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首都アッセラと集団生活の始まり

 それから何事も無く朝を向かえ、また馬車に揺られること半日ほど。


 俺達はセレイダ公国の首都アッセラに来ていた。


 町の中心には城が聳え立ち、それを囲むように林と広大な庭園がある。そしてそれを囲む堅牢そうな城壁。

 城壁の外に城下町とその城下町を守るための壁、そしてその壁のこれまた外側、主に北側と東側に広大な畑が広がるといった感じである。


 城門をくぐり、入った首都アッセラの町並みは、中世から近世に入るころのヨーロッパといった感じだ。

 1階建ての建物だけでなく、2階建て、3階立ての建物も見て取れる。魔法があるだけその辺の建築技術は意外と発達しているのかもしれない。


 人々はといえば、俺達と変わらないような『人』も居れば、妙に毛深い人が居たり、ちっさいオッサンが走り回っていたり、なんというか『これぞ異世界!』って感じで皆もこの光景に目を奪われているようだった。


 活気の溢れる町は、クラウネ曰く5つの区画に分かれていて、

 中心の城からすぐ傍は貴族達の屋敷がある『中心区』

 城の北側は人々の住居と魔術師育成のための魔法学校がある『住民区』

 東側は探索者協会や狩人協会といった協会関係の建物と巨大な市場や商店の密集した『商業区』

 西側は魔法具や古代兵器、新種の作物やモンスターを研究するための巨大な施設がある『研究区』

 そして南側は軍事関係の施設が集中する『軍務区』

 といった風に分かれているらしい。


 軍事施設が南側に集中する理由は、この国の立地にある。

 国の北側と東側には古代文明の遺跡が密集した地域があり、逆側の西側と南側は広大な森林が広がっている。

 この森林は通称『魔獣の森』と言われるくらいにモンスターの数が多く、初代勇者ショウエモンが呼ばれる所以になった魔物の大量発生も、この魔獣の森で起こった異変が関係しているとか。

 今ではこのセレイダ公国と魔獣の森の先にある国家が連携して増えすぎたモンスターを定期的に狩っているお陰でそういった事態は起こらなくなっている。ちなみに、ハンターの主な活動場所もこの魔獣の森となる。


 閑話休題。




 俺達は北区の門から城下町に入り、今は中央の城の外で馬車や衛兵と共に待機しているところだった。

 なんでもクラウネと勇者3人は先にアルジェロ大公に謁見してくるらしい。


 2時間ほど待たせられたあと、クラウネとマルコムさんの先導で俺達27名は北区と東区の境辺りに向かった。

 北区と東区の境あたりにはなぜかそこそこ広い土地が開いており、そこの一角に俺達の生活する屋敷があるらしかった。

 ――――そして今、俺達はその屋敷の前で立ち尽くしていた。


「いいんちょ」

「・・・なんですか小林君」

「なんか俺の想像してた屋敷と違う」

「奇遇ですね、私もです」


「むっちゃ瓦張りだな」

「壁の漆喰が綺麗ですね」

「俺これによく似た家知ってるわ」

「奇遇ですね、私も知ってます」


『完全に日本家屋だよ(ですよ)これ!』


「ここは初代勇者ショウエモンがこの国に伝えた建築技術で建てられたお屋敷ですわ。と言ってもこのお屋敷はただのお屋敷ではなくて、昔ここにあった魔法学校の寮として建てられた建物なのですけどね」

「寮だったのか?」

「ええ、今から4年ほど前まで魔法学校の校舎はこのあたりにあったのです。老朽化の進んだ校舎を新しく建て直す際にこの寮だけは卒業生達の強い要望もあり残すことになったのですわ。今回の召喚では巻き込まれてきた方々の数が多いということで、普通のお屋敷では部屋数が足りず、部屋数の多いこの寮に白羽の矢が立ったというわけですわ」

「なるほどな」

「ちなみに、今年で築123年になりますわ」

「マジかよ」



 こうして俺達は新しい生活の場を手に入れた。


 これからはここで集団生活が始まるのである。


 ――――ちなみにだが、日本家屋なアトモスフィアを感じるのは外側だけであったことをここに記しておく。

 内装はクラウネ曰く「タタミと言うものが用意できなかった」らしく、玄関だけは引き戸であったが、それ以外は内開きのドアを開けて部屋に入り、フローリングにベッドが置いてあるという感じであった。一応縁側はそれらしい感じではあったが、寮長室やキッチンなんかは完全に洋風であった。(土間は無かった)まぁ和洋折衷と思えば古い家屋なわりに良い物件だと思う。

 コの字型に伸びる建物はコの字で言う右側の縦棒のところが正面でありこの部分が2階建てで玄関と全員の生活スペースはここにある。


 寮長室は話し合った結果、なぜか俺が使うことになった。

 曰く「リーダーなんだから良い部屋に住め」との事。どうやら俺がこの集団のリーダーになるのが正式に決まったらしい。なぜだ。


 あとは皆結構適当に部屋を決めていた。一応大まかな分け方はあるらしく、2階建ての家屋の玄関から入って右側に伸びる部屋の1階が女子の部屋、2階が男子の部屋という感じだ。階段は家の中央にある。

 寮長室は玄関から入ってすぐ右に曲がったところにあった。寮長室は執務室と客室を兼ねている様で結構広く、部屋の中に寝室も別にある。


 寮長室の隣に大食堂(もちろんイスとテーブル完備)とキッチン。突き当たって左に曲がった廊下の先に大浴場がある。

 大浴場はまさかの温泉である。寮の敷地に温泉が出たのではなく、温泉が出た場所のうえに寮を建てたようだ。この町には他にも大衆浴場があって、そちらにも温泉が湧いているらしい。

 食堂などがある建物の2階はどうやら使用人たちの部屋であったらしく、ここにも結構な数の部屋があった。ただし他の部屋と違うところはベッドが二つ置いてあるということ。つまりは相部屋だ。


 1階の右側の突き当たりからさらに右に入ったところにはトイレがある。トイレは同じように2階にもあり、2階のトイレは男子用のみ。1階のトイレは男子トイレと女子トイレが分けて設置してあった。そしてまさかの水洗であった。なんでも下水は150年前から整備されているらしい。異世界パネェ。そして流す水は水の魔石から生み出された物であるとか。魔法パネェ。


 少々の整備と掃除は必要なものの、それを抜きにしても良物件どころではない。このまま温泉旅館にでもしたほうがよかったんじゃないかとも思ったが、それをしてしまっていたら俺達の住める場所がなくなっていたかもしれないので、今は魔法学校の卒業生達に素直に感謝しておくことにした。




 *************************




「では、細かい補修等を行う職人は近々手配いたしますわ。

 それと、マルコム、銀をこちらに」

「はっ」


 俺達はクラウネとマルコムさん、それと他の衛兵達を見送るために屋敷の外に出ていた。

 マルコムさんが持ってきたのは横30cmくらいの長方形の木箱だ。綺麗な装飾が施されており、蓋の中央には鍵穴がある。


「リョーヘー、これが当面の生活費となる。無駄遣いはするなよ」

「分かってますとも。それにこれは俺のカネじゃなくて皆のカネだ。勝手に使うなんて事しないさ」


 そういって受け取った木箱は、ずっしりと重い。

 マルコムさんが補足する。


「その中に公国金貨が100枚入っている。この国の兵の給料は、最下位の新兵が金貨1枚と大銀貨5枚だ。で、4人暮らしの家族が一月暮らすのに大銀貨5枚あればそこそこ贅沢な暮らしができる。

 年に一度税として一人あたり金貨2枚支払う決まりがあるが、今年は支払う必要は無い。

 今回渡した金を大事に使えば1年と少し持つはずだ。それまでに定職を見つけたほうが良いだろう。

 ちなみに、小隊長とその補佐の給料は、小隊長が金貨4枚と大銀貨5枚、補佐が金貨3枚だ」


 この国で流通している貨幣は6つ。

 上から、

 白金貨

 金貨

 大銀貨

 銀貨

 大銅貨

 銅貨 である。

 一番下が銅貨で、10枚で大銅貨1枚

 大銅貨が10枚で銀貨1枚

 銀貨が10枚で大銀貨1枚

 大銀貨が10枚で金貨1枚

 そして金貨が30枚で白金貨1枚となる。


「軍に入るかどうかは置いといて、参考までに聞いておきたい。この町でパンを一つ買うのに大体いくらぐらいなんだ?」

「そうだな・・・店にもよるが、大体銅貨3枚ほどだろうな」


 まぁ大体予想通りだな。


「ちなみにマルコムさんのその腰の剣は?」

「これはミスリル銀製の特注品でな。金貨50枚ほどした」


 あるんだ、ミスリル。


「まぁ、これは特別なものであるから、軍で支給している一般兵用の鋼の剣であれば大体金貨1枚ほどだろう」


 そういった話をしていると、クラウネがこちらに近寄ってきた。


「本日はこのくらいにしておきましょう。みなさんもお疲れでしょうし。

 ああ、それと、人数が人数ですので食料を買って持ってくるのも大変でしょう?そう思いまして、大公家のお抱えの商人に、まとまった食料をここに直接売りに来るよう手配しましたわ。大体5日に一度ほどの頻度で来ると思いますわ」

「ああ、そりゃ助かる。どうしようかと迷ってたんだ」


 町の八百屋も『27人分の食材を売ってくれ!』って言われても困るだけだろうし。


「それと、近々勇者様をお迎えする式典が開かれると思いますわ。その後に城でパーティーが行われますので、皆様にも参加して頂きたいのですが・・・」

「でも俺ら式典用の正装とかドレスなんか持ってないぞ?」

「それくらいこちらで用意しますわ。それにパーティーといってもあまり大きなものではなくて、大公家と勇者様、それと皆様だけで行うパーティーですからあまり硬くなる必要はありませんわ」


 なんでも、これは言わば歓迎会のようなもので、勇者と他の貴族との顔合わせパーティーはまた別の日にやるんだそうな。

 理由は、勇者達一人ひとりの専用の制服を作るのに少々時間がかかるかららしい。


「そういう事ならぜひ行かせてもらうよ」

「ええ、お待ちしておりますわ」


 そう言ってクラウネとマルコムたちは踵を返して去っていった。

 入れ替わるように、こちらに大き目の馬車が1台近づいてくる。

 屋敷の前に止まった馬車の御者席から、若い男が飛び降りた。


「やぁ!君達が勇者様のご友人達だね?」

「あんたが大公家お抱えの商人さん?」

「そう!――――と言いたいところだけど、大公家お抱えなのは僕の親父さ。僕は親父の商会で見習いをやってるブルックだ、よろしく!」


 ブルックと名乗ったその男は見た目俺達と同じくらいの年齢に見えた。茶髪に、そばかすのある活発そうな青年と言うのが第一印象だ。


「俺は猟兵、小林猟兵だ。小林が苗字、猟兵が名前だ」

「改めて、僕はブルック・ホー。アッセラ大公家お抱えの『ホー商会』の跡取りさ!」


 そう言ってブルックは腰を折る。

 その姿はまだ若いながらも、結構様になっているように感じた。


 その後、ブルックは馬車から荷物を降ろし始める。俺達はそれを手分けして食料は貯蔵庫に、それ以外は一旦食堂に運んだ。

 持ってきたのは野菜と少しの肉、調味料。それと、調理器具や食器、あとは下着なんかの日用品だ。


 下着類は非常に助かった。俺達は殆どが何も持たずにここに来た。教室にジャージを置きっぱなしにしていた者が数名て、そういった者がジャージを持ってきているくらいであとは着の身着のままだ。


 生ものはさすがに腐るので、肉や魚、あと主食のパンなんかは5日に1回野菜を持ってきたときに一緒に料金を支払っておいて、あとは2日に1回に小分けして持ってくるとのこと。

 料金は1回に付き、食料代+配達手数料で大銀貨5枚。今回は食材以外もあるので金貨1枚だ。あとは要望があればある程度のものはそろえるとの事。当然別料金がかかる。


「せっかくだから頼みたいものがある」

「なんだい?」


 俺達は謁見待ちをしていた時間に、始めに何を買い揃えるかを話し合っていた。


「まず、服を頼む。この町の住人が着ているような素朴なやつでいい。それを27人分。内訳は、男物13人分、女物14人分だ。これを一人当たり2着づつ」

「分かった、服だね。他には?」

「石鹸ってあるか?あればほしい」

「もちろんあるよ!先代の勇者様が綺麗好きでね、この国では石鹸は30年くらい前から大量生産してるんだ。魔獣の森が近いから、狩人協会経由で()は大量に手に入るしね!」


 それって獣油やんけ。


「・・・・それ、匂いとか大丈夫なのか?」

「もちろん、その辺も抜かりないよ!ちゃんと果物の香りつきだから!」


 一応安心して良いのだろうか。


「まぁ、今回はそんなもんでいい。足りないものがあったら、今度来たときに注文するよ。

 ・・・・・・ちなみに、あんたの見立てでいい。幾らぐらいになりそうだ?」

「服と石鹸ね。うん・・・・・・服が結構多いから、大体金貨7枚ってところかな。石鹸は壷一つで大体銀貨5枚くらいだよ。まかせといて!次来るまでに用意するよ!」


 最後にブルックと握手を交わし、彼は来た道を引き返していった。








 ***********************************








 空が茜色に染まり始めている。


 時間はあっという間に過ぎていく。


 沈む夕日を眺めていると、今まで状況に付いていくのがやっとだった心が少しずつ落ち着いてくる。


 それと同時に不安も押し寄せてくる。


 成り行きに任せこのアッセラの町まで来た。


 俺達はこの町で残りの一生を過ごすことになるのだろうか。


 向こうの世界に残してきた家族は、何をしているだろうか。


 学校はきっと大騒ぎだろう。


 卒業式も中止になったかもしれない。


 他の卒業生には悪いことをしたな。


 いや、悪いのは俺達じゃないか。


 だからと言って、クラウネ達を責める気にはなれなかった。


 彼女がどんな人物なのか、少しでも知ってしまったからだろうか。


 そんな考えがぐるぐると頭の中を廻る。


 不意に、服の袖がくいっと引っ張られた。



「小林君、大丈夫?」



 いいんちょだった。


 気付けば、周囲はだんだんと暗くなり始めていた。



「なんか、いろいろあったなって」

「まだ2日目なのにね」


 そういって彼女は苦笑する。


「これからどうなるんだろうなぁ・・・・」

「・・・分からないけど、でも」


 彼女は俺に向き直って


「大丈夫だよ、きっと。だって、皆がいるから」


 優しい笑顔を向けるのだった。


「まぁ、まだ始まったばっかりだもんな」


 俺も彼女に苦笑を返す。


「・・・・どれ、冷えてきたし、中に戻ろう」

「そうだね。夕飯どうしようか?」

「確かさっき持ってきた野菜の中に――――」



 二人並んで歩き出す。


 他愛ない会話を交わしながら。




 ・・・・・・・いつの間にか、不安は少し和らいでいて――――


 ――――これからの生活が楽しみになっている自分が、少しだけ顔を出していた。























「おい、誰かこの『魔術コンロ』なる物の使いかた分かるやついるか?」

「居るわけねーだろ!何だよこの取説!『まずは魔力を込めます』って!出来るわきゃねぇえええだろおおぉおおおおお!!!!!」

「あ!小林君!火出たよ!」

「でかしたいいんちょ!で、魔力込めるってどうやるんだ?」

「こう、なんていうか、『ニュるっ』って」

「『ニュるっ』か・・・こうか?」

「おー」

「なんで出来るんだお前ら!」

「てっちん五月蝿い」

「さすがだな、いいんちょ殿、軍曹殿」

「そういう和尚もそれ『水の魔石』から出した水か?」

「いかにも」

「よっしゃ!最低限の準備は出来たな!」

「じゃぁ皆ー夕飯作るよー」

「だからどうやってやるんだよおおおおおお!!!」



 結局夕飯が出来たのはそれから2時間半後の事だった。


 俺達の生活はまだまだ始まったばかりだ。


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