第十九話 珍妙な召喚品
「はあ? もう倒しちまったのか? 早すぎんぞ……」
野盗リーダーが、ゴメスと比べてどの程度の腕前だったか?
戦闘場面を見ていない弘にはわからない。
最初の弓兵を倒した時、弘のところまで来るのに時間が掛かったところを見ると、ゴメスより強いということはないだろう。しかし、弓兵掃討を優先して放置していたとは言え、あの時点からの短時間で敵リーダーを倒すとは……。
「やっぱ強ぇえなぁ」
軍人的な基礎訓練を積んだ成果か、単に戦闘経験が豊富なのか。
こういう時、他の奴にもレベルやステータス画面の概念があれば、どれほど差があるのか一目瞭然なのに……と弘は渋い顔をした。
と、ここでカレンとシルビアが弘のところまで駆けてくる。
「サワタリさん! 無事ですか!」
「お、おお。取りあえずはな……」
弘の言葉を信じてないのか、カレンは弘の全身を凝視していたが、やがて胸を撫で下ろした。
「驚きました。弓兵の伏兵がいたんですね。野盗だと思って甘く見てました」
「たまたま見つけただけだけどな」
遠間から矢の雨を降らされなくて良かった……と今更ながらに弘は思う。
3人程度で、どれほどの射量があるかはわからないが、少なくとも複数人から射られつつ戦うのは厳しかっただろう。
「ハアハア、カレン様……もう少しゆっくり……」
息を切らせながら駆けてきたシルビアは、倒れた弓兵達を見て驚いていたが、彼らと弘を交互に見るとカレンに話しかけた。
「この者達、いかがしますか?」
いかがする? とどめを刺すということだろうか?
弘は「むう」と唸った。
戦ってる最中、相手に致命的な攻撃を加えることはできるようになってきたが、身動きできない相手を殺すのは……。
(できれば、やりたくねーな……)
人道的見地によるものではなく、単に気分が悪いだけの話だ。
しかし、こちらの世界の人間には別な意見もあるだろう。
そもそもシルビアが方針決定を求めたのは、カレンに対してなのである。
弘は、カレンがどういう判断をするのか興味があった。
「え? それは……」
引きつり気味の笑顔で言葉を濁したカレンは、救いを求めるように弘に視線を向けてくる。
(いやいや、俺に聞くなよ)
ノーコメント。それを示すべく顔前で手の平をヒラヒラ振ると、カレンはガックリ肩を落とした。
「え~と……この者達は、縛って……街道に転がします」
これがカレンの決断であった。
夜になればモンスターも徘徊する街道に、縛り上げて放置するとは中々に酷だと言える。しかし、その場で殺さないだけマシというものだろう。
シルビアは「まったく、優しすぎます」などと言っていたが、その表情を見るに、それほど不本意ではないらしい。
野盗側の生存者は襲ってきた8人中、4人。
実はこの生存数、弘が倒した弓兵全員の数であり、カレン達が倒した野盗はリーダーも含めて全員が死亡していた。
(う~む。まあ、それぞれ顔面とかに、鉄トゲメリケンで殴りつけただけだしなぁ)
それでもかなりの重傷だが、死んでないことに変わりはない。ちなみに一番元気なのは、尻に矢を受けた弓兵であった。
それら生存者を、彼らの所持品にあったロープで縛り上げていく。
鉄トゲメリケンで穴が空けられた顔面や、矢を抜いた尻などには布を上げて縛ってやったが……。
「僧侶の治癒魔法……とかで治してやんねーの?」
縛って転がした野盗達を指差して問うたところ、シルビアは「はあ?」といった表情で次のように言い放つ。
「襲ってきた敵ですから。治療する必要性を感じませんね」
なんの神様を信仰しているかは知らないが、随分とドライである。
もっとも、もしも負けていたら『女に生まれたことを後悔する』ような目にあわされていたであろうことは想像に難くない。
そこを思えば、シルビアの態度も納得できる弘であった。
(てことは、怪我の出血とか死ぬ前に、親切な人が通りがかって治療してくれるかどうか……か)
無理だろうな……と弘は思う。
この街道は、それなりに通行量が多いようだが、見るからに野盗っぽい男達を助ける物好きは居ないだろう。
あと、モンスターも危険要素の一つだ。
先日料理したウサギモドキみたいに、この辺のモンスターは気性が荒い。縛られた状態で出くわしたら、まず助からないだろう。
猿ぐつわまで噛まされ、もがもが呻いている野盗らに対し、弘は片手で拝んで「南無南無。成仏してくれよ?」と呟くのだった。
「じゃ、じゃあ。先を急ぎましょうか?」
カレンが弘達に言う。
野盗も縛り終えたし、クロニウスへ向けて再出発……と言ったところだが、ここで弘が挙手した。
「どうかしましたか? サワタリさん?」
「こいつらの持ってた武具とか、俺が貰っていいかな? あと金も」
言われて嫌そうな顔をされるかと思った弘であったが、カレン達が「いいですよ?」と言うので、肩すかしを食らった気分になる。
カレン達が言うには、戦利品を奪うのは勝者の当然の権利なのだそうだ。
ならば、なぜカレン達は野盗の所持品に手をつけないのだろうか?
疑問に思った弘が聞くと、野盗の持ち物に手を出すほど困ってはいないから……とのこと。
(そんな風に言われたら、手を出しにくいんだけどなぁ……)
だが、今の弘が金に物に貧乏しているのは事実だ。
カレン達が待っててくれるそうなので、弘は野盗の持ち物を物色しだした。
その結果、取得した物は以下のとおりである。
・大ナタ ・短弓×4 ・矢×50 ・短刀×4 ・手槍×3
・銀貨10枚 銅貨50枚
野盗は皆が革鎧着用だったが、死んだ者の鎧は着る気になれなかったし、そもそもサイズの合うモノがなかったのだ。
(強いて言えば、縛り上げた奴の2人ぐらいはサイズが合いそうなんだが……)
今更、縄を解いて脱がせ、また縛り上げるのも面倒である。
どうせある程度の金は手に入ったし、手に入った物資も売れば金になるだろう。
「ま、こんなもんかな?」
手に入れたモノをすべてアイテム欄に収納すると、弘は野盗達に背を向けた。
(あ、そういやレベルアップのファンファーレが鳴ってたっけな)
ステータス画面を見ると確かにレベルアップしており、次のように能力値が変動していた。
名前:沢渡 弘
レベル:8→9
職業 :不良
力:35→38
知力:14→14
賢明度:27→29
素早さ:30→33
耐久力:38→39
魅力:19→20
MP:35→42
・鉄トゲのメリケンサック 攻撃力+6 消費MP6
・鉄の警棒 攻撃力+5 消費MP6
・自転車のタイヤ 攻撃力+2 消費MP2
以上のとおりである。
(知力に変動なしとか、相変わらずナメてんな……)
こめかみに血管が浮きそうになるが、深呼吸して気を取り直すことに成功した。
内容確認を進めると、召喚欄で変動があったのは『警棒』と『自転車』。
(鉄の警棒って……単なる鉄棒じゃね? あと、自転車はタイヤとか出てるけど、チェーンは何処に行ったんだよ?)
気になって画面上の『自転車のタイヤ』をペチペチ叩くと、項目が枝分かれして『自転車のチェーン』が表示された。
(あったあった。こういう表示ってことは警棒シリーズの『ヒノキ』や『鉄』みたいに、種類分けされてるってことなのか?)
それにしては、自転車の部位ごとに分かれているようだが……。
(自転車の部位? 部位ねぇ……こいつは、ひょっとして……)
弘は閃いた。
自転車の部位ごとに機材召喚できるということは、このままレベルアップを続けると自転車一式分が揃うということではないだろうか?
しかし、一式揃ったからと言って、それがなんなのだろう?
それぞれに攻撃力が設定されているのだから、あくまで武器なのだろうし……。
(だいたい、部品一式揃ったからって俺に組立なんかできるのか? 工具もないのに? ……工具も召喚できるようになるんかねぇ)
よくわからない。
どのみちレベルアップしていきゃ、わかることもあるか……と自分を納得させ、弘はカレン達のところへ戻って行った。
余談だが、生き残りの野盗をしめあげて活動拠点の場所を聞き出し、溜め込んだ金品を頂くことも弘は考えていた。ただ、女2人が見てる前で、あまりあくどい事をしてもなぁ……と思ったので実行に移さなかったのである。
(族時代なら粋がって、女にイイとこ見せるつもりで実行してたんだろうけどなぁ)
多少なりとも社会に揉まれると、他人の視線が気になるのだ。
特に弘は、高校卒業後に幾つかのアルバイト先で問題を起こして速攻クビになっていたため、ある程度は場の空気を読むようになっていた。
(ん~……まあ、1人で行動中、似たようなことがあったら試してみるか……)
……弘が真人間になるまでの道のりは、少しばかり長そうである。




