第二十五話 帰ってきた我が家
口元に布を巻き、帽子を深くかぶって馬に乗る二人組がいた。
何を隠そう。俺とメノてある。
ブーケルマを倒したあと、俺たちは治療と同時に状況説明が求められた。
俺はブーケルマが子供を誘拐していた犯人であり、彼奴が暴れた為応戦、そして殺した事を説明した。そして、一部は理解してもらえた。
ブーケルマが子供を誘拐していた事は、子供達の証言と、行方不明の子供の特徴と一致した上半身が見つかった為、信じてもらえた。
たが、よく分からん化け物がブーケルマ本人で、ブーケルマの一族がオーガの血を引いている等の事は信じてもらえなかった。
彼奴は死んだ後もオーガの姿から戻らなかったし、化け物に『領主様だぞ!』と言われたような気がする者もいたが、正直ちゃんと覚えては居ないらしい。
それもあって、前世なら、DNAだの何だので分かったかもしれないが、この世界では死体がブーケルマ本人かを確認するすべが無かった。
そして、俺達は一旦軟禁された。
まぁ、一夜にして色々起こりすぎて、領主も居なくなって、大変だから仕方が無いとは思う。
だが、ようやく家に帰れるようになった俺にまだ暫く待機していてくださいと言うのは、ちょっと無理があったよね。
だから、その日の夜に抜け出し、あの青年とお爺さんの家から荷物を持ち出し、俺達は逃げた。
で、途中で馬を買って、念のために顔隠す用の布と帽子を買って、今この状況というわけである。
「…ジル、大丈夫?あの日からずっと痛がってたり、体調悪そうにしてるけど。」
「…まぁ、大丈夫です。それよりも、後もう少しなので、早く行きましょう?」
「うん………コホッ…」
…メノも咳か。
この周辺は風邪になりやすいのかな?
そうしてその日から約三ヶ月。
俺は街に帰ってきた。
慣れた景色。懐かしい匂い。
まるで、上京してから初めて実家に戻った時のような。
…俺はそんな事を経験したことが無いから分からないが、そんな気分なんだろう。
「……花屋だ…肉屋だ…武器屋だ…髪飾りの店だ…帰ってきたんだ…帰ってきたんだ!」
俺の目は痛みや疲労を忘れ、生気を取り戻した。
その目には少し涙が滲んでいた。
「へ〜ここがジルの生まれた所?」
「正確にはここから少し行った所にある小さな村です。」
「じゃあ、そこまで急ごうよ。早く帰ってあげなきゃ。」
「そうですね。…じゃあ、飛ばしてください!」
「行くよ!」
俺達は人通りが少ない路地に回り、馬を全力で走らせて村へと入った。
うちは村の中心部からは離れた所に家が有るので、人通りが無いところを風を切って走った。
「………ここだ。」
昔よく登ってた木。
姉さんがよく素振りをしてた庭。
初めて魔術が使われてるのを見た洗濯物干し。
俺の部屋の窓。
間違いない。ここは、俺の家だ!
俺は恐る恐るドアをノックした。
「………あれ?」
返事がなかった。
「おかしいな…母さんはともかく、マーがリアは家に居そうなものだけど…」
「…食料調達に行ったんじゃないかな?」
「いや、だとしても…」
その時、たまたまドアノブに手を伸ばした。
その扉には鍵がかかっていなかった。
「開いてる!」
ギギギギギ…と錆びた音を立てて扉は開いた。
「…え?」
部屋には埃が舞い、地面を踏むと埃の足跡が着いた。
あったはずの椅子は無く、テーブルも無い。
棚も無く、明らかに俺が知っている家では無かった。
…とても人が住んでいるようには思えなかった。
「…父さん?…母さん?…姉さん?…マーガリア?…皆?何処?」
「……ジル!多分家を間違えちゃったんだよ!
多分そうだよ!しばらく帰ってなかったんだしさ、街並みが変わっちゃってもしょうがないよ!」
俺は口を開いた。
「……街の名前は、たかが一年で変わりますか?」
「…え?」
「……街の店も、家も、思い出すらも、そっくりな街があると思いますか?」
「…無いよ。」
「そう。…無いんですよ。
ここは間違いなく家です。
………僕は、置いていかれちゃったんです。
居なくなったんですよ。家族を装う部外者が。」
「でも、それは違うってジルが!」
「そうです。僕が言いました。
…言ったのは、彼らでは無いです。」
「そんなの…そんなのあんまりだよ!」
「まぁ、別に死んだ人間には普通気を使いませんから。
思い出したくないから引っ越すこともあるだろうし、単純に引っ越せざるおえない理由がある可能性も有りますからね。」
「…じゃあ、追いかけようよ。私達には馬が居る!追いかけたら、十分追いつけるよ!
誰が行き先を知っていそうな人は居ないの?」
「…多分、両親について行ってると思いますが、両親のパーティーメンバーなら、何か聞いてるかもしれないですね。」
「じゃあ行こう!直ぐに行こう!」
メノは俺を無理やり担ぎ、街の方へ駆け出した。
「彼処の料亭の隣が彼らの借りてる家です。」
しかし、その家はノックをしても人が出てくる気配は無かった。
「…やっぱり居ないですよね。」
「か、借りてる家なんでしょ?なら、持ち主は別に居るよね!その人に聞きに行こうよ!」
そして、隅の立て看板に書いてあった住所を訪ねてみた。
「んあ?あの家の前の借主の行き先を知りたい?」
「知りませんか?」
「知らないよ。
…あ、そう言えば、一部忘れ物があったんだよ。念のため取っといて忘れてたんだけど、ついでに持って帰ってくれ。」
そう言って、いろいろ渡された。
「片方だけの靴下…うぇ臭っ!
黄色いハンカチ…シワシワ…。
シミだらけの何かの紙…あれ?これ手紙か?」
一旦、元家に帰って整理していると、一つの手紙を見つけた。
「うわ…殆ど読めない。」
液体を溢した紙はシミになるだろ?そんな感じのシミと、滲み、破れたこの手紙だった物は解読がとても困難だった。
たが、手がかりがこれしか無かったので、俺達は必死になって解読した。
「マーガ◯◯アより……差出人はマーガリアか。」
「日付は……多分今から一年以上前に出された手紙だね。」
「じゃあ、僕が逸れたのと同じ時期なので、手がかりありそうですね。」
その後も俺達は懸命に解読をした。
すると、其処には奇妙な文が現れた。
「…バリー・アストレアの血が途絶えた事をご報告致します…?」
「このバリーアストレアって…」
「父です。」
血が途絶えた?どういう事だ?
そのとなりには完全に読めない文字が並んでいた。
その後、俺は暫く熟考して、一つの答えを出した。だが、俺はその答えを信じたくなかった。
だが、このシミの理由が、涙なら、差出人が父や母ではなく、マーガリアなのは。
「……ッ……これは、隠語です。
恐らく、直接的な意味は、『アストレア家は全滅した』という意味です…!」
「!」
血が途絶えたと言うのは、父の遺伝子を残せなくなったと言うこと。
つまり、父の遺伝子を受け継ぐ、姉さんも死んだという事だ。
更に、仕事仲間として長いことやって来た父の死を、何故配偶者でなく、マーガリアが書いたのか。
隣に書かれていた読めない文字は3か4行分ほどだった。
これが、亡くなった人の名前なのだとしたら!
「死んだんだ!
皆はもう!この世には居ないんだ!」
なんでマーガリアだけが生き残ったのかは知らない。
もしかしたら、あの後に盗賊が仕返しをしに来て、重傷を負い、そのせいで間接的に皆亡くなった。だからマーガリアだけ生き残ったのかもしれない。別にマーガリアが、無傷だとは何処にも書いてないのだから。
だが、この手紙にはそれしか書いていなかった。
外は雨が降りだし、雷鳴が轟き出した。
蝋燭が消えた暗い部屋で、俺はただ座り込むことしかできなかった。
立ち上がろうと思っても、膝から崩れ落ちた。
泣き叫ぶことができたら楽だっただろう。
俺は、狂うことすらできなかった。




