77話 虹色の、純白な天使 Part.2
それは、ずっとずっと昔のこと。
またインターネットや、機械なんてものも無くて、人々が身を寄せ合い、自然と共に生きていた時代。
その時の天使は、人を狂わせる虹の光を纏ってはいなくて、頭に天使の輪が優しく光っていた。
でも、その時代の人間とは違う異質さに恐れられて、いつも孤独で。
(彼も、元は人間と呼ばれる存在だったのに)
だけど、たった一人だけ。
彼を一人の人間として、対等に接してくれる友がいた。
◇
籠を抱えた少女が、森の中を駆けていく。
彼女は弾むような足取りで快活に道を駆けていき、やがてひときわ大きな木の元にたどり着くと、叫んだ。
「ねーーえーー!! いるんでしょーー!」
息を大きく吸い込むと、彼女は再び叫ぶ。
「エーウグーリオー!!!」
「……うるっさいなあ……」
「今日はお菓子持ってきたのー! 降りてきてよー!」
騒ぎ立てる少女の元に、何者かが木の上から舞い降りる。
それは、六枚の純白の翼を大きく広げた天使――エウグリオだった。
音もなく降り立ち、六翼をゆっくりと畳むと、青色の瞳で静かに彼女を見下ろす。
まるで足元の小さな羽虫を眺めるような、冷徹な目線だった。
だが、そんな彼に臆すること無く、少女は太陽のような笑顔を向けつつ、「はい!」と良い香りのする籠を差し出す。
「食べて! あたし頑張ったんだから!」
「……リィナ。まえにもいったけど、ぼくは、にんげんの食料なんかじゃ……」
「いーから! はい! 食べて食べて!」
無理矢理渡された焼き菓子をつまむと、エウグリオは渋々口に運んだ。
「ね! おいしい!? おいしい!?」
「おいしいけどさ。ぼくはにんげんの命……“赤い実”しか、おなかにたまんないんだからムダだよ」
「でもおいしいんでしょ? ならいーじゃん!」
「ごういんだなぁ」
傍若無人な少女に呆れたような表情を見せるエウグリオ。
「そんならさ……」
エウグリオは自分の翼から羽根を一枚抜き取る。
そして、まるで温めるように手で覆った後、白く光り始めたそれを「ほら」と少女へ差し出した。
「みたい夢、ないの? これたべたら、すきな夢がみられるよ?」
「いらなーい!」
「あっそ。つまんないの。おとなたちならすぐ飛びつくのに」
エウグリオが羽根を握り潰すと、羽根は光の粒子となって飛び散っていく。
「じゃあ大人たちにいっぱいあげればいいじゃん!」
「やだよ。ひとりに一枚しかあげちゃいけないし、調節もめんどうだし」
「調節?」
「そうだよ」
エウグリオはもう一度羽根を抜き取ると、今度はそのままリィナに見せる。
その羽根は、先ほど彼が差し出した羽根とは違い、なんとも魅惑的な虹色の光を纏っていた。
「わあ……さっきと全然ちがうね! 凄く綺麗……!」
「さわっちゃだめだよ。この状態だと、いのちを限界まですいとっちゃうんだってさ。だから、こうして……」
彼が手をかざすと、虹色の光が薄れ、白く優しい光へと変わっていく。
「しろくしてからじゃないと」
「わあ……! すごいね! でも、虹色のまんまだとどうなるの?」
「わかんないけど、きっと死んじゃうんじゃない。まあ、かわりにぼくにはおっきな“赤い実”がてにはいりそうだけどね。……ほら、どう?」
エウグリオはくすくすと笑いながら、ふざけた様子でリィナに羽根を突き付ける。
「いらないってば! あたしはエウグリオみたいに、いーっぱい生きるんだから!」
「むりにきまってんじゃん。ぼくは“不老不死”ってやつなんだから」
「無理じゃないもん! 好き嫌いしないでご飯も食べて、いっぱい寝たら出来るって言ってたもん!」
恐らく大人達が言った、適当な戯言だろう。
リィナの言葉に、エウグリオは「なにそれ」とからかうように笑う。
「そうしたらね、エウグリオともずーっと、いーーっぱい遊んであげるから!」
「……ふぅん……きたいしないでまってるね」
照れ隠しか、お菓子をもうひとつ摘みながら、満更でもない様子で彼は言った。
「エウグリオも、普通のご飯でお腹いっぱいになれたら良いのにね〜」
「しかたないよ」
手で自らの羽根をくるくると弄びながら、彼は笑う。
「夢をみせるかわりに、ほかのいきもののいのちをもらって生きてきた。それがぼくたちだから」
そういって微笑む彼は、絵画に描かれるような清らかな天使そのものだった。




