どうなるのか
私の寝床は近所の公園、ではなくて少々立派な一軒家の駐車場。駐車場といっても、屋根はあるし、毛布も置いてある、なんとも居心地のいい野良ネコのたまり場だ。
私以外にも数匹のネコが駐車場のスミで毛布に埋もれながらゴロゴロと寝転んでいる。
家主のお婆さんは、宿の提供はしてくれるが、餌はくれない。たぶんご近所さんの目とか、あるもんね。ネコに餌付けして居座られて、ご近所に迷惑かけたら住みづらくなるだろうし。仕方ない。
ネコとして立派に生きていく決心を決めた私は、ネコとして立派に餌をねだることにした。ついでに里親になってくれそうな人も探すために。
ネコとしての1日は忙しい。
朝起きて、グーンと伸びとあくび。毛並みを整えて、少しでも綺麗に身支度をしてから、外出をする。
それから日向ぼっこしたり、毛づくろいしたり、他のネコと縄張り争いをしている我らのボスネコ(地域をまとめてる茶トラのオスネコなんだけど、強いのに面倒見がいいんだ!)の応援したり、何もなければご挨拶したり。
夕方、太陽が落ち始めてからが私の食事タイム。
というか、里親候補との面会かな。
すっかりと日も暮れて、私がいる小さな、遊具が5個ほどしかない児童公園には人影はない。
定位置のベンチに丸まっていると、遠くのほうからカツカツとヒールの音を響かせながら歩いてくる女性。たぶん、人間の私と同い年くらいの、アイドルばりに可愛い容姿のお嬢さん。艶のある黒髪を薄いピンク色のシュシュで耳の下くらいで1つにまとめて、ベージュのスーツ姿。
彼女が私の里親候補。いや、だってどうせなら可愛い女の子と暮らしたいジャン。
1週間前、ネコになった日の夜。朝から何も食べてなくて、寝床もなくて、あーこの公園で野宿かー、なんて児童公園のベンチでぼんやりしていたら、やってきた。ほろ酔いの女神様。
「白猫だぁ」
ふふふふー、と嬉しそうに笑いながらベンチで丸くなっていた私を撫でる。
「にゃぁ(触るなら食べ物頂戴よ)」
「あ、そーだ。お昼の残りあるからあげるねー」
「にゃっ(マジで!)」
彼女がカバンからお弁当を取り出すのを、犬のようにお座りをして待機。
1日ぶりの食事だー!
「はい、お食べー?」
「にーあー(はい喜んで食べさせてもらいます)」
ガツガツとお弁当の中身を平らげている間、彼女は邪魔にならないように私の体を撫で続けた。
動物は食事中に触られたりするのを嫌がるらしいけど、私はもともと人間だしね。
それほど嫌じゃないし、大人しくしていた。
しばらくして、お弁当を綺麗にたいらげた私の頭を一撫でしてカバンの中に殻のお弁当を仕舞うと、よいしょ、と小さな掛け声と同時にベンチを経つ。
少しだけ、酔いが覚めたのかな。さっきよりも、足取りや声がしっかりしてる。
「まだ小さいし、飼ってあげらたらいいけど…即断できることじゃないからなぁ」
「にゃーあ(いいよ、気にしなくて。事情って色々だもんね)」
「うぅ、可愛い…。連れて帰りたい…いや、でも大家さんが…」
「にゃにゃ(ほんと、気にしないで)」
って、そうだ。言葉、通じないんだっけ。
「うーー…、またね、ネコちゃん」
「にゃーぁ(またご飯頂戴ねー)」
で、そんな出会いから1週間。
翌日からあの公園にいると必ず彼女がお弁当の残りをくれるようになって、とうとう昨日!
大家さんに許可をもらえそうだから、週末には迎えに来るというお言葉!!
ビバ、元人間!言葉が理解できるって素晴らしい!これで寝床と食料の安定供給は約束された!
お父さん、お母さん、私はネコとして立派…かどうかわからないけど、飢えることなく生きていけそうです!
彼女は公園の中に私の姿を見つけると、嬉しそうに笑って小走りに駆け寄ってきた。
あぁ、よろしく。私の里親。
感無量の気持ちで彼女の傍へ走り寄ると、彼女はしゃがんで私の体をワシャワシャと撫で回す。
くぅ、このゴッドハンドめ。もうメロメロだ!
いつにないハイテンションで彼女とはしゃいでいると、なぜか彼女の影が濃くなったのが見えた。
おかしい。
なぜだろう。何かがおかしい。濃くなった影を凝視していると、動物の本能なのだろうか。
毛が逆立つ。
凄く不快だ。
この影は、なにかとてもイヤなものを感じる。
「どうしたの?」
それまで喉をゴロゴロと鳴らして甘えていた私が硬直したのを不審に思った彼女が、私から手を離した。
それと同時に現れた、白い手!
人間の、肘から下。
真っ白で、半透明な、白い両手だ!
その両手が、ゆっくりと私の里親になるであろう彼女の足首をつかもうとしている!
なんたること!!
やっと見つけた私の家族に何をする!!
茶トラのボスネコ直伝のネコパンチを白い手にくらわせた…くらわせようとした、瞬間。
彼女の困惑した声を最後に、私の記憶は途切れた。
あんてん。