春介と春海のコンクール本番
前夜祭コント「低音バチバチ合戦 ― チューバ vs コントラバス」
津の夜。リハも無事に終わり、明日の全国に向けて“軽く気持ちをほぐそう会”。
しかし“軽く”で済むはずがない――双子ツインズがいるのだから。
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開幕アナウンス(春海)
「え〜それでは、『真面目にふざけたコント・低音頂上決戦』を始めます。
挑戦者は――金管界の重戦車・チューバ:春介!
対するは――弦界の重騎士・コントラバス:河野(コントラ担当の助っ人)!」
(※コントラ役はコントラバス担当の河野凜太。名前だけ借りキャス。)
春介がチューバを抱え、河野がコントラバスを構える。
春海はスネア片手に、MC兼・SE(効果音)担当で中央へ。
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ラウンド1:音域紹介「名刺交換」
春海「名刺交換、どうぞ!」
春介(チューバ・ド低音):「ブォォ〜〜〜ン(“よろしくどうぞ”)」
河野(コントラ・G線低音):「ヴォン…ヴォン…(“こちらこそ”)」
春海「お互い、やたら体感温度が下がる自己紹介ありがとうございます」
会場:早くもクスクス。
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ラウンド2:機動力対決「敏捷の舞」
春海「題して“機動力”。チューバは10歩移動で一呼吸、コントラは5歩で二呼吸、よーいドン!」
* チューバ春介、どっしんどっしん歩きながら低音スラーで「モォォ〜〜」。
* コントラ河野、機敏にピチカートで「ポンポンポン!」と煽る。
春海(判定)「勝者、コントラ!理由:軽い、速い、ずるい!」
春介「ずるくはないやろ!」
春海「判定覆らず!」
会場:ドッ。
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ラウンド3:持続力対決「ロングトーン地獄」
春海「続いて“肺 vs 腕”。ロングトーンで相手を眠らせた方の勝ち!」
* 春介:息で“ドーーーン……”(揺れない。重い。床が共鳴)
* 河野:弓で“ドーーーン……”(伸びやか。ホール響き再現)
10秒…20秒…30秒…
部員の一人がうとうと→春海がウッドブロックで起こす「カン!」
春海「ドロー!二人とも眠りを誘う合法兵器!」
会場:ひーひー。
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ラウンド4:表現力対決「恋の告白(低音)」
春海「低音だけで“好きです”を伝えてください」
* 春介:「ブォ…ブォォ……(ためらい→覚悟)ブワァッ!(直球)」
* 河野:「ヴン…(胸の内)ヴィィン…(切なさ)ヴォン…(真剣)」
春海(通訳)
「チューバ:『回りくどいの苦手。好き!』
コントラ:『千夜一夜の低音手紙。……好き』」
客席:「キャーー!」(なぜか黄色い歓声)
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ラウンド5:合奏力対決「威風堂々・低音だけ」
春海「本番課題“威風堂々”を低音だけでやってみよう!」
* 春介:主題の地鳴り基礎を“ドッ…ドーーン”
* 河野:和声の芯を“ヴォン、ヴォン…”で支える
* 春海:バスドラ&スネアで「タタ…ドン!」を添える
低音だけなのに、妙に成立。
クラ・真緒「(感心)下が固いと上が自由に歌えるんよね」
サックス・悠真「うちら、明日もこの“芯”に乗れば勝てる」
会場:拍手が自然に起きる。
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ラストラウンド:“低音ラップバトル(擬音語のみ)”
春海「最終決戦!擬音語ラップバトル、いけ!」
春介「ブンブワ ブワオ ブロロロ(=“低音は腹で語る”)」
河野「ヴンヴィン ヴォン ヴィリリ(=“低音は余韻で微笑む”)」
春海(ハイハット刻み)「チキチキ」
三者が気持ちよくハマる瞬間――
顧問・佐伯先生が手を上げる。「そのまま止めないで……!今の“ノリ”で、全体合奏入るわよ!」
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即興から合奏へ:奇跡の前夜
* 低音ユニットのうねりに、トランペットが柔らかいファンファーレで重なり、
* 木管が歌うようなレガートでメロディを添える。
* 打楽器は脈拍のように脈打ち、アンサンブルがひとつに。
佐伯先生「それ!そこ!今のグルーヴ、明日の本番に持っていくよ!」
部員一同「はいっ!!」
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エンディング・MC(春海)
「本日の勝敗――どっちも勝ち!
理由:低音が笑ったら、楽団が強くなる!」
春介「明日、ド底から支えるけん!」
河野「余韻まで責任持つわ」
会場(部員全員):「音に魂、リズムに笑い!」
――前日なのに腹筋崩壊。けれど、心は不思議と落ち着いていた。
バカみたいに笑ったあとに残る“芯”が、全員の中に確かに通ったのだ。
そして翌日、ステージで――
彼らの低音は、客席の胸板ごと“抱きしめる”音になった。
津・全国大会本番 ― 「威風堂々」博多南、鳴らす
ステージ袖。
25番の札が掲げられ、出番を告げる係員の声が響く。
佐伯先生が短くうなずく。「――行こう」
薄闇から一歩、光の海へ。
並び終えた瞬間、客席の空気がすっと澄む。
静寂。
譜面台の上で、紙がわずかに呼吸する。
棒が上がる。
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序奏(Maestoso)
低弦替わりのチューバ&ユーフォが、床から湧き上がるように和音の礎を置く。
春介の低音は“揺れない大地”。
トロンボーンがブロードに広げ、ホルンが温度を与える。
金管の和声が、ホールの天井を一段上へ押し上げるみたいに膨らんだ。
ティンパニが静かに心拍を刻む。
スネアはまだ語らない。
「ここは威圧ではなく、威厳」――佐伯先生のリハの言葉が、全員の呼吸を一つにする。
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行進主題(Allegro giusto)
クラリネット群がきめ細かく地面を敷く。粒がそろう。
ファゴットがコツンと背骨を置き、サックスが艶を足す。
そこへトランペット――河野の先頭が、真っ直ぐ矢のように主題を掲げた。
強すぎない、でも引き下がらない。**“凛”**の音量。
打楽器隊。
春海はスネアのショットを浅く・短く・狙って当てる。
「ドレスの裾を踏まない」――リズムは踊らせ、主題は歩かせる。
ブラスの合いの手が、咆哮ではなく宣誓として立ち上がる。
客席の背筋が、音に合わせて伸びていくのが見えた。
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展開(対話)
木管が旋律を受け、フルートとオーボエが細い水脈のように歌う。
クラリネットは息の帯でその水脈を包む。
金管は言葉を重ねない。ただ、“ここに居る”ことを和声で示す。
テンポは動かない。代わりに陰影だけが深くなる。
春介のチューバが、一拍目を“置く”。
ホールが、一拍ずつ大きくなる。
低音に乗って、全体が“自然に前へ歩く”。
奏者の眉間が解けた――乗れた。
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Trio(cantabile:祝祭の歌)
転調。光が一段明るくなる。
ホルンが語頭を柔らかく丸め、トロンボーンが下から抱きとめる。
ユーフォがふくよかに第2旋律を織り込み、
木管は合唱のハミングみたいに支える。
二度目のフレーズ。
トランペットが高らかに出る――が、決して叫ばない。
“歌う勇気”を保ったまま天井へ放つ。
春海のシンバルは当てず、撫でる。
金色の粉を空間に散らすように。
クレッシェンド。
客席の胸郭が、音と一緒に広がる。
ステージとホールが、同じ肺で息をしているみたいだ。
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再現(威風、ふたたび)
戻る。
行進主題は、さっきより歩幅が大きい。
合奏の中心が縦ではなく面になっている。
春介とユーフォの低音が、床から押し上げ、
スネアとバスドラが背中を押す。
木管は前に張らず、奥へ通す。
最後のブロック。
佐伯先生の左手が**“待て”と空気を掴む。
ホール中の時間が一瞬止まる。
全員の視線が棒の先ではなく掌に吸い寄せられる。
その掌が解放**を告げる。
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コーダ(栄光の和音)
フォルテ。
だが品がある。
トランペットのトップ、最後の頂点ノートを押さずに届かせる。
トロンボーンの和声が密になり、ホルンが中域の扉を開く。
ティンパニがひとつ、ふたつ、三つ――客席の鼓動と重なる。
春海のシンバル、最後の一打は縦でなく面。
音が鳴り止まない余白を、ホールいっぱいに描く。
最後の和音。
春介のチューバが一点に置く“句読点”。
全員がその上にそっと句点を重ねる。
指揮棒が空中で静止し――無音が、いちばん大きく響いた。
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ほんの数秒。
世界でいちばん尊い沈黙。
そして――
拍手。
一度目は遠慮がち、二度目に膨らみ、三度目で波になる。
ブラボーの声が、いくつも重なる。
舞台袖の先生方が立ち上がる気配。
ステージの上で、誰も跳ねない。誰も叫ばない。
ただ、まっすぐ礼をする。
退場の列へ。
春介はマウスピースを小さく撫で、
春海はスティックを胸の前でぎゅっと握る。
視線が交わる。言葉はいらない。
“音に魂、リズムに笑い。”
今日の“笑い”は、確かに音の中に居た。
発表――金賞ゴールド、そして審査員特別賞
客席の灯りが少し上がる。
まだ手のひらに“威風堂々”の余韻が残るまま、博多南の一行は後列で他校の演奏を見守った。
どの学校も凄かった。音程、バランス、表現、どれも隙がない。
春介が小さくつぶやく。「……全国って、やっぱ化け物ぞろいやな」
春海はうなずく。「でも、うちらの“芯”は置いてきたけん」
やがて――審査会場に転換。
ステージ袖で整列した各校の代表。
「発表に移ります」係員の声が、静けさに糸を通した。
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結果発表
「博多南中学校――金賞」
一拍おく。
それから爆ぜる拍手。
春介の肩が“ふっ”と落ち、春海は口元をキュッと結んで天井を見上げた。
去年の銀が、胸の奥でそっと音を立ててほどける。
続いて――
「審査員特別賞――博多南中学校」
一瞬、時間が止まる。
次の瞬間、客席の後列で顧問の佐伯先生が手を口に当てたまま、涙をこぼしていた。
副顧問の内田先生が肩をたたく。「やったね。音、届いたよ」
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代表挨拶
部長(3年・トランペットの河野)が一歩前へ。
マイクの前で深く礼をして、噛まないように言葉を選ぶ。
「この舞台に立てたこと、そして、このような評価を頂けたことに心から感謝します。
ぼくらは“音に魂、リズムに笑い”を合言葉に、一年間やってきました。
笑って合奏できる日もあれば、悔しくて音が出なくなる日もありました。
でも“低音の芯”と“皆の呼吸”を信じて、今日、ここに音を置いて来られたと思います。
ありがとうございました」
副部長(3年・クラリネットの井上)が続ける。
「支えてくださった先生方、保護者のみなさん、地域のみなさん、
そして、憧れの先輩たちに胸を張れるように吹きました。
この金賞は、ホールに来られなかった後輩や家族の分までの金賞です。
本当にありがとうございました」
ふたりが礼。
会場に、あたたかい拍手が長く、長く降る。
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楽屋裏
トロフィーを囲んだ円陣。
佐伯先生が涙を拭いて、いつもの笑顔に戻る。
「誇りに思うよ。君たちの“威風堂々”は、威張らない強さだった」
内田先生が親指を立てる。「低音チーム、最高の“句読点”だったな」
春介は照れ笑い。「置き逃げ、成功っす」
春海がスティックを掲げる。「笑いも置いてきたっちゃ!」
部員全員:「音に魂、リズムに笑い!」
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帰り道の約束
ホールを出ると、夕暮れの津の空。
金色に染まる雲を見上げながら、春介がぽつり。
「金やけど、まだ先、見とうなった」
春海が笑う。「じゃ、次は“聴いた人の一週間を明るくする演奏”やね」
「なんその賞」
「うちららしい特別賞たい」
ふたりの笑い声が、表彰状の紙の匂いとまじって、秋の風に乗った。
今年の金は、来年のスタートライン――。
舞台袖 ―― 涙と歓声と、静かな余韻
照明が落ち、ステージの幕がゆっくり閉まる。
次の瞬間――袖の奥から、**「やったぁぁ!!!」**という歓声が爆発した。
トランペットの河野が拳を突き上げ、フルートの真緒が泣きながら飛びつく。
パーカッションの仲間たちはスティックを掲げ、金管陣は抱き合って跳ねる。
ティンパニの横では、顧問の佐伯先生が思わず目を覆った。
「……本当に、みんな、よくやったね……!」
その歓声の渦の中で、春介と春海だけが、ぽつんと立ち尽くしていた。
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初めての“称号”
春介は、チューバを抱えたまま、しばらく口が動かない。
「……金賞って、ほんとに、もらえたん?」
春海が隣でうなずく。スティックを強く握りしめたまま、目尻が光る。
「夢やなかと? ……これ、ほんとにうちらの音が、届いたんよね」
あれだけ毎日練習しても、音が揃わなかった時期があった。
先生に叱られて、二人して廊下で泣いた夜もあった。
けれど――
今日の音は、ホールの天井までちゃんと届いた。
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先生の言葉
佐伯先生が二人に歩み寄る。
「春介、春海。
君たちの低音が、このバンドの“根っこ”を作ってくれたんだよ。
どんな強い風が吹いても、この根があれば倒れない。
……ありがとう。」
その瞬間、二人はようやく涙が止まらなくなった。
春海が震える声で言う。
「うちら、まだ一回も……“賞”とか、取ったことなかったけん……。
でも、こんなにあったかい“金”って、初めて見た。」
春介が小さく笑う。
「チューバ、重たかけど……今は、軽いな。」
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後輩たちの輪
1年生たちが次々に抱きついてくる。
「先輩たち、かっこよかったです!」「低音、しびれました!」
春介は真っ赤になりながら「お、おう!」と返す。
春海は笑って、「泣かすなよ〜、化粧落ちるっちゃ!」と照れ隠し。
その輪の中に、みんなの笑顔があった。
汗と涙と音のにおいが、ホールいっぱいに残っている。
楽器ケースの金具が、やけにきれいに光って見えた。
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そして――
帰りのバスに乗り込む前、春介が空を見上げた。
夕陽の向こうで、三重の風がやさしく吹いている。
春海が隣でつぶやく。
「これが、うちらの“はじまり”やね。」
春介が笑う。
「金賞より重たいもん、もらった気がするばい。」
そう言って、二人は拳を軽く合わせた。
その拳の中に――
「音に魂、リズムに笑い」の一年分の努力が、
まるで夕陽の金色みたいに、静かに輝いていた。
博多・小倉家 ― 金賞の知らせ、そして“家族総立ちの夜”
津市のホールでの全国大会。
金賞と審査員特別賞のダブル受賞を果たした直後、
春介はスマホを手に取り、指を震わせながら発信ボタンを押した。
「……もしもし、じいじ!ばあば! 金賞とったよ!」
スピーカーの向こう、福岡・博多区のリビングでは、
唐揚げの香ばしい匂いが漂う中、電話越しに一瞬の静寂。
次の瞬間――
「うわぁぁぁぁぁ!!! マジかぁぁ春介ぃ!春海ぃ!やったぁぁ!!」
優馬が勢い余ってちゃぶ台を蹴倒し、
美鈴が「テーブル壊すなバカチンがぁ!」と怒鳴りながらも泣いていた。
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小倉家・緊急祝賀モード突入
光子が「やっぱり春介も春海もやってくれたねぇ〜!」と笑い、
優子が「ドンタクスに続いて今度は吹部が全国制覇やけん!」と拍手。
陽翔と結音はぴょんぴょん跳ねて、
「はるしゅけにいに〜!」「はるみねぇね〜!」と大騒ぎ。
燈真と灯乃までマネして「きんしょ〜!きんしょ〜!」と合唱。
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ビデオ通話・爆笑お祝い中継
画面越しに映ったのは、少し照れ笑いする春介と春海。
背後では吹奏楽部のみんなが旗を振っている。
春介:「見える? これが全国の“金”たい!」
美香(母)が涙ぐみながら笑う。
「よく頑張ったねぇ……ほんとに誇らしかよ……!」
アキラは後ろでトランペットを吹こうとして、
優馬の声が入る。
「アキラ!お前、今吹いたらハウリング起きるぞ!」
光子:「さすが“爆笑通信”遺伝子!」
優子:「おじいちゃん、止めてぇ〜!」
もう、映像はぐちゃぐちゃ。
みんな笑って、泣いて、腹筋崩壊。
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美鈴からのメッセージ
やがて画面の中で、美鈴がゆっくり口を開いた。
「春介、春海。
あんたたちが選んだ“音”は、じいじとばあばの夢の続きを奏でとる。
私たちは、ステージで輝く子や孫を誇りに思っとるよ。
笑って吹ける音楽家、それが小倉の子ばい。」
優馬:「……んで、金賞の祝いは何本でも飲んでいいってことでよかろ?」
全員:「だめぇぇぇぇぇ!!!」
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福岡・博多の夜
その夜、博多の街には小倉家の笑い声が響いていた。
陽翔と結音が自作の旗を振り、
「MVPは、しゅんしゅけ〜&はるみ〜!」と叫ぶ。
光子と優子が即席で**“祝・金賞ファミリーソング”**を作って演奏。
そこにアキラが即興でトランペットを合わせ、
美香が「ちょっとキー違う〜!」とツッコミ。
爆笑の渦に包まれる中、優馬がまたボケを放つ。
「ワシも吹奏楽部入れば金賞取れたかもな」
美鈴:「あんたは“整骨院特別賞”止まりやろ!」
――画面越しに春介と春海が笑った。
あの金色のトロフィーよりも、
この笑いが何よりの勲章だった。




