#45 変わらない朝
チュンチュン チュンチュン
鳥の鳴き声、川のせせらぎ、暖かい日差し…
いつもと変わらない朝。
神の掲示を受けた日から七日目当日。
交代で見張りを立てその間に寝ていたマリは目を覚ます。ベリト達の来襲が災いだったのならその啓示は既に受け終わった事になる。あの戦いの勝利後に得た装備や能力を得るための啓示だった可能性も十分考えられる話だ。
河川敷沿いに設置された待機所から外に出て突き刺すような暑い日差しを肌で感じつつ顔を洗う。何気ない日常のルーティンをしていると、今日はもう何も起きない様な気持ちになる。
『マリさんおはよう!今のところ何も異変は起きてないよ』
『タツキくんおはよう。ええ、そうみたいね。おかげでぐっすり眠りすぎたみたい…』
空を見上げるとあの時タツキが乗っていた大きなイヌワシが村の空高く旋回し周囲を隈なく見てくれてるのがよく分かる。
『あのイヌワシって…?』
『友達ですよ』
『え?』
『友達です。出会ってすぐに喧嘩になりましたけど勝ちましたから』
『…。そうなのね!今度私にも紹介してね!』
どうにもタツキとは話が弾まない。
いい子なのだけど私の近くにいる男たちみたいに変に私に気を遣ったり、話を合わそうとしたりもしてこない。こういった男子を殆ど見てこなかった。純朴な子とのやり取りの経験が私には殆どない。
『タツキくん、セオリは?』
『姉さんは多分、神楽殿かと』
『そっか!わかったありがと!』
(邪魔しに行くのは良くないよな)
交代の時間にはまだなって無かったが手持ちぶたさを感じ、マリは防御壁の上に登る。
あの日、原田の見ていた景色…。原田の魂は今は私の胸の中にある。ただ常に自由に会話出来る訳ではない。
そして、原田そのものには五感は無く、私が脳で得た情報を文字起こしのようにして原田の意識へと共有してるのだそうだ。
ベリトが来襲したあの日、タツキは不在だった為に敵の接近に全く気づけず突発的に戦闘が始まった。
周囲の警戒をタツキ任せにしすぎていたのだ。ただそれはこの世界が安全な管理区域と樹海となる危険区域の二者で分かれている為で危険区域内での警戒線を広げられるような設備開発を行うには資材も無ければそれを実現させられる設備等もあるはずが無い。
(文明の発展か…私が生きてる間にどこまでこの世界は発展するのだろうか?もっと歴史の勉強、発展の流れを学んでいたら良かったのかもな)
ピィィィィーーーー!!!!
『警報!?』
上空のイヌワシから警報と決めていた甲高い鳴き声が響き渡る。警報理由の詳細はタツキにしか解らないが全員がその担った役割を果たそうと持ち場へと向かい準備に走る!
『やぁ皆、おはよー!』
『ふふっ…』
突然、マリ達の目前に蟲の王バアルと謎の女が現れる。
そしてイヌワシの警報を聞き駆けつけた雪舟、セオリ、タツキの三人もマリと同じく防御壁の上に立ち並ぶ。
『これはこれは…こないだの白龍のお姉さんと共にそこに並ぶということは、君たちがここの最大戦力の戦士たちって事だよね!歓迎してくれてありがとう!』
バアルが興奮しながらこの対峙した状況にとても高揚している。
『やっぱり生きていたのね!!』
『いやいや、瀕死だったんだから!龍の攻撃をまともに受けて生きていた事を褒めて貰いたいよ!』
(あの小娘が白龍ね。ふーん…)
バアルの生を確認し息まうセオリと相変わらずのバアル。その2人のやりとりに嫉妬するレヴィ。
『まずは僕のフィアンセを紹介するよ。レヴィだ。どうだい美人だろ?僕たち結婚するのさ』
(何を言っているのだこの男は、蟲の王…随分私たちを舐めてる様子ね…)
マリの目付きが変わる様子をバアルが楽しそうに微笑む。
『今日は僕たちのハネムーンの旅立ち前の挨拶に来たんだよ!これから僕たちは暫く海で暮らす。その前にちょっとしたパーティをしようと思ってさ!』
そう言うとバアルはパチンと指を鳴らす。するとバアルの背後に四人の新手が現れる。
『終末の四騎士、僕の可愛い側近たちさ!ベリトくん達とはわけが違うよ!彼らはここの樹海を任せてた言わば小間使い。この四人とは実質的なレベルがかけ離れてるからね』
『あら?それはちょっと可哀想』
『んー、彼らを下げたかった訳じゃなくてこの四人は別格だよって話をしたかったのさ!』
『パーティ?何を訳の分からないことを…』
マリが腰のレイピアに手をかける。
『待って待って!せっかく来たのに乱戦なんてごめんだよ、、君たち強いんでしょ?4対4で僕たち六人の中から好きな人選んでよ!先に3勝した方が勝ちってことでさ!』
(あいつの考えてる意図はわからない…けどこの人数差で戦うよりは先に私が出て相手を1人削らせれば実質4対5。乱戦はその後からでも遅くは無いか…)
『では、私が…』『私からやるわ!!』
マリの言葉を遮るようにセオリが一歩前に出る。
『待て!セオリ!』『好きな人を選んでいいのよね?なら貴方とやらせて』
マリを無視しセオリはバアルに指を指す。
『あちゃ~、失敗したぁ、、ごめんね、僕は見学したいんだ。僕以外の5人で…』
『私が出ます』
バアルの言葉を遮りレヴィが前に出る。
『バアル様を指名するなんて身の程知らず…私が力の差を身をもって貴女に教えてあげるわ!』
『お待ち下さいレヴィ様、そう言った事でしたらその役目は我々が…』
白馬を携えた騎士が前に出ようとする。
『うーん、あの白龍のお姉さんはレヴィじゃなきゃ戦えないと思うよ。向こうの中で一番強いのはあのお姉さんのはずだからね!四騎士達は残りの3人から指名が入ればよろしく頼むよ!選ばれなかった騎士はご愁傷様って事でね!』
一方的に決めていくバアルに苛立つセオリの堪忍袋の緒が切れる。
『身の程知らずはどっちですかね!!』
セオリの身体がみるみる白龍へと変化していく。そして空高く舞い上がり咆哮をあげる!
『フンッ、生意気な!!』
遅れてレヴィもその姿を変えていく、六本の長い角、黒紫の身体に半透明の大きなヒレ、その身体の周りには水の渦が漂いその空間を海へと変えていく!リヴァイアサンだ!!
マリ達の頭上で激しい咆哮をあげながら互いの牙、爪、尻尾、あらゆる要素で牽制し睨み合う!!
『ほら見たまえ!僕はこれが見たかっだんだ!1匹でも美しい龍がここに2匹も!!最高だよっ!!』
喜び勇むバアルを睨みつつ、マリは決心を決める。
『ねぇ!1人目は頭上で戦闘中でこの場がすっかり空いている。なので2人目として私が出るわ!そこの四騎士全員を指名する。まとめてかかって来なさい!』
何かを言いかけた雪舟へマリは手草のみでそれを制し、防御壁の下へ蝶の羽で舞うように飛び降りる!
『我ら四騎士全てを相手にするだと?無礼にも程がある…お望み通り地獄に送ってやる!行くぞ…』
大鎌を持った女がそう言うと他の三人は返事をする事もなく一斉にマリに飛びかかる!その四騎士の攻撃をマリは蝶の羽を使い華麗に全ての攻撃を躱し続ける!!
『な、?こいつ…』
躱す!躱す!どんな連撃も!全てを予期していたかのようにマリは戦場をヒラヒラと舞い踊る!
一撃入れば絶命するだろう四騎士達の凶悪な刃をマリはひたすら躱していく!
『うわぁ…彼女凄いなぁ、、本物の蝶が舞っているようだよ…こちらも美しい、、』
四騎士の一人が何かに気づく!
『なんだこの漂う光は…』
マリが攻撃を躱せば躱すほどにその空間に微かに漂う光が増えていく…。
大鎌を持つ騎士が危険を察知する!
『何か来るぞっ!!』
『奥義・銀世界…』
マリが躱しながら空間に撒き続けた神の糸。それを一気に繋ぎ合わせ張り巡らせる!!
そして左手に持つサーベルから強烈な光を放ち神の糸と針がそれを乱反射する!!
四騎士たちの視界には無数の光しか映らない!
ドシュドシュドシュドシュ!!
四騎士全ての心臓目掛けてマリの神速のレイピアが突き刺さる!!
『カッ…ハ…』
四騎士全ての心臓が強烈なショックを受ける!
息が止まり、四人全てがその場に倒れ込む!!
ある者は口から泡を垂れ流し、ある者は激しい痛みに胸を抑え、そしてある者は激しい痙攣に襲われ地面に倒れ込む、そして大鎌の女は一人痛みに打ち勝とうと震える足を手で支えつつマリをしっかりした目で睨み続ける。
『驚いた…この女はあの白龍よりも強いじゃないか…規格外だ…』
余裕の態度を終始続けていたバアルの顔は引き攣り、動揺を一切隠せない。
マリは動くことのままならない四騎士を横目に上空のセオリの戦況に目を向ける。
白龍がリヴァイアサンの角に噛みつき引きずり回すようにウネウネと空を飛行し、リヴァイアサンは大きなヒレで白龍の顔や身体をビシビシと叩き回す。そして互いの尻尾を絡ませ合い力比べをしてるうにも見える。
なんだか偉大な霊獣同士の戦いには似つかない。
(何だ?思ってたのと違う…?)
『女子だっ…!!』
射撃隊の一人が思わず声をあげる。
『なるほど…女子か…』
『確かにな…』
『女子同士の喧嘩をあの姿で…』
『さっきからお互い顔は狙わないようにしてる風にも見えるな…』
ふぅ、、(あの様子なら平気そうね)
マリは安堵ともため息ともとれる息を吐き、その足をバアルへと向け歩き出す。
『次…』
マリのその目はとても冷たくこの一瞬にでも心臓を撃ち抜かれるんじゃないかと錯覚さえ覚え、後ろに一歩たじろぐバアル。
『あれ?僕今後ろに下がった?おかしいな…斬撃なんて怖くないのに…』
『覚悟…!!』
マリがレイピアを弓のように思い切り引きながら右足を大きく前に一歩踏み込むっ!!
パチンッ
『はい、そこまでじゃ』
突然、何者も居なかったはずの村の南東の方角から幼く可愛らしい声がしてマリは思わずその手を止める!
ただ声がしたからでは無い。圧倒的な悪寒…その声からは想像できない程の殺気や恐怖を感じマリは自身の死をイメージした。
そしてその恐怖からレイピアを持つ手に力が入らない。
『な…何者だっ!?』
マリの視線の先には紛れもない一人の少女が立っている。しかしそれは只の少女では決してない。
10歳位に見えるその容姿には艶のある黒紫の長い髪が地面にまで垂れ下がり、眠そうに細めたままの赤紫の瞳。
平安風な姫装飾に子供用の武者鎧、そしてその足元には黒い霧が漂い蠢いている…。
『ふふふ…』
その少女はまったく表情を変えず口元だけでニヤリと笑った。
『き、貴様の仕業か!!』
震える声でマリがバアルの胸ぐらに掴みかかる!
『ぽ、僕はこんなやつ呼んじゃいない!!こんな…人でも無ければ神でも…悪魔でもない…ぼ、僕はこんなヤツ知らないぞっ』
バアルはとても動揺しマリに掴まれた胸ぐらを外そうとする余裕も失っていた。
『バアル様っ!!』『マリさんっ!!』
上空で危険を感じ舞い戻ったレヴィとセオリが共に二人の前に駆けつける。
遅れて雪舟と羽織を持ったタツキが追いつき、セオリにバサッと投げ渡す。
四騎士達はまだ身動きがままならず苦しんだまま事の成り行きを不安そうに見ている。
『うふふふふふ……何やら騒がしいと思うて目を覚ましてみれば……』
無邪気に笑いながらゆっくりと首だけを回し周囲を見渡す少女。
禍々しいオーラがバアルのそれを遥かに超える。
『我を縛りつけておった忌々しき封が、跡形もなく消えておるではないか。それにしても……なんじゃ、これは?』
無邪気に笑いながら話す少女に対して対峙した一同全て身体を動かす事が死に繋がると直感する。
『我の知らぬ景色ばかりよのぉ……。』
山を見る。防御壁を見る。そしてマリやバアルたちをゆっくりと見ながら淡々と話を続ける。
『のう、そこのお主ら、ここは何処じゃ?……まさかとは思うが…ここは、日の本なのかえ?』
不気味な少女は一同をゆっくりと見回す。
冷や汗が止まらない。勝てる勝てないの話では無い。ベリトやバアルたちと対峙した時とは次元が違う…。
そして――
その視線が雪舟を見てピタリと止まり少女から笑みが消える!
赤紫の瞳が一層細くなり、少女の髪の毛がザワザワと蠢き出す。
『ほう……その血、、』
少女の足が一歩前に出る。
『貴様、、源氏だな?』
雪舟の血の気が一気に引く、雪舟そのものには自覚は無いのだがその魂が危険を察知し警鐘を鳴らす!
『面白い……面白いのう……』
少女の瞳がカッと見開く!
『我が名はマサカド……平将門じゃ』




