第十二話 裁判
時間的には、すでに夜となっている。
「カレン様。こちらです」
カレンって、誰? 視線を巡らせると、奥で座っていた女戦士が席を立っていた。
(へ~、カレンって名前だったか。そういや聞いてなかったな)
『様』付けで呼ばれるあたり、見た目どおりの良家の子女なのだろうか。
関係ないながらも、そう思っていると……。
「おい、早く降りろ!」
「ぐへっ!」
首に掛けられた縄を思い切り引かれ、弘は大きくむせた。
なにしやがんだ! と叫びたいが、引かれながら馬車を降りると、周囲には武装した兵士が何人も居た。後ろ手に縛られ、その上から胴体あたりをグルグル巻きにされた状態なので、ここは大人しくした方が賢明だろう。
(昔、喧嘩して現行犯逮捕されて、地元警察に連行されたときは大暴れしたもんだがな~)
あのときの警官達は、必要以上の暴力を振るわないことが前提だった。が、ここの兵士達相手に暴れたら「面倒だから、殺っちゃえ」的にサックリ殺されてしまう。
(ゴメスさんとの約束の手前、簡単に死ぬわけにはいかないしなぁ。我慢するか……)
それに多少冷えた頭で考えると、死にたくないというのも本音の一つだ。
遅れて降車したカレンは、応援部隊のリーダーと何か話している様子だったが、弘は飼い犬のように縄を引かれて移動を開始する。
「ふうん……」
縄を引かれながら歩くうち、周囲の観察をしてみたが、家屋の類は石造りのものが多く、広い通りには石畳が引かれていたりする。
(割と金かかってるな。あ、道路側溝とかあるのか……)
注意深く観察すると、下水口の蓋のようなものも見える。
(地方の町らしいけど、中々やるじゃねぇか。なんか安心したぜ)
子どもの頃、何かのトリビア番組で『昔のフランスは表通りに糞尿垂れ流しだった』というのを見た記憶があったが、それよりはマシな衛生観念がある世界のようで、弘はホッとした。正直、道のあちこちに人糞が散乱してるのが当たり前……みたいな世界だったら、死ぬまで山奥に籠もってるところだ。
(この町だけ特別なのかもしんね~けどな)
「ここが詰め所だ! はいれ!」
がすっ!
周辺家屋と比べて大きな建屋まで来ると、後で立つ兵士が槍の石突きで突いてくる。
「痛ぇなコラ!」
反射的に悪態をつくと、更に突かれて痛い思いをした。
我ながら学習能力ねぇなぁと思うが、言わずにいられなかったのだ。
中に入って最初に見えたのは、受付の窓口だった。
なんか歯医者の受付みたいだな……という感想を抱くが、奥の騒がしいので、すぐにそちらへ気を取られた。
「半分以上死んだだと!?」
「山賊ごときに……我らのメンツはどうなる!」
「だから、全員で討伐に出かけるべきだと……」
「今更、そんなことを言うな! それより遺族に何と言って……」
内容からすると、会話しているのは駐屯兵の幹部クラスだろうか?
部分的にだったが会話内容を聞いて、弘は「あ~、俺……死ぬかもな」と他人事のように思っている。その一方で、相手側の想定よりも多くの被害を与えた山賊団の仲間達を誇らしく思った。
これは犯罪者の身内自慢にすぎないが、そういう善悪基準とは別に、弘は仲間達を褒めてやりたかったのである。
さらに進むと、ちょっとした会議室のような部屋に通された。
兵隊詰め所にしては、多少凝った装飾の柱や壁があり、奥には3人掛けぐらいのこれまたこった作りのテーブルがあった。その対面には幾つかの、木製の椅子が置かれている。
(こいつは……)
先程、受付窓口を見て歯医者の受付を連想したが、この部屋はドラマで見かける裁判所の法廷のようなイメージがあった。規模的にはこぢんまりしているが、おそらく裁判的な用途で使用されるのだろう。
(う~わ、てきとーな裁判で即決死刑とかか?)
やっぱ暴れた方がいいのかなぁ……などと考えていると、後方からドヤドヤと複数の人の気配が近づいてきた。
まず入ってきたのは、年の頃五十代ぐらいの厳めしい顔をした男。
先程から見かける駐屯兵とは違って、胸鎧に胸章が付いている。
一番上かは定かではないが、指揮官クラスであることは間違いない。初見のイメージとしては、見るからに融通が利かなさそうだ。
(こいつが裁判長役だとしたら、いよいよヤバいな……)
遅れて入ってきたのは、最初の男とは少し違う胸章を付けた男が4人と、槍を持った兵士が4人。
そして最後にカレンと、尼僧っぽい衣装の女性が入ってきた。
カレンは鎧を脱いで私服……らしき衣装になっているが……。
(鎧の下に来てた服か? 改めて見るとマジで学生服みたいだな。もう一人の尼さん? ……の方は、こっちの世界に来て初めて見る感じだな……)
尼僧服と言っても、旅歩きや戦闘ができるようなタイプである。元の世界で言う尼僧服とは方向性が違うのだが、その雰囲気、そして帽子や胸の部分に記されたシンボルマークのようなものから、尼僧だと思ったのだ。
(ゲームで言う僧侶職っぽいな)
超有名RPGの女僧侶みたいに、全身タイツに袈裟がけの方が良かったのにな……などと不謹慎なことを考えてる間に、リーダーらしき男がテーブルに着いた。
その両脇に槍を持った兵士が1人ずつ配され、いかにも裁判法廷と言った雰囲気を醸し出している。
カレンと尼僧、そして幹部職らしき男達は後方の椅子に座り、更にその後方の両サイドに槍を持った兵士が1人ずつ立った。
この時点で弘は、槍を持った兵士4人に四方を囲まれている。さらには他の者達も居て、カレンまで居るのだ。どうあがいても逃げようがなかった。
最後に弘がテーブル前に引き出されると、駐屯兵リーダーが咳払いをしつつ話し出す。
「あ~……今回の山賊討伐についてだが……」
彼が、もったいぶりつつ偉そうに語ったのは、次のような内容である。
今回の山賊討伐は、国からの督促に行われたものであり、討伐隊は多大な損害を出しながらも見事討伐を果たしたこと。さらには一名の山賊(弘のことである)を、生かしたまま捕縛できた。本来なら見せしめに公開処刑を行うところであるが、カレン様から成りゆきで巻き込まれた者であるとの証言を得ている。
(ああ、そういうことにしたわけね)
「以上について、何か異議等はあるか?」
駐屯兵リーダーが確認してくるので、弘は肩をすくめつつ頷いた。
「特にネーです」
自分としては紛うことなき山賊団の一員のつもりであったが、ここは、カレンの策に乗ることにした。いい気はしないが、生き延びる有効な手だと判断したのだ。
しかし、地方都市の小部隊とは言え、軍人指揮官にまで『様』付けされるとは、カレンにはどれほどの地位があるのだろうか。
見当もつかないが、弘は駐屯兵リーダーの言葉に注意を向け直した。
「カレン様の証言は疑うべきではなく、内容ももっともである……と判断すべきであろう。しかしながら、この者が我が兵に危害を加えたことは揺るぎない事実である。無罪放免とするわけにはいかない。また、今回の一件の残務処理があるため、調査及び裁判に時間を割くこともできない」
要するに、面倒くさいからとっとと処理したいわけだ。
「そこで……」
駐屯兵リーダーは弘を見て、その後方で座るカレンを見てから……視線を弘に戻した。
そして判決を下す。
「この者、ヒロシ・サワタリには、刑罰として棒叩き刑50打を申し渡す」
「なっ!?」
声は弘の後方から上がった。
カレンである。彼女は驚きの表情で弘を見ると、駐屯兵リーダーに言った。
「棒叩き刑で50打は、その……やり過ぎではないですか? それでは死刑と変わりがありません!」
「カレン様。亡くなった兵士や、遺族の気持ちをお考えいただきたいですな」
小馬鹿にしたような顔……にはなっていないが、口調にそれらしい感情が含まれているように思える。
「死ぬかもしれませんが、死なないかもしれません。本来なら手足の切断刑ぐらいはしたいのですが、なにぶん、カレン様の口添えがあったとなると、いやはや……」
ここまで来ると、かなり嫌味な口調なのだが、言い返せなくなったカレンは腰を落として俯いてしまった。
駐屯兵リーダーは満足言ったように頷くと、弘を睨み付けながら宣言する。
「この者を詰め所の前に引き出し、棒叩き刑を与えよ! なお、カレン様御一行には当事者として、刑の執行に立ち会っていただきます」




