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乙女ゲームは終了したのに帰れません〜ハッピーエンドの後に、ひとりぼっちになったヒロインですが、自分の力で生きていきます〜  作者: 国枝 志歩
学院編

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侯爵家のお茶会と決意

 執事が椅子を引いてくれて、そこへ腰掛ける。

 アメリア様の合図で、紅茶が振る舞われ、色とりどりの菓子がテーブルに並んだ。

 

「アメリアから君を招待すると聞いてね。事件のその後を話しておこうかと思ってね」

「はい。ありがとうございます。気になっておりました」

 

 公爵様は紅茶の香りを楽しんで、口に含む。

 一瞬だけアメリア様へ柔らかい視線を送った。

 

「さて、おかげでテグナ子爵はしっかりと捕まえた。フレデリカの飴から成分を分析できたから、動かぬ証拠となった」

 フレデリカは子爵に無断で薬草を持ち出していた。

 

 「子爵は領地没収の上、国外退去になった」

 

 フレデリカと子爵夫人は親戚預かり。

 ディミトリは今までの行動も問題視され、伯爵家の領地で蟄居。

 

「廃嫡にもならなかったのですもの。甘い、と思いますわ」

 とはアメリア様。

 

「そうだね。未遂とはいえれっきとした貴族令嬢に暴行を働いた。本来なら廃嫡、強制労働に処されてもおかしくない。ただエレブルー伯爵家だから、その辺りは政治的な判断が優先される」

 

「借りはしっかり作ったから、そのうち利用させてもらう」

 と言った時の表情はさすが、治安部の長をおさめるに相応しい強者の顔だった。


 

 テグナ子爵はエステヴァンの領地を我が物にしたいと狙っていた。

 エステヴァンの婚約者の家を陥れ、婚約破棄、娘を嫁がせ、実権を握る計画だったという。

 エステヴァンを気に入っていたフレデリカは積極的だった。ただエステヴァンは彼女に冷たかった。

 

「あの女のせいよ。私のこと、悪く言ったに違いないわ」

「ちょっと見た目が可愛いからって、取り入って」

 

 事情聴取の時に喚き散らしたらしい。思い出した公爵が顔を顰めた。

 

「逆恨み、ですわね。ご自分のことはお気づきにならないのね」

 アメリア様がハイレーナをチラリと見た。

 

「ハイレーナ嬢を貶めるため、ディミトリをはじめ取り巻きたちを総動員したようだ。テグナ子爵も承知の上だ」



「それにしても、あなたは怖いお友達を持っていますね。アドリアン。若いけれど彼は優秀だ」

 アドリアンがシェルビニ公爵に初めて接触した時の様子を教えてくれた。

 

「テグナ子爵を捕まえたくはありませんか」

 城の廊下で呼び止めていきなりそう言ったらしい。

 「情報を持っているなら速やかによこせ」

 と脅しに近い口調にも、平然としてねじ込んだ。

「僕は優秀です。使えますよ。しばらく治安部に出向という形で情報共有してください。」

 

 

 「アドリアンは、誇りに思える素晴らしい友人です」

 ハイレーナは胸を張って答えた。

 

 紅茶を飲み終えると公爵は立ち上がった。

「では、私はこの辺で失礼しよう。アメリア」

 アメリアの手を取ってキスを落とす。

「公爵様」

 アメリアに倣ってカーテンシーで頭を下げる。

 

 シェルビニ公爵を見送って再びテーブルに戻ると、新しいお茶が注がれた。

 


 アメリア様はいつもの無表情に戻った。

 目の前のお菓子はとても美味しそうだけれど、手が出せない。

 沈黙の中、アメリア様がカップを置くのを待つ。

 

「お手紙拝見しました。少しはご自分のことをお考えになっているご様子。どのような心境の変化なのですか?」


「アメリア様。まずはお礼を言わせてください。助けていただいたこと、また、厳しく叱っていただいたこと、感謝申し上げます。卒業してから、やっと自分の将来について、真剣に考えなければと思い当たりました」


「遅きに失する、ですわね」


 いつものアメリア様だ。


「あなた、ご自分がどんな立場かお分かり?学院内でのあなたの評判はひどい物です。「ふしだらな女」ですのよ。フレデリカ嬢のことは同情に値しますけれども。それにしても」

「はい」

「学院の評判はそのまま社交界の評判。この先あなたにまともな縁談があるとは思えません。社交界で人脈を広げることも難しいでしょう」


 よくわかっています。ウイレムの件も致命的ですよね。

 

「あなたのお父上はハロルド・デ・ヴァロネス博士ではありませんか。アルバード賞を僅か19歳で受賞した天才。あなたの行いでお父上の評判まで傷つけるのですよ。自覚がおあり?」

 

 ハイレーナは椅子の上で小さくなる。

 父がそれほど有名だとは――正直考えたこともなかった。

 

「あなたの成績は悪くないものの、凡庸。それにあの悪評がついていれば、侍女や家庭教師としても雇ってくれるところは無いでしょう」


 おっしゃる通りです。ぐうの音も出ません。

 

「貴族には分というものがあります。地位や贅沢な暮らしを甘受する代わりに、領民や国民に対する義務と責任があるのです。その立場に相応しい人格と教養を持たなければならない」

 

 そこで一息ついたアメリア様は紅茶を一口飲んだ。

 一際静かな口調で続けた。

 

「無自覚のあなたがウイレム殿下と結婚しても、良いことは何もなかった」


「彼らは次の世代の国を背負ってゆく重要な人材です。あなたの都合でどうこうして良い方々ではありません」

 

 コテンパンにやっつけられた気分。

 その通りです。反論のしようもありません。

 

 が、それだけでは、会いに来た意味がない。

 何から話そうかしばらく考えを巡らせる。

 

「私の母は学院に入る半年前に亡くなりました。それから父とは顔を合わせることがありませんでした。有能な博士かもしれませんが、私にとっては娘を顧みない冷たい父親でした」

 

 アメリア様の目に僅かな驚きの色が宿った。それには構わず話を続ける。


 「学院にいた頃の私は自分勝手で、礼儀知らずで、自分の寂しさばかり。優しくされることで満たされるなら、他のことはどうでもいいと思っていました。父との関係も、向き合おうとせず逃げていた。自分ばかり辛い目に遭うと、思っていました」

 

 それから、卒業した日に父が待っていてくれたこと、母のことを含めたくさん話し合ったことなど伝えた。

 

「父と話して、やっと将来に目を向けられるようになりました。それで、何がしたいか真剣に考えたんです」

「子供の頃に好きだったこと、子供の頃に夢見ていたこと」


 そう、ここ数週間心にあたためていた夢。

 初めて他人に告白する。


 「父と同じ、研究者になりたい、と思いました」

 

 アメリア様が息を吸い込む。

 そして黙ってハイレーナを見つめた。

 

「とても難しいことは理解しています。でも、ウォードを使った物づくりがしたい。私の頭の中にはたくさんのアイディアが詰まっているんです。ひとつでも製品になったらどんなに素敵か。それを使ってもらえたら!」

 

 一息で言った。

 

 アメリア様は扇子で口元を隠し、探るようにハイレーナの目をじっと見ている。

 そして、ふーっと息を吐いた。


「大変な夢ですわね。実現できるかどうかもわからない、茨の道ですわよ」

「はい。今から勉強し直すことも、国家試験に合格することも、女の身で研究者になることも大変難しいのはわかっています。それでも!何年かかってもいい。髪を振り乱して打ち込んでみたい」


「そう。そこまでおっしゃるなら」

 そこで扇子を置いた。

「ぜひ有言実行なさいまし。見届けさせていただきますわ」


 初めてアメリア様がハイレーナに微笑んだ。

 

「なんだか、少しあなたが羨ましくなりました」

「えっ?」


「ご存知とは思いますが、わたくしはシェルビニ公爵様と結婚が決まっております。家同士が決めた政略結婚。わたくしに選択の自由はありません」

「夫となる人を支え、嫁いだ先の領地を守り、代役も務められるよう精進すること。それが貴族の娘としての責務ですから」

 真っ直ぐな眼差し。

 

「でも、あなたは自由ですのね。自分の将来を自分で決めることができる。あなたさえその気になれば、やりたいことを全て実現させる可能性がある」

 

「あなたの本気、見せていただきますわ」


 アメリア様は綺麗に片眉だけ持ち上げて見せた。


最後までお読みいただきありがとうございました。

第一部、学院編 完了です。

第二部はハイレーナが研究者になるため七転八倒するお話です。新たな登場人物と学院時代の仲間と家族。これからのハイレーナの成長を見守っていただけると嬉しいです。


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