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76話 虹色の、純白な天使 Part.1


 

 その生き物は、とても美しかった。

 けれども、そこに居るだけで周りを狂わせた。

 

 美しい姿と纏う虹色の光は、人々の正気を失わせて、

 撒き散らす“白い羽根”は願いを()()()代わりに、様々な混乱を引き寄せた。

 

 けれども本人は、そんなことなど気にせずに、

 ただ一つの理想だけを、ずっと追い求めていた。





 地上の遙か遠く、雲の上の上の、空と宇宙の境目。

 人には認知すらされない、青の極致。


 ふと、陽炎(かげろう)のように空気がゆらりと揺れる。


 歪んだ青が拭われ、虹色の粒子と共に現れたのは、 

 ――六枚の白翼を持つ、美しい天使だった。


 青年とも少年ともつかない、あいまいな姿。

 揺らめく白い衣を纏い、純白の翼を構成する羽根は、陽光を受けると虹色に煌めいた。

 耳にかかるほどの髪は金糸のようになびき、少年のような無垢な表情を縁取っている。

 

 頭上に輝く輪(ヘイロー)は存在しない。

 それでも彼は、“天使”と言って遜色ない風貌だった。


 オパールを溶かしこんだような、とろりとした虹の瞳で太陽を見つめると、その光へそっと手を伸ばす。

 

「……もうすぐだ」


 伸ばした手のひらに、淡く光る図形が現れる。

 三角、四角、五角……幾何学的(きかがくてき)な形に変わっていくその欠片を、ぎゅっと握りつぶすと、指の合間から虹色の粒子が飛び出た。


「もうすぐで、ぜんぶもどる」


 天使は無邪気に笑うと、空中を泳ぐ魚のように身を(ひるがえ)した。

 六枚の翼から抜け落ちた“白い羽根”が、キラキラと煌めきながら地上に落ちていく。

 落ちて行く羽根より先に、彼は一気に雲を突き抜け、そのまま下界へと降下していった。





 彼が舞い降りたのは、人間達が“白い町”と呼ぶ区域だった。

 

 町を覆い隠す結界の壁が、彼の接触に反応して一瞬だけ波打つ。

 硬いはずのそれを難なくすり抜けると、地面を覆う白い粉を巻き上げつつも音もなく降り立った。


「ただいま」


 地面を這う歪な虫達に声をかけると、彼らの中心に立つ黒い樹木に近づいていく。

 樹木は天使に気付くと、幹を曲げ、白い葉の茂る樹冠(じゅかん)を差し出した。

 まるで、頭を垂れるかのように。

 

 白い茂みに手を入れ、抜き出した彼の手の中にあったのは、赤く丸い宝石のようなもの……“赤い実(コア)”だった。

 

 彼は半壊した建物に入り、布製品を適当に集めただけの寝床へ横になると、"赤い実"をぱきり、と半分に割る。

 

 そして、そのひとつを口に放り込んだ。

 

 口の中で溶けていく命を感じながら、彼はほう、と息を吐く。


「……このなつがおわれば、きっと全部のちからがもどるはず」


「ふふ」と無邪気に笑い、空いた片方の手でボロボロのクッションを抱き寄せる。


「そうしたら、むかえにいこう。やくそくしたもんね」


 もうひとつのカケラを口に含むと、彼は目を閉じた。

 閉じた瞼の裏で、暗い蔵に封じられるよりもずっと前の古い記憶が疼きだす。




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