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夢幻犬鏡 ※整備中  作者: 奥瀬
第五章 因果秘恋 中将重衡のこと
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第五章 全文

 人の世のまにまに


 狐女は泣きながら武蔵野を彷徨った。

「御身は私に会いたくないの? なぜ顔を隠すの?」

 愛する男の首を探し、叫んだ。

 だが、その願いも空しく、ついに、将門の首を見つけることはなかった。


 縁者がいると聞けば下野那須にまで足を運んだが、かかる者はおらず、代わりに狐の一族が住む洞穴へ惹かれるようにして居ついた。洞穴の狐たちとは、食べ物を分け合ったり古老から話を聞いたり、それなりの交わりはあったものの、時が移るとともに、彼らは少しずつ姿を消した。


 心淋しくなった狐女は生まれ故郷の都に戻ることを決意した。

 ――あれから三十年以上経ったわ。将門さまも板東の土に返ってしまったわよねぇ。

 そう、心に区切りを付けて。 


 京ではつい数年前、安和二年(九六九)、源経基の息子満仲の讒言を受け、秀郷の嫡子千晴が主君の源高明に連座し、隠岐へ流されている。

 これを聞いた狐女は、

 ――経基の親子って讒言で出世しようとするわねぇ。でも、秀郷の息子がひどい目にあったのはいい気味よ。

 溜飲が下がるのである。


 もとより彼女は禁中生まれの御所狐。勝手知ったる我が家とばかり、女官に化けて宮殿を住まいとした。だが不思議なことに、同族たる妖狐らに出会うことはなかった。

 ――以前は何組かの家族が棲みついていたのに。

 宮中の警護が強化されたのだろうか。よくわからない。

 けれど、同族の妖狐たちとはよい思い出がなかったから、大して気にも留めなかった。彼女は狐嫌いの狐であり、その分、視線は人間に向かった。


 権謀渦巻く宮中の、その闘争に生き残った男たちはさすが傑物も多く、陽の気を得るには最適の場所だった。狐女は皇妃に仕える女房として、あちらの男、こちらの男と浮き名を流し、好き者(褒め言葉である)と呼ばれながら男たちに愛された。

 もちろん妖狐としての陽の気目当てもあったが、それ以上に将門を忘れようとしたためだ。

 高貴の男たちは人の心奥にある悲しみや苦しみに踏み込まない良い遊び相手で、宮中は居心地のよい住み処となった。

 ――こうやって、あの人のことを少しずつ忘れていくのかしら。


 もっとも、宮中と一口にいうが、当時の帝といえば十年置きに出火で焼け出され、外戚を頼り、彼らの邸を里内裏に点々と居を遷していた。これは狐女にとって都合が良かった。人の世の移ろいと妖しの時間の流れは異なる。いつまでも変わらぬ姿で怪しまれぬよう、遷御に伴う人員整理に紛れ、仕える相手を変えた。

 妖力で姿を変えることもできたが、とはいえ本質とあまりにかけ離れた(たい)では長く維持できない。変化(へんげ)の種が尽きると京を離れる。()()を往還し、東国ではついでのように秀郷の子らの動向を伺った。


 秀郷の嫡子千晴が失脚した後、弟千常(ちつね)が宗主を継ぎ、四代ほど鎮守府将軍を世襲した彼らだったが、時代とともに他氏にその座を奪われる。中央の足場を失った秀郷の嫡流は都での出世をあきらめるが、本拠の北関東でも清和源氏の台頭により、一介の在郷領主として諸氏の中に埋没する。

 まるで先祖秀郷が将門を討つ前に戻ったかのように。


 だが見ようによって、一族は領地内で安定した日々を過ごしていた。

 ――末代まで祟ってやるって言ったのに、言葉倒れもいいところじゃないの。

 自分の不甲斐なさに腹を立てる狐女だが、悪意を持ってうかつに近寄ると護法神から手ひどいしっぺ返しを喰らう。だから、遠くから見張ることしかできない。


 ただ、そこでいくつかわかったことがある。

 龍神の加護とて万能ではなく、守れるものと守れぬものがあるようだ。千晴の流罪がいい例で、時代によって効力が強まったり弱まったりするのだ。

 ――思えば、秀郷のころが一番強かったのよねぇ。

 まったく間の悪いときに喧嘩を売ってしまった。


 狐女は自分と将門のことがあって、龍神の加護は秀郷から始まったものと考えていたが、これを改めた。秀郷の一族はずっと以前から護法神との盟約めいたものを保っているのだ。

 百年、二百年、などというものではない。それ以上の。

 ――つくづく相手が悪かったわ。

 次は相手の霊力が弱まったときを狙おうと考えているものの、さて、庶流などに目を遣れば血が薄まる分、龍神の加護も薄まるらしい。隙を見て、散々に祟ってやったが。

 ――でも些末の者にこれ以上ちょっかい出してもねぇ。


 狐女が望んだのは秀郷流を根絶やしにすることである。将門のわずかに残った子どもたちは女の子ばかりのうえ、尼にされたため、桔梗の知らぬ隠し子でもいない限り、将門の代々の土地に、彼の血を引く者は絶えた。 

 その仕返しをしてやりたかったが――

 将門の死から二百年以上が経ち、それがどれほどの意味を持つのか、わからなくなっていた。

――このまま、恨みも消え果てるのかしら。

 むしろ、その方が痛む心を抱えて生きるより楽になれるだろう。

 物にも人にも寿命がある。ならば、この恨みもすり切れてなくなればいいと。

 狐女は人の世の()()に漂った。


 いっそもの寂しいところに住んでやれと思えば、(せん)の那須野の山奥に居つき、通りすがりの旅人をからかって遊んだ。

 人恋しくなれば、街中で遊女となった。

 人の噂にも耳を傾ける。

 ずいぶん愉快な話もあった。

 将門の乱を機に重用された平貞盛と源経基の末裔。

 彼らは、源平二大武門として帝をお守りするはずが、保元・平治の初年に二度も都で戦い合ったという。

 ――ふうん、おもしろそうだったわね。見に行けば良かったわね。

 伝え聞いたときは、この程度の感想であったが。

 京を離れて三十年も経つころ。

 ――そろそろ都が懐かしくなったわね。

 御所生まれの自分は、やはり人々の業と欲が渦巻く場所を好みとするのかもしれない。


 当時、京で権勢を誇っていた人物は、平清盛という武家出身の男だった。平治の乱を平定した彼は、武人として初めて太政大臣に昇り、娘を天皇のもとへ入内させていた。もっとも彼の栄達には理由があり、実は故上皇の落胤と噂されている。

――あら、じゃあ貞盛の血は入ってないことになるのね。

 将門を滅ぼした男たちの子孫が、血で血を洗う殺し合いを演じたと思っていただけに、多少興が削がれる。


 平清盛。

 その名に聞き覚えがあった。

 ――いえ、どこかで会ったかしら?

 とにかく、その男に会って損はない。

 狐女は京を目指した。


 皇子誕生


「――御産(ごさん)平安(ぺいあん)、男皇子の誕生にございます」

 御簾の中から麗姿を現すや、中宮(ちゅうぐう)(のすけ)重衡(しげひら)は高らかな声で宣言した。


 後白河法皇を筆頭に、公卿、殿上人、僧侶、(てん)薬頭(やくのかみ)ら、産所に臨んでいた皆々がどよめいた。

 中宮徳子(のりこ)の父、平入道清盛は歓びのあまり声を上げて泣いた。

 難産だった。

 今回の出産のことだけを言うのではない。

 娘を帝に嫁がせて七年、子に恵まれず、この間、平氏と法皇を繋いでいた義妹の建春門院が逝き、内裏は炎上、法皇の近臣が鹿ヶ谷で起こした謀議の発覚など、飛ぶ鳥落とす勢いと言われながら、平家の内情は決して安定したものではなかった。


 もっとも、この従姉(いと)()同士の婚姻は夫が十一歳、妻が十七歳といったままごとのような年齢から始まっている。そうそう子どもができるはずもないが。

「しかし七年とは待たせ過ぎだ!」

 平家の誰もが思っていただろう。

 それが、此度の懐妊。

 お腹の子は、必ずや男児でなければならなかった。清盛が天皇の外祖父となって権力を一手に握り、一門の地位を盤石にする絶好の機会である。逆に、生まれてくる子が皇女であったり、死産や流産に見まわれたりした場合、対抗勢力が息を吹き返し、微妙な均衡で保たれている権力基盤が一気に崩壊する危機に繋がりかねないのだ。


 さらに追い打ちをかけるように、後宮の女房の懐妊が次々と発覚する。

「子作りに目覚めたはいいが、帝ももう少し考えて下さればいいものを」

 平家の誰もが思った。

 実は、昨年、一昨年にも、帝は宮女に手を付け、女児を産ませている。身分差もあって見過ごされたが。


 清盛は切なる思いで男児誕生を祈った。

「どうぞ、男皇子でありますように」

 伊勢神宮や安芸の厳島など七十余りの寺社仏閣へ駿馬を献上し、先の謀議で配流にした罪人に恩赦を与え、中宮安産の環境を整えた。


 そして中宮は産み月を迎え、六波羅の叔父の邸を産所とした。

 清盛は隠棲先の摂津福原から駆け付けたものの、当の娘は陣痛が始まっても、なかなか赤子(ややこ)を産み落とす気配がない。


 産所の東西南北に諸壇を設け、叡山を初めとする大寺院の高僧らがそれぞれの秘法をもって妖魔退散の祈祷を行う。周囲には、万全を期すべく呼ばれた験者(げんざ)や神官、陰陽師らが押し合いへし合いする。先年謀叛を企てた法皇までもが騒ぎに加わり、頼みもしないのに今様(流行歌)で鍛えた自慢の美声で千手経をうなっていた。


 護摩の煙、僧侶の読経、金剛鈴の響き―――

 高まる一方のそれらに、誰も吐き気と頭痛を堪えつつ。

 いったいどれくらいの時間が経ったろう。

 皆がほとほと疲れ果てたころ、産所から産声が響いたのである。


 一瞬の虚脱。(のち)、快哉。

 さらに、徳子の弟にして、たった今、未来の皇帝の叔父となった重衡の颯爽とした振る舞いが、その場をいっそう晴れがましいものにした。

 歓声は天にも昇るほどであったという。

 治承二年(一一七八)十一月のことである。


 宮中の女


 翌治承三年正月、西八条の邸では、身内だけとはいえ贅を尽くした宴が催されていた。

 邸内には梅の香が満ちわたる。まさにこの世の春の始まり。平家の栄華も同様にこれからますます花開くであろうと、皆、言祝ぎ合う。

 春の除目(じもく)で、重衡は左近衛中将に。これは順当なものであるが、一族がこれ見よがしに昇進してはうまくないと、清盛も配慮した。故に、今もって殿上は藤氏で占められていたが、徳子の男皇子誕生によって清盛は次代の天皇の外祖父という目で見られている。一族の将来を思うとき、平家に何の憂いがあろうか。


 人々が笑いさざめくなか、ふと清盛が席を起ち、廊に出たところを見かけて、重衡は後を追った。 

 酔いを醒ますためであろうか。広縁の欄干に寄りかかるようにして、父清盛は庭を眺めていた。

 晴れ渡る空の下、暖かなそよ風とともに香気を寄せる白梅の林。

 枝には積もる雪かと見紛うほど花が咲き重なり、見る者へ季節を惑わした。

「まるで夢の中にいるようだ」

 父の言葉に重衡もうなずく。

「今年の梅は一際(ひときわ)美しく咲いたようです」

 庭の梅も主の幸福を言祝いでいるように思えた。

しかし、清盛は、

「そうではない」

 遠くを見るような目つきで言う。

 いったい、今日(こんにち)の平氏の繁栄を誰が想像できただろうか。先々代正盛のころは、上皇や貴族の番犬としていいように遣われていた我らが。それが今では・・・・・・

「一つ、面白い話をしようか」


 清盛がまだ若かったころの出来事である。

 京の郊外、蓮台野で狩りをしていたとき、目の前に一匹の狐が跳び出した。とっさに矢を射ようとしたが、その狐が人語で、

「我を助けよ」

 と言った。

 茶枳尼天の使いかと慌てて矢を逸らすと、狐は美しい女性(にょしょう)に変じ、

「そなたには覇者の相がある。この日本国の権勢を一手に収めることも夢ではない。つとめて自ら励め」

 そう言って、忽然と消えた。


「――それこそ夢ではないかと思いつつ、功徳に預かろうと本道を忘れ茶枳尼天を信奉した時期があった。まぁ、昔のことだ。・・・・・・どうして、こんな話をしたと思う?」

 清盛は息子を見て言った。

邯鄲(かんたん)の夢のように、狐に見せられた幻。この幸福が消えてしまわぬか恐ろしくなったのですか?」

 重衡は微笑みながら答えた。中宮亮であった彼は、男皇子の立太子を受け、東宮(とうぐうの)(すけ)の職に就いていた。

「そうだ、人は幸福の絶頂にあるとき、ふと不安になるものだ。ここから全てを失ってしまうのかと」 

 父の言葉に、重衡は微笑みをそのままに首を振る。

「絶頂? いいえ、父上、現今(いま)が我が一族の頂点ではありません。姉上の産んだ皇子も未だ東宮の位。公卿の多くは藤氏が占めており、平氏はその末席を汚す程度です。我らはまだまだこれからでありませんか」

 重衡の曇りのない笑顔に清盛もつられて笑う。

 清盛の福原隠棲は名ばかりだった。折り合いのわるい法皇や彼の近臣らと二重の意味で距離を取るべく、さらに将来の都遷りも視野に入れた清盛の深慮による。平家惣領の実権は未だ彼の手中にあった。

「その通りだ。今日(こんにち)、我らは上り坂にある。この程度で栄華を極めたなどと誤解してはならぬな」

 と、彼はここで言葉を切った。

「ただな、ただこのところ、先に申した狐女の、その女性の顔がやけに浮かんでな。とても美しい女性だった。色の白い、切れ長の目にこぼれるような色香があって・・・・・・。いや、このような益体(やくたい)もない話はやめにしよう。所詮、あれは夢であったのだろうから」

 清盛は話を切り上げると、息子を誘って宴の席に戻った。

 狐女の話題は、これきりになると、清盛も重衡も思っていた。


 けれど、一月後(のち)のこと。

 清盛は宮中に参内して驚く。

回廊を渡る途中、先日息子に語ったばかりの女の顔が、数十年の時間(とき)を超えて御簾の影から現れたからだ。


 当時、本内裏は度重なる火災に荒れ果て、帝は藤原冬継の豪邸跡、二条大路の閑院を里内裏の一つとした。

 その日は二月も末、東宮の百日(ももかの)()にあたる。儀式は外戚の役目であるが、清盛は入道の身をはばかり、諸役は息子たちに任せていた。彼は中宮へ内々に挨拶を述べようと後宮へ足を運んだ。

 本内裏に倣って改築された閑院の後宮は、中宮の住まいたる飛香舎(藤壺)へ。

 幾重にも曲がる回廊を渡ると、とある部屋の前に桜の花びらが散りこぼれていた。

 はて、この近くに桜の木があったかと周囲を見回すが、それらしき樹木はない。不審に思って回廊の床に目を落とすと、すぐかたわらの御簾がふわりと揺れ、奥に白い女の顔が浮かんでいた。

 清盛は驚きの余り、言葉を失った。


「――それが例の狐女とそっくりだったというわけですか」

 過日の昔話のこともあり、清盛は息子の重衡に相談を持ちかけた。

「妖しでしょうか? しかし宮中に出る妖しなど・・・・・・」

「いや宮中にも妖しは出るのだよ。本内裏、里内裏に限らず。女御が鬼に魅入られた話も記録に残っている」

「鬼と。では父上が見ましたものも、邪なものでありましょうか」

「何とも言えぬ」 

 辣腕家らしからぬ父の自信なげな態度に、

「それでは私が捕らえて確かめてみましょう」

 重衡は心安げに微笑んだ。


 翌日、重衡は(くだん)の部屋の前へ、供を連れて向かった。

 父の言うとおり、回廊の板張りには桜の花びらが散り乱れ、風に舞い上がっては落ちるをくり返していた。

 そして御簾が揺れ、現れた女の顔。

 重衡ははっきりと目があった。

「皆はここで待っておれ」

 部屋に近付くと、御簾越しに人が立ち上がる気配を察した。はね除ける間を惜しみ、重衡は御簾ごと影を捕らえ局の中に押し入った。

「あ・・・・・・」

 腕の中の女は男の顔を見上げると、そのまま意識を失い、くたりと身体を預けた。女を抱き締めるかたちとなった重衡は、するすると腰を床の上に落ち着ける。払い上げた御簾が、揺れながら二人の姿を従者から隠した。

 腕の中にある白い顔を覗き込んだ。

 女はやはり、ただの女だった。

 足を伸ばすと何か固いものにあたった。大振りの桜の枝を生けた壺である。重衡は回廊の花びらの由来を知った。

 やがて女が息を吹き返し、重衡を見上げて、すぐに顔を伏せる。

 怯えるようにふるふると身を震るわせるから、大丈夫、安心してと言うようにいっそうやさしく抱き締めた。

――己れで怖がらせておいて・・・・・・

 と可笑しく思いながら、

「失礼しました。女房殿。この部屋に妖しが出たと言う者がおりまして、確かめに参ったのです。けれど、何かの間違いでしたね。女人が顔を見せるのも不思議と思い、てっきり・・・・・・」

 言いつくろう重衡に、女は目を伏せたまま答えた。

「お恥ずかしゅうございます。人の出入りのないときを見計らって花びらを集めていましたものを」

 壺に生けた桜の花びらが板敷きに落ち、風がさらっていく。その妙なる風情に、たしなみなく端近まで寄ってしまったという。

 無人の回廊へ御簾の下からそっと手を伸ばし、拾い集めた花びらを扇に受ける。

 その景色を想像すれば、この女性の仕草の方がはるかに妙なる風情と思えた。

 衣に焚きしめた香が鼻腔をくすぐる。肩にかかる髪の落ち方もいい。

 彼は、抱き締めていた腕を解く気が失せた。

 重衡が咳払いすると、御簾向こうの従者たちはその場を後にした。

「お名前を伺ってもよいでしょうか」

「ゆかり子と・・・・・・」

 女の肌は白にほんの少し(あか)を入れた、それこそ辺りに散り敷かれた桜の花びらと同色をしていた。

「良い名だね・・・・・・ ゆかり姫・・・・・・」

その花色が(かんばせ)ばかりでないことを間もなく知る。

 

 恋する宮殿


 西八条の邸で、重衡は清盛の微苦笑に迎えられた。すでに供の者から話を聞いているようすだ。

「父上のせいで、恥をかいてしまいましたよ」

「そのおかげでいい思いをしたではないか」

 父に似ぬ下世話な言葉使いに、重衡は肩をすくめた。親子は互いに少し照れくさくなる。

「結局、狐ではなかったのだな」

「身元も確かめましたよ。民部卿入道殿の縁者の姫だそうです」

「そうか。他人の空似であったか」

「・・・・・・」

 閉じた扇を口元にあて、笑いをこらえる息子に、清盛は怪訝(けげん)な顔を向けた。

「何だ、父親のしくじりがうれしいのか」

「いえ、優秀な父親を持った凡庸な息子としては、逆に安心するのですよ。父上も同じ人間なのだと」

「何を言うか。お前は決して凡庸な人間ではあるまい」

 清盛は目を細めて息子を見た。容姿、学問、武勇、為人(ひととなり)、全てにおいて、兄弟中の誰より優れる自慢の息子を。

 ――しかも、自分にはない器量を持っている。

 己れは武門の出ゆえか、生来激しい気性を持つ。並の者であれば、それは覇気や上昇志向と相まって良い結果を生むこともあろう。だが、新興勢力たる武家平氏が公家社会の中でどう見られているか、清盛は若いころから承知していた。彼は自覚をもって天然の気性を押さえ、周囲への気配りや心遣いといったものを怠らなかった。

 これを重衡は生まれながらに備えていた。

 故に、誰からも愛される息子。

 清盛の目はますます細くなるのである。

「――その人とはつき合うことにしましたよ」

「狐が取り持った縁というわけだな」

 父は息子に笑いかけた。

 重衡は思う。

 狐が取り持ったのはゆかり姫との縁だけではなかった。

 敬愛する父ともさらに親密に、距離が縮まったような気がした。


「――中将さまのご家族は仲がよろしくて、羨ましゅうございますわ」

 後宮のゆかりの局に訪れていた重衡は先日の清盛とのやり取りを語った。

「そう? 他の家族と比べたことがないから、よくわからないけれど」

 くすりと笑うゆかり。

 重衡の言葉遣いはやさしくて、くすぐったくなる。吐息が頬にかからぬよう、(しとね)の中、首の向きを変えた。

 重衡は着やせする体質(たち)なのか、衣の下は思いの他逞しく、首の下にまわして枕にしてくれた二の腕は、みっしりと筋肉が付いている。

「あなたの家ではどうなの?」

 重衡の不意の問いかけに、ゆかりは顔を曇らせる。

「私の家ではあまり・・・・・・」

 と、言葉を濁す。こういう言い方をすれば、やさしい重衡はそれ以上追求しない。果たして、彼は話題を変えた。


 ゆかり子という女房はもちろん狐女である。

 三十年前、蓮台野で出会った平清盛のことを陽の気が強い男だと思ったが、

――まさか本当に人臣の位を極めるとはねぇ。

 人相見ができるといっても、日本国の権勢云々は口から出任せのお世辞だった。

 無責任にもきれいさっぱり忘れていたが、京に戻り、思い出した。


 ただ、久しぶりに会った清盛はすっかりおじいちゃんになって、狐女はたいそうがっかりした。

 もっとも、すぐ後に、申し分のない息子を得て満足したが。

 あの日、重衡を誘惑しようと、いつもの手で待ちかまえていたゆかりも、まさか御簾ごと抱き締められるとは思わなかった。顔に似合わぬ大胆さである。思わず、

――耳やら尻尾やらが飛び出しそうになったわ。

 そのあたりはもう若狐ではないので堪えたが。

 とっさに気絶までして我ながらよくやった。

――私が狐と知っても愛せるのは将門さまくらいだもの。

 人には人と思わせた方がよいのだ。それがこの数百年の間に身につけた知恵である。

 知恵といえば、もう一つ。

 一人の男に入れ込まないことだ。

 将門のことだけではない。人間と妖しとでは寿命に大きな開きがある。

――愛する男を失って、傷つくのはたくさんよ。

 ゆえに、恋人は常に複数いた。


 もっとも、それは重衡とて同じである。彼には正妻の他に愛人が複数いるが、互いに遊びと割り切った関係で逢瀬を楽しんでいる。

「あなたには本当に驚かされましたよ。最初に会ったときは気絶なされて、どんなたおやかな方かと思ったら、意外にも・・・・・・」

 重衡は、ゆかりをからかう。

 そう言う重衡もかなり奔放で強引な公達だった。女の扱いが上手い分、女にだらしない。女のことで嘘をつく。そして、嘘つきのくせに時おり誠意を見せようとするから始末に負えない。幾度もゆかりは振り回された。

 けれど、端正な容姿のせいで、その度に許してしまうのだ。

――顔のいい男は得ね。

 いや、顔だけではない。

 重衡は上り坂の平家一門にあって屈託なく、自分の思うまま振る舞って嫌味がない。和歌や音曲にも堪能で、人を楽しませるのに労を惜しまぬ人間だ。

「どうしたら、あなたみたいな素敵な人が生まれるのかしら。まるで物語に出てくるような、そうね、光源氏みたいな」

「光源氏に例えるなら私の甥の権亮(ごんのすけ)さ。あの男の美貌は本物で、素顔もとてもきれいでね」

 権亮こと(これ)(もり)は、重衡と年近く、彼と同様美貌の公達として名高い。

「あら、素顔を見せるなんて、とても親しいのね」

「男相手に妬くの? 別にそんな間柄(なか)じゃないけれど、一緒に狩りに出かけることもあるからね」

「狩りってどんな狩りかしら? その人が光源氏なら、さしづめ、あなたは在原業平(ありわらのなりひら)卿だもの」

「私が在中(ざいちゅう)殿?」

「あら、平中(へいちゅう)殿に例えてほしかった?」

「うーん、貞文はいやだなぁ」

 重衡は顔をしかめてみせる。

 在中平中と並び称される古えの中将は、光源氏同様色好みの代表格である。両人とも軽はずみな好色家で、(こと)に平貞文は特異な性癖を伝えられている。

 もっとも、重衡が本気で機嫌を損ねたはずもなく、二人は互いに顔を見合わせ、笑い合った。

 枕言の戯れである。

 重衡はそばにいて楽しい。

――ずっと一緒にいたい。

 狐女にとって、これまでの男になかったことだが。

――いけない。相手は人間の男。本気になってはだめ。

 深入りしそうになる自分を抑えた。


 幼帝即位


 狐女ゆかりが宮中に戻ったこの年、人間たちの姦計蠢く政界は大きな転換期を迎える。

 十一月、法皇はまたも謀叛気を起こした。

 この人は父帝(鳥羽)にさえ『天皇の器にあらず』と言わしめた御仁である。しかし秀才の息子(二条)がおり、彼を天皇にと望む鳥羽院によって、仕方なしに帝位に就けられた経緯がある。皮肉にも期待された二条は夭折し、うるさい父帝が亡くなると、天皇の天皇たる『治天の君』の座が転がり込み、政治の実権を握ってしまう。

 大した才覚もないのだから、政治(まつりごと)は清盛らに任せて置けばよいものを、今回も平氏の台頭を快く思わない者たちに担ぎ上げられ、その気になってしまったのだ。


 相祖父たる法皇へ、我慢に我慢を重ねていた清盛も、ついに強攻策に出る。

 反平氏勢力に奇襲攻撃をかけたのだ。

 数千の騎兵を引き連れ、武力によって関白藤原基房を解任し、藤氏の長者をすげ替えた。法皇とて容赦はしなかった。院政を停止し、鳥羽殿に幽閉。院の近臣ら数十名から職を剥奪し、流罪や宮中追放の処分を行った。


 清盛は、翌年一月、先に解任させた貴族のうち何人かを許し、朝廷に復帰させると、二月、徳子の産んだわずか三歳(みっつ)(満一歳三ヶ月)の東宮を天皇に譲位させた。清盛は入道の身ながら、天皇の外祖父として最高権力者の地位に昇り詰めたのだ。


 同月二十一日、譲位の式典には、ようやく歩き始めた幼帝を、叔父である重衡が抱き上げて臨んだ。

 乳飲み子から漂う甘ったるい香りに、重衡はふと目を落とす。

 この国の天子を抱えているという栄誉に反して、腕の中の甥はやわやわと頼りなげだった。ひどく相容れないものを抱き締めている感覚。この幼子に一族全ての命運が委ねられているかと思うと、重衡は平家政権の危うさを覚えるのだった。


 重衡は己れの抱える不安を誰にも漏らすことなく、幼い帝の近臣として、周囲を明るく盛り立てた。

 彼の妻も乳母(養育係)として天皇に仕え、富豪の舅は五条の邸を帝に差し出し、里内裏とした。当時の天皇や上皇は幾つも住まいを持つが、両皇の同居は障りがあると、天皇父子は別居の形をとった。

 重衡らは一家を上げて主君の養育に奉仕する。

 ゆえに、この日閑院の恋人のもとへ彼が訪れたのは久々となった。

「あら、私のことなんて忘れてしまったかと思いましてよ」

 ゆかりに拗ねられてしまったが、これも挨拶のようなものだ。

「姫とて、私の立場をご存じでしょう」

 天皇の養育の重要性。

 けれど、そんな言い訳がましいことは口にしない。

 いかに帝がかわいらしくて賢いか、王者として相応しいかを語り、

「もう我々近習の顔を見分けられてね、私の名前をお呼びになられるのですよ。すっかり慣れ親しんで、甘えられるとこちらがとろけそうになるくらい愛らしくて」

 帝に仕える臣下というより、小さな甥に夢中になる若い叔父の顔を見せる。

 そして真顔になって言う。

「私には子どもがいないからね。あなたが産んでくれるとよいのだけれど」

 ゆかりは笑って取り合わない。己れの職にかこつけて口説いているのだ。

「子どもがほしいなんて、色好みの殿方の常套句ですわ。いったい何人の方に同じ言葉をかけているのやら。そのようなお(たわむ)れ、言われなくとも大好きなお菓子は差し上げますのに」

「ゆかり姫はつれないな。私は本気で言ったのに」

 傷ついた顔をして見せ、重衡は甘えかかる。幼帝もかくやと思われるほど。

 ――本当に、天性の女たらし。 

 それが重衡の手管だとわかっていてもゆかりは陶然となる。

 男のずるさを知ってなお、許す自分がいた。


 戦いの火種


 さて、平氏の政権奪取により最も被害を蒙った人間の一人に、三条宮以仁王(もちひとおう)がいる。法皇の子であったが、母親の身分が低く、先帝(高倉)やその母の建春門院の前に存在が霞み、親王宣下も受けられなかった。その上、法皇の失脚を口実に、師の天台座主から譲られていた常興寺領も没収された。

平氏への恨みは深く、そこへ同じように異心ある者が近付いた。

「皇子たるあなたが、臣下に膝を屈してよいものですか」

 幼少時から才気活発で、帝王の子として学問に精進してきた以仁王は、このまま不遇のうちに生涯を終えることを(よし)としなかった。

 治承四年(一一八○)四月、全光明最勝王経にちなんで、自らを最勝王と名乗り、仏敵清盛を滅ぼせと平家追討の令旨を諸国へ発した。

 しかし勢いにまかせたずさんな計画は、準備が整わぬ前に平家側に漏れてしまう。

 翌五月、そのころ蔵人(くろうどの)(とう)(とうの)中将(ちゅうじょう)と呼ばれていた重衡は、大将の一人として以仁王の追討を命じられる。


 奈良へと逃げる以仁王を、重衡は手勢を引き連れて追った。

 武者姿の重衡は、いつになく精悍さを増していた。

 白地に雪花紋(せっかもん)を浮かせた直垂(ひたたれ)に、紫裾濃の鎧。馬は世に知られた鹿毛の名馬である。

 重衡のそばには、一人、彼の横顔を見つめる者がいた。

 人間(ひと)の目には見えない。

 姿を消した狐女である。

 本気になるなと自分に言い聞かせていたゆかりも、愛する者が戦場に向かうと知って、何もせずにはいられなかった。

 彼のそばに気配を消して寄り添っていたが、重衡の引き締まった顔つきに、日ごろの甘ったるさは微塵もなかった。

 戦闘というものは、かほど男を変えるのだ。

――合戦……

 己れらの意思を貫くべく用いられる最終手段にして、しかし、その正体は互いの生死を省みない狂気と暴力。

 ゆかりは今さらながら、戦さの恐怖に怯えた。

 けれど、彼女の心配は杞憂に終わる。

 検非違使庁の士卒三百騎と以仁王の手勢五十騎は宇治川で合戦となり、以仁王らは討ち取られて首級をあげられる。重衡が彼らに追い着く前に。

 ゆかりは余りのあっけなさに気が抜けた。

「合戦というものが、これほど簡単に決着がつくものなのか」

 そもそも、この以仁王の叛乱が小さな火種のうちに発覚したのだ。もみ消すのも容易であった。

 人々は安心しきって日常の生活に戻っていった。

 けれど、このささやかな叛乱の火は、本当に宇治川の流れに掻き消えてしまったのか。

 否、以仁王の令旨は密かに全国の源氏のもとへと運ばれていったのである。

 力なき反乱者の熾した種火は数年後、日本国中を戦禍に巻き込む燎原(りょうげん)の炎となるのだった。


 南都消失


 以仁王の叛乱の残り火は、西国でもしばらくくすぶり続けた。

 彼が落ち延びようとした南都(奈良)の衆徒たちが騒ぎ出したのである。

 新興勢力たる平氏に警戒心を持っていた彼らは、この件で一気に不信感を露わにした。

「以仁王が頼ろうとした南都を朝敵と決めつけ、奈良を攻めにくる」と噂が立った。

 騒ぎをしずめようと、清盛は臣下の者を使いとして奈良に向かわせた。

しかし、集まってきた衆徒は、

「敵の使いだ! 車から引き摺り下ろして、髻を切ってやれ」

 と騒いだので、慌てて逃げた。

 後日、別の使いを出したが、

「また来たか! 髻を切ってやる」

 今度は本気で刃物を持ち出したので、こちらも慌てて逃げた。

 悪僧たちは武器を準備し、奈良坂や般若寺に掘と(かい)(だて)を巡らした。

 奈良から吹く風は次第にきな臭いものとなる。


 五月月(つき)(ずえ)、清盛は南都征伐を上皇に奏上しながら、それと引き替えのように六月、念願の福原遷都を強行した。実際に仏弟子を相手に刃を交えるよりは、寺院勢力の影響を遷都によって断とうと。

 けれど都となった摂津(兵庫県)和田の地は、宮城とするには狭小かつ貧弱に過ぎ、整備が一行に進まなかった。また、海近く、(さわ)()つ波音に都人が馴染むことはなく。不安定な土地は人心をも不安定にさせたか。計画は頓挫し、十一月には清盛も天皇・上皇の旧都還御を決定する。何より上皇(高倉)の体調が優れなかったからだ。


 この間、南都の衆徒はますます勢いづいた。

 清盛も騒動をおさめるべく、手の者を大和国の検非違使所(けびいしどころ)長官として派遣する。

「例え衆徒が乱暴なことをしても、決して挑発には乗るないぞ。汝らは警戒されぬよう鎧をつけるでない。武器も携帯するでない」

 くれぐれも大事に至らぬよう、事細かに指示する。

 だが、南都の大衆は、彼の深慮を知らず、長官の手勢六十余人を捕まえると、彼らを殺してその首を晒したのだ。

 衆徒の挑発に、清盛も果断な態度で応じねばならなかった。

 遷都計画の挫折を期に、反対勢力が盛り返す素振りを見せ、平家政権の出方を伺う法皇の視線も感じた。

 口惜しいことに、上皇が病に倒れたため、引退に追い込んだはずの法皇に政務復帰を依頼せねばならぬ状況にあったのだ。

 関東で蜂起した頼朝の軍勢に、富士川で大敗したばかりの時期でもあった。

 清盛は、最も信頼する息子、重衡に南都征伐を命じた。


 十二月二十五日、重衡を大将に、四万騎の軍勢が南都へ出発する。先の以仁王討伐とは比べものにならぬ軍勢である。


 重衡は思った。

 相手は仏弟子を名乗る輩。

 逆に、自分たちはどんな大義を持つのだろうかと。

 しかし、旧勢力のしがらみを振り払うべく行われた遷都に失敗した時点で、彼らとは正面から向き合わねばならぬ宿命(さだめ)にあった。

 父の覚悟に、己れの心を沿わせねばならなかった。

 すでに南都では、老若男女七千人余りの衆徒が、武装して待ちかまえているという。


 同月二十六日、雨雪のため宇治に逗留。

 翌二十七日、当地で矢合わせとなる。

 重衡の軍勢は、徒歩(かち)の大衆を馬で追い回し攻めた。衆徒は散り散りに逃げていく。夜までに奈良坂・般若寺が落ちた。それでも未だ抵抗の構えを崩さぬ武装集団が小路のあちこちに身をひそめていた。


 南都側にも、武器を振り回し、際だった活躍を見せる悪僧がいた。しかし、系統立てた指揮を振るえる武将がいるわけではない。所詮は素人の集まりで、それでも彼らは粘り強く征討軍に抵抗した。

 日は沈み、周囲は徐々に暗さを増す。

 重衡は「火を持て」と命じた。

兵らは松明を掲げ、僧房に火を放った。放火は戦闘の常套手段である。しかも当時の僧房は遊女を引っ張り込み、肉食を楽しむ堕落の巣であった。彼は容赦しなかった。

 昨日の雨雪はすっかり収まり、かわりに風が強く吹いていた。

 風は夜半を過ぎるといっそう強さを増した。

 いくつかの火元から寺院の伽藍へ炎を吹き付けた。

 火は見る間に燃え広がっていく。


 同時、戦闘から身を隠していた衆徒は東大寺や興福寺にいた。

 東大寺では戦力にもならず、それ故討ち死にを免れた老卒や稚児、尼らの弱者ばかり、数百もの人々が大仏殿の二階の桟敷へ上がっていた。

 敵兵が近づけぬよう(きざはし)を落したのは、後に降りかかる悲劇を予測しえずして――

 寺々を焼く猛火は、ついに大仏殿をも襲った。

 二階にいた人々の足元は、一面火の海と化した。

 しかし、逃げ場はない。

 炎は上へ上へと這い上がる。人々は悲鳴を上げて、助けを求めた。

 彼らの叫びに平氏勢が集まりくる。彼らでさえこの惨状に救いの手を差し伸べようと右往左往したが、塔の何階分にもあたる桟敷の高さに手の出しようがなかった。

 報せを受けた重衡も駆け付けた。

 辺り一面燃え盛る炎。

 風に煽られ、火は広がる一方だった。

 重衡にできることはなかった。

 例え神仏でも手の施しようはなかっただろう。

 炎は天まで焦がさんと、赤い(かいな)を無数に伸ばし、雲を夕日のごとく染め上げた。

 炎の合間から見える殿宇の中、大仏は溶け出し、大音響とともに首が落ちる。

 仏の加護もここまでだったか。

 桟敷は燃え落ち、人々は火の海に投げ出された。耳を覆う断末魔の悲鳴。

 これに平家の軍勢からも叫び声が上がる。

 阿鼻叫喚、この世の地獄があった。

 誰もが目をそむける光景を、将たる重衡だけがまっすぐに顔を向けていた。

 燃える(ほむら)にその顔を照らされながら、まるで目に焼き付けようとするかのように。

 重衡が何か呟く。だが、それは誰にも聞き取られることはなかった。

 伽藍の火は朝まで燃え続けた。


 大仏殿のあった東大寺。

 盧遮那仏は溶けきって山になり、焼け落ちた頭部は大地に転がる。経文の類も一巻残らず全て塵になった。

 藤原氏代々の寺である興福寺。

 仏教伝来の際に渡ってきた釈迦の像は、瑠璃の回廊や朱丹の高楼とともに灰燼に帰した。

 その他、幾多の講堂、僧房が焼け落ちただろう。

 残ったのは人々の嘆きばかり、あちらこちらですすり泣く声が聞こえる。

 焼け死んだ衆徒、討ち死にした衆徒は千人とも二千人とも言われた。

――あのような真似をして、きっと今に仏罰が落ちる。今に見ておれ。平氏の輩ども。

 南都に怨嗟の声が満ちわたり。

 その中を、一先(ひとまず)の勝利を収めた重衡の軍勢が都へと向かっていた。

 延々と続く行進は、葬列のように静まり返っている。

 勝ったはずなのに。生き延びたはずなのに。

 喜ぶ者は誰もない。

 犯してしまった過ちを、なかったことにはできない。

 人々は、己れらの為した取り返しのつかぬ結末に傷つき、打ちひしがれ、未だ立ちこめる煙と煤の中を黙々と行く。

 凱旋将軍たる重衡は、一度行進を止め、彼らを振り返った。

「我らのしたことは間違いだったか」

 答える者はなかった。

「大仏殿の焼失は我らが望んだことか」

 皆、静まり返っていた。

「我らの勝利と盧遮那仏の焼失は別物だ。全て我らの手を離れたこと。死んだ衆徒たちは罰を受けたのだ。これは御仏(みほとけ)のお考えにある」

 兵らは顔を合わせた。

「そのような顔をするな。我らは勝者でないのか。胸を張って前を()、勝ち鬨を上げよ」

 誰もが戸惑う。

 しかし、将命である。

 彼らは気の進まぬまま声をあげる。が、それは波のざわめきのようなもので喊声にはほど遠い。

 重衡は許さず、

「声が小さいっ。もっと大声をあげよっ」

 と、威丈高に命じる。

 総大将の彼へ反発などできぬ。代わって、兵らはやけくそのように大声を出し、腕を振り上げる。

――俺たちは悪くない。

 そう思い込もうと、皆は憑かれたように喉を振り絞る。

 人々の声は鯨波となって焼け跡に立ち上る煙を震わせた。


 真の敵


 奈良焼失の報を受け、重衡を迎えた清盛は、

「何と言うことだ。大仏殿を焼き、罪のない尼僧や稚児までも殺してしまうとは――」

 動揺を抑えかねた父の嘆きに、

「それでは私を罰してください。今すぐ、この首、討ち取ってください」

 重衡は清盛を見た。

「できない、でしょう」

 当然だ。合戦で敵将の息子でさえ許してしまうお優しい父であっては。

 先の富士川戦でも、官軍を大敗させた大将維盛へ、

「流罪だ!」

 侍大将忠清へ、

「死罪だ!」

 激情に任せて口走っておきながら、結局処分を曖昧にしてしまった清盛である。

 父は自分が思うほど冷徹になり切れない人だった。


 しかし、大仏殿焼失は何としても重衡の不手際だった。

 政敵らは、事実以上にこの機を捕らえ、平家一門を失脚させようと謀るだろう。一族を守るには、息子一人に責任を負わせ、罰するしかない。なのに、この父はできない。ならば、言い続けるしかないではないか。この度の南都焼失は平家の所行ではなく、横暴な衆徒へ御仏が罰を下したと。

 重衡は燃え盛る大仏殿を前にして思った。

 己れは許されざる大罪を犯した。しかし、それを罪として自覚すれば、平家一門に災厄が降りかかる。全ては御仏の思し召しとして振る舞い、懺悔の念などおくびにも出してはならぬと。

「過ちを過ちとして認めてはならないのです」 

 重衡の強い口調に、清盛は意外なものを見るような眼差しで息子を見た。

「そなたが、かような物言いをするとは思わなかった」

 ――危機に臨み、武家の血が目覚めたか。

 平家は武門の出である。しかし自らは太政大臣として人臣の位を極めた際にその出自を捨てた。息子たちも公達と成り果て、重衡はその最たるものだと思っていたが。

「父上、早く手を打ってください。彼らが仕かけてくる前に」

 父もまた息子の覚悟に、己れを沿わせねばならなかった。


 平家政権に対抗する者は徹底的に殲滅するとの意志表明。

 南都の結果はそう転化された。

 清盛らの強硬姿勢は当然のように公卿らの反発を招いた。

「大仏を焼失させたと」  

「万巻の経を灰にせしめたと」  

「そのうち平家に、仏罰がありましょうぞ」

 彼らは噂し合う。面白可笑しく吹聴する。武力を持たぬ彼らの唯一の武器。風評をもって政敵を沈めようと。

 すでに同年八月、以仁王の令旨を受けた頼朝が伊豆で挙兵し、九月、彼を追うように信濃で義仲が兵を挙げた。十月の富士川戦の大敗は記憶に新しい。

「何かが起こる」

 彼らは何をするでもなく、ただ期待を込めて見守った。

 翌治承五年一月、高倉上皇崩御。閏二月、清盛没。

 ――ほら、ごらん。仏罰さ。

 誰もが平氏崩壊の足音を聞く。

 その後の平家の人々の度重なる不幸を招いたものは何だったのか。政敵の陥穽、源氏の叛乱、真の仏罰、それとも歴史の必然か。


「頼朝の首を我が墓前に供えよ」

 清盛の遺言だったというが、生涯殺生を嫌った彼の言葉とは思えない。また生前の彼は、まさか一介の流人に平家一門が滅ぼされるとは知らず。この時期、中央への反抗は近畿を中心に頻発し、死に臨む彼の憂意は他に数多(あまた)あった。ただ、頼朝に対する彼の無念は察して有り余る。二十年前、仇敵源氏の嫡男に情をかけ、その返礼が平家打倒の挙兵だったのだから。


 清盛の初七日の翌日、(くろ)人頭(うどのとう)平重衡は院庁御下(みくだし)(ぶみ)を胸に、一万三千騎を率いて東へと下向した。先年、兄知盛が伊勢へ発向し、源氏方を敗走せしめていたが、その兄が病に倒れたのだ。知盛に代わる者として一族を見渡せば、重衡がいた。けれど、武勇の器量に耐えうると送り出されたその陰で、人々は袖引き合って噂し合う。南都を灰にした「下手の重衡が」と。


 重衡出陣。

 官軍は知盛の軍兵と合流し、三万騎余りの大軍勢となった。

 三月十日、尾張(愛知県西部)墨俣川の畔で、対岸に結集した源氏の軍勢と対峙する。

 睨み合ったまま、両軍動かずに夜を迎えた。


 帷幕の中の人々が寝静まったころ、重衡の馬丁は、ひどく興奮する主人(あるじ)の馬に手を焼かされていた。何かに怯えるように後ろ足で立ち上がり、首を振り、一時も落ち着かない。

「いったいどうしたんだ」

 綱をひき、声をかける。

「どうどう」

 その綱が馬の前足に絡まりかけた。名馬の足が折れたら大変なことになる。慌てて綱を弛めると、馬が力を込めて首を振った。

 あっと言う間もなく、綱が手をすり抜け、自由になった馬は川の方へと駆けだした。馬丁も急いで追いかける。

 馬はすぐに見つかった。川岸で水を飲んでいる。それから首を上げると、ぶるぶるっと身震いし、周囲を警戒するように鼻先を左右に振り立てた。

 馬丁はそっと近づき綱をとった。

 馬は動かなくなった。

 ちょうどよいと馬丁はしゃがみ、馬の足でも洗おうとした。

 だが、どうもようすがおかしい。

 馬はじっと対岸の一点を見ている。

 彼もつられてそちらを見た。

 暗闇に蠢くいくつもの影。

 対岸の縁を数え切れない人馬が密かに移動していたのだ。

 馬丁は馬の轡を取ると、敵に気付かれぬよう、こちらも密かに本陣へと戻った。


 夜明け前、源氏の軍勢は名乗りもせず対岸の平氏勢へ襲いかかった。

 月が西の山なみに沈んだのを合図に、ためらいもなく敵陣営へ矢を射かける。

 空気を引き裂く矢音が暁闇を満たす。

 敵方はまさに寝耳に水。寝ぼけ(まなこ)で応戦するか、それとも慌てて逃げ出すか。三万騎の相手方に対し、源氏の兵力は六千騎ほど。

 もっとも、同じ源氏とはいえ彼らは鎌倉の頼朝とは別に旗揚げした軍勢である。

 大将は頼朝の叔父行家と弟義円、二人は圧倒的な兵力の差に卑怯を卑怯と思わなかった。

 しかし、間もなく、

「ようすがおかしくないか」

 行家が訝る。

 敵の陣営が静かに過ぎるのである。

「全員射殺したとでも?」

「まさか」

 東の空が白み始めたころには、存分に矢を射尽くした。

 行家は突撃の命令を下す。

 浅瀬を選び、兵らが喊声と水飛沫を上げて突進した。

 敵陣の垣盾を踏み倒し、帷幕を切り裂く。

 そのとき、暁の光が戦場に投げ込まれた。

 平氏の軍勢があるべきところに人影はなく、先ほどまで散々に射た己れらの矢が無数に散らばっているだけだ。馬の蹄がその矢を踏み折り、バリバリと音を立てた。

 奥の森を見た。木立を背にした無傷の平家軍が、矢を弓につがい、こちらを狙っていた。きりきりと弦を引き絞る音が聞こえるほどに。

 源氏勢は戦慄した。

――まずいっ。このままでは矢の的だ。

「左右に散開っ」

 命令を待つまでもなく、兵らは身体の向きを変え、走り出そうとした。

 そしてまた戦慄する。

 今まさに逃げんとした目の先に、弓を構え、矢壺を絞る兵どもがいた。

 ――気取られていたか。

 彼らがそれに気付いたとき、三方から飛箭が降り注ぐ。(せん)の源氏方が射た数倍の報い矢をもって。

 唸りを()ぐ鋼の雨。

 彼らに逃げ場というものはなかった。あったとしても、それは背後の川だけだった。矢疵を負いながら必死で川を渡ろうとする。

 それを見越していたかのように、両側(りょうそく)に展開していた軍勢の中から騎馬の一団が川へなだれ込む。騎射で次々と射殺しながら、追い散らす。

 小勢の手負いの源氏方、それを数倍する軍勢のなお壮健な平家方。

 すでに勝負はついていた。源氏は三百九十名が射殺されるか生け捕られるかした。他にも溺死した者は三百名余り。大将の一人義円は死んだ。

 これほどまでの完全な勝利、あるいは完全な敗北があったろうか。

 源氏の敗卒は尾張(愛知県西部)熱田に籠るが破られて敗走、さらに三河(愛知県南部)の矢作川まで退く。重衡は当地で追撃をやめ、それ以上の深追いをさせなかった。北陸の義仲の情勢を気にかけてのことだった。

 堂々の凱旋。

 だが重衡は、これで南都の罪が清算されるとは思わなかった。


 狐女はこの戦いにも重衡のかたわらにいた。

 重衡は将門と違い、自ら兵を率いて敵陣に突入する種類の武将ではなかった。多くの近習に守られながら本陣で采配を振り、兵を動かす。その戦い方に最初は戸惑ったけれど、彼の身を案じて付いてきた彼女としては、むしろ心安い。

 流れ矢に当たらぬよう見えざる傘を掲げ、後は敵が自滅していくのを見ているだけだった。

 合戦直前に馬を使い、敵の移動を知らせられたことにも満足していた。

 重衡は勝った。生き延びた。

 けれど恋人の顔に歓喜の色はない。

 きっと南都のことが尾を引いているのだ。

 南都攻撃の際も、狐女は重衡のそばにいたが、彼女でさえ燃え盛る大火を消すことはできなかった。

 大仏殿焼失の罪業は重衡一人が背負い、あの晩の苦い勝利は、彼から笑顔を奪った。


 重忠、捕わる


 重衡は平家の公達武将の中にあって負け知らずであった。

 しかし、平家の末路は語るまでもなく。

 思えば、この墨俣川での大勝が(あだ)となった。

「勝った、勝った」とまるで敵の全てを討ち果たしたかの大騒ぎ。

 北陸では義仲の、関東では頼朝の、それぞれ十万とも言われる大軍が無傷で温存されていたものを。


 平家の人々は重衡の勝利にしがみつき、次の除目では戦果のなかった者まで昇進させた。華やかな催しに興じ、見たくもない現実から目をそらした。

 飢饉の年にあって、義仲も頼朝も兵を動かすことを控えただけであったのに。


 養和二年(一一八二)二月、陰陽寮から報告が届く。

「太白星(金星)が昴をおかした。四方より夷狄おこる」と。

 しかし、聞きたくもないことは聞こえぬふりをした。


 清盛の嫡男である長兄宗盛は凡庸で、次兄知盛は病弱。この兄らとは、清盛の正妻たる母を同じくしていたため、自然、一門の決断は重衡に降りてくる。しかし、早世した異母兄重盛の子らとの関係は微妙なもので、また、清盛の弟たる叔父らの存在は心強くも、年長者への遠慮があった。彼は統率者として父の代わりとなるには若過ぎたのだ。

 一門を統制する者がないという危うさ。

 けだし平家の没落は、清盛の死から始まっていたのである。


 寿永二年(一一八三)四月、北陸道の義仲の軍勢が動き出す。これを討つため平家は追討軍を出向させるが、大将は維盛。富士川で大敗を喫した彼は、またもや()()伽羅(から)峠で自軍を敗走させてしまう。光源氏と詠われた美貌の彼は、叔父重衡と違って才色兼備とはいかなかったらしい。

 その維盛をなぜ出陣させたか。

 重衡やその兄や叔父らは一門の中枢にあり過ぎたために、生死を分ける合戦に討って出られなかった。人材の温存をはかる余り、その人材を生かすことをしなかった。


 その後の篠原での無惨な敗北、義仲の入京に伴う都落ち。

 まるで坂を転がるように、平家は落ち目を迎える。


 西海へ逃げた平家が太宰府を追い払われて、(のち)

 一門が居場所を失い、真に追い詰められてようやく、重衡は総大将として討って出ることが許された。

備中(岡山県西部)水嶋、備前(岡山県東部)東川、播磨(兵庫県)室山と、彼の奮戦により平家軍は巻き返し、京都奪還を目前に福原まで軍勢を進めたものの。


 寿永三年(一一八四)二月、源義経の奇襲により、重衡は生田の森で生け捕られる。

 

 恋人の危機に、狐女のゆかりは救出に行かなかったのかと。

 そもそも彼のそばにいなかったのかと。

 それには理由があった。


 時間は少し遡る。

 義仲勢の進撃が京へ間近に迫ったころ、都大路を騎馬が駆けめぐり、鎧武者が横行した。まるでもう戦が始まったかのような喧噪(さわぎ)である。

 義仲はすでに叡山と手を結び、別働隊は吉野の衆徒を味方につけたという。一方の平家に、殿上人の中で味方となる者は誰もなかった。

 彼らは見限られた。

 追討軍どころではない。ただでさえ、京の都は防御性に乏しい。勝ち目のない平家一門は幼い帝と三種の神器を奉じ、急ぎ都を脱出した。法皇もお連れしようとしたが、どこに隠れたのか姿がなく、あきらめて出発する。敵に奪われてはならじと西八条殿や六波羅の主立った邸に火を放ちつつ。

 寿永二年(一一八三)七月二十四日の夜半から二十五日の昼までのできごとである。


 まさに台風一過。この騒ぎが平家の人々とともに去ると、都は不気味なまでに静まり返った。   

 比叡山に隠れていた法皇も、

「やれやれ、これで都も安泰だ」

 厄介者がいなくなってせいせいしたと周囲に漏らし、駆け付けた公卿らも同じ思いでうなずき合った。

 人々が落ち着きを取り戻すと、都では様々な情報が行き交った。

 平家の誰それは妻子を置いていっただの、彼それに家財が預けられただのと、かまびすしい。

 ゆかりのもとへも、重衡に関する報せが届く。

 五条の正妻だけ連れて都を逃がれたと。

「私には文一つ寄越さずに」

 わっと泣き伏したのは別の女房である。

 閑院でも彼と付き合いのあった女房は、自分一人だけではないと知っていた。平家の御曹司にして容姿端麗の重衡。如才なく機知に富んだ彼を本気で愛してしまう女がいてもおかしくない。しかし、(はた)でわめかればこちらとて気が滅入る。

 一族こぞっての都落ちでは、愛人まで連れてはいけない。しかし、己れとて捨てられたのは厳然たる事実なのだ。

 ――悔しい? 悲しい?

 その思いをぶつける相手がいない今、虚しさだけが胸に残る。

 ――追いかけていって恨み言の一つを言う?

 いや、今は何をしても意味がないように思える。

 この後の情勢も知れない。 

 ――情勢・・・・・・

 重衡も平家の武将。再び合戦に赴くのは必至だ。

 けれど、その事実も、恋人に捨てられた虚無感を前に、心を動かすことはなかった。

 あんな男、死んでしまえばいい。

 そんな腹いせを思ったわけではない。

 だが、このときのゆかりに、重衡が死ぬ、という危機感は薄れていた。先の合戦のせいである。圧倒的な兵力と戦い振り、将門との違いも大きかったかもしれない。

 私がいなくても大丈夫、そう思いこんでいた。


 ゆえに、平家の都落ちから半年が経ち、『重衡捕らわる』の報は、ゆかりの不意をついた。 

 その間、義仲は没落し、都では義経の軍兵が幅を利かせ、この閑院もすでに新帝(安徳天皇の弟君)の御所となっていた。

 ――どうする? 助けに行く?

 しかし、全てが物憂く、身体が動かない。

 思い悩むうち、重衡が京に護送される。収容先は源氏方の武将が駐留する八条堀川というが、大路中を牛車の簾を上げて晒し者にされたと聞き、さすがに胸が痛んだ。

 多くの人に愛された重衡だったが、

「これも南都を焼いた報いでしょうな」

 誰もが同じことを口にした。


 春の日が暮れかかるころ、ゆかりは一人の使者の訪ないを受けた。

 重衡から文の使いと聞きくと、日ごろのたしなみも忘れ、思わず広縁まで走り出た。

 たかが手紙にさえ動揺する自分に驚く。

 都落ちで別れたことになっているかつての恋人。その上、遊び相手。

 それなのに。

 急いで文を開いてみれば、不義理を重ねたことの詫びや、都を落ちてからの過ぎ越し、己れの先行きについて思うところが書かれてあった。

 そして、最後に、

「あなたに会いたい」と。

 ゆかりは震える手で返事を書いた。

「私もあなたに会いたい」と。

 ――本当なら今すぐにでも飛んで行きたい。

 そんな彼女へ、使いの男は去り際、そっと言付けた。

「警固のお侍は話のわかる人です。もしかすると、お二人の望みが叶えられるかもしれません」

 ――あの人に会えると言うの?

 ゆかりはあまりのことにくたくたと座り込んだ。

 彼女をただの女と思ってか、使者は、

「勇気をお持ち下さい。主をお慰めできるのは、あなたさましかいないのですから」

 と、励まして帰っていった。


 辺りが暗闇に沈んだころ、人目を忍ぶように牛車が迎えに来た。

 ゆかりは夢のような気持ちで車に乗り込んだ。

 物騒な京の夜道を牛車が行く。源氏の軍勢が駐留してより、都の治安は目に見えて悪くなった。ゆかりが他の女であれば、夜盗に襲われぬかと怯え、尻込みするところであったろう。

 ――他の女・・・・・・

 ゆかりは自問した。

 自分は重衡の数ある愛人の一人に過ぎない。

――なのになぜ、私なのだろう。

 警固の侍が話がわかるといっても、そう何度も女との逢瀬を許すはずはない。呼ばれたのは、おそらく自分一人。

――あの人はなぜ私を選んだ。

 互いに遊びと割り切っていた仲だったはず。

 彼のような男に真実などない。それを探ろうとするのは無駄なことだ。それなのに、考えることをやめられない。ここにきて、まだ男に振り回される自分に苛立つ。

 牛の歩みがとても遅く感じられたが、車はやがて堀川へ。

 牛車はゆっくりと車宿りに寄せられ、牛が外された。

 半年振りに会う重衡。いったいどんな顔をすれば、どんなことを話せば、と悩む。

 だが、それには及ばなかった。

 簾の前に人影が現れた、と思う間もなく、勢いよく簾がまくり上げられ、現れた重衡に抱き締められる。

「侍たちには暇を与えました」

 そう耳元で囁くと、ゆかりを押し倒した。

 衣を解く間も惜しむ、性急さ。まるで初めて会った日のように。


 乱れた衣を身繕いしようと、重衡の身体から離れかけたとき、ゆかりは血の匂いを嗅いだ。夜目のきくゆかりは男の肩に血がにじむのを見た。

 いくら人払いしたといっても、見張りの役人がそう遠くにいるとは思えない。車宿りにはいつ人や車が入ってくるかわからない。

 息をひそめ、衣擦れの音さえ気にして。

 思わず上げそうになる声を漏らすまいと男の肩に噛みついた。

 ――そんなに強く噛んだつもりはないのに。

 重衡の直垂を小袖ごと片脱ぎにさせると、男の血を舐めとって、傷を癒そうとした。

 その愛撫にも似た仕草に、重衡は微笑する。

「今宵のよすがとなりましたね」

 男の声は穏やかで、そのあまりに落ち着いたもの言いに、ゆかりは、はっとして重衡の目を見た。

 諦念――

 男の静謐な眼差しは、全てをあきらめ、覚悟を決めた者のそれであった。

「本来であれば、生田で失っていたはずの命だから惜しくはないよ。自決しようと思っても果たせず、無様に生け捕られてしまったね」

 重衡の言葉は己れへの冷笑ともとれた。

「そのようなこと、おっしゃらないで下さい。私はあなたを助けようと思えば助けることができるのですから」

「どうやって? いや、それは聞かないでおこう。命を惜しんでいるとは思われたくないから。若くして死んだ従弟や甥たちを思えば、今こうして生きていることさえ恥だと思っているよ」

 ゆかりは重衡の顔を見た。

 華やかな顔立ちに紛れて気付かなかった。この人は心の底から武人なのだと。

 重衡は恋人に微笑みかける。

「それでもまだ未練があったとみえて、あなたを呼んでしまった」

 まるで、ゆかりと会えたことで、全てを思い切れたとばかりに、彼の笑みは澄んでいた。

 自分との逢瀬が、男を死出の旅へ送る(はず)みとさせるなんて。

 ゆかりは重衡に抱きついた。自分を捨てたことはもう恨むまいと思った。

 男は女の背中に手を廻し、やさしく撫でさすった。

「すまないね。最後まで不実な恋人だったね。あなたをこの世に残しておくのは本当に忍びないけれど、これも運命だと思ってあきらめてほしい……」

 重衡の声は自若(じじゃく)に過ぎ、ゆかりは言うべき言葉を失った。

 だから言葉ではなく。

 女は我が身を男へ押しつけた。

 もう一度私を犯して、と―――


 牛車は夜明け前に、御所へとゆかりを送っていった。

 帰る道すがら、止めどなく涙があふれた。

 重衡の前では涙を必死で堪えた。彼を困らせようとは思わなかったから。

 ――ああ、そうか。だから私が呼ばれたのだ。

 ゆかりは気付く。

 泣かない女、そんな理由で。

 ――最後まで、あの人は私を振り回すのか。

 疼く胸を押さえた。

 不実(うそ)誠実(まこと)が入り交じった男。

 彼からの慣れ親しんだ甘い痛みに、むしろ陶酔を覚えて。


 命のゆくえ


 ゆかりには慢心があった。重衡を助けようと思えば助けられると。

 己れには人外の力があると。

 しかし、ゆかりは自分でも知らずに通力を失っていたのだ。

 重衡の子を孕んだために。


 あの夜、車宿りでの逢瀬で身ごもった子ども。

 ただの女となったゆかりには、重衡が鎌倉へ護送されるときにも、黙って見送ることしかできなかった。

 そして、通力を失った身で初めて知る。

 どんなに自分が彼を愛していたかを。


 ――なぜ今なの。なぜ今、子を宿さねばならないの。

 苦しみ、悶えるのは、重衡への愛を知ったから。自分がただの女となったから。彼の子どもを孕んだから。

 皮肉な堂々巡り。

 やがて、ゆかりは重衡の最後の言葉を思い出す。

「これも運命(さだめ)だと思って」

 諦念の極地にありながら、なお彼が、この世に残そうとしたもの。

「これも運命」

 重衡に愛された証し。

 そっと、お腹に手を当ててみる。

 ――あの人の命がここにある。

 そう思うと、一人でも生きていけるような気がした。


 鎌倉へ送られた後も、重衡の沙汰は一向に定まらなかった。敵の頼朝でさえ、彼ほどの器量人を断罪することを惜しんだからである。

 これを伝え聞いたゆかりは是非もないと思った。

 誰からも愛された男は、敵将の心をも掴むのだ。


 重衡は鎌倉に到着するより前、伊豆で狩りをしていた頼朝と会っている。

 対面の場で彼は、

「武士であれば、敵の手にかかって死ぬことは恥でも何でもありませぬ。さぁ、存分に首を跳ねられよ」

 堂々と意を述べ、頼朝を感服させた。


 南都の焼き討ちについて訪ねられても、毅然として答える。

「衆徒の悪行を懲らしめようとしたことが、図らずも伽藍炎上となりました。しかし結果は結果として、己れ自身、責めを受ける覚悟にございます」

 敵方の捕虜となって初めて、重衡は真実を打ち明けることができた。


 大仏殿の焼失は、生まれたときから自分の望むとおりに生きてきた彼にあって、人としての無力さを突きつけた。その衝撃はどれほどのことであったろう。

 昔からそこにあって当然だったものが、永遠であるはずのものが、目の前から失われていくということ。

 だが、それは始まりでしかなかった。

 一族の都落ちには西八条や六波羅の邸、西海へ赴く際には福原の旧都――己れの父祖たちが築き上げたものをこの手で焼き滅ばさねばならず。

 まさに、因果応報。

 ――この世には、本当に仏罰というものがあるのか・・・・・・

 重衡は自分の犯した罪の重さに呻いた。


 天意は、彼から全てを奪おうとしていた。

 平家による政権、幼い天皇、一族の繁栄―――

 己れの命より遥かに続くと、続かせねばならぬと思われていたものたちが、今。


 自身が生け捕られた際、三種の神器と交換に、天皇と一門の安固を保証させるべくあらゆる伝手を頼った。しかし、全ては徒労に終わった。都では亡き高倉上皇の別系の皇子が天皇とされ、源氏と結んだ法皇が再び隠然たる力を発揮していた。

 ――もし仏罰というものがあるなら。

 一族の罪業を、この身一つに背負って地獄に堕ちるのであれば、むしろ本望とさえ云えた。


 獣性の鏡


 鎌倉滞在中、重衡は囚人(めしうど)であるのにも係わらず丁重な扱いを受けた。

 頼朝は管弦の宴を催すなどして、彼の憂意を慰め、美女まで寄越す配慮である。

 歌を詠みかける美女に、最初は気乗りしなかった彼も、女の歌才に()かれて歌を返した。

 興が乗ったのか、琵琶を手にし、曲を奏でる。女も重衡の(ばち)に合わせて歌う。

 久しぶりにほぐれた顔を周囲に見せたが、当の重衡は夜が更けると女を帰してしまった。

「せっかくの殿のお仲人でしたのに」

 彼の身の回りの世話をする者が言った。 

 てっきり夜の相手をさせるかと。

「あの人の体に何かあれば、罪作りなことをしてしまうからね」

 頼朝の膝元で敵将の子を身ごもりでもすれば、どんな災厄が身に降りかかるか。

 重衡の弁に、その武士もすっかり感心し、

 ――ただの女たらしではなかったんだな。

 と、認識を改める。

 彼の浮き名は、東国武士の間でも知られていた。

――けど、うちの殿も、囚人の独り寝にまで気を回すとはさすが好色家(褒め言葉)だよなぁ。

 当然のように、貞操観念に厳しい東国人の奥方とは諍いが絶えなかった。

 西国と東国ではものの考え方がまるで異なる。京育ちの頼朝は、板東武者を統率するにも人知れぬ苦労があったろう。重衡を歓待するのも、その()()を懐かしんでのことだと周囲の人々は思った。

 しかし、

――それは違う。

 重衡だけは知っていた。

 頼朝の真実の姿を。


 彼の脳裏に、頼朝との謁見の場面が蘇る。

 武家の棟梁、源頼朝。

 彼を目の当たりにして、重衡は理解した。平家一門が敗北した理由を。

 頼朝の母方は熱田大宮司を祖父に持つ上種(じょうず)、都育ち、

 十二歳より宮中に出仕した公達並の早成。

 頼朝の滲み出る品位や洗練された物腰から、そのような言葉が思い浮かぶ。さらに、端正な顔立ち。

 だが、そのようなものに惑わされてはならぬのだ。彼の瞳の奥にある光。それは紛れもなく武人のものであった。

 父清盛は頼朝の本性を見落とした。己れの物差しで彼を許し、その結果、我らに悲劇を招いたのだ。

 武家の出でありながら、長い公家暮らしで爪も牙も失った父は忘れていた。

 東国の武人は手段に、自他の流血を顧みぬことを。

 その獣性を。

 では、なぜ重衡にそれを理解し得たか。

 それは、彼もまた武人の稟質を備えていたから。


 頼朝も彼の瞳の中に獣性を見た。

 ――以前から気になっていた。

 平家の公達武将の中に、常勝不敗の男がいると知って。

 (ただ)(びと)が危機に瀕したからといって、武者(もののふ)としての本能に目覚めるなどということはあり得ない。この男は生まれながらの軍人(いくさびと)だったのだ。

 己れの流人生活を思えばわかる。

 周囲に悟られることなく、一世の有事に備えて牙と爪を磨く。危機と好機を嗅ぎ分ける鼻、聞き分ける耳を養う。この男は、それを平穏な公家の生活の中で行っていたのだ。おそらく人知れず。

 人が人を見るとき、己れの目を通してでしか相手を(けみ)することはできない。

 それはどんなに長く連れ添った家族や恋人でも、相手の本質を見極めることは困難であるということ。

また逆に、互いに同じ目を持つ者であれば、すぐさま相手を理解し得ることがあるのだ。

 この頼朝と重衡は、勝者と敗者という絶対的な立場を超えて、互いが鏡となって映し現した。


 図らずも頼朝が見抜いた重衡の本性。

 それは紛れもない東夷の血。

 けれど、貴族化する一族の中にあって重衡は孤独を抱えていた。他人にない自分の異質な部分を持て余した。子どものころから人の心を読み、相手の望むとおりに振る舞える彼は、それを表に出すことはなく。

 己れの本性を人に見せぬことを偽りというのであれば、常に彼は自分を偽った。

 周囲の人々は彼の偽りを(まこと)と思い、偽りの彼を愛した。

 だから、彼はますます自分を偽る。

 女人に関しても同様だった。偽りに偽りを重ねるから、ついに自分の本心さえもわからなくなった。いつもその場限りか、割り切った関係に終始した。

 けれど、一人だけ、特別な女性(ひと)がいた。

 男が女に望む麗質を全て持ち合わせたような人だったが、心寄せたのはそれだけの理由ではない。

 彼女も自分と同じような陰があった。

 己れの異質な部分を隠そうとするところ。

 家庭的に恵まれないようだったけれど、詳しくは知らない。

 ただ、ひどく心惹かれたのは確かだ。深い縁を感じて、

「私の子どもを産んでくれないか」

 本心を本心として語る術を知らないから、虚言(そらごと)のように聞こえたかもしれない。彼女は真言(まこと)として受け取ってはくれなかった。

 言葉を弄ぶ者は、言葉に裏切られる。当然の報いだ。

 しかし、今となっては・・・・・・


 吾子誕生


 「私には子どもがなくてね。平和なころは母親に残念がられたけれど、こうなった以上は思い残すことがなくて良かった」

 行く末も定まらぬ身に不安を覚えることもあったのか、重衡は身のまわりの世話をする者へ語ったという。


 京のゆかりは、この言葉を伝え聞いて、胸が押し潰されそうになった。

「いいえ、あなたには子どもがいるのです。私のお腹の中に」

 そう叫びたかった。

 しかし、都での平家の残党狩りは苛烈さを増し、平家の遺児など男児であれば、何歳の子であろうと容赦なく殺された。

 その方法も、首を刎ねる。水に沈める。穴に埋める。

 聞こえてくるのは耳を塞ぎたくなるようなことばかりだ。お腹の子のことは誰にも言えない。

 当時ゆかりは御所を退出し、廃れ宮の邸の一角を借り、端女を雇って暮らしていた。

 後宮にいたころ、貴人からの被物(かずけもの)を取っておいたので、しばらくは生活に困らない。


 振り返れば、宮中やら御所やらという場所は不思議なところだった。

 帝は皆、幼少者ばかりで、政治の実権は院の御所に移って久しい。

 天皇という権威の器に中身はなく、うち捨てられた本内裏が荒れたままにされているのは、その象徴だった。

 国政の中心たる院の周辺には、権力や出世にからむ欲望や執念、愛憎が渦巻き、本来の政治(まつりごと)そっち退けで、人々は互いの揚げ足とりに精を出す。

 (ため)に、政治は放埒を極めた。


 三十年前、皇室、摂関家、源平両氏の各身内を真っ二つに分かった保元の乱。これは、祖父の上皇が愛姫を孫の天皇に宛がい、自分の子を産ませたことに端を発した。不義の子は実父の後押しで帝位に就くが、退位後、自子を帝位に即けることは許されず、その恨みにより当時の天皇(後白河)であった弟相手に内乱を起こす。

 この乱が終決したあとも、程なく勝者の間で内輪もめが生じ、平治の乱へと繋がる。後白河が()寵愛(・・)の公卿を贔屓にし過ぎたためだ。

 平家がどうの、源氏がどうのという以前から国政は腐り切っていたのである。


 もっとも後白河法皇は、その見境のない男色(なんしょく)で命拾いをしている。清盛の婿で、彼の後押しで摂政となった藤原基通という青年貴族がいた。しかし彼は、平家が義仲勢に追い詰められるや、都落ちの計画を法皇に密告する。以前より院から秋波を受けていた基通は、新しい後ろ盾を得ようと一門と己れの体を売ったのだ。

 これを伝え聞いた公卿らは、

「まさに君臣合体・・・・・・」と影で揶揄しつつ、諌言する者はなかった。彼らは目先のことしか考えず、自分の利害の外にあるものはないも同然だった。

 平家の台頭、源氏の挙兵を許したのもそれ故である。


――おかげで宮中の女官の管理などもずさんなもの。狐一匹もぐり込むのに、わけもなかったけど。

 一方で、上つ方の乱倫が乱世を招き、大勢の人の命を奪ったのである。

 物の怪よりも彼らの方が、余程いかがわしい生き物ではないか。

 平家の人々は未だ西海で抵抗を続けていたが、昔日の面影はなく、凋落の一途をたどっていた。

「彼らに未来はあるまいよ」

 誰もがそう口にした。


 いったい、騙していたのは、騙されていたのは、どちらであったろう。

 昨年春の盛りに下った街道を、今年は夏の盛りに上る。

 尾張への国境近く、三河八橋に差しかかり、重衡は小休止を許された。

 逢妻(あいづま)(がわ)は八本の蜘手に別れ、流れのそれぞれに橋をかけたため、土地の名の由来となった。

 八橋は古来、歌枕に詠まれる燕子花(かきつばた)の名所であるが、上下京中、どちらも花のころを(たが)えた。

――昨年ここを通ったときは、昔語りにあるよう都を懐かしく思ったけれど。

 この旅の終着地は都ではなく、南の奈良。

 そこで待ち構えているものを思えば。

 重衡は川岸の燕子花に目を落とした。

 花は落ち、(つるぎ)に似た葉ばかりが長々と伸びている。

 見つめる彼に言葉はなく。

 ただ、促されて体を起こしたとき、

「父上は良いときに亡くなったね」


 前年の冬、ゆかりは子どもを産んだ。

 男の子だった。

 重衡から与えられた大切な大切な命。

 ゆかりはこの上ない幸福感に包まれていた。

 人並みの家であれば乳母を雇うものだが、ゆかりはそうしなかった。逆に自分の子どもに乳を与える歓びを、人の女はなぜ手放したのか、不思議でならない。

 ちゅっちゅっと音を立てて乳房にかぶりつき、無心に乳を吸う我が子。

 この愛おしさに思わず目を細める。

 ――いくら飲んでもいいのよ。私ごと飲みほしていいのよ。

 自分の全てを与えたい。偽りなくそう思える。

 愛すべき存在に、訪れる悲しみは薄れた。

 元暦二年(一一八五)六月、重衡の死の報せがもたらされる。

 すでにこの年の三月、壇ノ浦で平家は滅亡した。幼い帝は祖母に抱かれて波の下に沈んだ。

 重衡に利用価値はなくなった。頼朝も南都の要求を拒むことはできず、奈良へと送られ、途中、木津川で首を切られた。首級(しゅきゅう)は奈良坂に晒されたというが、将門とは違い、目を開くこともしゃべり出すこともなかった。狐女と情を交わしたというのに。

 ――あぁそうね・・・・・・。将門さまの首を生かしていたのは、私だったのね。

 ゆかりは気付いた。   

 己れの妄念が死者の安寧を妨げていたことに。   

 妖力を失ったゆかりにできることは、重衡の冥福を祈ることだけだった。

 ――でも、それでいい。

 今や、ゆかりには悲しみを乗り越える(すべ)があった。


 永遠へ


  「吾子(あこ)吾子(あこ)

 たった一人の子どもに名前などいらない。名付けなど、そんなもの人間のすることだ。

 頬ずりし、口づけし、抱き締める。

 ありったけの愛を注ごう。

 私の全てを。


 吾子はすくすくと育った。

 這ったと思えば立ち、立ったと思ったら歩む。

 毎日毎日違う変化が訪れ、成長を続ける。

 邸の外では、未だ不穏な空気が立ちこめていた。

 平家を追い出した義仲は義経に追われ、その義経も頼朝との不仲から京を追われた。

 頼朝の手の者たちは、平家の他に義仲、義経の残党狩りに(いそ)しまねばならなかった。

 ――これで、平家への目が緩まればよいのだけれど。

 そんな世情とは関わりなく、子は大きくなる。


 吾子は四歳(よっつ)になった。

 このころの吾子のお気に入りの遊びは、小さなおもちゃの車を赤い紐に結わえて、引き回すことだ。 

 とっとっとっとっ。

 引っ張る車がちゃんと付いて来るのか気になるとでもいうように、時折立ち止まっては後ろを振り返る。自分に付いて来てくれる小車を見て、うれしくなってきゃっきゃっと笑う。また覚束ない足取りで走り出す。

 見守るゆかりの周りを、車を引きながらぐるぐるまわり、足がもつれて転びかける。それを母の手がさっと伸びて抱き添える。

 吾子の甘い香りに誘われて、ゆかりはそのままぎゅっと抱き締めた。

「きゃうわぁっ」

 吾子は柔らかな母の身体に埋もれ、歓びの声をあげる。

 最近吾子は、言葉を覚えた。

(かか)ちゃま、(かか)ちゃま」

 自分が唯一無二の存在として求められていること。その実感を噛みしめ、母としての喜びに涙が溢れそうになる。


 けれど、突然の暴掠が母子を襲った。

 秋の穏やかな日差しの中、吾子と遊んでいた庭先に、二人の侍が押し入った。

 もの言う暇もなかった。吾子は男に掴み上げられると、そのまま連れさらわれた。

「母ちゃま、母ちゃま」

 泣き叫ぶ吾子を取り戻そうと男に追いすがるが、横にいたもう一人の男に蹴り倒される。起き上がったその目には、男たちが門から外へと消えるところだった。

 ――平家の残党狩り!

「待って! 行かないで!」

 ゆかりは叫び、追いかける。

 門の外に男たちの姿はなかった。

 遠く、吾子の泣き叫ぶ声が聞こえる。それを頼りに追いかける。

「吾子、吾子」

「母ちゃま、母ちゃま」

 どこをどう走り回ったか。

 気付けば洛外の寺院の敷地。 

 卒塔婆や石碑の建ち並ぶ墓場の中。

 そこは平家残党の刑場だった。

 立ち見の人がまばらに並んだ、その隙間から、信じられぬ光景が目に飛び込む。

 男らが、太刀を手にした役人らしき武者へ、吾子を引き渡すところだった。

 ゆかりの体が凍り付く。

 ――やめてっ、何するの!

 吾子の体が地面に下ろされる。

 役人が太刀を両手に握りなおす。切っ先を大きく天に振りかぶる。

 吾子が濡れた顔で役人を見上げた。

「やめてぇぇぇ」

 ゆかりは叫んだ。

 けれど、母の悲鳴も役人の刃を止められなかった。

 目の前には、赤い赤い血だまり。

 吾子の首は五輪塔の前に晒され、胴は堀へ捨てるため持ち去られた。

「かわいそうにねぇ」

「何も、あんな小さい子まで・・・・・・」

 人々のささやき合う声もゆかりには届かない。

 彼らを押し退け、我が子のもとへ駆け寄った。

「吾子、吾子!」

 血の気のない顔、たった今まで「母ちゃま、母ちゃま」と私を呼んでいたのに!

「吾子、吾子!」

 私の宝物、私の命。

 それなのに・・・・・・。

 ゆかりは吾子の首を抱いて歩き出した。吾子の命を奪ったこの場所から少しでも遠く離れようと。  

「吾子、吾子」

 母は子の首に話しかける。そうすれば、再び答えてくれるとでもいうように。

「――吾子、ほら、お車だよ」

 赤い紐で結わえた小車を引き摺り、それを時々振り返っては吾子に見せてやる。

「ちゃんと付いて来てるでしょう」

 (てのひら)に収まるほどの小さな吾子の頭を撫で、微笑みかける。

 顔を近づければ、髪に甘やかな香りが残っている。それを思い切り吸い込む。そして涙があふれ出る。

「吾子ぉ、吾子ぉ」

 吾子の首は腐り、異臭を放つようになった。それでもゆかりには、かつての吾子の香りを嗅ぎ分けられた。

 首は干涸らび、小さく縮んだ。もう吾子の面影はない。それでもゆかりは首を離そうとしなかった。

 幼児の髑髏(どくろ)を抱いて歩く女を、皆気味悪げに見て遠ざけた。子どもたちは石を投げて囃し立てた。

 ゆかりは吾子を抱いて歩き続ける。歩くのは、立ち止まれば現実に我が身が呑み込まれてしまいそうだったから。

 吾子の死から目をそらすために、ゆかりは歩き続けなければならなかった。

 髪は乱れ、衣は垢じみ、物乞いのような姿に成り果てても。


 先々では、彼女を哀れがる奇特者から施しを受け、喰い繋いだ。阿子へも噛み砕いて柔らかくしたものを、口移しで食べさせようとする。

 けれど、吾子の動かぬ口からは、ぽろぽろと食べ物が落ちるばかりだった。

「吾子、何で食べないの? おなか痛いの?」

 話しかけても吾子は答えない。

 ゆかりはどこまでもどこまでも歩き続けて、やがて海辺にたどり着いた。

 波打ち際に立ち止まる。

 立ち止まってしまった。

 ゆかりの体へ、音を立てて襲いかかる波――・・・

 ついに彼女は現実に呑み込まれる。

 生き返ることのない我が子の現実に。

 ――愛する者も、愛してくれる者も、この世にいないのなら。

 正気を取り戻したゆかりは、近くにいた漁師に小舟を出してもらった。

「子どもの供養をしたいの」

 お礼に着ていた綾小袖を渡す。

 垢じみた高貴な衣に、漁師は思うところあったようだが、何も言わなかった。

 小舟は沖に出た。

「奥さん、この辺りでいいだろう。一緒に、なむあみだぶつでも唱えようか」

 それには答えず、ゆかりは手にしていた吾子の首と小車を、ぎゅっと胸に抱き締めた。

「親切にしてくれてありがとう。それから、うそをついて、ごめんなさい」

 そう言い残すと、舟から身を投げた。

「奥さん! あんたっ、何てことを!」

 漁師は慌てて海に飛び込んだが、波の下は渦巻く泡と濁りで何も見えなかった。漁師は何度も何度も潜ったが、女の姿を見つけることはできなかった。

 漁師はあきらめて浜へ帰ると、譲られた衣を寺へ届け、供養とした。


 翌日、その浜から遠く離れた波打ち際に、ゆかりの体が打ち上げられていた。

 濡れた髪が、海藻のように顔を覆っていた。

 その隙間にあって、瞼がゆっくりと開く。

 頬の下に拡がる海砂が、ちくちくと肌を刺した。  

 動かそうにも重い身体。

 それでもゆかりは生きていた。

――誰の憐れみというの? 神? 仏?

 手元を見た。あれほどしっかり抱き締めていた吾子の首も小車もなかった。

 くっくっくっ・・・・・・

 喉が鳴ったかと思うと、彼女の口から哄笑がほとばしった。

――私には何もない。何もない。それなのに、まだ生きろと?

 ひとしきり笑い終えて、気付く。  

 何かを得たために失うものがある。失って取り戻す何かがある。

 ゆかりは立ち上がって、己が体を見下ろした。

 体の輪郭が揺れるのを覚える。

 風もなく髪が舞い上がり、

 衣の袖がはためく。

 人の子の母となって失われていた霊力が今また――…

 己れが己れに還ってきたのだ。  

 ゆかりは、いや狐女は中空に浮き上がると、天高く上昇を続け、やがて空の一点に消えた。

 


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