4話
ふわふわとした柔らかいものが私の全身を包んでいる。
遠くから鳥のさえずりが聞こえる。
平和な朝だ。去年のことなら、台所からお母さんが朝ご飯を作る音が聞こえてくるのになー、なんてちょっとだけセンチメンタルな気持ちになけど、仕方がない。両親はもういないんだ。私ももう二十歳を過ぎていたし、お父さんもお母さんも大学を卒業できて、しばらく働かなくても生きていけそうなくらいの保険をかけていてくれた。自動車事故だったこともあって、加害者側からの賠償金も…。
いいや、あんまり思い出したくもないことだから。忘れよう。
そう、私は一人で生きていくんだ。
今日から、新社会人として………
あれ?
なんかおかしいぞ。
そんなこと、前も思ったような気がする。
なんだっけ。なんだ。思い出せ。思い出せ。
目を閉じたまま寝返りをうとうとして、体に違和感を覚えた。
なんか、変な感じだ。足の感覚とか、なんか、お尻がムズムズするし…。
とりあえず起きてみるか。両目をうっすらと開くと、目の前には真っ白なシーツ。
あれ?私のベッドカバーって白じゃなかった気がするんだけど。
首をかしげると、こちらに背を向けて眠っている人がいた。
えー、ちょっと、なんで!そんな、一夜の過ちとかホント勘弁して!!
しかも記憶ないし!
「ん…」
私が硬直していると、隣の人が寝返りを打つ。あ、女の人だ。…え、私、同性とイチヤノアヤマチ?
どうしようどうしようどうしよう。せ、責任とかってどうやってとればいいのかな!?
ってかこの人、なに超可愛い!!黒い髪の毛はツヤツヤだし、まつ毛で影ができるって比喩とかじゃなくて本当にある現象なんだ!しかも唇のちょっと厚めだけどそこがまた色っぽい!
まじまじと隣の女性を観察して、でもやっぱりどっかで見たことある。と首をかしげる。
どこだっけ?テレビ?雑誌?ネット??
もう少し近くで観察してみよう、と体を起こそうとしたとき。自分の体の違和感を思い出した。
白い!
え、ってか、体毛、白って!?
あ、そっか。
わたし、ネコになったんだ。
今までのことを思い出して、ネコとしてりっぱに生きていく決心も思いだして、そして隣で寝ている人のことも思い出す。
そう。彼女に拾ってもらおうとしていたところで、彼女の足に絡みつこうとした白い手にネコパンチしようとしたところで、私の記憶はなくなっている。
そして、今。
なぜかかなり上等な布団の中で、彼女とネコである私が眠っている。
ふむ。どういう状況だ、これは。
とりあえず室内を見渡す。
かなり広い。ってか、天蓋つきベッドって。どこぞのお姫様だよ。
いや、彼女はお姫様ばりに可愛いけどね。いくつぐらいなんだろ?二十歳は超えてるよね。同じ年くらいかな?
そうしてもう一度彼女を見つめると、
「ねこちゃん…?」
寝起きでぼんやりとした瞳が私をとらえた。
可愛い人は寝起きまでキュートっすね!ってかちょっと色気があってネコになった同性の私でもちょっとキュンとしちゃったよ。
「にゃー(はい、なんでしょ)」
「おはよう」
「にゃぁ(おはよー)」
ふにゃ、と笑いながら寝たまま右手を伸ばして私の頭を撫で、喉を軽くくすぐる。
ゴッドハンドめ!メロメロだ!!
「んにぁーぅ(あ、もうちょっと右がいいな)」
「んー、みぎぃ?」
「にぁ、にゃぁ(そう、そこそこ)」
「きもちーい?」
「んなーぅ(えぇ、とっても)」
「それは良かっ……」
ピシ、と音がしそうなくらいいきなり、彼女が固まった。
「にゃ?(どうしたの?)」
大きな、ちょっと色素の薄いブラウンの目を見開いて、私を見つめる。
しばらく固まっていたかと思ったら、ベッドの上に正座をし、両手で耳を軽くこすり、自分の頬をペチペチと叩いた。
「……お、おはよう?」
「にゃ?(おはよ?)」
ヒュっと彼女が息をのむ。
なんだ、どうした?私、どっか変??
首をかしげていると、少し遠くからバタバタ忙しない足音が聞こえた。それと、男性と女性の言い争うような声も。
「ですから、女性の部屋に朝からいらっしゃることは!」
あ、この部屋の近くだ。部屋の外から咎める女性の声が響く。
「気にするな。なにもせんし、見るだけだ」
「それが…!あ、陛下!!」
ガチャ、とこの部屋のノブが回る。
開いた扉の隙間からこの部屋に滑り込んできたのは、金髪碧眼の、男性。
わ、いい男だ!男らしいキリリとした眉に、意志の強そうな瞳。鼻筋も通ってるし、体格もゴツめ。格闘選手みたい!
ただ服装が、なんていうか…ファンタジー?中世見たいな…いや、えっと…かぼちゃパンツじゃないんだけど…現代では演劇とかくらいでしか着ないような…王子様みたいな、なんかちょっと煌びやかな服装。しかも髪も肩下くらいの長さを首の後ろで結んでる。男性で髪が長いのって珍しいなー。
「なんだ、起きているではないか」
少しつまらなそうに唇を尖らせたその男性は、私を見つめて呆然と固まっていた彼女が座るベッドサイドまでなっがーい足で近寄り、端に腰を下ろす。
だけど、どんないい男だろうと、
「ふしゃー!(女性の寝室に入るのマイナス点だ!)」
まだ固まっている可愛い私の飼い主とイケメンの間に割って入り、体制を低くして威嚇をする。
けど、所詮私はネコだ。しかもなりたてのネコだからなのか、それほど威嚇として怖くなかったみたいだ。
「ははっ、お前も目を覚ましたか。ユリが心配していたが、これで一安心だな」
私の頭を軽く撫でて、彼は彼女に笑いかけた。
「え、あ、はい。よかったです」
「うむ。これでユリの心配が減った。今日はなにかよいことがありそうで、気持ちがいい」
ありがとう、と彼は笑ってベッドから立ち上がる。
「わたしはこれから執務があるのでいく。ユリもよい一日を過ごせ」
「あ、はい。ありがとうございます」
彼女がベッドに座ったまま頭を下げるのを微笑ましそうに笑ってから、彼は踵を返して部屋を出る。
バタン。扉が閉まるのを確認してから、彼女は私をゆっくりと、シッカリとした瞳で見つめた。
「えーっと…なんか、私だけ、あなたの言葉がわかるみたい」
困惑した瞳を見つめ返して、10秒。
「にゃ、にゃにゃ(あはは、それなんて冗談)」
「いえ、冗談じゃなくて」
「ふにゃ、にゃ?(可愛いのに、電波?)」
「電波って、それヒドイ」
「………にぁ?(え、マジ?)」
彼女と私の視線が交差する。見つめあい。
「マジです」
真剣な彼女の声に、私はかろうじて悲鳴を上げなかった。
が、目をひんむいたまま、数十秒、停止はした。
誤字訂正
同棲とイチヤノアヤマチ?→同性とイチヤノアヤマチ?(2013.8.8)
ご指摘ありがとうございました。




