断章 岩窟無用語り④
上杉氏に押さえつけられた氏満の鬱憤は、関東随一の外様大名、小山義政に向かったってね。
もとより大名の所領削減策は幕府との合意だったからな。
けど、義政にしたら嫌になっちゃうよな。
外様を味方に引き入れるため、先々代の足利尊氏は気前よく所領やら官位やらを与えた。それを孫の代で『じいちゃんはやり過ぎたから、返せ。いやなら痛い目に合わすぞ』って、なぁ。
狡兎死して良狗煮らる、なんてよく言われるけど、そのまんまじゃん。
氏満からすれば、反りの合わなかった相手に遠慮はいらなかったろうし。
だが、氏満と義政。
この二人、どこか似ていると思わないかい?
血縁に疎いところとか、育ち方とか、不遜な性格とか。
実を言うと、ここで義政の話をしようと思っていたのにさ。でも彼のことを語ろうとすると、どうしたって嫌な部分も言わなくちゃならない。若犬丸の父親の悪口を言うことになるから、俺も気が引けてね。
義政公はさ、所領問題で京や鎌倉に苦しめられたくせに、国守や守護職の威光を嵩にして、庶流から領地を取り上げる、なんてことをやっちまった。小山討伐で彼らが救援に来なかったのはそのためでね。
まぁ、義政の性格や行動の根っこにあるものを知ろうとすれば氏満を鏡にすればいい。
二人は似た者同士で戦い合ったのさ。
氏満が売った喧嘩を買ったのは、義政にも京の幕府に薄くない人脈があったからでね。ちょうど氏満が義満に疎まれていて時期だったから、勝ち目ありと見誤ったのは無理もない話だ。
だが、京ではそのころ、またも政変やら震災やら流行病やらで忙しなかった。
関東のことまで手が廻らない。
結局、関東のことは関東にってね。
幕府っていっつもこの手を使うんだよなぁ。
もっとも、地方の一大名に肩入れする幕府の要人は少なくてさ。関東の武将も同様で、一度目の小山征伐で義政は、それを嫌というほど見せつけられた。
だから、二度目は、武蔵国内の宮方と組んだんだ。
宮方っていっても、幕府や鎌倉府に叛意を持つ人間の集団さ。当然、武州平一揆の生き残りもいて。十年前の遺恨を晴らそうと集まったんだろうな。
敵が味方に、味方が敵にってね。
でも、知っての通り、彼らは敗れた。
後の人間から見れば、氏満たちが関東での覇権を盤石にするための、取り除かれるべき障害の一つに過ぎなかったのさ。
にしても義政公もさぁ、宇都宮のように負けを認めることも、河越のように逃げることもできなかったなんて、負けず嫌いにもほどがあるぜ。
狐女も嘆いたよ。
もっとも、先の争いとは逆に惚れた相手の敵が敗れた。秀郷の末裔の方がね。
このときの合戦では、狐女は全く手を下さなかったというよ。大した妖力があったわけじゃなし。
だから、これも何かの運命かしらって。
そんなこと、俺に言われたってなぁ。
とはいえ、この女の恐ろしさは妖力がどうとかじゃなくてな。
じゃぁ、次は、若犬丸が常陸で小田氏とともに鎌倉方と戦う話にもどろうか。




