タヌキトキツネ
沢山の緑色と石畳に囲まれた〝和〟の庭園では
紫の杜若が凛と背を伸ばし
休憩所から眺める景色に欠かせない差し色の役割を担っていた。
昼食を終えた葵と桐壺は縁台に座り
そのしっとりした景色に癒されながら
のんびり熱いお茶を啜っていた。
宴の優勝で一気に注目を浴びることになってしまった葵は
人目を避けるため、この場所へやってきたのである。
「朱雀先輩の母ちゃんって強烈そうだな?」
さほど興味がないと言った感じで、桐壺は串に刺さった団子にかぶりつく。
「それが母ちゃんって感じじゃなくて
お姉さんって言ってもおかしくないくらい若くて綺麗な人だった…
それに凄い個性的」
「へえ~、じゃそっくりなのか?朱雀先輩に」
「うん、顔なんかめちゃくちゃ似てる」
葵は顔の半分はある大きな黒縁メガネを
ピンと伸ばした指で押し上げた。
「…いつから視力悪くなったんだ?葵は昔から2とか3だろ?」
「視力に3なんて数字ないし?これはただの飾りだし」
「外せよかっこ悪り~、今どきそんな眼鏡かけてるヤツはいねぇーよ」
「別に今どきじゃないからいいよ
それよりさぁ、昨日あれからみんなどうなった?」
桐壺は食べる手を止めチラリと葵を見る。
「みんなじゃなくて、気になるのは将院先輩だろ?」
図星だった葵は動揺する。
ヒカルといる間に将院から何度も着信があり
どう説明していいのか分からず、携帯に出なかったのである。
「そっ、そんなことないよ!」
「い~からい~から、素直になれって!」
「だから違うって…」
「将院先輩は来なかった」
「ええっ⁉」
葵の驚き様を察した桐壷は、慌ててフォローする。
「あ~、あれだ!きっと強引に足止め食らったんじゃねぇか?
そのモデルに?将院先輩優しいからな~」
横目でちらりと見る桐壺。葵の表情は明らかに落ち込んでいた。
(まずい!話題かえよ。何か明るい話しはなし…)
桐壺は庭に視線を移した。
すると大きな岩の横にある草が微かに揺れる。
桐壺は目を細めると、そーっと立ち上がり
置いてあった箒を逆さに持った。
そして草目掛けて一気に振りかざす。
「やーっっっ!」
〝ザザーッ〟
「ちょっ、ちょっと待ってよっ‼危ないじゃないか⁈」
草陰から慌てて飛び出したのは弘徽だった。
「…朱雀先輩?」
二人の声が重なった。
「けっ、決して、会話をこっそり盗み聞きしていた訳じゃないからね」
「ってそれ白状しているようなもんだし?」
桐壺は眉を吊り上げる。
「失礼な!純粋に忘れ物を返しにきただけだよ!」
弘徽は制服のファスナーを大胆に下ろし
胸元を探りだした。
男性とは思えない程、きめ細かい白い肌が露わになる。
「うわっ!制服の下、何も着てない」
桐壷は大きく目を見開いた。
「いつもこんな感じだけど、いけなかった?…はい、これ」
弘徽が取り出したのは、昨日ヒカルに外された
前髪つきのカチューシャだった。
「あれ?なんか無理やりゴージャスになってねぇか?」
弘徽からカチューシャを取り上げると、桐壷は品定めをする。
「昨日のお詫びにって、妃女が勝手に細工してね
あれから彼女も反省したみたいだし、許してくれる?」
「お詫びって言われても、ただ誤解されてただけだし
私は別に気にしていません」
「そ、そーなの⁈良かった~」
「しっかしこれだけの宝石つけたらかなりの額するぜ
朱雀先輩のかーちゃん、気前がいいなぁ?ホイっ」
桐壺は興味なし…といった感じで
時価数千万はする宝石を葵に軽く投げ渡す。
「えっ!これ本物?」
「うちの家は宝石店だろ
小さい頃から見てるから、それくらい分かるよ」
「妃女が葵のことを気に入った証拠だよ」
「…そんな感じには見えなかったけど?」
葵は冷めた目で再び眼鏡を指で持ち上げる。
「あ、あぁ!あの時点ではね。
でもあれから僕が葵の事を詳しーく話したら、コロッと気が変わってね…」
葵の外見を見て一発で気に入った…
なんて口が裂けても言えない。
弘徽はそんなミーハーな母の一面を隠し通す事にした。
「それで次の週末なんだけど
妃女がディナーに招待したいって言うんだ。来てくれる?」
「でも、本当に何とも思ってないので
気を使わないでください。それにこれも貰えません」
「えっ⁈くれるっつーんだから貰っとけばいいじゃん?」
「そうだよ、そうしないと妃女の気持ちも治まらないし
受け取ってくた方が助かるんだけどなぁ…
あ、デザインが気に入らないなら売っても構わないし」
「そんなっ!」
「とりあえずディナーの件は断っておくよ。
僕たち二人っきりで食事をする方が楽しいに決まってるし♪」
「それも遠慮します!」
「どうして?ヒカルに悪いから?」
弘徽は悪びれた様子もなく相変わらず涼しい顔。
桐壷は寝耳に水と言った感じで表情が一瞬にして変わる。
「ヒカルってあのヒカルさま?なんで葵と関係あんの?」
「それが色々あって…」
「なんだ、親友なのに知らないの?葵とヒカルは婚約したんだよ」
「ええええっ!!!マジかよ⁈」
「でも大丈夫。利益が絡んだ婚約だから、いつでも解消できる…でしょ?」
僕はなんでも知っている…と、得意気な表情の弘徽。
葵は一呼吸おいてから桐壷を見た。
「そんな簡単じゃないよ。
大勢の社員を抱えて必死に頑張ってるパパの姿を見て
嫌だなんて言えなくなった」
桐壺は悲壮な顔になる。
「最近様子がおかしいとは思ってたけど
まさか結婚までとは知らなかった!ごめん葵、気付いてやれなくて」
「レイがどうして謝るのよ!言ってないのに分かるわけないよ」
「俺さ、父ちゃんに言って金、出してもらうわ!」
「その事なら心配要らないよ。妃女が資金援助するって言い出したから」
「それ本当かよ‼」
「ああ、一度言い出したら聞かない人だからね」
(ってゆうか葵欲しさにどんな手を使ってでも援助に踏み切るでしょ…)
弘徽は昨日の妃女のはしゃぎ様を思いだしフッと笑った。
葵は目に薄っすら涙が浮かび、それを必死で堪えた。
「レイも朱雀先輩もありがと。
私なんかにそこまでしてくれて…でも資金援助は受け取れないよ」
「どうして⁈」
「家の事で友達に迷惑をかけたくない」
「なに言ってんだよ、迷惑なわけないだろ!」
葵は悲しげに笑うと首を横にふる。
「それならいっそ会社が潰れたほうがいいよ」
「そんな…」
「とにかく大丈夫!
ヒカルさまは私に全然っ興味ないから。
この結婚は形だけ。会社の利益を考えて
お互い自由に恋愛すればいいって向こうから提案してくれたんだもん」
弘徽は表情を曇らせた。
(おかしいな…ヒカルのあんな感情的な態度
初めて見たんだけど?無理に結婚させられる苛立ちなのか
それとも義父への怒りから?)
「あのヒカルさまがそんなこと言ったのか?」
本当かどうかを確かめる様に、葵を覗き込む桐壺。
「うん、はっきり言ったよ」
「ミナモトコーポレーションって言ったら
急に出てきた会社だよな?
最近コマーシャルをよく見かけるぜ。
それが本当だとしたら葵、是非引き受けろ!
問題あり(*男嫌い)のお前にとって二度とないチャンスだ!」
「うん、私もそう思う!」
焦りだした弘徽は何度も瞬きをする。
「そ、そんな簡単に決めちゃっていいの?
まぁ僕としては自由に恋愛が出来ればそれで問題はないけど…」
「いったい何の話ですか!?」
「僕と葵の話し」
「はっ?」
「とにかく僕が言いたいのは、ヒカルも男だってこと。
今は興味がないとか言ってるかもしれないけど
男は無性に欲しくなる時があるからね。
そのうち、夜にお呼びがかかったらどうするつもりなんだい?」
すると葵の表情がパッと明るくなった。
「ああ、それなら大丈夫!
夜の相手なら自身あります♪昨日ヒカルにも言いました」
〝ガーン〟
弘徽の顔が青ざめる。
(わ、割り切ってる⁉
身体はいいけど心は渡さないわよってアレか?
微妙にショック…
なんか無性に全力で結婚を阻止したくなってきた!)
弘徽はいつもの調子を取り戻し、瞳をキラーンと輝かせた。
それに比べ桐壺は眉一つ動かさない。
(きっと葵のことだから、夜の相手は将棋とか囲碁とか?
ただの退屈しのぎ相手だと思ってんだろうな?)
さすが長い付き合いである。葵のことをよく知りつくしていた。
「そう、それならいいけど…
そうだ!携帯の番号を教えてくれる?
もしも困った事が起きたらいつでも連絡が取れるように」
弘徽は裏側に宝石がぎっしり敷き詰めたれたスマホを取り出した。
(…親子そろって派手好きなんだ)
苦笑いすると、葵はかなり古びた何の飾り気もない携帯を出した。
嬉しくてたまらない感情を弘徽が必死に押し殺していると
その横でアニメキャラがいっぱいのアクセサリーを付けた
スマホを桐壺がジャラジャラさせた。
「じゃあ俺のも教えとく~!ホテルまた遊びに行きたいしな~♪」
弘徽はシラ~とした視線を桐壺に向ける。
だが直ぐに笑顔を取り戻し
異色な番号交換会は無事に終了した。
イーストタワーは名前の通り学園の東側にあり
高級ホテルの様な学生寮であった。
55階建ての内訳は屋上にプール、最上階はラウンジ54階はクラブ
52~53階はレストラン、50~51階には
3年の中から選ばれた優秀な生徒たちのプライベートルーム。
残りの部屋は高額な値段で貸し出され
セレブの中でもよりセレブな生徒たちだけが
このイーストタワーに部屋を持つことが出来た。
その生徒の殆どがパーティー好きで、毎日の様にテラスでお祭り騒ぎをしている。
そんな中、51階の一室だけは外の世界を遮るように
重厚なカーテンが引かれていた。
時折、強い風が吹きバタバタと音を立てる。
棚に置いてあった作成したばかりの用紙が数枚飛ばされ
ヒカルは見えない風を目で追った。
しばらくぼんやり見ていると、携帯のバイブ音が机を振動させヒカルの時は再開する。
(弘徽からのメール)
〝PM6:00に僕のプライベートルームに来て!〟
「………」
ヒカルは時間を確認すると再び机に向かい、キーボードを静かに打ち始めた。
弘徽のプライベートルームはヒカルと同じ階にあり
全く逆の学園側を向いていた。
ヒカルがインターホンを押すとドアは直ぐに開かれ
中から素っ裸の弘徽が顔を覗かせた。
「やぁヒカル、入って」
「その格好…何か羽織ったらどうなんだ?」
「いまシャワー浴びてたとこ。別に男同士なんだからいいでしょ」
首に掛けたバスタオルでサラサラな髪を拭きながら弘徽は冷蔵庫を開ける。
いつもこんな調子で聞かないことを知っていたヒカルは
バスローブを取ると弘徽に投げ渡した。
「呼び出した件はなんだ?」
「これ着ないといけないの?」
「あいつから連絡があって、今日は早く帰らないといけない」
「お義父さんから?じゃあ早速情報が入ったみたいだね。
ヒカルに言っておくことがあって」
「……」
「勘のいいヒカルならもう分かっていると思うけど
妃女が葵のパパに融資を持ちかけたんだ。葵欲しさにね」
弘徽はさり気なくヒカルの表情を探った。
だが至って冷静で何一つ変わった様子はない。
「葵は、お互い干渉しない形だけの結婚を選んだ。きっとその融資は断るだろう」
「なんか自信たっぷりだね?でも分からないよ、妃女が必死になっちゃったから」
「俺はどっちでも構わない。この結婚が無くなったとしても
あいつはまた別の相手を探すだろう。どの道、俺にとっては変わらない」
ヒカルの複雑な環境を知っていた弘徽は言葉に詰まった。
「ヒカル…」
「用が済んだのなら帰る」
怒るわけでもなくただヒカルはスッと立ち上がり弘徽に背を向けた。
そしてヒカルの後姿から目が放せずにいた弘徽は
ドアが閉まると同時にため息をついた。
「あの女狐め!」
義国はテーブルを激しく叩くとグラスに残ったワインを一気に飲み干した。
メイドたちは義国の機嫌の悪さを察し、料理を運ぶ足取りがいつもより速くなる。
そんな張詰めた空気を幼い頃から何度も味わってきた惟光は
数秒おきに義国の顔色を確かめた。
「人の計画を邪魔しおって!
いったい何が狙いなんだ?
おいヒカル、朱雀妃女はお前の友達の母親なのか?」
「…はい」
ヒカルの返事は少し間があった。
「ならその友達に手を引くように仕向けろ」
「それは無理です。私の言う事を聞く相手ではありません」
「ぼ、僕も知ってますよ!あの自由奔放な弘徽くんはヒカルでも…」
「お前に聞いてない!黙ってろ!」
大きな怒鳴り声に惟光の身体は飛び上がる。
「役立たずのくせに口を挟むな!」
「す、すみません…」
しゅんとなった惟光を義国は卑しい者を見る眼つきで睨みつけた。
「それで、本当なのか?嘘をついても調べれば直ぐ分かるんだぞ」
「本当です。弘徽は頭が良く交友関係も広い。
それに資産は家より朱雀グループの方が上です」
「フンッ、目障りな女め……
よっし!こうなったら急ぐしかない。
惟光はできるだけ関係者を集めろ!
それにヒカルは友達をたくさん呼べ!
今週末、家で婚約披露パーティを開くことにする」
惟光は小さな目をこれ以上ないくらい見開き
ヒカルはテーブルの下に隠していた拳を振るわせた。




