伊坂なな/野々村雫
今日はお昼用事があるからとあーちゃんもリリアもお昼休みに成や否や居なくなってしまった。一人でお昼を食べるなんて久しぶりだ。
丁度いい頃合いなのかもしれない。
そう思い立ち私は重い腰をあげ、あの人のいる場所へ足を向けた。扉に手をかけたが開けるのはやめた。
聞いて欲しいだけだから。
「少し、そのままでいいから聞いてよ。独り言だと思ってもらっても構わないから。
私は君とちゃんと向き合う義務がある。後回しにするのはもうやめるよ。
だから、私が私として君が君として話すのはこれが、最初で最後にしよう。
この時間が終わったら、私達はお互いを忘れよう。
そうすれば、この乙女ゲームのような現実に今度こそ、向き合う事が出来るから。」
寂れた今は使われていない物置のドアを一枚挟んで私達は対峙する。
扉一枚の厚さは私達が対峙するには丁度いい距離感だ。
「工藤皐月が居なくなったあの日。私はまた裏切られたんだって、人生を悲観した。どうして私はここにいるんだろって。
その時初めて私は君に依存していたんだって気付いたんだ。工藤皐月の事がどうしようもなく好きだったって。
生憎様、そんな私の淡い恋心つい最近まで忘れてた。だから、君ばっかり恨めないや。
ごめんね。私は七海京子じゃなくて、伊坂ななだから。お互いこれで最後だ。
君が工藤皐月として声を掛けたとき、私はやっと全部思い出した。でも、どうしてこんな世界に紛れ込んでしまったかわからないけど。
ここでなら私、幸せになれるって心の底からそう思える」
そう言いきると私は立ち上がった。これじゃ、いい逃げになっちゃうな。これでいいと言ったのは自分なのに。
帰ったらまず、鷹司くんに謝らないとな。今まで避けちゃってごめんねって。
そう思い一歩踏み出そうとしたとき声が聞こえた。
「京子は俺じゃなくて出会ってすぐのよくわからないようなそいつらを信じるんだな」
「そんなこと言ったら私達はまず出会わなかったよ。見ず知らずの赤の他人と肩組んで歩いたじゃない」
思わず笑みがこぼれる。そう、私達は天と地ほど相容れないもの同士だったのに。土足で踏み込んできたのはそっちだ。
「そんなこと……言うなよ。俺を一人にしないでくれ」
今にも壊れてしまいそうな儚い声。胸が痛くないわけではないんだ。
「暁先輩が君に気を付けろっていってた。けど、それは私と出会う前、それより前のことなんでしょ。君は誰かに救ってもらったんでしょ。
私、君のことならなんだって手をとるようにわかるんだから」
そう、わかるよ。君のことなら誰よりわかるよ。君の支えに成りたいとずっと行動してきた自分だから。
「私達は確かに一人だよ。でも、支えてくれる仲間がいる。だから、頼りなよもっと。皐月はもう少し甘えてもいいんだ」
今度こそ、立ち去った。自分が嫌な奴なのはおもおも承知の上。
一人立ちするよ、今度こそ。
君の支えにはなれないけど、後輩としてならずっと支えられるから。
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「つかさ、なんで俺がここにいるってお前も知ってるんだよ」
閉ざされていた扉がぎしぎしと音をたたてあいた。あいつが言っていた荒れてた俺を救ってくれた相棒が。
ゆっくり近付いてきて俺のとなりにどさりと座りこんだ。そんな乱雑な座り片、お前の顔にはあわないんだよ相変わらず。
「雫、振られたのか」
「なに清々しい顔して聞いてくんだよ、気色悪い」
「お前が戻ってこないから探してやったんだ、少しは喜んだら」
「俺はいまいち梶冬弥がわからない」
――わからなくたって、いいよ。僕は雫のこと知ってるから。
こう言うところが王子様って言われるんだろな。
初めてこいつに会った時、なんて綺麗な悪魔なんだって思った。
ひたすら無表情で相手を殴り倒す姿は恐怖だとか恐れとかが後からくるようなそんな気迫で。
自分だって人を殴ってるって言うのに、見ず知らずの俺に喧嘩なんてくだらないことやめろって。
その姿が京子と重なって見えたのは内緒だ。
「ほら、そろそろ戻るよ」
あぁ、そう言って二人して立ち上がった。ここは乙女ゲーム風の現実。あいつはそうあらわしていた。そう、ここはあくまで現実なんだと教えてくれた。
「あぁ。サッカーやろうぜ」
「青春漫画に影響受けすぎだろ」
とかなんとか。
二度目の高校生活はとても充実している。勉強もスポーツも交遊関係も。考え方を変えれば二度も高校生やれるんだからついてるのかもな。
金儲けの事しか考えていなかった母親は此方にはいない。
「冬弥、ありがとな」
「どういたしまして」




