第十一話 捕縛
瞬時にメリケンサック(鉄)が召喚され、両拳に装着される。
それを見た兵士がギョッとした表情になった。
「なっ!? くっ……」
狼狽しつつ振られた剣をかいくぐり、弘は強烈な一撃を下顎に見舞う。
ガシィ!
固い音と共に、兵士が後方へ吹っ飛んだ。
「へっ! やったぜゴメスさん! あとは……」
だが、振り向いた先にゴメスの姿はない。少し息を乱した女が立っているだけだ。
あのゴメスの巨体はいったい何処に……弘の視線が下に落ちる。
ゴメスは、女の足下に倒れていた。仰向けになったゴメスの胸から止めどなく血が流れ出ている。
「おい、おいおい! このブス! 何してくれてんだ! 犯っちまうぞこらぁああああ!!」
頭に血が上った弘が駆け出すのを見て女は身構えたが、弘はと言うと、その女に到達する前に足を止めた。
虫の息のように見えたゴメスが、弘の足を掴んでいたのだ。
駆けている最中なので転倒する危険性もあったが、伸びてくる手の気配を感じて(さらには、事前に動き出す手が見えていた)、弘が自分の意思で止まったのである。
「ゴメスさん! こいつ、俺がブッ殺すから! 手を……」
叫ぶように訴えるが、その弘をゴメスは怒声により黙らせた。
「うるせぇ! お前は黙ってろ! ……なあ、あんた?」
一転、静かな声で話し出したゴメスは、弘にではなく、敵である女戦士に語りかけていた。
「すげぇ強いけど……その騎士っぽい鎧、駐屯兵や民兵のと違うよな? じゃあ、何か都合があって連中に混ざったんか? だったらよ? こいつは見逃してくれ……」
「ちょ、何言って……」
「黙ってろって言ったろうが! なあ、あんた? こいつはよ、ちょっと前に行き倒れてたのを、俺が拾ったんだ。今ここに居るのだって……げほ……俺達に恩を感じ……たからで……だから、頼むよ……殺さないでやってくれ」
「ゴメスさん……」
弘の両眼から滝のように涙が溢れた。
ほんの一ヶ月ほど前に拾っただけの自分を、命がけで助けようとしてくれている。
他人から、ここまでして貰うなど今までの人生では考えられないことだった。
あとは、女戦士がどういう判断をするかであるが、彼女がゴメスの頼みを聞かない場合、弘は死ぬ覚悟で戦いを挑むつもりだった。
ゴメスの訴えを聞き終えた女戦士は、数秒の沈黙後、チラリと弘を見た後で視線をゴメスに戻す。
「私が受けた依頼は、駐屯兵達に加わって街道を脅かす山賊を討伐すること。山賊団の頭目が関係ないと言うのなら、彼と戦う理由はありません。貴方が言ったとおり、今の戦いでも彼に怪我させられた人は居ても、死んだ人は居ないようですし。ただし……」
鈴の音のように響く声で、女戦士は言い放つ。
「駐屯兵や民兵の方々に怪我をさせた事実。これは消えませんので、然るべき処罰を受けていただきます。無論、この会話の流れ的に……彼の扱いに関して私も少しは責任を持つことになるでしょう。ですから、死罪にならないよう口添えぐらいはしましょう」
「ああ、それでいい。生きてさえいりゃ取り返しはつくってもんだ。ヒロシ、それでいいな!」
「え? いや、だって……」
弘は戸惑った。
ここで死んでも良いつもりで女戦士の前に立ったというのに、勝手に身の振り方が決められていくのだ。
返事に困って口籠もっていると、またもゴメスの怒声が飛ぶ。
「これでいいんだ! 納得しろ! くれぐれ……も俺の仇を討とうとか考えて、この人に、手を出すんじゃないぞ! まだ、お前じゃ勝てねぇんだ。女戦士の人……そういう、わけだから、こいつのこと……言えた義理じゃないが頼まれてくれ」
ゴメスの声が途切れがちになっていく。
命が尽きようとしているのだ。
泣き顔のまま弘が女戦士を見ると、女戦士はゴメスに対して頷いて見せた。
それを見て、必死の形相だったゴメスがフッと笑みを浮かべる。
「ありがてぇ。他の連中は……みんな死んじまったのか……。……頼りねぇ親分で悪かったと謝りにいかなきゃ……ああくそ、申し訳ないぜ……」
声が徐々に小さくなっていく。
弘はゴメスの名を呼んだが、もはやゴメスは何も聞こえない状態となっていた。
「そう、そうだ。騎士様のところにも行かなきゃ……。あのとき、一緒に付いていけなかったもんな。なぁに俺達が付いてりゃ、騎士様に手を出せる奴は居ねぇ……」
ゴメスは仰向けになったまま、うつろな表情で1人呟き続ける。
「そうとも、なんたって俺は、俺達は……騎士様の……」
がふっ!
大きな血のかたまりを吐き出し、ゴメスの瞳から光が消えた。
「ゴメスさん……」
傍らに膝をつき、肩を掴んで揺さぶる。
返事はない。死んでいるのだ。
「ゴメ……う、うお、ぐ、ぐわあああああああ! ああああああああ!」
涙のみならず、鼻水やよだれまで流しながら弘は泣いた。
これまでの人生において、他人のためにこれほどまでに泣いたことはない。
まさに号泣だった。
そして、数分ほどだっただろうか、それまで黙っていた女戦士が弘に語りかける。
「申し訳ありませんが、貴方には町の駐屯兵詰め所まで来ていただきます」
「ああっ!?」
グシグシッと袖で顔を拭き、弘は立ち上がった。
女戦士は弘の胸程までしか背丈がない。相手がゴメスの時は、更に体格差が広がったことだろう。
歳だって見た感じ、弘よりも少し若いぐらい。ひょっとしたら二十歳を超えていないのかもしれない。
ゴメスが倒されるところは見ていなかったが、こんな少女に、あのゴメスが倒された。
油断するべきではなかった。そして、この少女はゴメスを殺した憎むべき……。
「この方は、私と戦え……と言いましたか?」
「ぬっ……」
そうは言っていない。
だが、こっちの世界に来てから何かと良くしてくれた人々は、ゴメスを含めて全員死んだ。その原因の一つに、この少女が含まれるのは事実だった。
何より、ゴメスを直接に殺害した張本人でもある。
(ゴメスさんよぉ、俺は……)
弘は迷った。
ゴメスを相手にして無傷で勝てるような相手に、戦いを挑むべきか?
勝てねーとか関係ねーし! と、暴走族の頃のノリでつっかかって、死ぬのも良いかもしれない。
しかし、死の間際、ゴメスは何と言っていたか?
『生きてさえいりゃ取り返しはつくってもんだ。弘、それでいいな!』
ゴメスは、生きてやり直せと言った。
それを、ちっぽけな意地や憤りのためだけに蔑ろにしていいはずがない。
「わかったよ。あんたの言うとおりにする。それが、ゴメスさんの指示だからな」
この日、以前から街道を脅かしていたゴメス山賊団は、派遣された討伐隊との戦闘により壊滅する。
そして沢渡 弘は、山賊団に荷担した流れ者として捕縛されたのであった。
弘は、街道から少し離れた町、テュレに護送された。
あれから意識を取り戻した兵士のうち、身動きの取れる者が町に走って応援を呼び、味方兵の遺体や負傷者を収容。
弘は女戦士の他、見張り兵2人がついた状態で縄を掛けられ……一応の手当を受けた上で……町まで馬車移動したのである。
2頭立ての馬車は、女戦士や生き残りの兵士をねぎらう意味もあったが、荷車を連結して兵士や遺体を運ぶ意味合いもあった。もっとも1回では運びきれないので、馬車は必要分、往復するという。
なお、山賊団の遺体は使える装備等を(そして略奪品も)回収し、そのまま現地に埋められるとのこと。
移送中、兵士2人に挟まれて座る弘は、それとなく対面座席で座る女戦士を観察していた。
身長は百六十から百七十の間ぐらい。
金髪のロングストレートで、ヘアバンドが目立つパッツン髪。
いわゆる……お嬢様風だ。
顔立ちは弘基準で言うなら、かなりの美少女。欧米系と日本系のハーフっぽく見える。
(この世界の美人基準は知らんけどな……)
戦ってる最中は、まるで気がつかなかった。
ブスとか言って悪かったか? と思うが、これまで経緯的に印象が最悪なので謝る気はない。
スタイルに関しては、ブレザー風学制服の様な衣服を着て、その上から鎧(ゲームで言うプレートメイル?)を着用しているので、よくわからない。大まかな体型や、スカートから伸びた足のラインを見るに、悪くはないのだろう。
一方、弘はと言うと、最初に山賊団で貰った布の服と革の靴のままである。
駐屯兵の襲撃時は非番だったので、狩りの時に借りていた革鎧は脱いでいたし、革の手甲や足甲も外してあったのだ。
(持ち物と言えば、財布ぐらいだな……)
ゴブリンの短刀は、4本すべてを投げて回収することができなかった。
財布に関しては下手に持ち歩くより安全なので、アイテム欄に収納したままである。
(そういや、狩りで獲物を持って帰ったら、「駄賃だ♪」って言って、こっちの小銭を貰ってたっけな。あれ、どれくらいの価値なんだろ?)
山賊仲間達が金持ち揃い……なはずがないので、せいぜい飲食店で一食食べられるかどうかであろう。
(無いよりはマシだな。腹が減ったら、狩りをすれば良いんだし。気にするこたないか)
ここまでの山賊生活において、食糧確保のための狩りは、ある程度できるようになっていた。少し離れた位置にいる、鹿のようなモンスターに槍を投げて当てられる。そんなものであったが、自分1人が食べるだけなら充分だろう。
そういったことを考えていると、馬車は町に着いた。
ゴメスの死亡シーンですが「さんざん悪事を働いた山賊が、何を『やり遂げた』みたいな死に方してるんだ?」とか「それで号泣する主人公って引くわ~」……と思って頂けたら、それが正解だと思います
本作の主人公って、今のところまだ『半分ドキュン』ですし
この先、ヒーロー風の真人間になるか、なれるかは未定です




