17 revolution 1
リリィは機体を横たえた。マニュアルに従い操作すると、胸部の一画が開く。
操縦席から出て、開いた箇所の奥からある部品を取り出した。
実験機の心臓部。箱状になったその部品を開くと……中には秘宝の欠片が入っている。リリィはそれを取り出した。
それが最後の一つだ。他の欠片は既に残骸から回収してある。それら欠片を、リリィは丁寧に組み立てていった。
左右に分かたれた部品をくっつけ、頭と、胸と、腹。その三つをくっつけ……一つのスカラベに。
六つのパーツが組み合わさった時。そのスカラベ……【ケプリケペラ】が青緑の輝きをぼんやりと放った。
リリィはにっこり微笑むと、そのスカラベを自分の胸に押し当てた。
「さあ、お願い。私の体を元気にして。完全にして。もう二度と病気なんかに負けないように。ずっとずっと生きていられるように」
リリィの願いとともに、生命の神々が造りしスカラベ・ケプリケペラが光を放つ。
最初はうっすらと、徐々に光量を増し、やがて周囲を埋め尽くすほどに——!
光が収まると……リリィはそこに変わらず立っていた。
手の中にもう秘宝は無い。
だが己の中に満ちる、この力は、感覚は——
「ああ……ついに……」
リリィは確信した。
ついに物心ついてからずっと欲しかった物、諦め以前に希望さえ持たなかった物、自分達にとって真に必要な物が手に入ったのだと。
そんなリリィの後ろで。
Aグールアンムトの機体内から軋むような音が聞こえ、何かが外れる音が聞こえ……ぐしゃりと、四肢が、首が、力を失った。
秘宝の欠片により超常の能力を得ていた実験機は、心臓部の欠片を失う事で「死んだ」のだ。
命を得た操縦者の後ろで、顧みられる事もなく。
荒野を紅く染める美しい夕焼け。
それを眺めてリリィは感極まっていた。
誰よりも元気な、健康な体。
姉と共に緩慢な滅びを待つだけだった自分がついにそれを得た。
実験機に選ばれるというチャンスを掴み、そこからの意思と行動で。
ただ世話をされて息をするだけだったリリィが、意思と行動で明日を掴んだ。
この日、リリィは初めて勝った。
リリィは夕焼けに向かって叫んだ。そうせずにはいられなかった。
「お姉ちゃん! 私、もう大丈夫だよ! お姉ちゃんも私も、もう削れないよ、減らないよ! ずっと、ずっとだよ! 私、今から帰るからあ!」
荒野はどこまでも広かったけど、それを歩いて越えられると、リリィは確信していた。
「じゃあ私が送るわ」
その声が、リリィに優しく、しかし厳しく届いた。
「え……」
驚き、呆然として。
リリィは声の方へ振り返る。
残骸となった隊商の運搬機の、その陰から歩いて来るのは——
「ランさん? なぜ生きているの?」
ナーラー天王の代理人、女聖勇士のランだった。
鎧も服もボロボロだが、しっかりと歩いてリリィの目の前に来る。
彼女はSルビーフェニックスがグールアンムトに締め潰された時、脱出できていなかった筈。
つまり操縦席内部で圧し潰された筈だが……
「装甲に圧し潰されても耐える生命力があったから。バカバカしいかもしれないけど、単にそれだけよ」
不死鳥獣人のランは人間とは桁違いの生命力をもっている。その身に再生能力もある。
操縦席の板金に圧し潰され、全身に人間なら圧死しているほどの重圧を加えられながらも、それに耐えて隙間をこじ開け、潰れたフェニックスからなんとか這い出したのである。
流石に時間がかかったし、出た直後はまともに動けなかったが……今や傷は再生し体力も回復、生身で動く事に何の支障もない。
そんなランはリリィを厳しく見つめる。
リリィは困り果てた表情を見せた。生身では太刀打ちできない事ぐらい、彼女にもよくわかっているからだ。
「ランさん……ごめんなさい。私、どうしても生きたかったんです。死にたくなかったんです……」
涙ぐんで言いつつ、項垂れ、後ずさるリリィ。
「その言葉は本当だと思う。でもそのしおらしい態度は、また嘘なんでしょう?」
そう言うとランはリリィの片腕を、有無を言わさず掴んだ。
その握力を感じたリリィは抵抗が無駄である事を悟る。
ランは全滅した隊商を見渡した。
「これだけの商隊なら、探せば非常用の乗り物ぐらいあるでしょ。さ、一緒に行きましょうか」
無論、リリィの姉の所ではない。
本来なら無関係な隊商を全滅させた罪を問われるのだ。
設定解説
【Aグールアンムト】
不死型のケイオス・ウォリアー。Aは「琥珀」を現す記号。
爬虫類の頭部に馬の鬣をもつ機体。
この機体には敵のエネルギーを吸収する能力があり、これにより敵の弱体化と自己の回復を同時に行う。
吸収能力をもつのは鬣の中にある無数の触手と牙。
このどちらもが高速での再生を可能としており、戦闘中に損傷しても短時間で再準備が可能。
また地面を一時半液状化させて潜り、移動する事も可能。これによる奇襲攻撃を得意とする。
パワー・スピード・装甲強度に突出した点はなく、単純な戦闘力は六体の実験機の中では低い。




