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乙女ゲームは終了したのに帰れません〜ハッピーエンドの後に、ひとりぼっちになったヒロインですが、自分の力で生きていきます〜  作者: 国枝 志歩
学院編

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夏休み ヴァレンスとエステヴァン

 心配だった屋敷での生活は、意に反して順調だった。


 朝方の涼しいうちは庭の手入れ。

 昼と夜は厨房で料理の手伝い。

 

 「レース編みや、刺繍をなさったらいかがです?」

 マーサは渋い顔をするけれど、ハナは単調な作業はどうも性に合わない。

 手指は器用なので、学院の授業でも点数は取れるものの、すぐ飽きる。

 

 「部屋で一人ぼーっとしているのは嫌だ。手伝えばその間はマーサと一緒にいられる。」

 と訴えると、まんざらでもなさそうな表情になった。

 流石に掃除と洗濯は許してくれなかったけれど、料理や庭の手入れは「助かる」と腰を揉みながら言った。


 料理は楽しかった。マーサと一緒に食材を選び調理する。

 コンロやオーブンの使い方も覚えた。もちろん華の記憶も大いに役立っている。


 華の「元の世界へ帰る」という強い思いは変わらない。答えの見つからない今は心の隅に追いやって、気を紛らわすことに集中した。

 

 家に帰ってから、ハイレーナの気配が時折濃くなる。

 ふとした拍子にマーサを愛しく感じ、『母』と『父』を思い、胸が痛む。

 

 

 ある日の午後、庭に出て雑草を抜いていると、門の呼び鈴が鳴った。

 

「ヴァレンス様からお手紙です。お返事をいただけるなら待つと、使者の方が」

「わかった。すぐお返事するからお待ちいただいて」

 マーサから手紙を受け取ると、自室へ向かった。

 

 ヴァレンスの不器用な文字。

 

 「来週エステヴァンが領地へ旅立つ。王都の屋敷での見送りは伯爵家の目もあって堅苦しいので、最初の休憩場所を狙って会いに行かないか。馬はこちらで用意する。遠乗りのつもりでどうか」

 すぐに承諾の返事をしたため、使者に渡した。

 

 乗馬はヴァレンスに教わった。

 ハナは学院に入学するまで乗馬の経験はおろか、馬と接する機会すらなかった。

 ヴァレンスの教え方は乱暴な口調と裏腹に優しく丁重で、ハナはメキメキと上達し、乗馬が大好きになった。

 

 久しぶりに家から離れられると思うと嬉しい。

 馬を走らせれば気持ちが良いに違いない。

 

 エステヴァンに会えるのも嬉しい。

 彼は一番ハナを褒めてくれる人。甘い文句をさりげなく言ってくれる人。

 貴族とは名ばかりで、礼儀作法に自信がなかったハナを励まし、導いてくれた。

 今回を逃したら、エステヴァンに次いつ会えるかわからない。

 

 卒業前、二人で話をした時、

「次期当主として領地の貴族や私設騎士団に認められるよう努力しなければならない」

 と両手をしっかり握りしめ、エステヴァンは硬い声で言った。

 小さく息を吐いてハナに向き直る。

「将来のことを考えて、うんざりしなくなったのはハナのおかげだよ。ハナが領民は『私と同じ』だと言ったね。『領主とは多くの人を幸せにできる仕事だ』と。あれから変わったんだ。領民みんなをハナだと思えば、誰一人不幸にはしたくない。やりがいを感じるよ。ありがとうハナ」

 

 エステヴァンの人生にたくさん幸せが訪れますように。

 身につけられる物を贈りたいと思った。宝石やカフスは金銭的に限度があるし、暖かみが足りない。

 苦手だしベタだけれど、ハンカチに刺繍をすることに決めた。

 

 マーサと話し合って、ハンカチの四隅に小さく霞草(感謝)・ポインセチア(祝福)・ミモザ(友情)。そしてエステヴァンのイニシャル。贈る相手に思いを馳せながら刺すと違う、と知った。

 自分の名前も入れようと思案したけれど、マーサに止められた。

「いずれ、エステヴァン様も結婚なさいます。その時に他の女性の名前入りハンカチなど持っていられません。長くお手元に置いていただきたいのなら、無難な物がよろしいかと思います」

 

 ハナと知り合った頃、エステヴァンには「二度ほど会っただけ」の婚約者がいた。

 領地の有力貴族の娘だったらしいが、相手方に問題が起こって一年前破談になったはず。

 成人したエステヴァンにはすぐに新しい婚約者が決まる。遠くない未来には結婚するんだろう。

 

 本当に人生の新たな一歩を踏み出すんだなぁ。

 二度と会えないつもりだった五人の攻略対象たち。

 エンディングの後もまた、こんな風に会うことになるなんて。

 

 約束の朝、馬を二頭連れて迎えにきたヴァレンスを見て、ハナは悲鳴をあげた。

 右目の下に、真っ黒なアザがある。切れ長の、グレーの吊り目が精悍な印象を与えるのに、なんだか手負の獣みたいだ。左頬にも見事な擦り傷があった。

 

 苦笑いしながら頭をかいて、ヴァレンスが言う。

 「ああ、訓練が強烈で。いい男なのに台無しだろ?」

 心配ないとハナの頭をポンポンと撫でた。

 小柄なハナがヴァレンスと並ぶと肩口くらいまでしか届かない。ちょうどいい場所にあるらしいハナの頭をこうやってポンポンするのがヴァレンスのお気に入りだ。

 

「こんなだけど、俺、優秀なんだぞ。期待の新人だと。厳しいが、素晴らしい先輩方に鍛えてもらって楽しいんだ。充実している」

 とにっこり笑った。


 ヴァレンスが連れてきた馬は素晴らしかった。気立の良い雌馬でハナにもすぐなついた。

「家の厩で一番気立ての良い子だ」

 さすがは代々騎士の家系。兄弟も多いヴァレンスの実家には、良い馬が揃っている。

「さあ、行こうか」

 とヴァレンスの声に従って、馬に乗った。


 待ち合わせは王都を出て街道沿いを走り、最初の宿場町を抜けた先、小さな湖のある平野だという。馬のための水飲み休憩をする場所だと聞いた。

 王都の門を抜けて東の街道を走って行く。先に出たであろうエステヴァンの馬車を追いかける形だ。

 最初の宿場町を通り越した頃には太陽が真上に近くなっていた。

 ヴァレンスについて街道をそれ、田園地帯の小道をゆく。

 水路の巡らされた美しい村の先に小さな湖があった。

 その手前の広い草地に四台の馬車が止まっていた。櫓を組んで火を起こし、鍋で何かを煮込んでいる良い匂いが周辺に漂っていた。簡易な天幕が張られ、テーブルが設置されている。

 いち早くこちらに気づいたエステヴァンが手を振ってくれた。

 少し離れたところで馬を降り繋ぐ。

 侍従や従僕、騎士たちの会釈を受けつつ、ヴァレンスとともにエステヴァンの元へ歩いて行く。


 「やあ、よく来てくれた。ハナ、ヴァレンス」

 お決まりの手の甲のキス。お返しにベストの裾を摘んでお辞儀を返した。

 エステヴァンは元気そうだ。笑顔が眩しい。

「ハナ、今日の衣装もかわいいね。よく似合っている。ヴァレンス、盗賊と間違われそうな酷い顔だが、騎士の勲章といったところか」

 二人はガッツリと握手を交わす。野生児だったヴァレンスと有閑貴族のエステヴァンは、最初はよくぶつかっていたけれど、今はとても仲が良い。お互いに成長するうち認め合って、清々しい関係に落ち着いた。

「二人とも、昼食はまだだろう?少し早いが一緒にどうだ?」

「おうよ」

 エステヴァンに誘われて天幕の下のテーブルについた。侍従がパンと肉の煮込みを運んでくる。ハナは持ってきた包みを開いた。

「あのね、みんなで食べようと思って、ケークサレを焼いたの。こんなに素敵なお昼ご飯の用意がされてるとは思わなくて。ちょっと恥ずかしいけど、食べてくれる?」

「ハナが焼いたのか?」

「うん。夏休みの間少し料理を学んでみようと思って。マーサに習って作ってみたの」

「おお、なんか感動だな。ハナの手料理が食べられるなんて」

 

 一切れずつ皿に取り分けると、二人が口に運ぶのを心配そうに見ていた。

 二人とも、じっくり味わって食べてくれた。

「夏野菜のケークサレだな。トマトが入っているしバジルの香りがして、とても美味しい」

「おう、美味い。訓練中、小腹が空いた時とか最高だな。際限なくいける」

 

 メインの煮込みも美味しかった。エステヴァンが私たちのため、特別に用意させたのだろう。

 

「アドリアンも来たがっていたが、あいつは激務らしい。とても休みが取れる状況じゃないと。残念がっていた」

 ヴァレンスは王宮に勤務しているから、宰相秘書室にいるアドリアンを訪ねて行ったらしい。

「アドリアンならやりがいを感じているだろう。何しろ自分より優秀な面々に囲まれて、退屈する暇もないほど働くんだからな。あいつに向いてるよ」

「あいつ、メキメキ頭角を表しているそうだ。元々宰相閣下の後ろ盾で学院に入学してるからな。将来は宰相の右腕を狙ってるんだろう。俺たちも負けてられないな」

「そうだな。道は違えど、僕らはそれぞれの道で切磋琢磨する良きライバル。そして仲間だ」

「戦友。同志みたいなもんだな。次代のこの国を担っていく人材になるべくか。数年後が楽しみだ」

 ニヤリと笑い合う二人を見比べながら、ハナは自分一人置いてけぼりにされたような気分だった。

 

 そんな表情を読んだエステヴァンが優しい笑みを向けてくれる。

「それも、これもハナがいてくれたからだ」

「!?」

「一緒に過ごすようになったのはハナがいたからだもんな。じゃなきゃ、取り澄ました伯爵様も、秀才ガリ勉も平民商人、ましてや第二王子なんぞ関わり合いになりたいとも思わんかったぞ」

「そうだな。強いだけの粗暴な野生児もごめんだな」

「おい!」

 ひとしきり笑った後、エステヴァンが言う。

「ハナ、君と関わるうちに、肩書きや出自より人として見るようになったんだと思う。言葉や態度の裏に隠されていた本質を見ようとするようになったんだ」

 ヴァレンスが隣で頷いた。

 

 その時、侍従が出発時刻を告げにきた。

 天幕やテーブルを片付けている間、三人で湖畔を歩く。

 

「エステヴァン、元気で頑張って。遠くなるけれど、いつもエステヴァンのために祈ってるから」

 刺繍をしたハンカチを渡すと、じっくりと眺めたエステヴァン。

 花言葉を教えてくれた彼だもの。きっと思いは伝わっている。

「ありがとうハナ。大切にする」

 

 馬車の元へ戻ると、もうすっかり出発の準備は整って、あとはエステヴァンが乗り込むだけだった。


 寂しい。


「ハナ、笑って。ハナの笑顔で見送ってほしい。ハナの幸せを祈っているから」

 いつものように手を取って、口づけを落とす。

 

「おい、ウイレムに嫉妬されるぞ」

「いい、今日くらい許せ」

 

 スッと引き寄せられてエステヴァンの腕の中へ。

 

 そして彼は背を向けて馬車に乗り込んだ。


 御者の号令でゆっくり動き出した馬車。

 街道方向に向けて走り去るのを見送ったあと、ヴァレンスと二人、繋いでいた馬の方へ歩き出した。

「大丈夫かハナ?」

「ん。寂しい。エステヴァンにもう二度と会えない気がする。アドリアンもエステヴァンもヴァレンスも急に大人になったみたい。みんないなくなってしまうんだもの。私一人が置いてけぼり」

「そうか。でもハナはそのままでいいんだ。学院生活はあと一年ある。十分楽しむんだよ。俺たちが卒業したから寂しくはなるだろうが、オットーがそばにいるだろ?大人になるのは急がなくていい」

 ハナの様子を伺って一呼吸置いた後、ヴァレンスが再び問いかける。

「ウイレムとは会えないのか?」

 目を逸らして小さく頷く。

 会えない覚悟はしていたし、それについても卒業前にたくさん話し合った。

 それにあの頃は、卒業パーティが終われば元の世界に帰れるつもりだったから深く考えなかった。

 押し殺していた寂しさが蘇る。

「あいつは口だけの男じゃないよ。責任感だって人一倍強い。自分の立場もよくわかっている。そういう奴がハナを正式な形で迎えに来ると約束したんだから信じて良い。信じてやりな。ヤツの迎えを待っている間、ハナは今しか出来ないことを十分楽しめばいいさ」

 そう言って頭をポンポンと優しく叩いた。

 

「帰りは街道を避けて行こう。散歩を楽しむ感じで」

 

 ヴァレンスがひらりと馬に乗った。ハナもそれに続く。

 

 抜けるような青空がどこまでも広がっていく。

 

 湖の辺りを離れると、田園風景の中を王都の方向に向かって行った。


最後までお読みいただいてありがとうございます。

エステヴァンとヴァレンスだったら、どちらが好みですか?

私はどちらかというとヴァレンス。アニキキャラですかね。


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