76話 虹色の、純白な天使 Part.1
その生き物は、とても美しかった。
けれども、そこに居るだけで周りを狂わせた。
美しい姿と纏う虹色の光は、人々の正気を失わせて、
撒き散らす“白い羽根”は願いを見せる代わりに、様々な混乱を引き寄せた。
けれども本人は、そんなことなど気にせずに、
ただ一つの理想だけを、ずっと追い求めていた。
◇
地上の遙か遠く、雲の上の上の、空と宇宙の境目。
人には認知すらされない、青の極致。
ふと、陽炎のように空気がゆらりと揺れる。
歪んだ青が拭われ、虹色の粒子と共に現れたのは、
――六枚の白翼を持つ、美しい天使だった。
青年とも少年ともつかない、あいまいな姿。
揺らめく白い衣を纏い、純白の翼を構成する羽根は、陽光を受けると虹色に煌めいた。
耳にかかるほどの髪は金糸のようになびき、少年のような無垢な表情を縁取っている。
頭上に輝く輪は存在しない。
それでも彼は、“天使”と言って遜色ない風貌だった。
オパールを溶かしこんだような、とろりとした虹の瞳で太陽を見つめると、その光へそっと手を伸ばす。
「……もうすぐだ」
伸ばした手のひらに、淡く光る図形が現れる。
三角、四角、五角……幾何学的な形に変わっていくその欠片を、ぎゅっと握りつぶすと、指の合間から虹色の粒子が飛び出た。
「もうすぐで、ぜんぶもどる」
天使は無邪気に笑うと、空中を泳ぐ魚のように身を翻した。
六枚の翼から抜け落ちた“白い羽根”が、キラキラと煌めきながら地上に落ちていく。
落ちて行く羽根より先に、彼は一気に雲を突き抜け、そのまま下界へと降下していった。
◇
彼が舞い降りたのは、人間達が“白い町”と呼ぶ区域だった。
町を覆い隠す結界の壁が、彼の接触に反応して一瞬だけ波打つ。
硬いはずのそれを難なくすり抜けると、地面を覆う白い粉を巻き上げつつも音もなく降り立った。
「ただいま」
地面を這う歪な虫達に声をかけると、彼らの中心に立つ黒い樹木に近づいていく。
樹木は天使に気付くと、幹を曲げ、白い葉の茂る樹冠を差し出した。
まるで、頭を垂れるかのように。
白い茂みに手を入れ、抜き出した彼の手の中にあったのは、赤く丸い宝石のようなもの……“赤い実”だった。
彼は半壊した建物に入り、布製品を適当に集めただけの寝床へ横になると、"赤い実"をぱきり、と半分に割る。
そして、そのひとつを口に放り込んだ。
口の中で溶けていく命を感じながら、彼はほう、と息を吐く。
「……このなつがおわれば、きっと全部のちからがもどるはず」
「ふふ」と無邪気に笑い、空いた片方の手でボロボロのクッションを抱き寄せる。
「そうしたら、むかえにいこう。やくそくしたもんね」
もうひとつのカケラを口に含むと、彼は目を閉じた。
閉じた瞼の裏で、暗い蔵に封じられるよりもずっと前の古い記憶が疼きだす。




