムーンが「ラス、黙っていろ」と言い、弘にはジュディスからの視線が飛ぶ。
吹きだした自分が騒ぎの原因なので、弘はジュディスに対して頭を下げた。
しかし……と弘は考える。
先ほどは他人を比較に出したが、暴走族に入りたてだった頃の自分にもラスは似ているようだ。だから、彼の振る舞いには一定の理解を示すことができる。とはいえ、こっちの世界に来て幾度かの実戦をくぐり抜けると、どうにもラスが軽薄かつ滑稽に思えてしまうのだった。
(ま、俺自身、人を笑えるほど大層な奴じゃないけどな)
多少人間が丸くなったり、状況や場の空気によって自重したり……そういう自身の変化を自覚しているものの、まだ精神的に大人にはなっていないと弘は思う。
(俺が大人になる日とか、来るんかねぇ……)
そういう迷いがあっても、歳を取れば人は大人にならざるをえない。
世間様や課せられる責任が、子供のままで居ることを許してくれないからだ。
残念ながら二十歳そこそこの弘は、そこまで悟れていなかった。
さて、両パーティーのリーダー同士の協議がどうなったかと言うと、やはり予定どおり、朝になってから村入りすることで方針確定する。
「怪しいからと言って現地入りしないわけにもいかん。ただ、村の様子がおかしいのはノーマが言ったとおりだろう。だから充分に注意をする。危ないと感じたら即、村の外へ逃げる。これが方針だ」
「私もムーンに賛成。みんなも注意してね?」
両リーダーが言うと、それぞれのパーティーメンバーは頷いて同意を示すのだった。
日が昇り朝となったので、弘達はレクト村へと入って行った。
レクト村はサバ村と似た農山村だが、幅広い谷間にあるせいか平坦地が多い。
戸数は25前後と言ったところか。
(家一軒に2~4人居るとして、村人口50~100って感じかな?)
そんなことを考えながら歩いていた弘は、前方に村人を発見する。
クワのような農具を肩に過担いだ中年男性は、弘達を見ると大声で「村長!」と連呼しだした。
「村長! 村長~っ。また冒険者の人たちが~」
「また?」
呟くように反応したジュディスが、ムーンと顔を見合わせている。
「先に来た連中の話かな?」
「間違いないわね」
暫くして駆けてきた初老の男が村長であると名乗り、ジュディスらと話すべく2人を自宅へ案内した。
その間、弘達は村長宅(この規模の村では珍しいことに2階建てである)の軒下で時間を潰しだしたのだが……。
「ん~……そっちのパーティーは、野郎1人を除いて女っ気が多くていいねぇ。実にいい。どうだい? こっちのパーティーに移籍ってのはさ? 女性なら大歓迎だぜ?」
ムーンの目がなくなったせいか、ラスがウルスラ達にちょっかいを出し始めた。
メルやサイードが強めの口調で注意しているのだが、まるで聞こうとしない。
まず、ウルスラに声をかけて「軽薄な男って趣味じゃないの~」と拒絶された。次にターニャへ声を掛けようとしたが、こちらはウルスラの後に隠れてしまう。
そしてアタック対象がウルスラに戻り……気がつくと、ウルスラとターニャは弘の後へと隠れていた。
「おいおい?」
「ごめ~ん。だって、しつこいんだもの~」
「な、何とかしてください……」
(何とかって……どうしろってんだ?)
ブン殴って、のしてしまえばいいのか?
そのあたり抵抗感はないので、やってしまってもいい。しかし、ここで暴力に訴えるとジュディスの顔を潰してしまうような気がする。
(いったん社会に出ちまうと、所々でブレーキがかかるから嫌になるぜ。もっとこう、ドキューンな感じでやった方がいいのか? でも、あれって傍目には身勝手な狂人……なんだよな~)
「なあ、おい? お前だよ、お~ま~え!」
考え込んでいると、ラスが絡んできた。
「お前、この娘達の何なんだ? 恋人か? 保護者か? 違うんなら、そこを退いてろ。邪魔だ。あっちへ行け。わかったら消えろ。んん?」
一々区切って言うのが、また聞いていて腹が立つ。
……ぶちっ……。
弘の中の、元々太くない何かが切れた。
初めて見たときから、いけ好かないパツキン白人野郎だと思っていたが、こうまで舐めた態度を取られては黙っていられない。
スッと手を伸ばし、ラスの首を鷲掴みにする。
当然、ラスは避けようとしたが、弘が回避先に上手く手を伸ばしたため、敢えなく捕獲されたのだった。
「野郎、何しやがる! 放せ! この!」
両手で弘の手首あたりを掴むがビクともしないので、ラスは腰の剣に手を伸ばした。
「おいおい、刃傷沙汰とか勘弁してくれよ」
弘は、すかさず首を掴む手に力を込める。
ぐぎぎぎぎぎ……。
「かはっ! げほ! テメェ、俺にこんなこと、したら、ムーンが黙ってねぇぞ!」
まだ反省できてないようだ。
弘はラスが窒息しないように注意しながら、彼を少しだけ持ち上げた。スウッとラスの体が宙に浮き、つま先が地面から離れる。
これには背後のウルスラ達も目を丸くしたし、首を掴んだ時点で止めようとしていたメルやサイードも一瞬動きを止めた。
ラスは戦士で、ムーンよりは軽装甲だが板金鎧を身につけている。しかも、腕に円盾、腰には剣もあって重量はかなりのものだ。
それを弘は、片手で吊り上げたのである。
数秒間硬直していたメル達が、再び弘を止めようとしたとき……。
「おい! お前達なにしてる!」
村長宅からムーンとジュディスが飛び出てきたのである。




