ヒサシブリノサイカイ
「…あおい?さっきから何ボーっとしてんだよ」
ここは急遽変更になった別のパーティルームである。
通常のスウィートルームの5倍はある広さで
宴メンバーと合流した葵は、みんなと一緒に食事を取っていた。
「あぁ、ごめん…ちょっと疲れただけ」
「あ~っ分かった!原因は将院先輩だろ?
さっき朱雀先輩が言ってたけど、人気モデルに連れてかれたんだって?」
「ち、違うよ!将院先輩は関係ない。
それに二人は美男美女で、すっごいお似合いなんだよ」
「ふ~ん、まぁ、将院先輩はモテるだろうな」
と言ってから桐壺は慌てて葵を見る。
(マズッ⁈つい口が滑った!微妙に暗くなったような…
前髪で分かんねえや。将院先輩も葵に気があると思ったけど
きっとこのお化けみたいな前髪がイケてないんだ)
持っていた箸を皿の上に置くと、桐壺は葵の前髪に手を伸ばした。
「いい加減その前髪つけるの止めろよ」
「やだよ!これがないと落ちつかない」
そこへ料理が盛られた皿を器用に両手で4皿持った大内が
少々興奮気味に戻って来た。
「ちょっと取り過ぎてしまったかな?」
「すげーっ大内先輩、大道芸人みたい!」
「ほんとだ、すっごい器用!」
思わず二人は拍手する。
「え⁉そんなっ、大したことないよ。
ファミレスでバイトしてるからこんなの簡単さ」
大内とは対照的に
皿にチョコっとだけ料理をのせた若宮が少し遅れて席に着いた。
そして馬鹿にする様な目つきで大内を見る。
「これだから貧乏人と一緒に食事なんて嫌なんだよ」
若宮の言葉にカッとなった桐壺は〝バンッ〟とテーブルを叩きつけた。
「おいっ、何だよその言い方は!」
「別に…大内先輩が他で恥をかかないよに
マナーを教えてやろうと思っただけだよ」
「おっまえなーっっ!」
「いいんだよ桐壺さん。みんなと育ちが違うのは本当だし
こんな高級ホテル初めてだったから、つい嬉しくなって…
悪かったな若宮、不愉快な思いさせて」
「これは打ち上げだろ?
マナーなんてどうだっていいんだよっ!」
「そうだよ!謝る必要ない!」
桐壷と葵は若宮を睨みつけた。
若宮も二人を睨み返す
「ふん、お前達も同類だ!俺様とはレベルが違うんだよ!」
そこへ背後からフェロモン漂うナルシスト的な声がかけられた。
「…その口の聞き方はいけないね」
「すっ、朱雀先輩⁈」
メンバーと合流したあとで
急にいなくなった弘徽がいつの間にか戻って来た。
「それに君……誰だっけ?」
「えーーっ⁉酷いですよ朱雀先輩!
僕、左近チームにいましたよ!若宮春鶯です」
またまた憧れのトップアイドルを目の前にして緊張する若宮。
「わかみや?…まいいや、君が左近のメンバーだから招待したけど
この場の雰囲気を壊すようなら即退場してもらうからね」
(葵を参加させる為に怪しまれないよう
名前も知らないお前までリストに入れてやったんだ!
もう一度くだらない会話をしてみろ、その時はただじゃおかない)
弘徽の目がキラーンと光る。
若宮は予想外の展開に頬が引きつった。
(やっと憧れの二人に近づけたのに…
このセレブな僕が庶民に足を引っ張られてたまるか!)
「そ、そんなつもりはありませんっ!僕はただその…」
何とか旨くこの場を誤魔化そうと若宮が慌てて席を立つ。
だがその瞬間、前に置いてあったグラスに手が勢い良く当ってしまった…
〝ガッシャーン〟
深い紫色した葡萄ジュースは空を舞い
運悪く前に座っていた葵のドレスに飛び散った。
「☆×▲※?!!」
真っ白なファーからポタポタと紫の雫がこぼれ落ち
テーブルのシミはどんどん広がっていった。
「大丈夫か葵⁈」
桐壺は直ぐに立ち上がり自分のナフキンを差し出す。
「ありがと」
朝露に借りたファーの染みが気になり、葵は急いでトントンと叩く。
弘徽のホテルで思わぬ失態をやらかしてしまった若宮は
例え様のない恐ろしい殺気にゴクリと喉を鳴らした。
「君は一体、どこまで僕を怒らせたら気が済むの?」
若宮は恐る恐る弘徽の顔色を横目で確認する。
そして、殺意まで感じられる目つきに背筋を凍らせた。
弘徽はウェイターからナフキンを奪い取り
葵の頬に着いた雫を拭き取ろうとした…
が、葵はそれをサッと避ける。
その弘徽の行動を見ていた若宮はようやく気が付いた。
(もしかして〝ダサイ〟のことを気遣っているのか?
まさか弱みでも握られているとか?ここはダサイに上手く取り入るか…)
「ダサィ…じゃなくて左大さん。その洋服を弁償するよ。」
葵は首を横に振る。
「洗えば落ちるし、弁償なんていい」
「遠慮しなくていいよ
どうせ今着ているデザインは古いでしょ?
俺って見る目あるから分かっちゃうんだよな~
無理しなくていいから、最新のドレスと交換してあげる」
桐壺は怒りで形相が変わった。
「いい加減その口とじねぇーと…」
と言いかけたが、弘徽に肩をポンと叩かれ振り返る。
どうやら弘徽の限界に達したらしく
若宮は〝いらない物〟と判断されゴミ箱へ消去されたようだ。
「ホテルの一階にブティックがあるから案内するよ。
そこで好きなのを選べばいい。
いま着ている物は帰るまでに綺麗にしておくから」
葵は自分の姿を見下ろした。紫の染みがあちこち飛び散っている。
(やっぱり私にパーティは向いてない)
いまだ戻ってこない将院がさらに葵を落ち込ませ
このパーティに来た事を後悔し始めた。
「染みを落とすのは早い方がいいぜ、俺も付いていこうか?」
「ダメダメダメ!君まで来たら大内君が一人きりなるだろ?」
弘徽は桐壺の付き添いを素早く静止する。
「あぁ、僕のことは気にしなくていいよ、桐壺さん、行ってあげて」
「いいやっよくないっ‼
せっかくの祝いのパーティがしんみり一人で食事なんて
侘しいじゃないか⁈
ショウが戻るまでは二人でゆっくり食事を取っていてくれたまえ」
「あの~先輩?ぼくは…」
若宮が独り言の様にぽつりとつぶやいた。
だが弘徽の耳には入らない。
「じゃあ行くよ葵」
「そ、そんなっ‼僕よりそいつらの肩を持つんですか⁉
僕の父は世界お金持ちクラブのメンバーですよー!」
弘徽はボディガードに目で合図を送る。
背が高く胸板の厚い男たち二人が、若宮に向かって歩き出した。
若宮は男たちに腕を掴まれると態度を一変し
手を大きく払いのけ
「こんなホテル、二度とくるか!」
と捨て台詞を吐き、自分からホテルを後にした。
キラキラと輝くシャンデリアの下で、ブティックのスタッフ達は
真っ赤な毛足の長い絨毯の上を何度も往復していた。
いつもの落ち着いた雰囲気とは違い
どこか緊張の糸がピンと張り詰めている。
ドレスや靴、小物などが次々と運ばれては、また直に下げられた。
弘徽は大きなソファーに深く腰を掛け
ピンク色のシャンパンを飲みながら葵を眺めている。
どうやら〝ウェディングドレスを選ぶ新婦、を待つ新郎〟
といった演出を思いついたらしい。
お楽しみの邪魔をされたくなかった弘徽は
必死で桐壺たちを食い止め、計画通りに事が運んだ。
「もっとシンプルなドレスはないですか?それか普通の洋服とか?」
次々と運ばれてくるドレスは全て弘徽がデザインしたもので
まともに着られるものは一枚もなかった。
胸元がへその下辺りまで深く開いていたり
殆どが透けているロングドレスだったり…。
中にはバニーガールも混じっていた。
というか、これならバニーガールが一番マシである。
弘徽はニヤけた顔を必死で押さえ
慌ててグラスをテーブルに置くと
パッと二枚のドレスを掴み取り、葵に当てて見せた。
「クリーニングに出すしばらくの間だから、無茶いわないの」
無茶を言っているのは弘徽なのだか…
葵は疑いもせず頷くと
再び着れそうなドレスがないか真剣に探し始めた。
すると、レジ横に置いてある電話から
内線のような呼び出し音が鳴る。
女性スタッフの一人が受話器を取った。
「はい一階ブティック〝妖艶〟です
…はっ、はいっ!分かりました!」
電話の内容がよほど動揺する内容だったのか?
女性は慌しく受話器を置くと、弘徽まで駆け寄った。
「しゃ、社長が来られます!」
「妃女が?」
「はい、弘徽さまを探しておられたようです」
「ふうん…」
弘徽は気に入らないといった態度を露にし
再びソファーに腰を掛けた。
周りの雰囲気が更に緊迫した事を察知した葵は
この場から早く立ち去りたい思いでドレス選びを急いだ。
(もう何でもいいからっ適当に選んでここを出よう)
「これっ!これにする!」
葵は弘徽にドレスを振って見せる。
「決まった?…なんだそれにしたの?他にもいいのがあったのに?」
「いいえ、いいえ、これで十分です!」
「そぉ?
じゃあ他に気に入ったのがあればプレゼントするからもって帰ってね」
「………」
冗談でも笑えない。
葵はフィッティングルームのカーテンを閉めた。
そして鏡の前で一度ドレスを当ててみる。
丈も長めでいい感じ!
だがクルリと回転させた瞬間、葵は目が飛び出そうになる。
「ゲッ⁈」
背中の部分に生地がなく
腰の辺りで結ばれたリボンのみという斬新なスタイルだった。
「これってお尻が丸見えっ⁈どうやって着ろっつーの‼」
まともなドレスが一枚も無い。
葵がショックで固まっていると、弘徽が顔を覗き込む。
「どうしたの?ボーっとして?あっ!ぼくに着替えさせて欲しいんだね♪」
「そうじゃなくてっ!」
「僕の前で今さら照れなくてもいいんだよ」
弘徽が葵の腰にスルリと手を伸ばす。
「くっつかないでっ!」
葵の腕に鳥肌が立つ。目まいを起こしながらも
必死に弘徽の身体を押し返した。
調度そこへ高いピンヒールをツカツカと鳴らしながら
一人の女性が入って来た。
葵は顔を見た瞬間ハッとする。
その女性が一目で誰なのかが分かったからである。
気高く美しい容姿は弘徽そっくり。
しかも姉弟と言ってもおかしくない程
顔もスタイルも若かった。
弘徽の母はツンッとした表情で二人の前に立つと
品定めをするように下から上までじっくり眺めた。
そして最後に大きなため息をつく。
どうやら葵は不合格だったらしい。弘徽は葵の前に立ちふさがった。
「ジロジロ見ないでもらえますか?それにその態度は失礼ですよ」
弘徽の母はソファーに浅く座り、スラリとした長い足を組んだ。
「今までで最低の〝Z〟ランク」
「妃女!いい加減怒りますよ!」
(ハハハァ、はっきり言うお母さんだ…)
葵は感心する。
「いいえ、怒りたいのはママのほうよ!
遊ぶにも限度ってモノがあるでしょ!あなたは朱雀家の一人息子よ。
しかも容姿端麗、頭脳明晰、非の打ち所のないイケメンなの!
それなのに今回選んだ女の子はなに⁉」
自分が弘徽の相手だと思われている事に可笑しくなった
葵はフッと笑った。
「あっ、すいません。でも違いますよ、ただ汚れたドレスを…」
「いいや、隠す事はない。ここははっきりしておこう」
「なっ、何を⁈」
葵は分厚い前髪の隙間から
弘徽が悪い冗談を言っているのかを確認する。
「上辺だけで判断する妃女と違って
僕の美を見極める力は本物です。彼女を認めてもらえますか?」
「あはは、そこまで弘徽を翻弄させるなんて
あなたも凄いやり手ね?一体どんな手を使ったの?」
「あ、だから誤解です…」
必死で葵は誤解をとこうとするが
またまた弘徽に遮られる。
「彼女を詐欺師みたいに言いましたね?
葵もう行こう。これ以上母親の醜態をさらして
〝こんな姑がいるの⁈〟なんて君に嫌われたくない。」
「まぁ⁈そこまで自分を見失うなんて!
分かったわ。こんな事したくなかったんだけど…左大 葵さん」
「はい!」
「あなたのことを調べさてもらったわ」
「調べた所で何も驚きはしませんよ。僕の愛は変わりませんから」
(なんかややこしい‼)
「まぁいいわ。これを読めばあなたも目を覚ますはずよ」
妃女は持っていたタブレットの画面に指を滑らせた。
そこへ〝ウィーン〟とドアの開く音が店の奥まで届く。
客が来たのか?スタッフの一人は頭を下げ
その場を速やかに立ち去った。
しかし妃女は客などお構いなしで、躊躇うことなく報告書を読み上げた。
「葵さんはあの有名な左大グループのお嬢さん…
だけど会社は不況の煽りで二年ほど前から経営は悪化。
今はいつ倒産してもおかしくない状況にあるわ」
「どうして僕に相談してくれなかったの!」
「話は最後まで聞きなさい。
葵さんのお父さんは急成長に伸びてきた
ミナモトコーポレーションに援助を求める為
コウも良く知っているヒカル君との婚約を勧めたの」
「なるほど。でも恋愛は自由」
「えっ?」
「い、いや、なんでもない。それで?」
「それで先週、うちのホテルでお見合いをしたのよ。
きっとあなたを見てヒカル君は断ったのでしょう。
だからこのホテルの跡取りであるコウに乗り換えようとした。
どう?図星でしょ?」
「…確かにこのホテルでお見合いはしました。
けど朱雀先輩に乗り換えるとか
父の会社を助けてもらおうとか、そんな気は一切ありません。
どうか心配なさらないで下さい」
葵は腹をたてる訳でもなく淡々とした口調で語った。
「いいんだよ偽らなくて!もしそうであったとしても
僕は君の全てを受け入れる覚悟はできている。
この際、妃女に二人の関係を認めてもらおうじゃないか」
「その変な言い方止めてください。話がややこしくなります…」
二人の振る舞いで弘徽の立場が下だと察した妃女は怒りを露にする。
「私は絶対、認めません!
彼女がどうあがいたとしても私が気に入る白鳥にはなれないわ!
どんなに磨いても醜いアヒルはアヒルのままよ!」
すると店の方から
暖かさが一つも感じられない聞き覚えのある声が響き渡った。
「そりゃアヒルに生まれた以上、どう頑張っても白鳥にはなれませんよ」
妃女は一瞬で女優のように表情を変えた。
すると、スッとした絶世の美男子が現われた。
「ヒカル君⁈」
美しいものに目がない妃女は瞳を爛々と輝かせる。
一方、弘徽は死んだような目になった。
「どうしてここにヒカルがいるの?」
「うちのスタイリストの買い物に付き合っていたら
ここがお気に入りらしくてね。
入ったら奥から話し声が聞こえて
私の名前が出ている様だったから、ちょっと気になってね」
妃女はヒカルに駆け寄った。
「ちょうど良かったわ!
ヒカル君も葵さんの事は知っているでしょ?
だからコウに言ってちょうだい、どう考えても釣り合わないって」
ヒカルは凍りつく様な視線を葵に浴びせた。
葵は耐え切れず、弘徽の後にさりげなく隠れる。
「…弘徽、諦めろ」
「ヒカルは口だししないでよ。葵の事はちっとも興味ないんでしょ」
弘徽の問いかけにヒカルは少し考える素振りをする。
その態度に疑問を抱いた弘徽は眉を上げた。
「それがそうでもないらしい…
結婚相手ともなると、少しは気持ちも変わるようだ」
「えええっ⁈」
妃女や弘徽はもちろん、葵までも絶句する。
ヒカルは無表情のまま前へ進み、葵の腕を掴むと
弘徽の陰から強引に引っ張り出した。
「その仮装、いい加減止めろ」
そしてヒカルは前髪に手を伸ばし、呆気なく付け毛を取り去った。
むさ苦しく被さっていた分厚い前髪はなくなり、葵の素顔が現われる。
「…あ、あなた誰?」
妃女は何度も目を擦り店内を探す。
「行くぞ」
「ちょ、ちょっと待って」
葵は妃女に頭をペコリと下げると
ヒカルに引きずられる形で店から連れ出された。
「なっ、なんて可愛い子なのーーーっ‼」
先程とは打って変わり妃女の瞳はキラキラ輝いる。
どうしても手に入れたくなった時の眼だ。
「コウっ!どうして早く言わないの⁈」
「僕は何度も言ってましたけど?」
「あの娘がいいわっ!あの娘が欲しい!あの娘を取り返しなさいっ‼」
弘徽は深い溜息をつく。
「あのヒカルが感情を出したんだよ。そう簡単には手に入らないでしょ…」
葵が残した付け毛を拾い上げると
いつもの自信に満ちた表情はどこにもなく
弘徽はただ見えない何かをじっと見つめていた。




