名前の重み、再会の笑い
エンドロール後特別シーン
「名前の重み、再会の笑い」
エンドロールが静かに流れ終わる。
主題歌の余韻がまだ会場に残っている。
スクリーンはゆっくり黒に戻り、場内の照明が少しずつ上がっていく。
けれど、誰もすぐには立たない。
泣いていた人はハンカチを目元に当てたまま、
黙っていた人は椅子の背に身を預けたまま、
ただ、流れ終わった文字列の最後をまだ心のどこかで見つめている。
そのとき、試写会場の後方で、優子がぽつりとつぶやいた。
「……やっぱり、不思議やね」
隣に座っていた光子が横を見る。
「何が?」
優子は、まだ少し赤い目のまま、スクリーンのほうを見ている。
「だってさ。
あんなにしんどい話で、あんなに別人みたいに必死に演じとるのに、最後に出てくるのは“青柳光子”“柳川優子”やろ」
光子も、ふっと息を漏らすように笑う。
「うん。
役でもあり、自分でもあり、みたいな変な感じ」
優子は肩をすくめる。
「映画の中では“役”として必死やったのに、エンドロールで本名見た瞬間、“あ、これうちらやった”って急に現実に引き戻されるっちゃもん」
光子が小さく頷く。
「しかも試写会で改めて見ると、余計そうやね。
撮っとる最中は現場に必死で、名前のことまで考える余裕なかったけど」
その会話の途中で、スタッフが小走りで近づいてくる。
「お二人、まもなく記者会見です。準備お願いします」
優子が立ち上がりながら、まだ少し夢から戻りきれていない顔で言う。
「はい。……ってことは、泣いた顔のまま壇上やん」
光子が吹き出す。
「まあ、今日の作品で目が赤いのはむしろ正解かも」
「正解でも、化粧さんは泣くやろ」
その一言で、ようやく二人の間にいつものテンポが戻った。
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試写会後・記者会見会場
会場前方には、白いバックパネル。
作品タイトルのロゴ。
その横に、被災地の空と湯気を思わせる淡い写真。
壇上には長机ではなく、一人ずつ少し間を空けた椅子が並ぶ。
重すぎない。でも軽くもしない。
そんな距離感の設営だった。
司会者がマイクを取る。
「本日は映画『——』完成披露試写会、ならびに記者会見にお越しいただきありがとうございます。
これより、登壇者の皆さまをお迎えします」
拍手。
まず光子と優子が並んで現れる。
会場がどっと湧く。
大きすぎない、でも確かな歓迎の拍手。
二人は一礼し、席に座る。
そのあとに共演者たち、監督、上官役の俳優、看護師役、自治会長役、農家の親子を演じた俳優たち、子役たちも続いて登壇する。
壇上に全員が揃った瞬間、空気が少し変わる。
映画の中では極限状況で支え合っていた人たちが、
いま現実の舞台で、笑顔で並んでいる。
そのこと自体が、一つの救いみたいだった。
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司会による冒頭トーク
司会者
「まずは、完成した作品を試写会でご覧になった今のお気持ちから伺いたいと思います。光子さん、いかがでしょうか」
光子がマイクを持つ。
少し息を整えてから、まっすぐ前を見る。
光子
「撮影していた時は、とにかく一日一日を追いかけるのに必死でした。
だから今日こうして完成した作品を通して見ると、改めて“これは災害の映画であると同時に、人が人をどう支えるかの映画なんだな”と感じました。
あと……エンドロールで自分の本名が出てきた時、ちょっと不思議な気持ちになりました」
会場にやわらかい笑い。
司会者
「やはりそうですか」
光子
「はい。役を生きていたつもりなのに、最後に“青柳光子”って出ると、“あ、私なんや”って急に現実に戻るんです」
その隣で優子が深く頷いている。
マイクを向けられる前から、もう「わかる」の顔をしている。
司会者
「では優子さんも」
優子
「いやほんと、それです。
撮影中は役に入っとるつもりなんですけど、試写会で見ると“この人、めっちゃ泣きよるけど、私やん”ってなるんですよ」
場内が少し大きめに笑う。
優子
「しかも今回、かなり体力も気力も使う作品やったけん、見終わったあと毎回ちょっとだけ“うちら生きて帰ってきたね……”みたいな顔になります」
光子
「それはほんとにそう」
監督も横で笑っている。
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撮影で感じたこと
司会者
「この作品は、災害の現場、避難所運営、感染拡大、遺体との対面、そして支える側の限界まで、非常に丁寧に描かれています。
演じるうえで特に印象に残ったことは何でしたか」
優子が少し表情を引き締める。
優子
「やっぱり、“助かった人を支える”だけじゃなくて、“助からなかった命とも向き合わないといけない”っていう現実ですね。
そこは、台本を読んだ時点でかなり重かったですし、実際に演じても、ずっと心に残りました」
光子
「あと、“支える人が倒れる”ことの怖さですね。
どうしても現場では、“自分はまだ動ける”って思いたくなる。
でも本当に必要なのは、自分がいなくても回る形を作ることなんだ、というのは、この作品を通してすごく強く感じました」
司会者
「まさに作品の核心ですね」
光子
「はい。
だから、しんどい人に“休んでいいよ”って言うだけじゃなくて、“休ませる仕組み”が必要なんやなって」
会場の空気が少し深くなる。
笑いのあとに、ちゃんと重みが戻る。
このバランスが、この二人らしかった。
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裏話コーナー
司会者が少し空気を和らげるように笑う。
「ではここで、少し舞台裏のお話も伺えればと思います。
かなり過酷な撮影だったと思いますが、現場での“ちょっと爆笑だった出来事”などはありましたか?」
優子が即座に手を上げる。
「あります」
会場が笑う。
監督も「来た」という顔。
優子
「避難所のリトミックのシーンで、“ドン・ドン・グルグル”って何回もやるじゃないですか。
あれ、子ども役のみんなが完全に覚えてしまって、本番じゃないときもずっとやってたんですよ」
子役たちが壇上で照れ笑いする。
優子
「休憩中にお菓子食べながらでも、
“トントン! くるり・くるり!”
ってやっとるけん、最終的にスタッフさんまで足首回し始めて」
光子
「しかも上官役の方まで、最初は真面目に立って見てたのに、三日目くらいから普通に入ってきたよね」
上官役の俳優がマイクを持つ。
上官役俳優
「いや、あれはね、現場で覚えさせられるんですよ。
気づいたら僕、“はい、止まる! 頭守る!”って子どもたちに言ってました」
場内がどっと笑う。
監督
「しかも本編ではすごく厳しく見える上官なのに、カットかかった瞬間いちばん優しく“はい水飲んでー”って言ってたんですよ」
上官役俳優
「それ言わなくていいやつ!」
さらに笑い。
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農家の野菜シーンの裏話
司会者
「印象的だった野菜の搬入シーンについても、何かエピソードはありますか」
光子が思い出したように笑う。
光子
「あれ、本物の土つき野菜を使ったんですけど、白菜が思った以上に重くて」
優子
「そう。
しかも監督が“もっと命が届いた感じで抱えてください”って言うけん、気持ちはわかるけど、物理的にも重たいんですって」
監督が苦笑いする。
監督
「でもちゃんと、命が届いた感じになってました」
優子
「なってたけど、そのあと普通に腕ぷるぷるしてました」
農家の息子役の俳優が言う。
「僕、本番中ずっと“この大根落としたら終わる”って思ってました」
光子
「わかる。あの野菜、ただの小道具じゃなくなってたもんね」
この一言で、笑いの中にまた少しだけ作品の芯が戻る。
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出演者たちの再会
司会者
「本日は共演者の皆さんも勢ぞろいですが、久しぶりに再会されていかがですか」
看護師役の女優が笑って言う。
「私はもう、光子さんと優子さんの顔を見た瞬間、“あ、熱出して倒れてた人たちが元気になってる”って気持ちになりました」
優子
「役が抜けてない抜けてない」
自治会長役の俳優
「でもほんと、現場では皆さんずっとその世界の中で生きていた感じだったので、今日こうして普通に笑って会えるのがうれしいです」
サチさん役の女優が割って入る。
「でも私、今日もこの二人見た瞬間に“あんたらちゃんと水飲みー!”って言いたくなりました」
優子
「それ現場で毎回言われてたやつ」
光子
「もはや半分ほんとのサチさんやったもん」
子役の一人が、少し緊張しながらマイクを持つ。
「またみんなで“トントンくるり”できてうれしいです」
その一言に、会場からほわっとした笑いと拍手が起こる。
優子が「もう優勝」と小声で言い、光子が頷く。
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質疑応答
司会者
「それではここから、記者の皆さまからの質問をお受けします」
質問1:本名で出演した意味
記者
「今回、お二人は役名ではなく本名で出演されています。これは非常に印象的でした。その意味をどう受け止めていますか」
光子
「私たちも最初は少し驚きました。
でも、演じながらだんだん分かってきたんです。
“誰か特別な人”の話じゃなくて、“どの現場にも起こりうること”として見てほしい作品なんやなと。
名前が本名であることで、観る人との距離が少し縮まる気がしました」
優子
「あと、逃げられん感じもありますね。
役だから、で一歩引けない。
ちゃんと自分の顔と名前で受け止める感じがありました」
質問2:いちばんつらかった撮影
記者
「演じていて、最もつらかったシーンはどこでしたか」
優子の表情が少し静かになる。
優子
「遺体発見の報告が入る場面ですね。
画として大きく見せるんじゃなくて、言葉の短さと、言われた側の沈黙で見せるシーンだったので、逆にすごくきつかったです」
光子
「私は、熱を出して寝込んだあと、外ではもう場が回ってるって知るシーンです。
安心もあるけど、悔しさもある。
あの両方が同時に来る感じは、かなり苦しかったです」
質問3:逆に忘れられない爆笑シーン
記者
「逆に、現場で忘れられない爆笑エピソードは?」
優子
「これいっぱいあるんですけど……」
光子
「たぶん同じの思い出した」
優子
「風呂のシーンで、やっと湯気の中でほっとする大事な場面なのに、カットかかった瞬間、二人で同時に“あっつ!”って言って出たやつ」
場内爆笑。
光子
「いや、だって予想以上にちゃんと熱かったんよ!」
監督
「あれは演技じゃなくて完全に素でした」
上官役俳優
「でもあの“あっつ!”のあと、二人ともすごくいい顔してたんですよ。
本当に“戻ってきた”顔だった」
笑いのあとに、少しだけしんみりした空気が落ちる。
その温度差が、この会見全体をきれいにしていた。
質問4:この作品を通して伝えたいこと
記者
「最後に、この作品を通じて観客にいちばん伝えたいことは何でしょうか」
光子が、少し考えてから話す。
光子
「災害って、派手な救助だけがすべてじゃないと思うんです。
水を配ること、鍋を止めないこと、しんどいと言えること、休ませること。
そういう小さいことの積み重ねが、実は命を支えてる。
そこを感じてもらえたらうれしいです」
優子も続ける。
優子
「あと、“大丈夫”って言葉を、一回で信じすぎんでほしいです。
誰かに対しても、自分に対しても。
しんどい時に“しんどい”って言えること、言わせてもらえることって、すごく大事やと思います」
会場は静かだった。
その静けさは、届いたときの静けさだった。
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会見の締め
司会者
「ありがとうございました。
最後に、登壇者の皆さまから一言ずつご挨拶を——」
挨拶が一巡し、最後に光子と優子が並んで一礼する。
光子
「この作品が、悲しいだけの映画じゃなくて、誰かを支える方法を少し考えるきっかけになったらうれしいです」
優子
「そして観終わったあと、自分にも周りにも、ちょっとだけやさしくなれる作品になっとったらいいなと思います」
二人そろって。
「本日はありがとうございました」
大きな拍手。
フラッシュ。
立ち上がる登壇者たち。
久しぶりに再会した出演者同士の笑顔。
子どもたちの「またね!」という声。
監督の安堵した表情。
そして、壇上を降りる直前に光子と優子が顔を見合わせて、少し笑う。
優子
「……ねえ」
光子
「ん?」
優子
「今日はちゃんと、“あったかい”まま終われそうやね」
光子はやわらかく頷く。
「うん。
湯気の続きみたいな日やね」




