08-008-01 俺君剣聖二才、コップに水を
獣脂の焦げる匂い、人を値踏みする多数の視線。
そんななんともいえない店のウエスタンドアを開けて俺君達三人は入ろうとする。
「あ、お帰りなさい。剣聖ライエンさん」
可愛らしい声が聞こえた。
──マドレス。この港湾都市レンクールにある『バー&イン 三本松』のウェイトレス兼用心棒。
革のチョッキとスカートでの上に、エプロンをかけている若い女の子である。背丈はアリムルゥネの腰程度だ。
──それにしても。
「おおおおお! アリムルゥネ、ルシア! マドレスさんが俺の事を覚えておいてくれた!」
──ううう、俺君感動!
「良かったですね、お師様。ただいま、マドレスさん」
「今帰ったぜ、飯だ、マドレス」
「わたしはミルクを。お師様ではなく私が飲む分。それにリンゴを一つ」
「え? アリムルゥネさんがミルク?」
「うん、そんな気分」
「はい、承りました! ちょっと待ってくださいね! さあ、奥のテーブルに! あ、ライエンさんは煮込みハンバーグなどいかがですか? 肉が入荷しましたので」
──謎肉。いったいなんの肉だろう……。
「なんの肉だ?」俺君は問う。
「ワニです。これだけ頂きます」と、指でサイン。
「あ、私達二人も」
「毎度あり! では料金はこれだけに!」と、またしても指サイン。ルシアは「大丈夫。まだ路銀はある」とうなづいていた。
……うぉおおおおお。どうせそんなところだと思ったよ!
でも貴重なお肉をありがとう!
──俺君用の肉? もちろんソボロか繊維で裂いたお子ちゃまサイズ! 鶏肉のような感触で、淡白な味だった。
◇
「みんな! このお二人の魔力習得勝負の掛け、覚えていらっしゃいますか!?」
一通り腹を満たした俺君達三人組。
少し休んでいると、酒場娘のマドレスが、その黒い髪をフリフリと、酒場のみんなに呼びかける。
すると直ぐに、あちこちで声が膨れ上がった。
「もちろんだぜ!」「おお、結果が出たのか!?」「なんと、こんな短時間で魔法を覚えた? そりゃたいしたもんだ!」「でもなんだか、嘘くさいぜ!」「嘘つく理由があるのかよ!」「まあそうだな」「で、結果はどうなんだい?」
「初級、入門編、そういったものの総仕上げの試験を今からするらしい」
「ん? あのテーブルで? 水差しに一杯の水と、無数のコップが置いてあるだけだが……」
「水がスライムかブロブになったりするとか?」「いやいや、コップに注いだ水が一瞬で消え失せるんじゃないか?」
「お前適当言ってるだろ?」「バレたか」「こいつ!」「あはは!」
──俺君とアリムルゥネの前に水の入った水差しとコップ。魔術の先生は今でもニヤニヤ笑っているルシアだ。
「ライエン様、それにアリムルゥネ。今日の業は魔力の練成と変化と制御だ。空のコップに真水を注いでくれ。足りなくても、零してもダメだ。コップに八分目ほど」
ルシアは俺とアリムルゥネを見渡して、
「──出来るよな?」と、念を押してきた。
「ふむふむ、うーん」わかっているのかわかっていないのか、アリムルゥネは渋い顔。さすがに筋肉ではこの課題を解決できまい。
「難しそうだ」俺君は正直に述べる。でも。
──そう。俺君は凄い、俺君ならやれる、俺君なら何とかなる!
俺君は震えた。うん、いつもどおりの武者震いだ。顔に血が周り、お腹に力を入れる。
うん、大丈夫。俺君ならやれる。
「俺君は凄い!」
俺の大声。二人の弟子も店の見物客も、これには驚いた。
「あはは! では開始!」
一瞬静まった酒場にルシアが号令、カラカラと笑う。
先にアリムルゥネが動いた。
水差しを右手で取り、極普通にコップの八分目まで水を注ぐ。
「よし、出来た!」
「おおおおおおお」俺君の眼はまん丸となる。「そんあのありか!?」そしてルシアの眼も一度大きくなった直後、鋭く細まり呆れ顔。
「あー。アリムルゥネ。これは魔力の勝負なんだ。手で水差しから普通にコップに入れるのは、クリストバルの卵と言って、反則だぜ」
「反則?」
「そう。反則。だから、もう一度コップに水を注いでくれ。今度は手で触るなよ?」
「むむむむむ」ルシア~指摘を受けたアリムルゥネは眉を顰めた。「難しい」と。
──対する俺。良いか俺。集中、集中だ。魔力を右手に集めろ、そして編め。俺の右手に赤い魔力の流れが通じ、拳の中で滞留する。俺君はそんな右手をコップに近づけ「水」とだけ呟いた。
──じょろろ、どぱぁ!
とコップに水がどんどん注がれ、一気溢れ出、テープルから床に零れ落ちる。
「「「おおおおお」」」周囲がどよめく。
「ライエン様やったな!」とルシア。「でも、こぼしてもダメなルールだから、ライエン様も失格」
「えええー!?」俺はルシアを睨んだ。
「そんな顔してもダメなものはダメだぜ」と、ルシアは取り合わない。
──で、アリムルゥネの二回目。
アリムルゥネはコップを両手でしっかり持って「お願い、水をこのコップに一杯頂戴!」とも、一滴の水も出ず。
「ねえ君、このコップに水を入れてくれるかな!?」などと、ギャラリーに頼み込む始末。そのギャラリーの男はアリムルゥネの美貌にドギマギしているようだった。
──おいおいアリムルゥネ。もはやそれは魔法でもなんでもないだろ。
そしてルシアは非情にも、あるいは極当然に。
「あー、アリムルゥネ失格!」
「だーーーーーーー! そんなーーーーーーーー!」
ルシアはアリムルゥネの失格を宣言し、アリムルゥネはコップと水差しを跳ね除けて、テーブルに顔を突っ伏した。
俺君の二回目。
水差しにいる精霊に働きかけた水を魔力で包んでコップに静かに入れ、今度は……ああ、少しだけ溢れた。でも、先程みたいに派手に水がこぼれることは無い。
──それを見ていた酒場娘マドレスは、ルシアより先に勝敗を宣言する。
「掛けはライエンさんの勝ち!」
酒場娘マドレスが跳び上がって宣言し、「やったぜ!」「やられたー!」「こんな赤子が!」「エルフなのに!?」などと、声に告ぐ声、叫びに次ぐ叫びで酒場、店内中が沸きあがったのである。
──えへへ、俺君勝った。自慢!
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ここで一句。
蝉時雨零れ溢れる水よ手に (ライエン)




