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風呂とメイドとおばちゃんと

 「ぎゃあああああ」

 「こら! いい加減観念なさい! 嫁入り前の乙女じゃあるまいし何を恥じらうことがあるのですか!」


 乙女です。読んで字の如く嫁入り前の身も心も清らかな乙女です私。

 と、当然言えるはずもなくて。


 私はエルドア城に到着するなり、待ち構えていたメイド服姿のおばちゃん集団に攫われ、白い大理石作りの広大な浴場へ放り込まれた。ただでさえ部活帰りの汚れた状態だった上、二日間風呂に入らず公園で寝起きしていた身だ。とてもじゃないけど女王様の御前に立てる状態じゃない、ということで私はこれから体を清められるらしい。

お風呂には死ぬほど入りたいし願ってもない展開だ。


 だがしかしこの状況はやばい、非常にやばい。さすがの私も服を脱がされたら女だってばれてしまう!!


 「ふんぬうううう服から、手を、はなして、くださいいいいいい」

 「貴方こそ、その強情な手を、どかしたらどうですかあああああ」

 「……一体なにをしているのですか」


 4人掛かりでシャツとジャージを脱がしにかかるおばちゃん達と、そうはさせまいと耐える私がくんずほぐれつの攻防を繰り広げていると、唐突に浴場に呆れたような声が響いた。途端おばちゃん達の総攻撃が止み、団子虫の如くその場に丸まって防衛体勢をとっていた私はお? と顔を上げた。


 視線が交わると同時に、エメラルドグリーンの双眸が呆れたように細められる。


 「ユリウス様!」


 浴場の入口には白鎧の騎士、ユリウスが佇んでいた。周囲のおばちゃん達から黄色い歓声が湧き上がる。怖い。よく肥えた体のどこを使ったらそんな声が出るんだ。


 「やけに遅いと思って様子を見に来てみれば……そこのマルマリ虫はなんです。湯浴みをするどころか着の身着のままじゃないですか」

 「も、申し訳ございません。私どもも苦心したのですが、ヒナタ様が断固としてお召し物ををお脱ぎにならなくて……」


 はて。まるまり虫とは私のことだろうか。尚も膝を抱えて床に転がる私を見下ろすユリウスの視線は、それこそ虫を踏み潰せるのではないかというほどに重い。


 しかしおばちゃん集団の拘束が解けた上に、彼女達は今殺伐とした空気の中に突如吹き込んだ清涼な風の如く現れたユリウスに夢中だ。これはチャンス。私は入口とは反対側の奥の扉へと匍匐前進で目指す。


 ガシッ


 「へ?」

 「まぁ彼も年頃の少年です。年の近い侍女では流石に酷だと思い侍女頭である貴方方にお願いしたのですが、やはり精錬された女性の魅力には照れてしまったのでしょう」


 胡散臭い微笑を貼り付けながらペラペラと捲し立てるユリウス。というか足! 私の足首を掴むその手を離せ! いつの間に私と間合いを詰めやがったんだ! あとそこのおばちゃん頬を赤らめてるんじゃない! あんたらこの男におばちゃんとしか認知されてないことを暗に告げられてるだけだよ!


 「ここは私が教育係として責任を持って処理しますので、貴方方は持ち場へ戻って頂いて構いません」


 ……はい?


 「ですが、部隊長様に湯浴みの補助をさせるなんて……」

 「良いのですよ。男である私相手ならばヒナタ様も御身を委ね易いことでしょう。それに時間も押していますし、手早く済ませてしまいたいのです」


 柔らかな笑顔とは裏腹に私の足首は強く締め上げられる。いたたたた足首も痛いけどこちらに向けていない笑顔も痛い。次に私の方を向いた時には虫を踏み潰すどころか、レーザー光線で焼き殺す勢いの眼力が発射されるに違いない。


 そうこうしている間にそそくさと退室していくおばちゃんメイド――いや、侍女頭さん達。


 あああ、ちょっと待って行かないで! 別に私あなた方に裸体を晒すのが恥ずかしいわけじゃないから! いや恥ずかしいけども! TPOは弁えるからちゃんと! だからこの男と二人きりにしないで! っておいこらそこの数人、意味有り気な視線を向けるんじゃない!


 バタン、と重厚な扉が閉まり、浴場は静寂に包まれる。


 「さ、女性はいなくなりましたよ。思う存分服を脱いで頂いて構いません」


 いやあなたの目の前にいますから!

 うつ伏せの状態から少し体勢を起こした私と、その場にしゃがみ込むユリウス。女じゃなくてもこんなシチュエーションで服なんて脱げるか。男でも照れるわ。


 「いやです」

 「……まだ言いますか」


 無理なものは無理なのだ。ふいと正面の綺麗な顔から視線を逸らすと、ユリウスは深い溜息を吐いた。そして私のTシャツに手を伸ばして――って、


 「にゃああああああ!? なにするんですかあああーーー!!!!」

 「なにって、貴方が自ら脱がなければこちらが脱がすしかないでしょうが」

 「結局さっきのおばちゃん達と変わらないじゃないですか! はなせ! この! ショタコンめ!」

 「しょたこん……? ……何を言っているか理解し兼ねますが、褒め言葉でないことは確かでしょうね。ほら、時間が押していると言ったでしょう。暴れないで大人しくしてください」


 ユリウスにTシャツの前部分を引っ張り上げられ、もう片手で肩を大理石の床へ押さえつけられる。ちょ、この体勢は色々やばいぞ。他所様から見たら変な誤解を与えかねない。畜生この戦いを終えたらこいつを婦女暴行罪で訴えてやる。あ、今私男だったわ。

 というかこの男、こんなデリカシーの無さでよくこれまでやって来れたな。あれか、そういうプレイがお好きなのか。他人事ながらこの男のお相手になる人に、少なからず同情の気持ちを抱いてしまいそうになるよ。


 しかし私の人生も風前の灯。現実逃避に目の前の男の性癖を考察している場合ではない。

 ユリウスの力は贅肉のたるんだおばちゃん達はとは比べ物にならない程強く、私の服は胸の下まで捲り上がり、腹チラをかますところまできてしまっていた。

 早急になんとかせねば、このままだと私の主張の乏しいがそれでも男と言い張るのは難しいサイズの胸がこんにちはしてしまう。こんな所でばれるわけにはいかないのだ。


 「……その格好から察するに、ユリウスさんは、騎士なんですよね?」

 「? 何を突然。……正しく私はエルドア王宮騎士団に所属する身ですが……それが今の状況に一体何の関係があると?」

 「関係大ありなのです! ですから一旦この手を離してください! とてもじゃないけど会話に集中できません!」


 力で叶わないのなら交渉術に出るしかない。

 ユリウスは一瞬逡巡したものの、シャツを引っ張る手は止めてくれた。組み敷かれている体勢は変わらずだが、まあよしとしよう。

 鼻息荒くなった呼吸を整え、オホンと一つ咳払いをする。


 「実はかく言うおれも、元の世界にかつて存在した武士という――この世界で言う騎士と似たようなものの末裔だったりするんです」


 嘘八百。

 私のご先祖様の話なんて聞いたことがないが、せいぜい地方の農民かその程度だろう。


 「そして我が家系には代々受け継がれている掟がありまして、それが『他人に風呂場で素肌を晒してはいけない』というものなんです」


 なんだそりゃ。

 自分で言いながら自分で突っ込みを入れてしまった。

 しかしここまできたらもう止まらない。調子の良い私の舌が虚言の弾丸を弾き出す。


 「時は数百年前、私のご先祖様である初代当主様はそれはもう凄まじい剣の使い手でした。ばったばったと悪代官を切り倒しては権力を広めていきます。それ故に敵も多かったのでしょうね、ある日彼は暗殺されてしまいます。風呂場で自らの忠臣達に。彼は大の風呂好きで入浴中は隙だらけだったらしく、そこに付け込まれたのでしょう。それ以来我が家系では入浴をする際、及びそれが派生して着替えの際に自分以外の何者も入室させないという掟が生まれたのです」


 「掟は絶対だからどうしても出て行ってほしい」と付け加えて至極真面目な風を装って懇願するが、脂汗は止まらない。

 我ながら無理がある。しれっと着替えも一人でする件も取り入れてみたが、果たして聞き入れてもらえるだろうか。

 黙って私を見下ろすユリウスは変わらず無表情だ。


 長い睨み合いの末、漸くユリウスが視線を逸らし、呆れたような溜息を吐いた。


 「……仕方ないですね。分かりました、ここは退きましょう。この浴場の勝手だけ説明していきます」

 「ユリウスさん……!」

 「代々伝わる掟に背く事は、騎士道に反しますからね。私も少々手荒な真似をしてしまいました、申し訳ありません」


 私の上から退き、乱れたシャツを直しながら頭を下げるユリウス。なんだ、話せば分かる人じゃないか。流石忠義に熱い設定の多い騎士業に属する人だけある。ショタコンとかデリカシーが無いとか言ってごめんなさい。

 嘘をついてしまった事に後ろめたさを感じないわけじゃないが、まぁそれはおあいこだろう。


 浴場の説明を終えると私を引き立たせ、にっこりと笑うユリウス。状況が変わるとあの怖い笑顔が天使のようにすら見えるなー。


 「ただし、身支度にこれだけの時間を費やして、貴方の後見人であるライナス様の王宮での面子を少なからず潰したのもまた事実です。よって今から5分以内に入浴を終えて下さい」


 訂正。やっぱり悪魔だこの人。

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