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蝶を飼う  作者: 鮎川 了
第二章 闇の庭師
12/21

毒花の蕾

◇





 「美佳さあ、自殺したらしいね」

 「何ソレ?私達への当て付け?」

 「ちょ〜迷惑なんですけど〜」

 「イジメ役が居なくなって」

 「言えてる言えてる」

 ゲームセンターの騒音に紛れて、聞こえて来た彼女達の会話を聞いて、怒りで震えが止まらない。

 今すぐ、彼女らを撲殺したい衝動を必死で押さえた。

 美佳ちゃんに比べたら彼女達は悪魔だ。人の苦しみを糧にして生きる悪魔だ。

 「おじさん、やんないならソコ代わってよ」

 レーシングゲームのシート越しに茶髪の少年がムッとした顔で語りかけて来た。

 「あ……、ああゴメン」

 二十七歳でおじさんと呼ばれるとは思わなかったが中高生から見れば、確かにおじさんだ。

 「裕美〜、ゴメン、私塾の時間〜!」

 ひとり、またひとりと取り巻きが減ってゆく。  永井裕美がひとりになるのを、騒音に紛れて待ち続けた。


 それから、小一時間は待ったろうか?

 「やべ、こんな時間?ウチ親ちょーうるせーから帰るわ」

 取り巻きの最後のひとりがやっと帰った。

 ポツンと残った、永井裕美も、ディスプレイのGame Overの文字を見ると立ち上がる。

今だ。

 「ちょっと、君、どこの学校?」

 俺が背後から声を掛けると、永井裕美はハッとした顔で振り返った。

 「……な……何?補導?」

 一瞬、その線で行けば良かったかも……と、思う、だが今日の俺は

 「あー、びっくりさせてゴメン。実は俺、こーゆー者なんだけど」

 一枚の名刺を差し出す。

 それを見て、永井裕美は一瞬、目を輝かせた。

 「うそ!ティーンズ・ファクトリーのカメラマンなの?」

 ティーンズ・ファクトリーとは、中高生に人気のファッション情報雑誌だ。

 名刺は勿論偽造だし、印字してある名前は偽名だが。

 全部夜羽が用意したのだが、あの女が女子高生の嗜好を知っているとは驚きだ。

 「君、可愛いね。スタイルもいいし、もし良かったらカメラテストさせて貰えない?」

 警戒されるかと思ったが、目が始終輝いている。

 まさかこんな手にひっかかるような安い娘が、美佳ちゃんを苦しめていたとは。




 「はい、今度は、その木にの横に立って目線こっちにちょうだいね」

 例によってタクシーを数回乗り継ぎ、永井裕美を温室に連れ込んだ。

 彼女は一眼レフを構えた俺に言われるままにポーズを決める。

 「じゃあ今度は、その像の前で」

 温室に設置された、レダの石膏像。

 高さも重さもかなりある。

 俺は、笑顔を作ったまま、石膏像の後に回りこむ。

 「どうしたんですかあ?」

 「いや、ちょっとここの枝が邪魔でね……あ、もっと像にもたれて、手を像の後に回してくれないかな?」

 「こうですかあ?」

 いっぱしのモデル気取り。

 自意識過剰なんだろう。

 でも、そのお陰で“仕事”が楽になる。

 俺は彼女の回された両手首を、麻縄で縛り上げた。

 「な、何するの!」

 さすがに、彼女も気が付いたらしい。

 しかし。

 「SMのモデルならギャラ上乗せして貰うけど?」

 呆れた。

 まだ、俺をカメラマンだと信じているらしい。 お陰で難なく両足も縛る事が出来た。


 「……撮らないの?」

 暫くカメラも向けずに凝視していたら、今度こそ異様な雰囲気に気が付いたらしい。

 「美佳ちゃん、って知ってる?吉野美佳」

 彼女の顔色が面白い様に変わった。

 「自殺した子でしょ?」

 「うん、君達のせいでね」

 さて、これからどうしてやろう?

 「大声を出すから!」

 「残念、ここの温室、防音硝子なんだ」

 それでも構わず、高音の悲鳴を上げる。

 うるさくて仕方がない。

 ガムテープで口を塞いでやろうと思った時“あるもの”が目に入った。


 俺は耳障りな悲鳴を上げ続ける彼女の口にその“あるもの”を放り込むと、すかさずガムテープで塞いだ。

 「……!んんん!!」

 狂った様に身悶えている。口に蝶が入ったのだから、さぞかし気持ち悪いだろう。

 俺が入れたのは美佳ちゃんの記憶を持つ、白い蝶。

 殺す前に、美佳ちゃんの気持ちを解って貰わなければ気が済まない。


 暫くして“永井裕美”は静かになり、虚ろな目から涙を流した。

 美佳ちゃんの“記憶”を見て、少しは後悔しているのだろう。

 「何か見えたか?」

 彼女は頷く。

 懺悔の言葉でもあるかと、ガムテープを剥がしてやると……

 ガムテープの跡が痛々しい唇から、またあの耳障りな高音が発せられた。

 「だから何だって言うのよ!美佳が勝手に死んだんじゃん!」

 彼女が言い終わるのと、俺がスコップで彼女の顔面を殴るのとは、ほぼ同時だった。

 スコップの平な面で正面から叩いたので、気絶する程のダメージは無いだろうが、おびただしい量の鼻血を垂らしていた。

 「け、警察に、警……察に言ってやる」

 驚いた。

まだこの場に及んで毒づくか。

 「美佳ちゃんねえ、顔が無かったんだよ」

 「えっ?」

 「雑居ビルの屋上から、頭から落ちたんだろうね。顔がね、潰れてたんだ」

 「よ……良かったじゃない。あんな酷い顔、死んでから晒されなくて!」

 ……酷い顔?

 悪いが、顔の美醜なら、美佳ちゃんの方が勝っている。

 「おまけに、性格も悪いし!死んで当然だし!」

 解った……!

何でこの小娘が、美佳ちゃんをイジメていたのか。

 「何?君、美佳ちゃんに嫉妬してたの?」

 止まりかけていた鼻血が、滝のように流れて落ち、何か言いたげに、口を開いたり閉じたりしているが、言葉は出てこない。

 図星だったのだろう。  「忘れてた、服、脱いで貰うよ」

 俺は剪定バサミで彼女の服を切り裂いてゆく。  服は幼虫が食べないから、予め脱がせておけと夜羽に言われていたのを忘れてた。

 「やめてよ!帰れなくなるじゃない!」

 驚いた、この状況で“帰れる”と思っていたとは。

 セーラー服を切り裂き、更にその下のキャミソールや妙に可愛らしい下着を切り裂くと椀を伏せたような形の固く未成熟な乳房が露になり、鼻血がその上を伝う。

 「いや……やめてよ……」 

 子供だ。子供の躰《からだ》だ。

 こんな未成熟な子供のくせに、その内面には真っ黒い“悪の要素”が詰まっているのか。毒花の蕾は可憐に震えている。

 スカートのポケットから、ストラップがじゃらじゃら付いたスマートフォンが出て来た。いかにも女子高生と云った感じの。

 「あのね、解ってないようだから教えてあげる。君、今から殺されるんだよ」

 スマートフォンをへし折りながら、俺は親切にそう教えてやった。

 「……してください」

 蚊の無くような声で彼女は言った。

 「聞こえないな」

 「許してください」

 涙を流している。

 「でも、君は美佳ちゃんを助けてはくれなかったろう?」

 その時、白い蝶が俺と彼女の前を横切った。

 『お花屋さん、許してあげて下さい。お花屋さんが人殺しになるなんて、私は嫌です』

 ああ、美佳ちゃん。

 美佳ちゃんがこの場に居たらきっとそう言うだろう。

 美佳ちゃんは優しい子だから。

 花が一輪、枯れただけで泣いてしまう優しい子だから。

 “永井裕美”は、泣き腫らした顔で、俺が持っている剪定バサミをじっと見ていた。








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