最終話 進む可能性
白い扉をくぐり、真っ白な世界を越えた先には、少し拓けた森の中が広がっていた。
ルデルはどこか懐かしい気配を感じたが、森などどこにでもあるものだと小さく笑った。
足下には小さなトカゲが走り回っており、ここが生命のある世界だということも分かる。
「もしかして……また異世界転移したとか、そんな感じですか?」
一度経験しているせいか、あまり驚きはなかった。
二度も体験するとは思わなかったなと苦笑する。
飛んで周囲を確認することもできたが、気分が良かったので歩いて森の中を進むことにした。
初めて異世界に来た時のことを思い出し、ルデルはまた笑う。
「あの時も色々あったなー。森を吹っ飛ばして、課金アイテムで時間戻して……懐かしい」
失われた世界を思い出し少しだけ胸が痛んだが、考えても戻らないと分かっているので気持ちを切り替える。
前回は指輪のおかげで言葉が通じたが、今回はどうだろう。
まったく通じない世界だったらどうしよう、人がいない世界だったらどうしようとも考えたが、指輪が開いた扉なのだから大丈夫だろうと自分に言い聞かせた。
そんなことを考えながら歩いていると女性の悲鳴が聞こえた。
ルデルは慌てて翼を生やし声のする方へ飛ぶ。
「……だれか、助けて……」
消え入りそうな声が耳に届く。
辿り着くと一人の少女が大きな牙を持つイノシシのような生き物に襲われそうになっていた。
ルデルが放つ気配に生き物は怯えたように逃げ去っていく。
少女は震えながらも慌てて頭を下げた。
「えっ……? 天使様ですか?本当に助かりました。ありがとうございます」
「ミーナ……」
名前を呼ばれ、少女は目を見開く。
「ど、どうして私の名前を知っているんですか!?」
変わらない姿に、ルデルは優しく微笑んだ。
「……天使ですから!」
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戦いを終えて城へ戻った後、被害は相手を考えれば少なかったのかもしれない。
ローレット城は無事だったが、城下町の四割は機能を失い、復興には長い時間がかかると見込まれていた。
それでも黒い天使は消え、人・魔族・天使の連合軍が勝利したことで人々の表情は明るかった。
ルディールは各国の王たちの会議に呼ばれ戦いの経緯と決着について詳しく報告する。
「一つになった世界は戻らない、ということか……これは荒れるな」
「お爺ちゃん……ではなく神様のやったことじゃからのう。仕方なかろう。ホーリスフィアもアークスライブも、ゼストニオンが壊したんじゃし」
さりげなく嘘を混ぜながら話を続けているとバラストゥエルが手を挙げた。
内心バレたかと焦ったが話題は別だった。
ヤルトガログに空を映してもらうと、そこには消滅したはずの光都アークスライブが雲の上に浮かんでいた。周囲には無数の天使が飛び交っている。
「なんでアークスライブがあるんじゃ?」
「簡単に言えば、アークスライブは女神様に作られた人造の天使だ。ゼストニオン様が天使を復活させた際、一緒に蘇ったのだろう。だから修復にも治療魔法が使われる」
「人造……こう、人型に変形とかしたりせんか!?するじゃろ!」
「するわけないだろ。兵器として考えても人型は非効率だ」
少し凹むルディールをよそに、魔神たちは千年前、攻撃しても翌日には修復されていた理由に納得した。
会議はその後も続く。
ローレットの復興、消えた線路の問題、国同士の調整――課題は山ほどあった。
うまくいかないことも多いだろう。それでも共通の困難を乗り越えるため、各国がローレットを中心に協力していく方針が決まった。
そして最後にルディールは、魔王アトラカナンタ、スナップ、ミューラッカ、ソアレたちと相談して決めたことを告げる。
自らが魔都の魔王となることを。
王たちは驚いたが、指輪の存在が伝えられていたこともあり比較的すんなりと受け入れられた。
ただ魔王と言っても、今の魔王の上にもう一つ役職を作りそこに入るという感じだった。
「わらわが死んだらゼストニオンがまた来るらしいからのう。その時までちょっと鍛えておこうと思ってな。それに、せっかく人、魔族、天使の連合軍ができておるのに、このまま潰すのは勿体ないしのう。魔族はわらわが引っ張るわい」
「それだと私とルディールさんが結婚できなくないですか!?」
急に話の腰を折るローレットの王女に、ルディールは「するか!」と一蹴する。
もう少し会議は続き多少の混乱はあったが、これからの方針などが決まり会議は終わった。
会議が終わりルディールが外に出ると、先に部屋を出たバラストゥエルとトロメタエルが待っていた。少し話があるようで三人は中庭へと向かった。
メイド達や庭師が花の手入れをする中でバラストゥエルが話を切り出した。
「……ゼストニオン様から声が届いたが……お前はゼストニオン様の孫にあたるそうだな」
「それ、わらわが言い出したんじゃが……まぁ良いか。遠からずという所になるがのう。それで?お主達天使はどうするんじゃ?細かい所までは確認してないが……天使の数は元に戻ったんじゃろ?」
「ああ。使いの者を数人、アークスライブに飛ばし確認したが、上位天使を含め復活しているな。天使達全員に主神からの声があった。『天使には天使の生がある。好きに生きよ』と言っていた」
「お爺ちゃん割と適当じゃからのう……」
「レイセルを王としてアークスライブに天使の国を作るそうだ。他の上位天使や、まだ考えがまとまらない者はアークスライブに残るとの事だ」
「なるほどのう。それでお主達は?」
「私はレイセルが嫌いだからな……お前が魔王軍を作るというなら、私とトロメタエルはついて行こう。ここに残っている天使達もだ」
自分が死んだときに来るであろうゼストニオンと戦う時の為、いつかは人、魔族、天使が混在する軍を作ろうとは考えていたが……バラストゥエルの提案にルディールは驚いた。
「……わらわからすればありがたい事じゃが良いのか?」
バラストゥエルもトロメタエルも頷く。もう一度神と戦う事になるかも知れないが、自分達はまだ見ていない物が多いから、それから判断すると。
「長く生きているだけと言う話だったな。今回の連合軍でもう少し世界を知ろうと思う。レイセルの下につくなら、お前の下の方が動きやすいだろう。だがお前もそれでいいのか?今までの様に生きられなくはなるぞ?」
「誰かがやった方がいいからのう。王の器とか言われたらどうしようもないが、割と真面目に適材適所なんじゃよな。人の考えも分かるし、魔神であって神様の孫じゃろ?プラスアルファ、真なる王の指輪の持ち主じゃし」
「実際、魔族にしてもお前以上の魔王は今のところあり得ないからな」
「それで?トロメタエルも良いのか?バラストゥエルになんか言われたのなら、わらわから言ってやるが……」
「本人がいる前で言えるわけもないが……とくにはないな。元より私が最初に人間側についていたしな……まぁお前が王になったら、もう少しこいつに私に優しくする様に言ってくれ」
ルディールが笑いながら「良かろう」と返事をすると、二人の話はこれで終わりのようで、何処かに買い物に行くとの事だった。
何処に行くのかと尋ねると、いなくなった友人の為に花を買いに行くとの事だった。
「短い付き合いだったが……花ぐらい手向けてやろうと思ってな」
それはきっとルデルの事だったが……ルディールは大きくため息をついた後にバラストゥエルに伝えた。
無事に復活して、どこかに行ったと……
バラストゥエルが頭に手を当てて唸っていると、ルディールの指輪が光り輝き少し空間が湾曲した後に、一枚の手紙が届いた。
ルディールは何だろうと思いそれを手に取ると、さらに大きなため息をついた後にバラストゥエルにそれを渡した。
そこにはデフォルメされたルデルがピースをし、「ごめんちゃい」とだけ書かれていた。
即座にバラストゥエルは手紙を破った。
「よし……我らが王よ。ナイン・アンヘルで奴を呼べ。一発殴らないと気が済まない」
「わらわも同感なんじゃが……いまナイン・アンヘルを使うと、非常に不味い奴が喜んで出てくる可能性があるからのう……」
「はっ……ムカつく奴だが仕方がないか……お前について行けば殴るチャンスもあるだろう。これからよろしく頼むぞ」
そう笑って何処かで友人が生きている事にバラストゥエルは喜び、その場を去って行った。
そしてルディールは相談事があったのでソアレの元に向かった。
ソアレ達も一つの決断をしていた。冒険者の引退である。スティレはその事を王女に伝えた結果、直轄の騎士として当分は自身を鍛える事になり、ソアレも王宮魔導師として国に仕える事になった。
カーディフはルディールについて行く事になった。ソアレやスティレと仲が良いので人間側にいるが、カーディフは元々人間が苦手なのも少しあり、スナップと共にルディールを支える立場を選んだのだった。
城で自分の部屋をもらったソアレの元にたどり着くと、まだ片づいていないようで割と散らかっていた。
ソアレに紅茶を入れてもらい、話すタイミングを探っていると先に話を振られた。
「アトラカナンタのことですよね?」
「うむ。何をやったかは本人が白状したから、どうしようかと思ってな」
ルディールが怒っているのはすぐに分かる。緋色の瞳は赤に変わり、魔力が激しく動いている為だ。今までは指輪の力で強制的に抑えていただけだったのだろうと、ソアレは思う。
「まず、先に一つ。ルディールさんがアトラカナンタを倒しに行くというなら、私は付き合います。それは覚えておいてください」
「うむ。それでどうしようかなーと思ってな。流石にゆるされんじゃろ。ルデルもじゃが……あやつは何処かに行ったしのう」
倒す倒さないの判断はルディールだ。自分も思うところはあるが、感情での答えをルディールは求めていないと考え、ソアレは話を続ける。
これからのことを考えると、生かしておいた方が良い。
まずルディールが魔王の上の立場になり、存在を隠して行動するなら、現状魔王であるアトラカナンタをそのままにしておく方が最も楽だ。
それに千年前の戦いを経験し歴史を知っている。その上で特に問題なく人間とも交流でき、むやみやたらに力を振るわない。
そして重要なのは、力さえあれば問題ないという魔族の中で、考え策略を練れる者は本当に少ないということだ。ルディールが魔王になったとしても、アトラカナンタの知力は無視してよいものではない。無視できる相手でもない。
「これが一番重要なことなんですが……今いるアトラカナンタが本体かどうかは、私でも分からないんですよ。ですから二人で行けば倒せるでしょうが……あれが分体で本体を逃したら、次のチャンスはいつになるのかなと思いまして」
「それはあるのう……ルデルにやられたらしいが生きておるしのう。弱っているのも演技とも考えられるし……」
「真なる王の指輪を使って虱潰しに倒せば可能かもしれませんが……この時期にそれは現実的ではありません」
「確かにのう……じゃが、こう……ムカつくしのう」
「ですから、ルディールさんが倒しに行くと言うならお付き合いしますよ。ソールもいますし倒すだけなら数秒でしょう」
ルディールは紅茶が冷めるほど考え込んだ。その頃には赤く染まっていた瞳も、元の緋色へ戻っている。
「ふう……他のわらわも、こんな気分じゃったんじゃろな。……あやつにしてやられた気もするが、まぁ良かろう。それで、もう一つ質問なんじゃが……ソアレは主神の奇跡を削ったが、何をするつもりだったんじゃ?」
少し言いづらそうにソアレは答える。
あの欠片の本当の用途は、ルディールが道を誤った時に止めるための最終手段だったと。
真なる王の指輪を先にどうにかしなければ戦いの場にすら持って行けない。だから指輪を止めるための道具にしたかったのだという。
「まぁ……なくなってしまったので、また考えなければなりませんけどね」
「親友だけあって似たようなことを考えておるのう。まずは指輪をどうにかせんとな」
冷えた紅茶を一気に飲み干しルディールは立ち上がる。
「ソアレよ、相談に乗ってくれてありがとう。とりあえずカナタンはこき使う方向でいくわい。わらわより賢いしのう」
「どういたしまして。世界を滅ぼす以外ならお付き合いしますよ」
ルディールは笑い扉の前で一度振り返る。
「あとで礼はちゃんと伝えておくんじゃぞ」
そう言って去っていった。
しばらくして影が揺らぎ人の形を取り、アトラカナンタが現れる。
「バレてましたね」
「確実に殺しに来ると思ったけど……というか、なんで助けたの? 君の体も奪ったことあるし。普通に敵じゃない?」
「かもしれませんけど……ルディールさんが魔王になるなら、貴方の力は必要です。それに」
「それに?」
「ルデルと戦った時、私や友人を助けてくれました。その恩を忘れていないだけですよ」
「うーん……人間を助けて助けられるとは思わなかった。駒が増えればいいや程度だったのに」
「世の中そんなものです。分かり合えなくても喧嘩しない距離を保てるならそれでいい。人には人の、魔族には魔族の距離感がありますから」
「大人すぎる……君の別世界の可能性のソールにもそれ言ってくれない? 見るたびに殺気を送ってくるんだけど」
「文句を言うと修行がきつくなるので……」
「なんかお互い大変だね……」
そしてルディールは歩き出す。
自分の未来がどの未来に繋がるのかは分からない。
良い未来も悪い未来も見えた。そのすべてが可能性だ。
喜ぶことも、後悔することもきっとある。
それでも、自分の道はこれで合っていると信じて踏み出した。
踏み外しても支えてくれる仲間がいる。
それだけで、ルディールの足取りは軽くなった。
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それからしばらくして、ルディールは魔都の王となった。
現在の魔王アトラカナンタの上に「大魔王」という立場を作り、そこへ就いた形だ。
表向きはアトラカナンタが魔王だが、各国の王たちの認識はルディールが魔王だった。
レイセルが光都アークスライブの正式な王となり、天使を率いる立場が確定すると、人・魔族・天使族の代表が集まり話し合いが行われた。
長い会議ではなかった。
三つの指輪を、三つの種族の代表に分けた。
偽物があることも伝えた上で選ばせた。
最初に天使が白を選び、人が黒を選び、魔族が金を選んだ。
どこかが誤れば、他が止める。
あるいは二つが協力して一つを止める。
指輪には力がある。
だからこそ魔族の王は誤った使い方をしないことを願った。
その願いが通じたのかは分からない。
それから約千年近く、大きな争いはなかったと歴史は記している。
……多少の改変はあるが。
おしまい。
無事に完結しました。
ここまで応援してくださった皆さま、本当にありがとうございました。
この物語が、少しでも心に残れば嬉しいです。




