2 疑念
ブレイドとアイリスのダンスが終わり、会場内が拍手に包まれた。
二人で参加者達に向かって頭を下げた後、ブレイドはアイリスと共に歩き出そうとしたが、こちらへ向かって歩いてくるドレイクの姿を見て、立ち止まった。
公の場で、ラドリス帝国の皇族同士が争うわけにはいかない。
それはドレイク自身も理解している筈。
ドレイクがブレイドのことを嫌悪していたとしても、それを避けるのではなく、公の場で体面的にきちんと彼からの挨拶を受けるべきだ。
そう考えてブレイドがアイリスへ視線を向けると、アイリスにもブレイドの考えが伝わったのか、ブレイドを見上げて小さく頷いた。
ブレイドとアイリスの後ろに、ルイスとエマが静かに立った。
それを見とめながら、ドレイクはブレイドとアイリスの前に立ち止まると、二人を見下ろした。
二人で自分たちよりも背の高いドレイクを見上げる。
ドレイクがどういう行動に出るか……。
周囲の視線が集まる中、ドレイクは右手を左胸に当ててブレイドとアイリスに向かって頭を下げた。
「金眼の天使、アイリス・クレディ。そして、ブレイド・アレクシアン皇太子にご挨拶申し上げる。」
「「……!」」
先日とは全く違う態度で、恭しく頭を下げるドレイクに、ブレイドとアイリスは目を見開いた。
高圧的な雰囲気は一切なく、皇族らしい、凛々しい姿だった。
ドレイクは顔を上げると、アイリスへ視線を向けた。
「先日の制限撤廃の件、人族たちの意見を聞き入れてくれたこと、感謝する。金眼の天使としてアイリスが声明文を出したことで、人族の者たちも現状を理解する良いきっかけになっただろう。」
「……勿体ないお言葉です。」
アイリスはドレイクに向かって頭を下げた。
ドレイクの視線が、今度はブレイドへと向けられる。
「ブレイド。皇太子就任と、金眼の天使アイリスとの婚約、おめでとう。」
「……ありがとうございます。」
ブレイドは、右手を左胸に当てて頭を下げた。
先日ドレイク自身の口から出た本心を知っているが故に、彼のその行動の真意を探ってしまう。
単なる体面を意識したものだけならいいが……。
「女神信教による、黒竜への思想があったにも関わらずこういった場を設けるのは、心身共に負担となったことだろう。帝国の国防力、そして皇帝であるゼインへの信頼がなければ成り立たない。改めてお前の器の大きさを理解する良いきっかけとなった。」
ドレイクはそう言って微笑みながら、また頭を下げた。
彼のその真摯な言動に、周囲の空気が一変するのがわかった。
ドレイクへ向けられていた帝国貴族たちの疑念の眼差しが、好意的なものへと変わる。
しかし、彼の本来の性格を知っている者たちは、険しい表情のままだった。
「(一体何を考えている、ドレイク……)」
ゼインがドレイクの様子を眺めながら、静かに目を細めた。
社交の場に殆ど出ることのないドレイク。
過去に彼が社交の場に出たのは、ゼインと皇太子争いをしていた時だった。
父である皇帝が、皇太子を選ぶためにゼインとドレイクのどちらが将来皇帝になるのが相応しいか、政務官、官僚を巻き込んで競わせた。
その当時、ドレイクが自身の支持者を増やすために行っていた社交の場での言動と、今回の言動は酷似している。
「帝国内で権力を握るつもりか?しかし、何の目的があって……」
ゼインが眉間に皺を寄せながらそう呟くと、ゼインの後方に立っていたロナルドが、耳元に顔を寄せて言った。
「心眼を使ってもよろしいですか?」
「…………」
ロナルドの言葉に、ゼインは暫くの沈黙の後、小さく頷いた。
ドレイクの息子であるロナルドに重荷を背負わせたくない、という思いから、なるべく彼に心眼を使わせたくはないが、ここ数日のドレイクの言動を考えると、疑わざるを得なかった。
「……すまない、ロナルド。」
ゼインの謝罪に、ロナルドは頭を下げた。
ゼインも、ブレイドと同じで、冷酷になれない一面がある。
それが分かっているからこそ、心優しい者たちのためにロナルドは冷酷になれる。
多くの者たちの汚い心を見てきたからこそ、分かる。
「(……血縁など、信用に値しない。)」
ロナルドは一度目を閉じて、ゆっくりと息を吐くと、深海色の瞳を光らせた。
そして、ドレイクを見据える。
父上は、一体何を企んでいるのか……。
心眼が広がり、そしてドレイクの心を捉える。
そして……
――……ギンッ!!
「っ!!」
突然ロナルドの目に激痛が走った。
そのあまりの痛さに両手で目を覆い、ゼインの座る玉座の後ろで膝をつく。
「ぐっ……!」
「ロナルド……!?大丈夫か!?」
ゼインが顔を向けて問いかけるが、ロナルドは片手で両目を覆ったまま床に手を付いて荒い呼吸を繰り返すので精一杯だった。
「だ、だいじょうぶ、です……っ」
なんとか絞り出すようにゼインに自身の無事を伝える。
「(何が起きた……!? 心眼が弾かれたのか!?)」
ロナルドは混乱する頭で必死に思考を巡らせた。
過去にブレイドから心眼で覗かれぬよう弾かれたことがあったが、このような痛みを感じたことは一度もなかった。
玉座の裏で苦しむロナルドの様子を、静かに横目で見ているドレイク。
ゼインは、ドレイクを睨んだ。
「(ロナルドに心眼で覗かれぬよう対策をしていたか……)」
「…………」
ドレイクは、ロナルドとゼインから視線を逸らし、深海色の瞳をブレイドとアイリスへ向けると、ゆっくりと口を開いた。
「以前から、他種族国家を名乗りながらも、人族や女神信教との接点が少ないことが気がかりだった。しかし、この誕生祭を通して双方との親交が深められるならば、将来的に宗教国家ディアロスとの協力関係も望めるかもしれんな。」
「…………」
「この幸先のある未来への第一歩をこの目で見れたことを嬉しく思う。」
そう言って口角を上げたドレイクに、ゼインが目を細めるのが見えた。
本来なら、こういった内容は皇帝であるゼインがすべきこと。
それに、今回の誕生祭は、金眼の天使であるアイリスと女神信教徒である国の王達が接触することに意味を持たせているだけで、帝国内に女神信教が深入りすることをゼインは求めていない。
それを独断で、まるで自身が皇帝だというような態度で勝手に発言したドレイクの傲慢さ。
何人かの帝国貴族は、皇族の不穏な空気を察して、玉座から立ち上がったゼインと、楽し気に横目でゼインを見ているドレイクを見ていた。
パチパチパチ……
突然、会場に拍手する音が響いた。
音のする方へ顔を向けると、一人の人族の男が拍手をしながらゆっくりとこちらへ向かって歩いてきていた。
「素晴らしいお話だったぞ、竜族の君。」
シャンデリアの灯りにも負けない、鮮やかな赤い髪。そして、漆黒の瞳。
襟足の長い髪は下の方で束ねられ、彼が歩くたびに優美に宙を泳いだ。
その男は、ドレイクの前で立ち止まると、彼を見上げて笑みを浮かべた。
「まさか、ラドリス帝国の皇族に、俺たちに対して好意的な者がいたとは思わなかったなぁ。」
男はそう言うと、アイリスに向き合った。
漆黒の瞳が、アイリスの姿を映す。
"俺たち"
その言葉で、彼が宗教国家ディアロスの者であることが分かる。
アイリスの隣に立っていたブレイドの眼差しに僅かに力が入った。
ルイスとエマも平静を装ったまま男を警戒する。
しかし、その男はブレイド達のそんな様子を全く気にすることなく、アイリスの金色の瞳を見て幸せそうに微笑むと、右手を左胸に当てて、アイリスに向かって頭を下げた。
「お初にお目にかかります、金眼の天使様。お会いできて光栄でございます。」
「……貴方は……?」
アイリスが問いかけると、男はゆっくりと顔を上げた。
「俺は、宗教国家ディアロス 第三十八代国王 アデル」
「!」
「女神信教の教祖であり、女神様が唯一愛したと言われる男――ディアロスの血を受け継ぐ者だ。
……以後、お見知りおきを。金眼の天使、アイリス・クレディ様」
そう言って男――アデルは、アイリスを愛おしむように笑みを浮かべた。




