16 獣の性 1
登場人物紹介
リリィ:魔王軍の残した実験機Aグールアンムトの操縦者。病の後遺症で最近まで動けなかった。体を完全に治癒させるため、蘇生の秘宝を求める。
アイル:魔王軍の残した実験機Aワールドハーミットの操縦者。滅んだエルフ国の元王。息子を生き返らせようと蘇生の秘宝を求める。
Aグールアンムトが隊商のいる所へ向かう。
だがリリィは途中、モニターのMAPに他の機体の反応を見た。
立ち止まって辺りを窺うと……小高い岩山の上にAワールドハーミットが立っている。
「あら、アイルさん」
リリィが明るく声をかけると、アイルの強張った声が返って来た。
『あれは……どういう事なんだ? ラン殿のフェニックスまで……』
ハーミットがいる高さからなら、先ほどの光景が見えたのだろう。
アンムトがランのSルビーフェニックスを締め潰す場面が。
リリィはアイルへ朗らかに話しかける。
「貴方が生き残ったんですね。やっぱりランさんには居なくなってもらって良かった」
そう言いつついっさい悪びれない。
自分が生きていた事を知っている、驚かない……そこが気になり、アイルは疑問になっている事を訊いた。
『私が助かったのも、君が……?』
Aヘブンベンヌのフルパワー光線を撃たれた時、いつの間にか別の場所に移動していた。
あの不可解な生存は、今でも納得がいっていない。
にこにこと、明るい笑顔で。リリィは元気よく答える。
「はい! 二人ともやられてしまったらアーロンさんが無傷で残ってしまいます。私もあそこから逃げる必要がありました。だから片方を置いて、近くにいた貴方を連れて逃げたんです」
僅かな沈黙。
そして訊いてくる、アイルの硬い声。
『私達三人を潰し合わせるために……か』
リリィは笑っていた。朗らかに。動じも崩れもしなかった。
「アイルさんも相打ちになってくれたら一番良かったんですけど……そこまで何もかも都合良くはいきませんよね」
少し、長めの沈黙があった。
やがてアイルの落ち着いた声で訊く。
『我々の戦いは競技や武道の試合ではない。ルールは無い。だが人を陥れる事はそれ以前の問題ではないのか? 人の道に外れては……獣だ』
言われたリリィは、ちょっと拗ねた。
「どんな問題なんでしょう? 私は知りません。私は弱いから、どうすればいいだろう……って考えてきました。それだけですよ? アイルさんは強いから私みたいにしなくてもいいだけじゃないですか」
強者と弱者で論理は違う。違うのだ。
そしてちょっとだけ、リリィの表情が沈んだ。
「私の両親は誰も陥れなかったけど、人の道にいる筈の人達は誰も助けてくれず、死んじゃいました」
ふっ、と唇が緩む。
「獣の、動物の道で私とお姉ちゃんがずっと生きていられるなら、それでいいです」
獣の、自然の摂理を「弱肉強食」と唱える者がいるが、それは違う。それは人の理論である。
自然は強弱を問わない。戦いを強いらない。
目的はただ己らの種を明日へ繋ぐ事のみ。
それが叶う手段が戦う事なら戦い、逃げる事なら逃げ、隠れる事なら隠れ、死ぬ事なら死ぬ。
己らの種が残るなら、強さなど求められもしないのだ。
そしてリリィにとって自分が属する種は、己の家族……今や己と姉のみなのである。
アイルは理解した。
(真に獣だったか。ある意味、勝利のために最も全力だったのかもしれないな)
小さく、溜息一つ。
『リリィ、君を討つ』
リリィは屈託なく微笑んだ。
「嫌です。死んでください」
戦いが始まった。
岩山の上からハーミットが魔術を放つ。両腕に光弾を生み出し、次々と撃ち下ろした。
アンムトは鬣の間から触手を伸ばす。無数の触手がどこまでも伸び、崖の上へと襲いかかった。
光弾がアンムトに当たる度、装甲表面で小さな爆発が起こる。アンムトは機敏ではなく、リリィに回避技術は無きに等しいので、光弾は次々と当たった。
だがハーミットも無傷ではいられなかった。触手も手数では負けていない。そしてそれは環形動物のような口で噛みつき、ハーミットからパワーを奪ってゆく。それらを薙ぎ払うため、ハーミットは剣を振り回す必要もできた。
徐々にハーミットが圧されてゆく。
吸収されるぶんエネルギーの消耗が激しい。
何より――Aヘブンベンヌとの戦いで、既にかなりの損耗があるのだ。
(このままでは敗れるか)
それを理解しつつも、アイルは落ち着いていた。
使う魔術を変えればいいのだ。
この世界の魔法戦士では、アイルは習得した魔術の数はトップクラスに入るだろう。すぐに次の手が浮かぶ。
光弾の発生が止まった。だが四腕のうち二本は魔力の輝きを掌にしている。別の魔術を準備しているのだ。
勢いづく触手を剣で斬り落とし、防戦に努める。
それでもダメージが重なり、あわや……という所まで追い詰められたが。
次の呪文が発動した!
途端にアンムトの触手は散らされた。激しい勢いに翻弄され、ハーミットを捉えられない。
竜巻が発生しているのだ……ハーミットの前面にいくつも、隙間なく列を作るほどに。
どれほど触手を繰り出しても、突風がそれを阻んだ。
この世界の魔術には「壁」を作る物がある。
炎、水、石、茨、光、闇……結界を建てる事により、敵や物の通行を妨害するのである。
アイルは「風の壁」を作り、触手の攻撃を防いだのだ。
そしてハーミットの腕に、次に電光が生まれる。
それを放つと、風の壁を通りぬけてアンムトを撃った。眩い稲妻がアンムトの装甲を焼き焦がす!
風の壁は物理的な物を妨げはするが、視界やエネルギーの通過には干渉しない。
さらに電光を繰り出すハーミット。一転、アンムトが追い詰められる状況となった。
電光を受けながら、アンムトはさらに触手を繰り出す。何本も、大量に。
それらは風の壁に殺到し、埋め尽くさんばかりに竜巻へ突入した。
だが……埋める事はできない。入っても入っても突風に散らされ、押し出されるのみ。侵入する物を常に排出する特性が風の壁の強みなのだ。
だが突然、触手が消えた。
そしてアイルはアンムトの姿が消えている事に気付く。
(触手でこちらの視界を遮り、逃げたのか。だがどこへ?)
触手が視界を遮ったのは一瞬である。だからそう遠くへ逃げる事はできない筈……岩山の上からなら姿が見える筈だ。
しかし影も形も無い。
アイルはモニターに周囲のMAPを映し、敵影が無いか確かめる。
アンムトは……いた。
ハーミットの至近距離に!
慌てて後ろを振り返るハーミットだったが、同時に触手が襲い掛かっていた。
剣で切り払いはするが、全てを防ぐ事はできず、何本かには絡みつかれ、先端の口に噛みつかれてしまう。
アンムトは、ハーミットと同じ岩山の上に、いつのまにか登っていたのだ……!
壁系の魔法は強力な結界だが、建てるともう動かせないという弱点がある。それゆえ普通の戦闘では使い難くもある――横に回り込んで接近できる場所では効果が薄いからだ。
『捕まえました』
嬉しそうなリリィの声が通信機から届く。
アイルは――
「そうだな。ならばこれを受けてもらおう」
そう言って、近づかれた時のための呪文を唱えた。




