第一話「家事役募集、女禁止」
街の掲示板に、古びたチラシが貼ってあった。
他の求人は、だいたい新しい。
護衛募集。
荷運び。
魔法工房の下働き。
冒険者パーティーの補充。
農園の短期作業員。
その中で、その一枚だけが明らかに古かった。
紙の端は丸まっている。
雨に濡れた跡もある。
字は大きいが、雑だった。
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家事役募集。女禁止。
住み込み可。報酬応相談。
場所:辺境村北端、旧騎士宿舎。
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アシュは足を止めた。
変な求人だった。
まず、家事役という時点で珍しい。
さらに、女禁止。
そのうえ住み込み可。
普通なら、関わらない。
だがアシュは、普通の求人に関われる立場ではなかった。
この世界では、男は力で見られる。
剣が使えるか。
魔法が使えるか。
身体が強いか。
荷を運べるか。
魔物と戦えるか。
そのどれかがあれば、仕事には困りにくい。
アシュには、どれもなかった。
魔法適性はゼロ。
剣は遅い。
力仕事をすれば、すぐ身体を痛める。
昨日も荷運びの仕事を辞めさせられた。
「男のくせに、役に立たねえな」
店主はそう言った。
アシュは言い返さなかった。
言い返しても、荷物が軽くなるわけではない。
腰の痛みが消えるわけでもない。
次の仕事を紹介してもらえるわけでもない。
できないものは、できない。
その代わり、できることもあった。
料理。
掃除。
洗濯。
裁縫。
道具の手入れ。
保存食作り。
食材の管理。
人が暮らすための仕事なら、人並み以上にはできる。
ただ、この国ではあまり評価されない。
生活魔法があるからだ。
火は魔法でつける。
水も魔法で出せる。
汚れも簡単な洗浄魔法で落とせる。
食材の保存も魔法に頼る。
だから、手間をかける家事は軽く見られがちだった。
食事も同じだ。
肉を焼く。
豆を煮る。
塩を振る。
保存魔法をかける。
腹に入ればいい。
腐っていなければいい。
温かければ、なお良い。
その程度の扱いが多い。
アシュは、もう一度チラシを見た。
家事役募集。女禁止。
家事役。
それだけなら、アシュにもできる。
問題は、女禁止の方だった。
普通、家事役には女を雇う。
男が家事で雇われることは少ない。
わざわざ女禁止と書くくらいだ。
雇い主は、たぶん面倒な人間だ。
掲示板の前を通った冒険者たちが、チラシを見て笑った。
「まだ貼ってあるぞ、あれ」
「あの女騎士のやつだろ」
「誰が行くんだよ。女禁止って」
「前の家政婦、泣いて辞めたらしいぞ」
「そもそも男の家事役なんか来るわけないだろ」
アシュは、その会話を聞きながら黙っていた。
誰も行かない。
だから、まだ残っている。
それはアシュにとって、悪い話ではなかった。
今朝、安宿を出る時に最後の銀貨を使った。
昼は食べていない。
それどころか今夜の寝床もない。
街の求人は一通り見た。
護衛は無理。
討伐補助も無理。
荷運びは昨日クビ。
魔法工房の雑用は、魔力感知ができず不採用。
商会の見習いは、男なら外回りも任せたいと言われた。
残ったのは、このチラシだけだった。
「……まだ募集してるなら、だけど」
アシュはチラシを剥がした。
紙が古く、端が少し破れた。
住所を確認する。
辺境村北端、旧騎士宿舎。
街から歩いて半日ほど。
遠いが、行けない距離ではない。
アシュはチラシを畳み、上着の内側に入れた。
剣はない。
魔法もない。
金もほとんどない。
あるのは、家事ができることだけ。
それでも、何もないよりはましだった。
*
辺境村に着いた頃には、日が少し傾いていた。
村は小さかった。
畑と牧草地があり、家がまばらに並んでいる。
街と違って人通りは少ない。
その代わり、外から来た人間は目立つ。
アシュが道を尋ねると、畑のそばにいた中年の男が顔を上げた。
「旧騎士宿舎? ああ…元騎士団長のリゼラ様の家か」
「たぶん、そこです」
「仕事か?」
「家事役の求人を見て来ました」
男は少し驚いた顔をした。
「本当に来るやつがいたのか」
「そんなに来ないんですか?」
「来ないだろうな。あの条件じゃ」
男は鍬を地面に立て、村の北側を指差した。
「この道をまっすぐ行け。畑を抜けた先に、石造りの大きな家がある。そこだ」
「ありがとうございます」
「一応言っておくが、悪い人じゃないぞ」
男は少し言葉を探した。
「ただ、近寄りやすい人でもない…気をつけろよ」
「分かりました」
分かったような、分からないような話だった。
アシュは教えられた道を進んだ。
村の北端に近づくと、家の数が減る。
畑が広くなり、道の端に薪置き場や農具小屋が見えた。
しばらく歩くと、石造りの家が見えた。
確かに、村の中では大きい。
元は騎士の宿舎だったという話も納得できる。
壁は厚く、扉も頑丈そうだった。
ただ、暮らしやすそうには見えなかった。
庭の草は伸びている。
薪は積まれているが、少し崩れている。
窓は閉め切られている。
洗濯物は出ていない。
広さや造りから見るに、金がない家ではなさそうだった。
なのに、手が回っていない。
アシュは扉の前に立った。
求人が古かった理由は、なんとなく分かった。
普通の人間なら、ここで少し帰りたくなる。
だがアシュには、帰る場所がなかった。
扉を叩く。
返事はない。
もう一度叩く。
少し間があった。
それから、奥で足音がした。
重い足音だった。
扉が開く。
出てきたのは、背の高い女だった。
年は三十前後。
髪は後ろで雑にまとめている。
部屋着姿だが、姿勢が真っ直ぐで、妙に隙がない。
腕には古い傷があった。
顔立ちは整っている。…というか、かなりの美人だ。
ただ、怖い。
幾度も死線を乗り越えてきた者の顔だ。
アシュはそう思った。
女は、眉間に皺を寄せ、アシュを見下ろすように見た。
「誰だ」
低い声だった。
その圧に、つい背筋が伸びる。
アシュはチラシを取り出した。
「求人を見て来ました」
女はチラシを見た。
それから、アシュを見た。
数秒、黙る。
「……本当に来たのか」
「まだ募集してますか?」
「している。誰も来なかっただけだ」
女は少しだけ横へずれた。
「リゼラだ。この家の主をしている」
「アシュです」
「家事はできるのか」
「できます」
「料理は」
「できます」
「掃除は」
「できます」
「洗濯は」
「できます」
「裁縫は」
「できます」
リゼラは少し黙った。
「……妙な男だな」
「よく言われます」
「褒めてはいない」
「それもよくあります」
リゼラは表情を変えなかった。
ただ、追い返す気はなさそうだった。
「入れ。話は中で聞く」
アシュは一礼して、家の中へ入った。




