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さがな者隆家  作者: ふじまる
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第53章 別れ

 逃走した刀伊といの軍船は、隆家の読み通り真っすぐ大陸方面へは戻らず、途中で松浦に寄って民家を襲おうとした。しかし、待ち伏せていた源知みなもとのさとすたちによって難なく撃破され、十五隻ほどあった敵船は半分に減った。残りの敵船は朝鮮半島へ逃げていったが、最終的には高麗軍によって全滅させられた。その際、高麗の軍船は、海に投げ捨てられた日本人捕虜を二百人ほど救助した。

 博多湾にとり残された刀伊の兵士の中で、負傷しながらもまだ息のあった者はとどめをさして殺されたが、まるっきり無傷の三人が捕虜となった。驚くべき事に三人のうち一人は女だった。彼らは朝鮮語で

「自分たちは高麗人であり、大陸からやってきた海賊に拉致され、仲間に入らないと殺すぞと脅かされたので、仕方なく行動を共にしていただけだ」

 と弁解した。事情はどうあれ、日本でおこなった残虐行為の報いは命で支払ってもらわなければならないと隆家は考え、自らの手で処刑しようとしたが、今回の事件に関する情報を欲しがった朝廷の指示により、後に都へ移送した。

 その都へ隆家からの最初の手紙が届いたのは、博多湾での決戦が終わった後の十七日である。外敵による侵略の報は朝廷をパニックに陥れた。表向きは引退したものの、その実ちゃんと実権を握っていた道長でさえも恐怖に怯え、わざわざ藤原実資ふじわらのさねすけの屋敷を訪ねては、

「大丈夫だろうか、隆家は?」

 と訊いた程の狼狽ぶりであった。政敵ながらも聡明な実資の判断が最も信頼できたからである。どんな時でも冷静沈着な実資は

「隆家がいれば大丈夫」

 と太鼓判を押し、道長を安心させた。

 実資の言葉通り、数日後には「外敵を追い払った」という隆家からの手紙が届き、朝廷内は沸き返ったが、そうなると次に問題となるのは恩賞をどうするかである。財政逼迫の折、できれば払いたくないというのが朝廷の本音であった。そこで藤原行成ふじわらのゆきなり藤原公任ふじわらのきんとう

「朝廷が討伐命令を出したのは、隆家からの手紙が届いた翌日の十八日である。それゆえ十八日より前の戦闘に関しては、朝廷は恩賞を支払う義務がない」

 と主張した。この詭弁に対して烈火の如く怒ったのが実資である。

「とつぜん外敵の侵略を受け、何百人もの命が奪われ、何千人もの人々が拉致され、数多くの家や寺が焼かれ、家畜が殺されたのだぞ。そんな恐ろしい敵と命懸けで戦い、見事これを撃退し、拉致された同胞を救い出した隆家率いる九州の武士たちの、どこが恩賞に値しないと言うのだ? もし彼らに恩賞を与えないならば、次に同じ事が起きた時、もう誰も国の為に戦ってくれないぞ。それでも良いと思っているのか、貴様らは?」

 実資の弁論に圧倒された参議たちは、大宰府が申請してきた恩賞をしぶしぶ認めた。ただし、隆家には何も恩賞が与えられなかった。それは隆家が「俺の事は後回しで良いから、一緒に戦ってくれた武士たちに恩賞を与えてくれ」と頼んでいたからでもあるが、何よりも公卿たちに

(これ以上、隆家を昇進させたら、俺たちの地位を奪われる)

 という恐れがあったからである。それくらい隆家の統率力、指導力、政治力がずば抜けているのは誰の目にも明らかだった。自分に恩賞が与えられない事に対し、隆家は何ら不平を述べなかった、元々そんな事には興味が無かったからである。

 高麗が刀伊の船から救出された日本人捕虜二百名あまりを博多へ送り届けてきた。隆家は謝礼として黄金を送った。高麗の使者の証言によって、襲撃してきた謎の軍団の正体は刀伊(東夷)であった事を、日本側は初めて知った。

 諸々の後始末が済んだところで、ちょうど太宰権帥だざいのごんのそちとしての任期が終わり、隆家は都へ戻った。その後は政治の中枢にはタッチしなかったものの、誰からも一目置かれる孤高の存在として、隆家は朝廷内において特異な存在であり続けた。

 万寿四(1028)年十二月四日、隆家および中関白家にとって長年の宿敵であった道長が死去した。享年六十二歳。隆家には何の感慨も無かった。ただ時の流れを感じるだけだった。

 長暦元(1037)年から五年間、隆家は再び太宰権帥となった。一緒に刀伊と戦った連中と再会できるのを楽しみにしていたが、当時の仲間は既にほとんどが亡くなっていた。ここでも感じるのは時の流ればかりだった。

房子ふさこ、あっと言う間だったよ、人生は)

 隆家は心の中で房子に話しかけた。

(いろんな事があったし、いろんな事をしたように思うけど、何だろうね、過ぎ去ってしまえばすべてが空しく思えるよ。皆、そちらの世界へ行ってしまった。こっちに残っているのは俺ひとりだ。俺も早くそっちへ行きたいよ。だって、そっちの方がみんないて、楽しそうなんだもの。俺は現世の敗北者。俺の家の人間は全員敗れ去った。でも、それが何だ? 勝ったから敗けたから、それがどうだと言うんだ? どうせ最後はみんな死ぬだけじゃねえか。いくら出世しても、金を貯め込んでも、最後は死ぬだけ。それなのに、なぜ俺たちはあくせく他人と競ったり、争ったりしたんだろうな? 生きている間、少しでも他人より良い思いがしたいからか? 他人を蹴落として優越感に浸りたいからか? 他人と比較してでしか幸せを実感できないからか? 生まれた時から結論は決まっているのだ。それは死。人生は死ぬまでの時間潰し。そう考えるとバカらしく思えてくるよ、房子、俺がこれまでやってきた事が。俺の敵だった花山院かざんいんも、頼勢らいせいも、道長も、刀伊の兵士も、みんな死んでしまった。儚いね。陽炎のようだよ。人生なんか無意味だ)

(では、わたしを一途に愛してくれたのも無意味だったと言うの?)

(いや、房子、おまえへの愛は本物だ。それだけは本物で価値のあるものだった。それだけは無意味じゃない)

(だって人生は無意味なんでしょう? それなら人生の一部であるわたしへの愛も無意味なはずだわ)

(違うよ。おまえへの愛は人生以上に価値がある別のものだ)

(人生とは別に愛が存在すると言うの?)

(俺はそう思う)

(それは随分トンチンカンな論理ね。生まれて、成長して、人生を送る過程で異性と出会い、恋に落ちるわけでしょう? それなのに人生と愛が別々に存在するなんておかしいわ。恋愛も人生の一部よ)

(それなら人生は無意味じゃない)

(相変わらず調子良いのね、隆家は。自分の意見をコロコロ変えてさ)

(俺は房子みたいに頭が良くないから、難しい理屈は分かんねえんだよ。分かりやすく教えてくれよ)

(つまり人生の大半は無意味だけど、中には価値のあるものもある。それが愛だ。こう言いたいのでしょう、隆家は?)

(うんうん、その通り)

(何が、うんうんよ。本当に調子が良いんだから、もう)

(えへへ)

(では、もう一つ尋ねるけど、人生には愛の他に価値のあるものは存在しないの?)

(うん、存在しないね)

(わたしが産んだ良頼よしよりを育てたのも無意味だったの?)

(いや、そいつは無意味じゃなかった・・・)

(実の姉に幸せになってもらいたい一心で、定子さだこさまを宮中へ戻す為、隆家が苦労して金策に駆けずり回ったのも無意味だったの?)

(・・・いや、無意味じゃなかった)

(この国を外敵の侵略から守る為、刀伊と命懸けで戦ったのも無意味だったの?)

(・・・いや、無意味じゃなかった)

(あら、人生には価値のある事がたくさんあるじゃないのよ)

(よくよく考えてみると、そうなるね)

(反対に愛なら、どんな愛でも価値があるの? たとえば花山院さまのような狂気の愛にも価値があるの?)

(あれはどうかなぁ?・・・微妙だなぁ・・・)

(隆家のお父さまのように、立派な奥さんがいながら若い娘とさんざん浮気した、そういう愛にも価値があるの?)

(そんなのはダメだよ。価値ねえよ)

(つまり価値があるのは単なる愛じゃなくて、人生で何かを一途に、一心に、一所懸命に成し遂げた事なんじゃないの? それは愛かもしれないし、仕事かもしれないし、人助けかもしれないし)

(うん、そうだ。俺もそう思う)

(たとえ人生が死ぬまでの時間潰しに過ぎなくても、その程度の無意味なものに過ぎなくても、逆に無意味なものだからこそ、その中で真剣に、精一杯、全力でものごとにぶつかっていく姿勢に、人間の美しさや尊さがあるんじゃないの?)

(房子の言う通りだ)

(隆家は一度しかない人生を悔いなく思いっきりやりきった?)

(あれ? 同じ事を以前だれかに訊かれたような気がするな・・・)

(全力を出しきった?)

(誰だったっけ? 忠光ただみつだったっけ?・・・)

(限界を超えて頑張った?)

(ああ、我ながら俺は頑張ったと思うよ)

(心に忸怩たるものはない?)

(分からねえよ、そんな事・・・)

(ハンパな男は、わたしのところへ呼んでやんないよ)

(うわ、すっげえ上から目線)

(わたしのところへ来たいんでしょ?)

(うん、行きたい)

(隆家はわたしに相応しい立派な男になったかしら?)

(なった、なった)

(ええ? 本当かなぁ?)

(んもう、意地悪しないでくれよ、房子)

(ふふふ)

(俺はおまえが好きなんだよ、愛しているんだよ、房子)

 二度目の太宰権帥の任期を終えた二年後の寛徳元(1044)年一月一日、隆家は都で死んだ。享年六十四歳だった。


   完


《参考文献》

『枕草子 新編日本古典文学全集』小学館

『紫式部日記他 新編日本古典文学全集』小学館

『栄花物語 新編日本古典文学全集』小学館

『大鏡 新編日本古典文学全集』小学館

『現代語訳 小右記』吉川弘文館

『源氏物語の時代 一条天皇と后たちのものがたり』山本淳子著 朝日新聞社

『枕草子のたくらみ 「春はあけぼの」に秘められた思い』山本淳子著 朝日選書

『殴り合う貴族たち 平安朝裏源氏物語』繁田信一著 柏書房

『刀伊入寇 藤原隆家の闘い』葉室麟著 実業之日本社

『この世をば』永井路子著 新潮社

『王朝の変容と武者』元木泰雄編 清文堂出版.

『平安時代叢書』徳薙零己著 ブログ

『藤原隆家伝』fluffywing著 ブログ

『刀伊の入寇~九州を襲った異民族~』岩波俊彦著 ブログ

『枕草子』を初めて現代語訳で通読した時、「春はあけぼの」みたいな感性を表現した文章ばかり続くのかと思っていたら、何やらよく知らない人たちの話がごちゃごちゃ書いてあり、意味が分からなくてつまんないなと思った記憶があります。いま思えば、それは清少納言が仕えた中宮・定子の実家である中関白家の人々と彼らの歴史を、私が知らなかった為でした。以前から私は漠然と、藤原道長を主人公にして、清少納言と紫式部という二人の飛びっきりの才女が競い合う華やかな宮廷物語を書いてみたいと思っておりました。ところが、実際に中関白家とその時代のあれこれを調べたら、こんなお話になってしまいました。楽しんで頂けたでしょうか?

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― 新着の感想 ―
[良い点] 藤原隆家を主人公に書かれた小説、とても面白かったです。隆家のファンになりました!私は、時姫を主人公に書きたいと思って書いているのですが、調べてみると、藤原氏の歴史の複雑でおどろおどろしいこ…
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