統計とったんすか?
国の最高決定機関、10人会議。
出席者は騎士が6人、王族が2人、公爵が1人。そして文官の俺。
城の大広間には、隣国である帝国の使者が、我が国の返事の手紙を待って控えている。
「たとえ国が滅びようとも、我が国の名は永遠に残る事になるのだ!」
騎士長が声を荒らげる。机を叩く音が大広間に響いた。
「何を言ってるのか全く分かりません。」
俺はため息混じりに返した。
「なぜ貴様は分からんのだ! 媚びへつらい生きる事に何の価値がある!」
「1日1デナリとして、1年で365デナリっすね。」
「貴様、また屁理屈を!」
「なら勝手に死ねばいいんじゃね?」
「!?」
脳筋共の視線が俺に突き刺さる。
「貴殿が名誉ある死を望むのを止めはしないっすよ?ただ、国民を巻き込むのはマジ勘弁っすね。」
「国民もみなが私と同じ気持ちだ!」
「統計とったんですか?」
「そんなものなくとも目を見れば分かる!」
「なら聞きますけどね、私の目は何と言っているか分かります?」
「ふん、戦は怖いと言っておるわい」
「はずれー、今日の晩ご飯はラーメンにしようでした」
ガタッ、と激しい音がした。
騎士長が剣に手をかける。
「貴様、その首いらんとみた」
「いや、首はいるでしょ?」
騎士長は剣を抜き放ち、金属特有の重い音を立てて俺の首筋に刃を当てる。
「剣って、冷たいのかと思ってたけど、腰にずっとぶら下げてたから生暖かいんすね」
「やめてくれ! それ以上挑発するな!」
俺の呑気なセリフに、上座に座る王が思わず悲鳴をあげる。
「挑発はしてないっすけどね」
「しておる、十二分にしておる!」
王の必死の制止に、騎士長は忌々しげに剣を鞘にしまった。
「しまっちゃうんすか? 根性ないっすね?」
次の瞬間、騎士長が鬼の様な形相で、俺の目の前一センチくらいの距離に立ち塞がった。顔が近い。
「貴様ごときを斬って我が剣の錆にしたくないだけだ!」
「ものは言いようっすね」
騎士長が歯軋りする音が部屋中に響き渡る。
「超、悔しそうっすね。」
「ふざけるな!王よ、此奴ではなくやはり自分が!」
王様は黙って下を向いた。
「仕方ないのじゃ……国の命運をかける時、くじ引きをするのが定めなのじゃ……」
「ですがしかし!」
「ま、決まりですから、オイラが行ってくるっすね。」
俺は意気揚々と10人会議の部屋を後にし、大広間の扉を開けた。
待ちくたびれた顔をした帝国の使者が、不機嫌そうに俺を睨みつける。
「おい、待ちくたびれたぞ。で、結果はどうなったんだ?」
「ラーメン、つけめん、僕イケメン、はいOK〜」
使者はポカンとしている。
俺のすぐ後ろで、今度こそ俺を斬ろうと剣を振り上げていた騎士長が、あまりの出来事にフリーズしていた。
「もう、何回殺すのさ」
俺は騎士長が固まっている一瞬の隙を突き、目の前で大広間の重厚な扉を閉じて、中から内鍵をかけた。
ドン! ドン! と外から騎士長が体当たりで開けようとする音が響く。だが、この城の大広間は籠城に備えて頑丈に作られている。
これで、交渉の時間稼ぎには十分だ。
「さて、まずはお昼を食べません?」
グゥゥゥ、と使者のお腹が派手に鳴った。
使者は顔を真っ赤にする。
「大丈夫っす、自分は文官なんで、何も聞かなかったし、知らなかった」
「……かたじけない」
よし、これで交渉が有利になった。
俺は大広間にあらかじめ隠しておいたラーメンスープを取り出し、カセットコンロで温め始める。その間に、もう一台のカセットコンロに火をつけ、麺を茹でるためのお湯を沸かした。
使者は見たこともない光景に、目を白黒させている。
「こ、これは一体……」
「カセットコンロっすよ」
「カセットコンロ?」
「火をつける道具っすね」
「それは、分かるが、いかように火をつけているのであるか?」
「カチッ、シュー、ボッ、っすね」
「はぁ……」
「詳しく説明してもいいんすけど、たぶん理解出来ない力っすよ」
使者はゴクリと唾を飲み込んだ。
どうやら、勝手に何か恐ろしい超テクノロジーだと勘違いしているらしい。
ま、そうなるのは知ってるけどな。
出来上がったラーメンを二人で啜る。
あまりの美味さに、使者は国の威信も何もかも忘れて、一心不乱に麺を啜っていた。
スープまで飲み干しかけたその時、俺はぼそっと呟いた。
「皇帝がラーメンに興味ありますよね?」
使者の手が小刻みに震えだす。
「皇帝は、今回の事を知ってるんすか?」
使者の手の震えが止まらない。
「もし、開戦したら我が国は真っ先にラーメンの製法書を焼きます」
「それは! それだけはやめてくれ!」
「だって、しょうがないじゃない?」
「何とか、何とか穏便に!」
「将軍さんに伝えてよ、ラーメンで出世しようとしたら、ラーメンで首が飛びますねって」
「無理だ、そんな事を伝えたら、私の首が飛びます」
「だよね〜知ってる〜」
使者は青い顔で俺を見つめていた。
「この事実は俺しか知らない。でも、殺そうとするなよ?」
使者は、腰の剣にかけていた手を慌てて下ろした。
「考えることはいつも一緒なのな」
「いつも?」
「ま、それは置いといて。豚骨ラーメンの書を譲ってやるから包囲をといて帝国に帰れと将軍に伝えろ」
「と、豚骨を!?」
「そう、豚骨」
「秘伝じゃないのか?」
「秘伝だよ。日本語から、ようやくこっちの言語に写本し終えたところ。今のところ、世界で一冊」
「一冊……」
使者は無言で深く頷いた。交渉成立だ。
俺は完璧な外交成果を胸に、意気揚々と大広間の扉を開けた。
――ザシュッ。
視界が不自然に回転し、どさりと床に落ちる。俺の首が飛んでいた。
消えゆく意識の中で、剣を血に染めた騎士長の叫ぶ声が聞こえてくる。
「降伏などさせぬわ!」
そうだったよ、この脳筋やろう! 話を聞け!
……。
……。
鳥のさえずりが聞こえる。
俺は三日前の朝の、自分のベッドの上で目覚めた。
「またやり直しかよ……」
とりあえず、俺は二度寝した。




