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乙女ゲームは終了したのに帰れません〜ハッピーエンドの後に、ひとりぼっちになったヒロインですが、自分の力で生きていきます〜  作者: 国枝 志歩
学院編

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10/35

冬の名残り ウイレムと

 3月。

 肌寒い朝が続くけれど、日中は暖かい。

 週末は必ず屋敷に戻ってマーサと料理をし、サロンの暖炉の前で暖かいお茶を飲みながら、編み物や本を読んで過ごす。

 そのゆったりした時間が心の拠り所になった。

 気を張らないで本来の自分に戻る時間。

 

 屋敷を出たのは午後の遅めの時間だった。寮へ帰るため乗合馬車の駅へ向かって歩く。

 この辺りは王家の森が近いせいか、緑の方が多いくらいで、人通りは少ない。

 暮れなずむ風景を見ながら、これから始まる1週間を思って憂鬱な気分を押し殺す。

 と、後ろから走ってくる馬車の音が響いてきた。

 ハナは避けようと道の端へよる。

 勢い馬車は回り込むようにハナの前で止まった。

 驚いて立ち竦むハナに降りてきた2人の男たちが足早に近づいてくる。

 

「失礼」

 

 そのまま有無を言わせぬ手つきで腕を取られ、馬車の方へ連れてゆかれる。

 一瞬の出来事だった。声が出ない。足だけは僅かに抵抗するが、男2人の力には敵わない。

 食いしばった歯の間から悲鳴が漏れそうになった時、馬車の扉が開いて内側から見知った声が聞こえた。

「ハナ、乗って!」

「ウイレム!」

 

 後ろから押されるように乗り込む。

 扉がパタンと閉まり、二人残された。

 

 ウイレムは中腰になってハナを抱きしめた。

「ああ、ハナ!会いたかった」

 しばらくそうしていたけれど、深いため息をついて、ウイレムの腕が離れてゆく。

 導かれて席に座る。

 

「ウイレム、どうしたの?」

 

「ごめん、こんな形で強引に引っ張り込んで。こうでもしないとハナに会えなかった」

「何かあったの?色々うまく行ってないの?」

 

 卒業まえに語ってくれた計画。

 王位継承権を放棄して、兄を支える臣下として公爵へ降下する。

 降格すれば、しがない男爵令嬢と結婚するのも可能だろう。

「今は反対意見が多くても、なんとかして見せる」

 

 その時、ハナは耳半分で聞いていた。

 卒業パーティのパートナーとして出席し、ダンスを踊ればそれで終わりだと確信していたから。

 

 こうして王子然と装うウイレムを目の前にすると、その計画がいかに無謀で、実現するのが難しいのか実感する。

 住む世界が違うのだ。学院の、同じ制服を着ていた頃とは違う。

 

 ウイレムは眉を顰めて俯いた。頭を抱える。辛そうに見えた。

 そして、もう一度深いため息を吐いた。

 

「ハナ、あれから色々とあったんだ。国に関わることだから詳しく話せないのだが。本当に色々なことが起こって。僕はずっとハナに会いたかった。話をしたかった」

 

 ハナの頭に御用聞の噂話がよぎって消えた。

 あれが本当に起こったのだとしたら……。

 

 ウイレムが手を出してハナの両手を握る。

 

「ハナは、初めて僕を王子としてではなく、ウイレムとして見てくれた」

 ウイレムの空色の瞳がハナを見つめる。

「僕は兄上とは違う良さがある。比べることも、真似する必要もないのだと」

 

 

 嫌な予感がする。別れの挨拶の前触れみたいだ。


 

「ちょっと意地悪で、皮肉っぽい。けど面倒見がよく、責任感が強くて頼れる人だと言ってくれた」

 ゆっくり一言一言区切って喋る。

 

「僕の知らない良さを教えてくれた」

 

 出会った頃、兄のオリビアン王太子と常に比較され、捻くれていたウイレム。

 それは、彼が誰かに言って欲しかったことだった。

 

 華がこの世界に来た頃は、立場に縛られる人が多くてうんざりしていた。

 王子がなんだ、侯爵がなんだ、その前に一人の人間じゃん。と思っていたから。

 身分制度って、今以上によくわかっていなかった。

 

「僕がどれだけ嬉しかったか、きっとハナにはわからないだろう」

「僕を人として見て、好きだと言ってくれる女性こそ側にいて欲しいと思った。そのためになんでもするつもりだった」

 

 ああ、やっぱり別れの挨拶なの?

 

「しかし、状況が変わってしまった。僕一人の問題じゃなくなってしまったんだ」

 

 そして、ウイレムは呼吸を整えた。目を閉じて一息に言った。

 

「本当にすまない。君と結婚できない」

 

 ……やっぱり。

 

「わかってくれとも、許してくれとも言わない。ただ、自分の口から君に直接伝えたかった。ハナ、僕の心は君のものだ。けど、この国のために君と結婚することはできない」

 

 どこかで結末がわかっていたような気がする。

 そうだよね。

 ゲームのエンディングは過去のもの。ハッピーエンドは終わりじゃなかった。帰れなかったんだもの。

 ゲームに続編がある設定なら、ハナはもう出番がないのだろう。

 

 みんな離れてゆく。

 私だけが学院に、世界に取り残されてゆく。

 体の力が抜け切って、空っぽになった感じ。

 もうどうでもいい。何も考えられない。


「……わかりました」

 

 そう絞り出した時、明らかにほっとした表情のウイレムが目に入った。

 ウイレムは握った手に力を込めて言った。

「愛しているのはハナだけだ」

 

 ――想像以上に、何も感じない自分。


 だから何?それでも捨ててゆくことには変わりない。

 私が失ったのは、あなたの愛だけじゃなくて、元の世界に戻れる可能性。

 

 ハナはそっとウイレムから自分の手を引き抜いた。

 

「何も言ってくれないんだね」

 

 捨てないでって泣いて縋って欲しかった?

 私も愛してるって言って欲しかった?

 

 泣いて、嫌だと言ったところでウイレムが決意を翻すわけじゃない。

 そのくらい分かる。

 

 でもあなたの立場も理解しているから、諦めるって言って欲しい?

 

 そこまでお人よしじゃない。

 

 麗しの王子様。

 さようなら。

 

 

「もう、いいんです。帰ります。降ろしてください」

 

「ハナ!」

 ウイレムの整った顔が泣き出しそうに歪んだ。


「…………わかった」

 


 ウイレムは馬車の扉を叩いた。

 外から先ほどの男の一人が扉を開ける。

 降りるハナに手を差し出してエスコートしてくれた。きっと王子付きの護衛騎士だろう。

 

 開いた扉の奥からウイレムの視線を感じたけれど、ハナは頑なに振り向かなかった。

 考えることは山のようにありそうなのに、何も浮かばなかった。

 

 護衛騎士が渡してくれた自分の荷物を受け取って、まっすぐ乗合馬車の駅へ向かって歩き出した。


最後までお読みいただきありがとうございます。

ついにウイレムも…

これからの『ハナ』をどうぞ見守ってやってください。

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