第二十三話 紹介者になるということ
「それで……ですね」
何口か飲んだところで、カレンが申し訳なさそうに話し出した。
聞くところによると、弘が受けた冒険依頼を遂行するにあたって、彼女らは同行できないとのこと。
弘としては、クロニウスに着いたらカレン達と別れるつもりだったので、カレンの話に異議を唱えるものではない。ただ、ここまで世話になったので、理由ぐらいは聞いておきたかった。
「聞く筋合いじゃねーかもしれんけどよ。それって、俺が前科者だからか?」
やはり元山賊が一緒では、迷惑がかかるのだろうか?
だが、カレンはブンブン顔を横に振る。
「そ、そうではなくて、私の方に事情があって……ですね」
慌てて説明するも、尻すぼみに声が小さくなっていった。
弘がシルビアを見ると、ジョッキをテーブルに置いたシルビアが「喋るな、喋るな、喋るな。お前も聞こうとするな!」オーラを発して、主に弘を睨んでいる。
「……わかった。聞かない。じゃあ、質問を変えるが……」
依頼遂行時に同行するのだけが駄目なのであって、町で会ったときに話したりするぐらいは良いのだろうか?
ことさら馴れ馴れしくする気や下心はない。
だが、この先、異世界者として誰かに質問したいことがあるなら、見知ったカレン達の方が聞きやすいのだ。
このことについて、カレンは快く頷いている。
(へ~、良いのか。てことは冒険者の仕事限定で、他に誰かが居たら駄目なんだな)
シルビアは別ということだろうが、弘が思うに、これは一種のイベント制限のようなものであろう。
(普段は多人数で動けるのに、特定のイベントじゃあ1人か2人でしか動けないとか、そんな感じ……か?)
何でもかんでもゲーム的に解釈するのもどうかと思うが、おおまかには、そんなところなのだろう。
暫くすると、ビーフシチューのような料理や、パンのようなもの、蒸かしたジャガイモ、さらには腸詰めのようなものが運ばれてきた。
「今晩は私が奢りますから、たぁくさん食べてくださいね♪」
「いや本当に、マジで何だか悪い気がするぜ」
ここまでして貰っていいのだろうか?
いささか気が引けるが、腹が減っていた弘は遠慮なく料理に手を伸ばすのだった。
暫くして……。
現在、カレンがテーブル上で突っ伏して寝息を立てている。
ジョッキのエール酒を、2杯半まで飲んだところで酔いつぶれてしまったのだ。
それなりに食べはしていたので、明日以降の行動に支障はないように思える。
シルビアはと言うと、こちらは相も変わらずエール酒を煽っていた。その躰の何処に入っていくのかと思うほどの量を飲んでいる。
(グビグビとかゴクゴクじゃなくて、ザバザバ流し込んでる感じだな……)
クイッとジョッキを軽く煽り、弘は腸詰めにフォークを突き刺した。口に運んで噛み切ると「バリッ」という良い音が聞こえ、口腔に肉汁が流れ出していく。
(ソーセージそのものだな。さて腹も膨れてきたが……)
起きてる相手がシルビアだけなので、話しかける相手となると彼女しかいない。
弘は一瞬話題に困ったが、そう言えば……と、とあることを思い出した。
「あのさ。登録所の受付で見た話なんだが……」
登録申請書の紹介者欄にカレンの名を書いたとき、受付嬢が驚きの表情を浮かべていたが、あれはいったい何だったのだろう?
「……はあ~」
据わった目で弘を見ていたシルビアは、聞き終えると溜息をつく。
そしてカレンを見ながら、弘に答えた。
「薄々感じてるかもしれませんが、カレン様は名家の出身です。それなりに知られた家名ですから、誰かの紹介者になるというのは大きな意味を持ちます」
更に言えば、紹介者とは全面的に登録冒険者の身元保証を引き受けるものではないが、それでも、そこに名前が書いてあることで影響は出るとシルビアは言う。
「例えば、貴方に何か犯罪疑惑があったとして、今日書いた登録申請書を調べられたとしましょう。その際、紹介者欄にカレン様の名前があったら、『マクドガル家の御令嬢が紹介した者か! ならば問題はないな!』といったことになるわけで……」
簡単に言えばカレンが紹介者になることで、非常に有利になったということだ。同時に弘の行動に関して、カレンの責任が皆無ではないということになる。つまりカレンは、弘のために泥を被ってもいいという意思を『紹介者』になるという行動で示し、それに気づいた受付嬢達は驚いた……というわけだ。
この話を聞いて弘は生唾を飲み、寝息を立てているカレンを見た。
「……今から登録受付に行って、紹介者欄の名前に二重線を引くってのは?」
「文字削除ですか? マクドガル家の人間の名に線引きするなど、もってのほかです。そんなことするぐらいなら、書類の破棄申請をして新たに……あっ」
お説教口調で話していたシルビアが、ジョッキを置いて口籠もる。
「どうした?」
「登録申請書を破棄する場合、紹介者欄に名前が入ってると、紹介者が立ち会うか同意書を用意しなければならないんでした……」
シルビアの落胆が、弘には理解できるような気がした。
先程の登録申請時、カレンは自ら快く紹介者となってくれたのである。それを、例え彼女の責任を軽減するためであっても、破棄するとなればカレンがどう思うことか。その上、立ち会うか同意書を書けと言われたら……。
ガッ! ごきゅごきゅごきゅ!
引っ掴むようにジョッキを掲げ、シルビアが一気に飲み干していく。
そしてダン! ではなく、コトリとテーブルにジョッキを置き、弘に語りかけた。
「こうなれば、サワタリさんには節度ある冒険者として行動していただきます。よろしいですか? くれぐれも、く・れ・ぐ・れ・も! カレン様の御迷惑にならないよう気をつけてください。わかりましたか?」
学校の女教師に説教されてるような感覚になった弘は「お、おう」と戸惑い気味の返事をする。だが、それがシルビアのお気に召さなかったらしい。
「聞こえません! もっとハッキリと!」
「うおっす。なるべく気をつけまっす!」
その後、シルビアの「なるべくでは駄目です!」や、弘の「いや、そこまでしなくちゃいけねーとか、マジ勘弁だぜ!」と言った声が酒場内で応酬されるのだった。
翌朝。
前夜と同じテーブルで朝食(これもカレンの奢りであった、ありがたいことである)を取ると、弘達は冒険者ギルドのクロニウス支部を出た。
ちなみに昨晩は、最終的に疲れたシルビアが弘との会話を切り上げ、酔いつぶれたカレンを連れて2階にある宿泊部屋へ入って行き、弘は隣の部屋をあてがわれて一晩過ごしたのである。
道行く3人のうち、カレンのみ二日酔いで辛そうにしていたが、弘とシルビアは平気な顔をしていた。
「2人とも、お酒が強いのね……」
カレンが恨めしそうに言うが、この辺は体質によるものなので、弘からは敢えて言うべき言葉はない。シルビアにしても「潰れるまで飲むとは、節度が守れていない証拠です」等とカレンにお説教をしている。
そうこうしてるうちに到着したのは武器防具を取り扱う店、ブルターク商店であった。
店舗正面のひさし上には、店名を刻んだ看板が掲げられている。
店内は、外からおおむね見えるような構造になっていて、大通りからでも所狭しと武器防具が並べられているのが確認できた。
それら陳列台の奥に、体格の良い青年……いや中年か……の男性が居て、腕組みをしながら立っている。客商売をする者の立ち姿ではないが、何となく、元戦士とかじゃないかな……と弘は思っていた。
弘達が店内に入ると、先程見た男が「いらっしゃい」と無愛想な声をかけてくる。
鋭い眼光に、少しばかり長めの面立ち。金色の頭髪はオールバックに纏められていた。
(見るからに元戦士。いや映画で見かける軍人っぽい感じだな)
軽く会釈した弘は、陳列台に並ぶ武具類を見て回る。
短刀に片手長剣、手斧や両刃の戦斧。槍にメイスに盾や鎧とありとあらゆる武具が置かれていた。
(「店主さんは王都から来た人で、けっこう有名な方なんですよ?」)
カレンが耳打ちしてくる。
「なるほど……」
相槌を打った弘だが、さて、ここで何をしようと考える。
定番行動だと、こういうところでは武器防具の販売の他、不要となった武具やアイテムの下取りもしてくれるはずだ。




