14話 “白い羽根” Part.2
この街の冬は長い。雪はやっと降らなくなったが、それでも風はまだ冷たいままだった。
シウを含めた対策部の三人が、雪の残る道を歩いていく。どのように動くか、何をするか、どの辺りまでが担当か……そんなセイヤの説明を交えながら。
「それで、この先の道からは別の班の担当だから、こっちの道までなんだけどー……」
セイヤが説明している最中、シウはふと、とある男が目に留まった。
その男が、何やら不審な動きをしているように見えたのだ。
「……?」
注意深く観察していると、男が懐から何かを取り出す。
確認するように覗くその手に持っていたのは、陽光を浴びて虹色に煌めく羽根……“白い羽根”だ。
「……! ねえ!! あの人、“白い羽根”持ってる!!」
「えっ!?」
シウが指摘する声に、男はびくりと肩を跳ねさせこちらを振り向いた。
すぐに、その男にセイヤが近寄っていく。
「すみません、ちょっとお話……」
「……い」
「い?」
「いやだあああーー!!!」
男はセイヤを思い切り突き飛ばし、走り出す。
突き飛ばされたセイヤは転倒し、派手に尻餅をついた。
「いってぇ!」
「セイヤ!?」
「おい! 待て!!」
ディオがすぐさま男の後を追っていった。
「だ、大丈夫!?」
「俺は平気! シウも、追って!」
セイヤに頷くと、少し遅れて、シウも彼らの後を追っていった。
逃げた男は、ディオにより袋小路に追いつめられていた。
男は懐の“白い羽根”を庇うように身を縮こませ、歯を食いしばりながらもディオを必死に睨みつける。
「“白い羽根”の所持は違法となっている。すぐに提出しろ」
「いやだ!! やっと手に入れたんだ!」
「……それは、お前が思っているような代物では無い。諦めて渡すんだ」
「オ、オレは……」
男が懐から“白い羽根”を取り出す。
「オレは……願いをかなえるんだ!」
「っ! 止めろ!!」
男が羽根を飲み込もうと、口を開ける。
それを止めようとしたディオより先に、
「だめーーーー!!!」
必死の形相を浮かべたシウが、勢い良く飛び出していった。
「シウ!?」
シウはその勢いのまま男に思い切りぶつかっていき、そのまま地面に押し倒す。
その衝撃で、羽根は男の手から離れて宙を舞い、それをすかさずディオがキャッチした。
「お前、何するんだ!?」
「だめ!! それ食べちゃったら、あなた死んじゃうんだよ!?」
「しっ……!? そ、そんなの、嘘にきまってるだろ!」
「本当だよ」
いつの間にか追い付いたのか、セイヤが現れた。
その手には紐のようなものを持っている。
「シウ、そのまま押さえといて……ごめん、ちょっと拘束させてもらうね」
言うな否や、セイヤは捕縄で手際良く男を縛り上げていく。
「っ! おい、離せ!! これを外せぇ!!」
「俺達ファースト社員は、法務上では警官と同じ立場なんだ。場合によっては公務執行妨害が適用される……あんまり暴れない方がいいよ」
セイヤのその一言で男はぐっと押し黙り、大人しくなった。
シウがディオの手を借りながら立ち上がり、制服の土埃を払う。
「怪我は無いか」
「うん、だいじょぶ」
「全く……無茶をする」
「ごめんね……どうしても止めなきゃって、思っちゃって」
「いいや、お手柄だよシウ! もしも羽根を使われていたら、もうこの人は助からなかったしね……」
男はセイヤにより捕縛され、地面に転がされていた。
時折もがくが、その紐が外れる気配は全く無い。
「このヒト、これからどうなるの?」
「いったん警察の方に引き渡しかな。俺達の仕事は済んだからね」
そういうとセイヤはどこかへ連絡し始める。
「……どうせ、お前等ファースト社で“白い羽根”を独占し、願いを叶えて貰っているんだろう! あの噂通りに!」
叫ぶ男に対して、ルナガルを耳に当てたまま「はは」とセイヤは笑う。
「願いが叶う? もしも本当にそうだったら、俺達はこんなに苦労してないよ」
男に向けられたその顔は、シウがあの時に見た冷たい表情だった。
◇
一悶着あった見回りも終わり、社員寮へ帰る道中。
ディオの運転する車の中。流れていく風景をぼうっと見ながら、シウは今日の出来事を思い出していた。
あの男は、程なくして現れた警察官に確保されていった。
「こういうコトって良くあるの?」
パトカーを見送りながら聞くと、セイヤは「そこそこね」と、困ったように笑いながら言った。
「ちゃんと渡してくれる人も多いけど、今みたいにゴネられたり、暴れられる事もあるんだ。秘密裏に売買もされてるらしくてさ……」
「そうなんだ……」
太陽が、地平線へと沈んでいく。
沈み際のきらきらとした地平線が、“白い羽根”の煌めきを思い出させた。
「(……“白い羽根”……呪化……)」
なぜ、“白い羽根”が、願いが叶うと言われ始めたのか。そして、なぜ呪化してしまうのか。
実際に願いが叶ったなんて話は、誰も聞いた事が無いそうだ。
それでも人々はこぞって“白い羽根”を求め、その体内に取り込み、自ら命を落としていく。
時折、周りの人間をも道連れにして。
「今日のヒト、なにを願おうとしていたんだろ……」
ぽつぽつと灯り始めた街灯の光が、窓の外を流れて行くのを眺めながら、シウはぽつりと言葉を漏らした。